竜のもうひとつの瞳
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第十一章~あの明るさは何処行った?~
第五十六話
さて、奥州を飛び出して半月、ちょっと迂回して甲斐に立ち寄っている。
信玄公が病に倒れたという話を聞いて、ちょっと幸村君の様子を見に躑躅ヶ崎館へ来たわけなんだけども……。
「……景継様ぁ、何か空気が全体的に重くないっすか?」
そう、外から見ただけでも分かるくらいに妙に空気が重いんだ。
まぁ、御屋形様が病で伏せってるってのに明るい空気ってのはありえないのは、分かるけど……
何か、ちょっと質が違うっていうか……。
「あれ? 小夜さん、どうしたの」
「おっと、佐助久しぶり~」
突然目の前に現れた佐助を見て、私のお供の足軽、良直、文七郎、左馬助、孫兵衛の四人が身構えた。
反射的に身構えるのは分かるけど、アンタらじゃ勝ち目ないよ~?
こんな軽そうな男だって武田の忍頭を務めてんだもん。婆娑羅者だし返り討ちに遭うのがオチだわ。
「本能寺に行く途中に立ち寄ったから、幸村君に挨拶をと思ってね。
……っていうか、物凄くここら辺負のオーラが見えるんだけど、何かあったの?
いくら御屋形様が病に倒れたからって空気重くない?」
そんな風に言えば、佐助の表情が若干険しくなる。
おっと、もしかして信玄公が病に倒れたってのは極秘事項だったか?
「……それ、何処で聞いた」
「越後。かすがが軍神にそう報告してたよ。徳川との戦に負けたって言ってたしね」
素直にそう伝えれば、佐助は頭が痛いって顔をしてこめかみを押さえていた。
そういえば、越後を通って奥州に戻ったんだもんね、なんて言ってるところを見る限り、こっちの事情も分かってるっぽい。
「……あー、まぁ、そうなんだけどさぁ……あんまりそれ、外で触れ回らないでくれると助かるかなぁ……」
「大丈夫、どうせ筒抜けだよ」
越後でそういう報告を受けてるってことはさ、きっと余所にもだだ漏れになってるよ。まず間違いなく。
「そう言われると俺様も困っちゃうんだけどさ~……真田の旦那に会いに来たんでしょ? 案内するから」
「へ? いいの?」
案内するなんて、普通敵国の人間を易々と入れていいわけが無い。
しかも今回、私一人だけじゃなくてお供に伊達の足軽四人連れてるわけなんだしさ。
「本当は駄目だけどもさぁ……まぁ、ともかく行こう。説明するより見てもらった方が早い」
疑問は多いけれど、とりあえず佐助に案内されるまま躑躅ヶ崎館へと入っていった。
さて、客間に通されて半刻。先程から音で様子を伺っているが、どうにも館全体が慌しい。
「何か、戦の準備って感じじゃないっすか? 皆落ち着かないし」
左馬助の言葉に頷いて返す。確かにこの慌て方はそういう感じに思える。
が、それにしては何というか……何か違うような気がするんだよねぇ。
戦の前って結構殺気立った様子があるじゃない? それに、闘気っていうのかな。そういうのに溢れてるというか。
こう、どんよりと負のオーラが漂っている、ってのは無いよねぇ。
「某は断じて反対でござる!! 兄上は家康殿がこの甲斐に攻め入ったことをお忘れか!?
東軍に組する、即ちそれは武田は徳川に従属することを意味しておるのですぞ!?」
突然聞こえた幸村君と思われるでかい声に、五人揃って吃驚した。
あの子、元々声がでかいけど、怒鳴ると更にでかい。
っていうか、あの子がキレるなんてどういうシチュエーションだ。
まぁ、温厚では無かったけど、小十郎みたいに短気でも無さそうだったし。
「ならばこれよりどうするつもりだ! 今、日本は東西に分かれて戦を始めようとしておるのだ!
