八神家の養父切嗣
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
二十二話:歪む世界
親しい間柄であるというのに痛々しいまでの沈黙。
本来はあり得ない空気を作り出すに至った情報にクロノは目を瞑って考え込んでいた。
それを緊張した面持ちで見つめるのはその情報をもってクロノの家を訪ねてきたはやてである。
「なるほど……現在の管理局体制の崩壊の危機。確かにその対策を講じる必要はあるだろうな」
「そう、せやからクロノ君にはそうなった時の後ろ盾についてもらえんかって頼みに来たんよ」
聖王教会、騎士団騎士であるカリム・グラシアのレアスキルにより予言された管理局の危機。
確定した未来というわけではないが何かがあってからでは遅い。
そう考えたカリムやはやてにより現在こうして密かにではあるが対策をとるための体制が整えられている。
勿論、余計な混乱を避けるために表向きにはこうした理由は伏せられているが後ろ盾となり、なおかつ信頼できる人物には真の理由を伝えられる。
「そうだね……うん、僕もできるだけ力になろう。母さんの方にも掛け合ってみるよ」
「ほんまに? おおきに、ありがとうな」
「これは放っておくにはちょっと大きすぎる案件だからね。それに君達にはできるだけ力を貸そうと決めているんだ」
気にするなとばかりに笑うクロノに対してはやては何とも言えない表情になる。
どちらかと言えば力を貸さなければならないのは自分の方なのだ。
彼は一切責める気などないと言ってはいるが、自分は彼にとって父親の敵として見られてもおかしくはないのだ。
だというのに、クロノはこうして友好的に接するばかりか力も貸してくれる。
何度頭を下げてお礼を言っても足りないほどだ。
「しかし、そうなってくると地上に部隊を置くことになるだろうから、陸からの反発が大きいだろうな。特にレジアス中将は風当たりが強いぞ」
「ああ……あの人かぁ」
何故かしみじみと呟くはやてにクロノが訝しげな視線を向ける。
それに気づいたはやては若干恥ずかし気に頭を掻きながら話を始める。
「いやな、あの人なぁ、正面から言えばいいのに。ネチネチと『元犯罪者の再犯率は高い』とか『元犯罪者でも局で働かせようという考えはすかん』とか嫌がらせで私の前で話しよってからなぁ」
「それは災難だったな」
「あんまりにネチネチしとったから、私みたいな元犯罪者かつ犯罪者の娘は正義の為に使い潰したらええんですよって逆に言ってやったら睨み合いになったんよ」
「何をやっているんだ、君は……」
若干呆れたようなクロノの視線に舌を出して笑って見せるはやて。
どうにも、彼女は育ての親の影響からか何を言われても大して動じない耐性を持っている。
そして、陰口を言われても『元犯罪者ですけど何か?』と言い返すメンタルがある。
自由と家族の情愛を天秤にかけて家族であることを選択した。
自らの意思で茨の道を選んだ。その自覚が八神はやてに鋼の意志をもたらしたのである。
「まあ、特にお咎めもなかったんやし」
「そういう問題じゃないんだが……終わったことに言うだけ無駄か」
「あはは、おおきにな。……そう言えば、なんで今日はクロノ君の家になんて指定してきたん? 別に本局の部屋でも良かったやろ」
はやてがそんな小さな疑問を零した瞬間にクロノの目が鋭くなる。
それに気づき、はやても真剣に理由を考え始める。
今日の話し合いでクロノはわざわざ自分の家を指定してきた。
よりリラックスして話し合うためという理由もあるが、真の理由は別にある。
それは重要な話を他の誰かに聞き取られる可能性を無くすために他ならない。
つまりは―――
「本局だと誰かに聞き取られる可能性が……高い?」
「……正解だ。今の君になら話しても大丈夫だろう。いや、話さないといけないか」
「そのために家に呼んだん?」
「それもあるかな。とにかく、話はもう少し続くよ」
椅子に深く座りなおしながらクロノが言う。
はやてもそれに倣うように、唾を飲み込みながら座りなおす。
ここまでは管理局員としての話だがこれからは違う。
八神はやてとしての話であり、クロノ・ハラオウンとしての話である。
「まず、単刀直入に言うとだ。衛宮切嗣についての大きな情報が……後ろ盾の組織が判明した」
「ほんまに! それってどこなん!?」
思いもよらなかった情報に食いつくはやて。しかし、クロノの苦々し気な顔を見てハッとする。
この話はそう単純なものではないのだ。しかも話の流れから考えれば管理局が関わっている。
そこまで気づいたところではやての顔から血の気が引いていく。
よりにもよって、その組織に養父が属しているとは信じられなかった。
だが、現実とは残酷なものだ。
「―――管理局だ」
血を吐き出すようにそう呟き目を伏せるクロノ。
真実を突き止めてから数年の時が経過したが、それでも認められることではない。
