| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第五十五話

 伊達屋敷に到着した直後、小十郎が限界とばかりに倒れてしまった。
顔面蒼白で呼吸も浅く、一時は結構危ない状態まで陥った。
こうなったのは今までの無理が祟ったのと、政宗様や他ばかりを優先させて自分を後回しにした結果だったってんだから本当に救えない。
でもまぁ、良くここまで持ったもんだよ。後で姉上に報告してがっつり説教してもらおう。

 ちなみに意識不明の政宗様は、怪我の程度は大したことはないらしくて、どうして意識を取り戻さないのか分からないと侍医が首を傾げている。
寧ろ小十郎がこの状態なら理解出来ると言われてしまって、小十郎がかなり渋い顔をしていたのが印象的だった。

 「今はしっかりと休んで、身体の調子を整えないと。祝言挙げる前にくたばったら最悪だよ?
待たせるだけ待たせて死んだら男のクズだからね?」

 布団に無理矢理押し込めて横にしている小十郎は、今にも仕事に行きたそうにうずうずしている。
きちんと休まなかったら縛り上げるからね、と言っていることもあって今は大人しく寝ているが……
あとこの状態が何日持つか。

 「く、クズ……分かっております。小十郎にはまだ成さねばならぬことがありますゆえ、ここで死ぬわけには参りませぬ」

 うん、政宗様があの状態じゃあ医者が匙投げても意地でも生きるわよね。アンタは。

 ……でも、お姉ちゃんはちょっと心配なわけよ。
こういう性格だから、多少の無理を押し切ってストレスを必要以上に溜め込んじゃうから。
大雑把でもないけど繊細な性質でもないのに胃を痛めることなんかしょっちゅうだし……
今回のことで、普段以上にかなり無理してるんじゃないのかって、思っちゃうのよ。

 「……泣きたくなったら何時でも言いなよ? 肩くらいは貸してあげられるからさ」

 「……泣きませぬ。人の生死に関わる事に関しては、何があっても泣かぬと決めております」

 全く、こんなに頭が硬くなっちゃって……何処で育て方間違っちゃったのかしら。
子供の頃はもっと柔軟だったような気がするんだけどなぁ。

 「涙は心の浄化作用、泣かないことが強さじゃない。
……泣いた後できちんと立ち上がれればいいのよ。潰れてしまわなければ」

 小十郎の癖のある髪を撫でて笑いかければ、小十郎は酷く悲しそうに笑い返してきた。

 戦場で誰かが死んだら酷く自分を責めて、諸々が済んだ後に何日もまともに食事が摂れなくなるほどに思い悩むのを知ってる。
一度誓ったことを覆せるほど器用な子でないのは分かっているけれど……今回は被害が大き過ぎる。
関ヶ原の戦いが終わった後、魂が抜けてしまうんじゃないのかと心配にもなる。

 「大丈夫です、姉上。戦場に出ている身ですから、死ぬ覚悟は決めておりますが……
小十郎は、死のうと思ったことはございません。
ですから、全てが終わっても……自ら死を選ぶことはございません」

 「嘘吐き。しょっちゅう切る切る詐欺する癖に」

 「……詐欺と言わないでいただけますか。腹を切る覚悟で政宗様をお諌めしているのです」

 切腹騒ぎがあると、また小十郎か、と言われるほどに今まで腹を切ると言い出した回数は尋常ではない。
どうせやらないだろう、ってのは小十郎には通用しなくて、放っておけばマジでやるから性質が悪い。
一回放っておいたら深手になる一歩手前のところまで腹刺しやがって、あの時は真っ青になって医務室に運び込んだっけ。
その後は姉と私で寿命が縮むような説教を食らわしてやって、政宗様にもこってりと絞った覚えがある。
とにかく、そんなわけで止めに入ってるんだけどさ、いちいち止めに入るこっちの苦労も察してもらいたいもんだけどもね……。