徳川は既に各国に同盟を持ちかけて強固な軍を築いているという。
先日は奥州の独眼竜に同盟を持ちかけたそうだ……そのような相手と甲斐一国が互角に渡り合えると思っておるのか!!」
喧嘩の相手であるお兄さんの幸村張りにデカイ反論の、
奥州に同盟を持ちかけた、その言葉に私は眉を顰めていた。
徳川が奥州に同盟を持ちかけた、つまり小十郎のストーリーが終幕したと考えて良さそう。
このでかい声でのやり取りに四人も動揺を見せており、一体どうなったのかを聞きたそうな顔をしている。
「多分、奥州は同盟を結んでないと思うよ」
まぁ、ストーリー上小十郎が勝手に断ったわけなんだけどもさ。
普通に同盟持ちかけられたら、主の状態を考えても保留ということで話を持って行くもんだけど……
家康さんも軍隊抱えて来てくれたもんだから、小十郎が追い返したわけだ。
いくら政宗様の側近だからってこんなこと勝手にやったら切腹もんだけど、とりあえずそれは置いといてだ。
「どうして結んでないって」
そりゃ、左馬助さん。ストーリーを知ってるからですよ。
ってなことは言えないから、とりあえずそれらしい説明をしておかないとね。
「現状では同盟を組むほど切迫した状況にないと考えると思う。
要するに、大戦はまだ起こらないって考えてるってことね。
大体、奥州だって相当国力が落ちてるんだから、それどうにかしないとしばらくは国外には攻め込めないしさ。
それが分かってるから同盟の話を保留にしたと予測してる。
徳川もおそらくはこっちの事情を把握して引いたと思うしね……
まぁ、政宗様の性格上、何処かと組んで戦うってのはポリシーに反するとか何とか、そんなこと言いそうだけどさ」
つか、そういうことも考えずに政宗様の意見を鵜呑みにして同盟蹴ったら纏めてぶん殴るけどさ。
多分、政宗様が目を覚ました後にもう一度正式に同盟の話が来るとは思う。今度は蹴飛ばさないと思うけどね。
「奥州も大変なんだねぇ~」
ふわりと私達の前に現れた佐助を四人が見て驚いてるけど、どうせ覗いてんだろうと思っていたから特に驚きはない。
っていうか、どうせそういうことも全部分かった上で相づちを打ったんだろうから何も言わない。
「佐助、盗み聞きは良くないぞ~? ただでさえ、ストーカー疑惑があるんだからさぁ」
「ストーカー?」
「女性の後をつけて喜ぶ変態のこと」
そう説明してやれば、途端に四人が刀を抜かんばかりの勢いで佐助に迫る。
「テメェ、景継様の後つけて喜んでやがったのか!?」
「いくら景継様が美人だからって、そいつは許せねぇ!!」
美人だなんて、文七郎分かってるじゃないの。戻ったら昇給してもらえるように政宗様に掛け合ってあげるね。
「ちょ、違っ……! 喜んでないし、そういう趣味もないから!!」
えー、だって幸村君と二人で団子買いに行ったところをついて来てたじゃん。
しかも丸分かりな感じで。あんまりにも可哀想だったから大人の対応しちゃったくらいだしさ。
まぁ、佐助をあんまり苛めてもアレなので、四人には敵わないから止めて置くようにと適当に止めに入る。
もっと腰を入れて止めに入ってと言われたけど、事実だと思うからぶっちゃけ知りません。
「話戻すけど、甲斐だって大変じゃない? 何か、徳川に付くか付かないかで大喧嘩してたみたいだけど」
そう言えば、佐助は迫る四人から逃れて私の前で溜息を吐く。
「どうせ知れることだから言っちゃうけどさ、今武田を仕切ってるのが真田の旦那なわけ。それも御屋形様の後継者としてね。
真田の旦那に白羽の矢が立ったのは、紛れも無いうちの大将の希望なんだけどもさ、それでちょっと武田の内部がごたついてるんだ」
「まぁ、幸村君が立ったらそうなるだろうねぇ」
幸村君は武田の人間じゃないし、あくまで一家臣に過ぎない。
まだ未婚だし武田の嫁がいるわけでもないから、武田の後継者としては論外だ。
そんな人間が信玄公の後継として選ばれれば、そりゃごたつくのも無理は無い。
「え、どういうことっすか?」
それを分かっていないのは四人組、皆首を傾げて見てくるから頭が痛い。
「例えば、政宗様が病で倒れたとしてよ? その後継に小十郎を立たせたとすれば、どうなると思う?」
「え、小十郎様をですか? そんなこと絶対にありえないっすけど……
小十郎様は伊達の人間じゃないから、御家臣衆から相当な反発が出るでしょうし、俺らはいいっすけど周りが納得しない……あ」
左馬助がそこまで言って、ようやく四人は気付いてくれた。
別に良いんじゃないかで終わったらどうしようかと思ったわよ。
「つまりそういうこと。そんなありえない状況が今武田で起こってるってわけ。
次期当主を立てるまでの代役とするのでもギリギリアウトってところなのに、
後継に立てちゃったもんだから余計に話がややこしくなったのよ」
「……そういうことなのでござる」
部屋の戸がすっと開いて、入ってきたのは幸村君。
あの元気は何処へやら、そんな感じに暗い顔をして俯いてたりするもんだから、この変化には流石に面食らってしまった。
……もしかして、こんな状態だから招いたのかしら。少しでも気を紛らわせるために。
ちらりと佐助を見ると、佐助は素知らぬ顔をして幸村君を見ている。
何となく佐助の策に嵌ってしまったような気がして、私は溜息を吐いた。
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