信じたものが偽物だった、自分の思い描くものとは正反対のものだった。
それはとてつもない絶望感となって彼の胸を締め付ける。
それでも、このまま何もせずにいることはできない。
前に進むと誓った以上それは許されないのだから。
「そ、それってほんまなん?」
「物的証拠はないが状況証拠としては確実だろう。何よりも、あれだけ派手に動いていながら管理局が足取りすら捉えられないのが証拠だ。なんなら一から説明していこうか?」
「い、いや、それは今やなくてええ。それよりも、これからどうすればええかを」
混乱しながらも今は養父のことよりも重要なことがあると冷静に思考を開始するはやて。
クロノから示された情報は味方である管理局ですら信用はできないことを物語っていた。
何故なら、恐らくは上層部は平和の為ならば、ひいては管理局の為ならば身内ですら始末することを許容しているのだ。
恐らくはそのためのシステムの一つが『魔導士殺しのエミヤ』なのだろう。
そんな人間たちが居る場所でこの話をすればどうなるかが分からないためにクロノはわざわざ自らの家を指定したのである。
「どこまでが彼の件に噛んでいるかは分からないが、この話はするべきではないだろうな。逆に、管理局の危機に関しては寧ろ協力は得やすいだろう。管理局が倒れれば複数の世界で同時に大規模な紛争が起きてもなにもおかしくないからね」
「……あくまでも世界の為なんやね」
「ああ、狂ってはいるが間違いなく大多数にとって正義ではあるだろう。だからと言って……認めたくはないが」
大多数の正義を否定することはできないが、肯定することもできない。
その考えは決して間違いではないと同時に理解もできる。
しかしながら、受け入れられるかどうかは別である。
何よりも努力した末に最終的に仕方なくその選択を行うのではなく、最初からその選択しかしないのでは大きな違いがある。
彼は弱者を救おうともしない選択を正義だとは言いたくはないのだ。
「まあ、今は大人しくしておくのが賢明だ。それと、部隊の人員についてなんだが……」
「どこに敵がおるか分からん以上は身内で固めんと不味いってわけやね」
「そうだ。もしくは内部に深く関わっていない若い人間を選ぶべきかな」
表立って動くことはないであろうがどこに敵がいるか分からないという状況は厳しい。
遠回しな妨害であればどうとでも対処はできるのだが、内部から崩されればひとたまりもない。
故に絶対にこちら側だと信頼できる身内で固めた方が有利なのだ。
はやてが切嗣を追うのをやめれば部隊の設立には口出しはしてこないだろうが、そういうわけにもいかないので念には念を入れなければならない。
「結構厳しい条件やけど、私は人間関係には恵まれとるから助かるわー」
「フェイトとなのはにも声をかけるんだろう?」
「もちろん。ことがことやから戦力の出し惜しみはできんしなぁ」
「そうなると、かなりリミッターをかけることになりそうだな」
「まあ、本当の理由を言えん以上はそうなるやろうなー。でも、言ったら言ったで嘘か本当かで揉めて設立するのに十年ぐらいかかりそうやし」
「違いないな」
既に陸の方ではこんなものは嘘だろうとこの案件は忘れ去られている。
まあ、いきなり『明日世界が滅びます』と言われたようなものなのでそれも無理もない。
予言したカリムと親しい関係でなければはやても真剣に取り合ったかは微妙なのだ。
クロノが情報の真偽を判断したのも結局は信頼できる人物からの情報だったからというのが大きい。人間関係とは情報の伝達においても重要なのである。
「とにかく、今日はこのぐらいにしておこう。騎士カリムの予言となれば聖王教会の後ろ盾は確実。部隊の設立は表を納得させられる理由を適当に見繕えば確実だろう。はやて、君は肝心の部隊の人員の確保が仕事だ」
「分かっとる、カリムとの話でもそんな感じで決まったし。少々、無理矢理にでも戦力を入れてみせるわ」
「ははは……そこら辺の手腕は信頼しているよ」
自信有り気に胸を張るはやてにクロノは少し苦笑いしながら言葉を返す。
はやては不正行為などは基本的に行わない公正な人間に成長した。
しかし、状況が状況ならば平気で規則を破って人を助けたりする。
しかも、それを裁くに裁けないグレーゾーンに持っていくしたたかさを備えている。
故に最近では不本意ながらもタヌキと称されることも増えてきたらしい。
「うちの子達は確定やろ。ザフィーラはペット枠で入れられるし、シャマルは医療班って言い張ればいける。ヴィータとシグナムは最悪、一回辞めさせて……それは流石にあかんか。なら、暇そうなあの2人を裏技的に……」
ぶつぶつと言いながら歩き去るはやての背中にクロノはある男の背中を思い出すのだった。
子どもというものは親が似て欲しくないと思う部分ほど受け継ぐものだ。
ジェイル・スカリエッティはよく笑う。何がそんなに楽しいのかと思うほどに笑う。
