八神家の養父切嗣
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二十三話:新たな始まり
―――その顔を覚えている。
目に涙をため、生きている人間を見つけ出せたと、心の底から喜んでいる、男の姿を。
その顔があまりにも嬉しそうなので、まるで救われたのは自分ではなく、男の方ではないかと錯覚するほどに。
死の直前にいる自分が羨ましく思えるほど、男は何かに感謝するように、ありがとう、と何度も何度も繰り返した。
その姿に、その光景に、憧れたから今の自分が居る。
お礼すら言えていないというのにその姿を追い求めて誰かを救うことを夢見る。
あの時、地獄の底から自分を救い出してくれた正義の味方になりたくて。
誰かを救えるように、強くなりたかった。
あの日から、ずっと、それだけが自分を支えてきて、今この場に立たせている。
「スバル、練習で飛ばしすぎて本番でへばらないでよね」
「大丈夫だって、ティア。体力だけが私の取り柄だし」
「その唯一の取り柄を最大限に発揮できるようにしろって言ってるのよ、バカ」
「ええー」
打ち捨てられた街並みである廃棄区画のビルの屋上。そこに二人の少女が居た。
一人は短めの青い髪に白い鉢巻きを巻いた少女、スバル・ナカジマ。
もう一人はオレンジ色の髪をツインテールに揃えた少女、ティアナ・ランスター。
二人の少女は腐れ縁ともいえる関係で魔導士Bランク試験を受けに来ていた。
スバルはストライクアーツを基本とした格闘戦を得意とする前衛型。
ティアナは銃を用いた精密射撃を得意とする中・遠距離型。
実際問題このコンビは相性としてもかなり良い部類に入るので中々離れられないのである。
何よりも、両方が危なっかしい行動を取るので二人一組で一人前扱いされているのもある。
とにもかくにも、二人はコンビとしては中々に有能なのである。
「それで、作戦はどうするの、ティア?」
「あんたが道を開いてあたしがそれをフォローする。いつも通りよ」
「さっすが、ティア。分かりやすい!」
「はいはい。それよりも、危険と分かってるのに飛び込むのやめなさいよ。あんたは毎回それで怒られてるんだから。試験でも減点されるわよ」
いかにも不満げにジト目でスバルを睨むティアナであるが半ば諦めも込められている。
スバルは基本的には馬鹿ではない。頭の回転も早く、呑み込みも早い。
それ故に引くべき場所や抑えるべき場所もしっかりと認識できる。
だが、その頭の良さを台無しにするがごとく危険に飛び込む。
そして、それは決まって何かを救うときや助ける時だ。
「そう言われても……自分が危なくても、誰かが危なかったら助けないとダメでしょ?」
「……それを否定する気はないけど、フォローをするあたしの身にもなって欲しいわ」
「あはは、ごめんごめん」
笑って頭を掻く相棒にティアナはどことなく底知れなさを感じる。
何もスバルは危機意識というものが欠如しているわけではない。
寧ろ、敏感に危険に気付いたりもする。しかし、それでもなお自らを危険にさらす。
自分の危険を承知で危機に瀕した誰かを救い出そうとする。一言でいえば自己犠牲。
だが、ティアナは最近、それは思い違いなのではないのかと思い始めてきていた。
スバルは、頭は良いが良くも悪くも単純である。
ただ、自分の中での優先順位に従って動いているふしがある。
つまり、自らの危険の回避よりも、他人の危険の回避を優先している。
そんな思考を持っているようにティアナには感じられるのだ。
「ん? どうしたの、ティア。そんなに見つめて」
「何でもないわよ。そろそろ時間だから最後の確認でもしときなさい」
「了解!」
訝し気に視線を向けてくるティアナに気付き、首を傾げるスバル。
しかし、ティアナの方はこれ以上関係の名話をしても仕方がないと思い誤魔化す。
少しだけ疑問に思うものの、気にしないことにしたのかスバルは再び笑う。
そんな自らの武装の最終確認を始めたスバルにティアナは考え過ぎかと首を振る。
そう、考え過ぎなのだろう。顔は笑っていても、瞳の奥は笑っていないように感じるのは。
【お二人とも聞こえますかー。こちら試験官を務めます、リインフォースⅡ空曹長です】
『はい、聞こえます!』
二人の気持ちが少し、試験からそれたところでそれを戻すかのようにモニターが映し出される。
慌てて敬礼の体制を取り、失礼のないようにする二人。
モニターに映っていたのは初めてではあるが今回の試験官を務めるツヴァイ。
彼女自身は人形サイズであるが、画面上では当然のようにアップされているので二人はその大きさには気づかない。
ただし、妙に幼い声をしているなとは思っているが。
【大丈夫みたいですね。それではお二人とも、ルールはきちんと頭に入っていますか?】
『問題ありません』
【はい、それでは今から魔導士ランクBの試験を行いたいと思います。準備はいいですか?】