 「姉上は……小十郎の前では泣けませんか」

 小十郎が伸ばした手が私の目元に触れる。
越後に入る前に一度泣いたきり、一回も泣いちゃいないんだけど……もしかして、気付いてたのかな。

 普段、あんまり小十郎の前で涙見せたりしないからね~……。
手篭めにされかけた時は全力で泣いたけどさぁ……。

 「泣くなんて、私のキャラじゃないでしょ。それに泣くほど悲しいことがあるわけでもないし」

 ひらひらと手を振ってわざとらしいくらいに笑ってみせる。

 私にだって押し通したい意地はある。誓いとまでは言わなくても、心に決めてることはある。
……私がここで泣いたら、アンタが不安になるでしょう? それだけは避けたい。
ただでさえ、子供の頃は辛い思いをすることが多かったんだもん。今は……少しでも長く笑っていて欲しい。

 そっと私の目元に触れていた小十郎の手を離させて、代わりにその手を握る。
穏やかに微笑む小十郎の手を撫でて、少し休むようにと促した。

 「……姉上」

 「ん?」

 「……何処にも、行きませんか?」

 「何言ってんの、ここにいるでしょ。側にいるから、ゆっくり休みなさいって」

 目を閉じた小十郎は、すぐに眠ってしまった。

 ……どうにも勘が鋭いからなぁ、この子は。まぁ、それが竜の右目たる所以なんだろうけども。

 握っていた手を布団の中に入れて、きちんと眠っているのを確認して部屋を出た。



 部屋の外には風魔がいて、じっと待機している。そういえば、まだ報酬払ってなかったんだっけ。

 「ごめんねー、報酬払わないと。いくらになるか教えてもらえる?」

 そう言って差し出されたのは一枚の紙。きっちり帳簿に着けて費用を算出しているあたり、結構しっかりしてるというか何というか。
いや、城のシステムを理解して配慮してくれてるって言った方が正しい?
結構こういうの作っておかないと煩いんだよねぇ~……内政関係の担当がさ。

 とりあえず風魔にはちょっと待って貰って、奥州の財務取り仕切ってる奴から金を出させてきちんと支払った。
思ったより安くてラッキーとか思ったのはこの際伏せておくとして。

 「『……確かにいただいた』」

 「ここまでありがとね。あのおじいちゃんにも宜しく伝えておいて。
……つか、北条も大変だね。折角豊臣の傘下に入ったってのに」

 伊達の脅威を退けることは出来たけど、いきなり陣没だもんね。降伏損かもしれないなー。

 「『北条は没落しているからな……どちらにせよ、今後苦労することには変わりない。
だが、しばらくは気が抜けない状況になるだろうな』」

 「また戦乱の世に戻るから?」

 「『いや……それもあるが、どうにもきな臭い情報が入ってきている。
半年ほど前に倒れた織田信長が復活の兆しを見せていると』」

 織田信長と言えば、政宗様と幸村君が共闘して倒したんじゃなかったっけ?
仕留めたはずの人間が復活って……いや、ちょっと待てよ?
そういや関ヶ原の戦いに入る直前に魔王の復活ルートがあったな。
何で蘇っちゃったんだよ、素直に死んどけよ、って思った覚えがある。

 ってことは、魔王の復活を目指して動いている輩がいるってこと?

 「『織田の残党が主に動いているそうなのだが……連中、第五天魔王として妹の市姫を立てたらしい。
それに加えて魔王復活を願いどうにも怪しげな儀式を執り行っているという話も聞く。
本能寺周辺の村では村人がそっくりいなくなったという報告も受けている』」

 「……ということは、その織田の残党が新たな魔王に市姫を立てて、
それにプラスして魔王を復活させる為に村人を攫ってるってこと?」

 「『まだはっきりとは言えないが、その可能性が高い。
だが、不自然な失踪事件が西国や関東で頻発しているから、確定情報として動いておいた方が良いだろうな。
それに関東で頻発しているのならば北条も人事で済ませられないだろう。
いずれ、この東北の地でも表面化してくると思うがな』」