だから、そんな彼がクローン体の入ったカプセルの前で笑っていても誰も気にしない。
と言っても、それが日常風景にまで染みついているのはウーノぐらいなものだが。
だが、今日はそんなウーノですら何事があったのかと気になるほどに笑っていた。
「くくく! そうか、私はなんという思い違いをしていたのか、くふふふっ!」
「ドクター、どうされましたか?」
「いや、ふふふ。今までの自分の思い違いが恥ずかしくてね、くくくく」
どこからどう見ても恥ずかしいという感情があるとは思えない姿に流石のウーノも首を傾げる。
そして、彼が一体何を発見したのかが気になり始める。
あのスカリエッティがここまでの喜びを見せるのだ。
それは並大抵のものではないことだけは理解できた。
「一体何を思い違いしていたのですか?」
「衛宮切嗣のレアスキルについてだよ。私は時間を制御する力だと思っていたが違った。通りで実験がうまくいかないはずだよ。本質を見誤っていたのだからね」
興奮が冷めやまないといった様子で早口で語り続けるスカリエッティ。
確かに、切嗣のレアスキルは時間の制御を可能とする能力だ。
だが、それは能力の一端に過ぎないどころか、副産物に過ぎないのだ。
彼は自身の体の時間を制御していたのではなく―――
「自由自在に時間を操ることのできる世界を創り出していたのだよ!」
時間を制御する世界を体内に展開してそれを応用していたに過ぎない。
体内に限定して使われていたのは単に負担が大きすぎるためであるが、外にまで展開できることは本人ですら知らない。
何故ならば、外に世界を展開してしまえば切嗣自身が耐えきれずにすぐに死んでしまうために一度も試そうと考えなかったからである。
「世界を?」
「その通り。大地も空も、空気も全てを内包した彼だけが持つ世界を生み出し、現実世界を塗りつぶしているのだよ」
「確かに素晴らしい能力です。ですが、リスクと合わせればそこまでの物になるのでしょうか?」
世界を創り出すという馬鹿げた次元での能力だ。
幾ら戦闘機人であってもそんなものを展開してしまえば到底もたないであろう。
それ故に実用性としては余りないのではないのかという意味でウーノは問いかける。
しかし、スカリエッティは全くそう思わないのか首を振る。
「確かに想像を絶する負担がかかるだろうが、足りないものはよそから持ってくればいいだけだよ。それよりもだ、世界を塗り替えることができるのなら―――この世界を望む世界に変えることもできるのではないのかね?」
狂気の光がともった瞳がこれまでにないほどに見開かれる。
これだけの狂気は流石のウーノも見たことがないために思わず言葉を失う。
そんな娘の様子にも気づかないほどにスカリエッティは興奮したまま語り続けていく。
「この世界の法則すら無視をして望む世界に塗り替える! ああ、多くの人間がこんなはずではない世界に涙を流してきた。しかし、こんなはずではない世界そのものを望む世界に作り替えられるのなら、すべての者が救われるのではないかね?」
世界の改変。歴史の改変。犠牲無くしては生きられぬ法則の改変。
もしも望む世界を作れるのだとすればそれすらも可能なのではないか。
スカリエッティはそう言っているのだ。
しかし、そこには一つ越えねばならぬ壁がある。
「しかし……その創り出される世界は望んだ世界なのですか?」
衛宮切嗣のレアスキル、固有結界は望む世界を創り出すものではない。
あくまでも与えられた、元々決まった世界しか創り出されない。
そうでなければ、時間の制御だけでなく治療なども自由に行っているだろう。
しかし、行っていない以上はやはり決まった世界が創られるだけだ。
「勿論、それは大きな問題だ。やはりこのスキル一つだけではどうしようもない。しかし、そこに別の何かを加えれば、例えば……願望を叶える性質を持ったものなどをね」
「膨大なエネルギーはどうするのですか?」
「先程言った通りだよ。足りないものはよそから持ってくればいい。丁度いいものもあるからね」
普通に考えれば実現など不可能だ。望んだ世界を創り出す、それは神の所業だ。
禁忌と記されることすらないのはそれが不可能だと分かり切っているからだ。
だが、無限の欲望にはそのようなことは関係がない。
ただ欲望に従い、襲い掛かり奪い取るだけだ。彼が望むものすべてを。
「我々の望む世界、我々の理想郷、少しずつ変えるなどと言わずに根本から変えてしまえばいい。さあ、奇跡を起こそう。この世界全てを我々の欲望で―――塗りつぶしてしまおうじゃないか」
悪魔が嗤う。この世界を真の意味で自らの望むものに変えんと声を上げる。
そして、この悪魔と契約を交わした男もまた、望む世界を創り出さんとするのだった。
後書き
次回からSTSに入ります。予言は変わってるけどそれはSTSで書きます。
序盤はスバルかなぁ。
ページ上へ戻る