『はいッ!』
威勢の良い声にツヴァイも自然と笑顔になり内心で二人が受かるように祈る。
そして、少しの緊張を含み微かに震える指先を動かしスタートシグナルを表出させる。
スバルとティアナはそれを見た瞬間に顔つきを変え、足先に力を籠める。
一つ、二つと、シグナルが表示されていき、一瞬の静寂の後に最後のシグナルが鳴らされる。
【それでは試験スタートです!】
「行くわよ、スバル!」
「オッケー、ティア!」
こうして、二人の若き魔導士の戦いは始まったのだった。
「いやー、始まったなぁ。どうやって試練を越えていくかが見ものやな」
ヘリの中で二人の試験の様子を眺めながらはやては楽しそうに笑う。
そんな親友の様子に向かいに座るフェイトも朗らかな笑みを浮かべる。
スバルとティアナはなのはが直々に見込みありと判断し、実際にこの目で力を確かめようとしたまさにダイヤの原石である。
それ故に二人がかける期待も大きい。
特にはやては、管理局内部に浸っていない若い人員を求めていたので期待もひとしおである。
「そうだね。まだ未熟だけど、その分勢いがある。なのはが目を付けたのも良く分かるね」
「そやな。なのはちゃんの人を見る目は確かやからなぁ」
「私も初めて会った時からなのはには心を見透かされてたし。やっぱり、なのはは凄いよ」
「その凄いなのはちゃんもフェイトちゃんも今では私の部下やからなぁ、腕が鳴るわー」
ニコニコと笑いながら指を鳴らすはやてであったが何故かその視線はフェイトの胸を見ていた。
その視線に気づいたフェイトはサッと手で胸を覆い隠し、警戒心を露わにする。
少しばかり天然なところがあるフェイトであるが何度も胸を揉まれていれば学習もする。
はやてはどこの中年のおっさんかと言いたくなるほどに隙あらば人の胸を揉むのだ。
最初の頃は主な被害者はシグナムとシャマルだけで済んでいたが、今となってははやてと親しい人間に安息の地はない。
「はっはっは、冗談やって」
「日頃の行いのせいで全く信用できないよ」
「あ、ばれた?」
「うん。もう欠片も騙されないレベルで」
手厳しいと頭を掻きながら笑うはやてにフェイトは一つ溜息を吐き、顔を引き締める。
楽しいお話はここまでだ。今からは今後の部隊についての話でもしよう。
フェイトの意図に気づいたのか、はやても笑うのをやめて真顔に戻る。
「レリック。何者かに明らかに意図して集められているロストロギア。機動六課はそのレリックを回収するために設立された、だったよね」
「そや、明らかに怪しいのに間隔が空いているせいで中々捜査本部が作られんかったレリック対策を専門にするために聖王教会のバックアップで作った私の夢の部隊や」
つまることなくスラスラと以前にもした説明を繰り返すはやて。
恐らくは何度も勧誘した相手に説明しているのでそれだけスムーズなのだろう。
しかし、フェイトの執務官として鍛えられた目には少しだけ違和感が映った。
夢の部隊だと言っているには余りにも感情の起伏が少なくスムーズ過ぎるのだ。
はやての夢は彼女もよく知っている。
それが実現したとなればもう少し感情に変化がみられるはずだ。
しかも、自惚れかもしれないが自分は彼女の親友。今更感情を隠す仲ではない。
「私になのは、それにシグナム達まで、Sランク級の魔導士を良く集められたね」
「その点は二人にはほんまに感謝しとるよ。家の子達は私の一存で決められるけど、なのはちゃんとフェイトちゃんは自分の生活もあるのに。それに、リミッターをかけてまで私の部隊に来てくれるんやから私はほんまに幸せもんや」
六課の隊長格は魔力出力を大幅に制限される予定となっている。
これは部隊毎に保有できる魔導師ランクの総計規模を超えてしまうという事態を避けるための裏技である。
そもそも、ただでさえ高ランク魔導士の数が足りない管理局でこれだけの戦力を一手に集中させるのはあり得ない事態である。
そんなあり得ない事態を起こしてまで戦力を集めたのが機動六課。
今まで捜査本部すら作られなかった事件にしては余りにも破格。
正直に言えば、レリックを回収するだけの仕事ならばこれだけの戦力は必要ない。
いくら、ガジェットの後ろに何が居るか分からないとはいえやり過ぎだ。
つまり、これだけの戦力を揃える必要があったのは、それを必要とする何かがあるに違いない。
「友達だからね、約束したことは絶対に破らないよ。それに……嘘はいけないしね?」
「そうやなぁ、嘘はいかんよなー。なんかフェイトちゃんお母さんみたいやね。て、もうエリオとキャロのお母さんみたいなもんか」
「そうだと、嬉しいんだけど」
「大丈夫やって、二人共ええ子なんやろ? 実際に会うのが楽しみやわー」
少しだけかまをかける様にはやての目を見つめながら問いかけてみる。
だが、はやての目には動揺の色は一切見受けられなかった。