 それは放っておけないな。第六天魔王織田信長……復活されるとややこしい展開になりそうで嫌だ。

 でも、おかげでこれから私のすべきことが決まった。

 第六天魔王織田信長の復活を阻止する。
それで、きちんと関ヶ原の戦いを迎える……これなら私が動いても差し支えはないはずだ。
というか、奥州の平和を守るって名目にも繋がるから怒られることはないと思う。

 情報提供してくれた風魔にお礼を言って、私は自室に戻った。
私の怪我もかなり重傷の類なんだけど、ゆったりここで休んでる暇は無い。
だって早く出て行かないと小十郎の最終章が始まっちゃうもん。

 夜を待って、人気がなくなったのを見計らって旅支度を整えて竹中さんから貰った刀を腰に差す。
結局この刀の銘も知らないままに使ってるけど、いつかはきちんと知りたいもんだわ。この刀が何なのかって。

 そっと部屋を抜け出して見回りの兵達に見つからないように厩へ向かうと、
そこには部屋で休んでるはずの人物が待ち構えていた。しかも寝間着のままで。

 「ちょ、小十郎!? アンタ、何やってんの!?」

 「嘘吐きはどちらですか。何処にも行かないと言ったのに、一体どちらに行かれるおつもりですか」

 ……よりにも寄って面倒臭い奴に遭遇しちゃったよ。これなら足軽の連中に見つかった方が良かった。
つか、この恰好で散歩って言っても絶対に信用しないしなぁ……。

 「第六天魔王が復活の兆しを見せてるんですって。
本当に復活するかどうかは分からないけど、関東や西国じゃ謎の失踪事件が頻発してるって聞いてね。
いずれ奥州でも問題になりそうだから、その調査に」

 「何も今、わざわざ姉上が行く必要はございますまい。大体それならば、何故このように人目を避けて行かれるのですか」

 そりゃ、アンタ……小十郎に気付かれたくなかったからに決まってるじゃん。
絶対見つかったら説得するのが面倒だもん。小言始まると正直ウザいし。
それに説得してる時間もなさそうだしさ。

 さて、どうしたもんかな……馬鹿正直にこちらの“真意”を話すわけにもいかないし。

 「私だから行くのよ。私がここにいると小十郎の為にならない。そういう判断。
……っていうかさ、日中に出て行けば一度出奔してんだから、大騒ぎになって出て行けないでしょ? だから」

 「何故小十郎の為にならぬと」

 「だー!! もう煩い!! アンタにゆっくり説明してる暇がないから、わざわざこんな時間を選んで出て行こうとしたの!! いずれ全部分かる!! だから今は黙って行かせろ!!」

 あー!! もう本当に面倒臭い!!
男のくせに無駄に細かくネチネチと……そういう面倒なところが良くないんだっつの。
いい加減そういうところ直さないと、結婚しても愛想尽かされて出て行っちゃうわよ?

 とりあえずぶん殴って気絶させて出て行くか、そう思っていたところで、
いつもしつこく食い下がる小十郎が珍しくあっさりと引いた。
そして袂から何かを取り出して私に握らせる。

 「大した額ではございませぬが、お持ち下さい。金子ならば、いくらあっても多過ぎることはないでしょう」

 「小十郎?」

 「……姉上が無意味なことをするはずがないのは分かっております。
いずれ分かるというのであれば、それを信じましょう。
……ですが、流石に今回は一人で行かせるわけには参りません。
このまま本当に出奔されても困りますので」

 ……ってことは何か? 今夜辺り出て行くんじゃないかって予測済みだったわけ? 多分止められないってのも予測してて。
つか信用ねぇな、私。……何か腹立つから戻って来たら尻叩き三百回やってやる。

 門の前には既にお供が待機していて、いつでも出発出来る準備を整えていた。
この手回しの良さにも腹が立つ。尻叩き四百回だな。うん。

 というわけで、小十郎が選出したお供四人を連れて、伊達屋敷を後にする。

 さて、これからどうしようかしら。
さっさと飛び出さなきゃと思って出てきたけど、具体的な手がかりも何にも無いしなぁ……。
とりあえず、本能寺を目指して馬を走らせてみるか。

 目的地を本能寺に定め、私は馬を走らせて奥州を飛び出した。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