つまり、先程の話には嘘は一切ないということだ。
しかし、これ以上話を続けさせないようにさり気なく話題を変えたようにも感じられる。
それも自分が喜んで食いつきそうな子供たちの話でだ。
確かにはやては嘘は言っていないのだろう。だが、本当のことも言っていない。
そんな気がしてジッとはやての顔を見つめる。
「どないしたん、フェイトちゃん? 私の顔になんかついとるん。それとも……惚れた?」
「大丈夫だよ。常時セクハラをしてくる人には惚れないから」
「あら、そら残念やわ。やっぱりなのはちゃんには敵わんかー」
大げさに肩を落として無念という表情を見せるはやて。
そんな道化のように振る舞うはやての姿にフェイトは不安な気持ちになる。
だが、同時に彼女のことを言葉では言い表せないほどに信用しているためにこれ以上は何も言わないことに決める。
「はやて……今はこの話はやめておくね。二人の試験も佳境に入ってきたし」
「そうやね。……今はな。また今度な」
裏のある会話を意味有り気に終わらせるはやてに少しだけフェイトはホッとする。
今度ということはいつかはこの明らかに怪しい事情について話してくれるのだ。
それだけで、フェイトははやてが何か悪いことをしようとしているのではないと理解する。
そして、最大の難関である巨大なスフィアを越えてゴールに猛進している二人の映るモニターへと目を移すのだった。
「ティア、試験終了まであと何秒!?」
「後、15秒よ! あんたはとにかく前見て走りなさい! 最後のスフィアは私が落とすから」
「分かった!」
試験途中のアクシデントにより足首をねん挫したティアナを背負い直線を駆けるスバル。
ゴールはすでに視認できる距離まで来ている。その為スバルは一切の加減をせずに速度を出す。
その間にティアナが最後のスフィアを撃ち落とし、その役目を終える。
後はゴールをするだけである。しかし、ゴールが近づくにつれてティアナにある不安が芽生えてきた。
「スバル、これちゃんと止まれるんでしょうね?」
「大丈夫! ゴールと同時にティアを放せば壁にぶつかるのはあたしだけだから!」
「そう、それなら安心―――じゃないわよっ! 放り出されても困るわ! 大体、今足が使えないから受け身も取れないわ! というか、そんな映画みたいなことできるかーッ!」
「……あ」
「あ、じゃないわよ、このバカスバルッ!」
『第一、あんたが危ないでしょうが』という言葉を言う素直さも時間もなくティアナは迫るゴールと壁に表情を青ざめさせる。
一方のスバルもこのままではティアナに被害が及んでしまうと慌て、青ざめる。
ただでさえ、自分の不注意で迷惑をかけたのだ。これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。
そう思うものの、先ほど言われたとおりに彼女を投げ出すこともできずに壁だけが近づく。
『う、うわぁあああっ!』
遂に念願のゴールを通り過ぎてその先の壁が目の前に差し迫る。
思わず、二人そろって悲鳴を上げるがそんなことでは一度上がった速度は落ちない。
しかしながら、そこに救いの手が差し伸べられる。
『Active Guard with Holding Net.』
あわや壁に人型の穴を空けてしまうかといったところでクッションと魔力の網が展開される。
そこに突っ込んだ二人はさながら網に絡まった虫のようだがケガはない。
先程の走行のショックからか呆然といった様子で何をすることもなく、固まる二人。
そんな二人にツヴァイが危険行為を厳しく咎めるが、その予想外の小ささも重なりまるで耳に入ってこない。
そこへ、ツヴァイを宥めるように新たな人物が現れるのだった。
「まあまあ、そこらへんは後でしっかり言うとして、今は試験お疲れさま。リインもね」
「ありがとうございますぅ、なのはさん」
舞い降りてきたのはなのはだった。先程のセーフティーネットは彼女が張ったものだったのかと思い、スバルとティアナはなのはを見つめる。
そんな二人になのはは朗らかな笑みを返す。Bランク昇格試験に関しては微妙なところではあるが、六課に迎え入れるには十分の素材である。
まだ、部隊長のはやての意見は聞いてはいないが彼女も欲しいと思うことはほぼ確定だろう。
だからこそ、優しく朗らかな顔で二人に挨拶をする。
「初めまして、高町なのは一等空尉です。今から色々とお話しをしたいんだけどいいかな?」
今ここに新たな運命の始まりが告げられるのであった。
後書き
次回は六課に入ったところまで飛びます。そこからエリキャロでも出していこうかと。
正直、序盤はキャラ紹介ばっかりになりかねないので可能な限り省いて事件まで進めようかと。
STSはキャラが多すぎる……。
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