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Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
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外伝 黒の修羅 中編

 
前書き
ATD-Xの正式機体名が決まったそうです(X-2になるそうです)なのでそれに伴い、機体設定の菊花・黎明の型式番号を変更します。


F-4JC/IFCS X-1菊花
AC-TSF X-2黎明

以後、このように変更します 

 
 闇夜の下、闇に溶けそうな機体を浮かび上がらせる人工の明かり。
 野外照明に照らし出された機体の一機、漆黒の装甲に重厚な造形が印象的でありながら、その顔立ちから端正な印象を受ける。

 日本帝国斯衛軍に実戦配備された日本初の準国産戦術機、F-4J改・瑞鶴だ。
 しかし、その瑞鶴には標準形と違う形状があった。

 その両の腕に兵装担架が強引に取り付けられているのだ。

「オーライ!オーライ!!よし!持ち上げろぉっ!!」

 整備員の声が彼方此方で飛び交う中、武装コンテナを輸送してきたトレーラーがコンテナを地面に立てる。
 そして、大地に転倒防止の足を広げたコンテナの一面が迫り出す――――中に詰まれているのは大量の近接用兵装だ。

 その中で整列された74式長刀が迫り出される。しかし、本来全自動で兵装担架に固定されるはずの長刀は固定されない。
 一機のF-4J・撃震が地面を震わせながら歩み寄ると、その長刀掴む。

 そして、長刀を抜き放ち上下をひっくり返すと、ライトの明かりという鎖に繋ぎ留められたように微動だにしない闇色の機体の右腕に備え付けられた兵装担架へと移動させた。

 闇色の機体の腕に備わる兵装担架が駆動、刃金を挟み込みロックボルトが閉まり長刀を固定した。
 次に同じ動作で左腕にも長刀を固定――――まるで巨大なギロチンを腕に縫い付けたかのような印象を抱かせる。

「……大陸なら星が見えると思っていたのだがな。」

 闇の中に脚立する機体の近く、闇色の衣を纏う青年が空を見上げながら呟いた。
 見上げる空は消え去った明かりの代わりに戦闘が巻き上げた粉塵が覆い、星々と月の明かりがそれらを霞ませてしまっている。

「まったく……雅さも粋もない。本当に泥臭い世界だ。」
「ほんとうにねー。で、ここでのんびり月見してていいの?整備は終わったの?」

 空を見上げて嘆息する自分に語り掛けてくる声。
 そちらを見上げると黒の強化装備に身を包んだ少女がいた。

「ゆいか……そういうお前こそどうなんだ?」
「私は君みたいな無茶なことしないからあっさりだよ。」 

 先ほどあれ程、喧嘩したというのに微苦笑を滲ませて彼女は気さくに語りかけてくる。

「……己は謝らんぞ。」
「うん、分かってる。君は正しいよ、どうしようもないほどに正しい。私は正義が何かなんて分からないし、求めてもいない。
 だから、正義を求める君に出来る意見なんて本当は何にも無いんだ。―――私はただ、したいことを言っただけ。……我儘だね。」

 ぶっきらぼうに口にした一言。しかし、彼女は後ろで手を組み、くるりと身を翻しながら言ってほほ笑んだ、少し悲しそうに。

「叱ってくれてありがとう。覚悟もなしに独善を疑わなければ後でこんな筈じゃなかったって後悔することになる。」
「………お前は、」

「ん、なに?」
「いや、ずいぶんと能天気な女だと再認識したよ。普通、自分の常識を否定されればそれに拒絶反応を起こす。」
「能天気ってなによ。他の人相手なら確かに君の言うとおりだよ、でもね……私は、誰よりも正義に真剣な君の言葉だから聞けたんだよ。」

 真っすぐに見据えながら歯が浮きそうになる言葉を素直に口にする彼女。その眼差しがどこか照れくさくてそっぽを向く。

「おやおや~~なに赤くなってるのかなぁ?」
「赤くなんぞなってないわ!お前の目は節穴か!?それともビー玉でも詰まってるんか!?」

「照れるな、照れるな。私の前では素直になりたまえ。」
「………」

 にまにまとした笑みでおちょくってくる此奴にブチリと脳内で何かが切れた。

「調子に、乗るな………!!!」
「あ!いだいいだい!!!……ぎぶぎぶ!」

 速攻でこの不届き者を捕獲すると蟀谷のあたりを拳骨で左右から押さえつけグリグリと締め上げる。
 なんか叫んで手を叩いてるが知らん。

「み、みぎゃ………あ!甲斐くん!甲斐くん!助けてーーーー!!」

 変な呻き声が上がり事切れそうだったあたりで偶然通りすがった白の77式強化装備に身を包んだ青年に助けを呼ぶ珍獣。

「ん?――――随分と仲良さそうだね。」

 振り返った彼は1秒ほどじっと俺達を見やると、そんな感想をブン投げてきやがる。

「お前、眼科行ったほうがいいぞ。」
「私は精神か脳外科のほうがいいと思う。甲斐君意外と視力いいし。」

「そうか。」

 拳骨に挟まりぷらーんと吊るされた珍獣の意見に思わず同意する。

「ほう、先ほど助けが聞こえたのは空耳かな?」
「あ!うそうそ!!謝るからおたすけーーーー!」

 ムッとした顔ですっ呆ける甲斐に珍獣があたふたと慌て始めた。

「まぁ、いいか。以後発言には気を付けるように……柾、彼女を離してやってくれないか。」
「お前がいうのなら仕方あるまい。」
「なんで甲斐君のいうことは素直に聞くの……。」

 甲斐の言葉に拳骨を外す、するとしくしくと打ちひしがれている。何やら不満なようだ。

「ほう、不満そうだな。お前に被虐趣向があるとは知らんかった。」
「ないよ!私変態さんじゃないから!か弱い乙女なんだよ!!!」

 か弱い乙女、そのフレーズが発せられた瞬間、場が氷結した。

「か弱い、乙女……?」
「………ぷっ」

 彼女の吐き出した言葉を思わず繰り返してしまう。それを聞いた甲斐がやられたら心底ムカつく顔で小さく噴き出した。

「ひ、ひどいっ!?」
「ふむ、ならば割れ物のシールを貼っておくか。」

「ちゃんと生ものだよ!!!ほらこんなに柔らかいし。」

 と言って、自分の頬をつまんで引き延ばす少女。整っている顔が台無しになる。
 だが、なんというか―――

「そこでそっちに行ってしまうのがお前の残念な所なんだろうなぁ。」

 あほの子を見る優しい眼差しを向けてしまう。

「ははは、可愛いじゃないか。まぁそこで女性の……その、特有の武器を使わないのは確かに残念美人な所だと思うけど。」
「ん?どういうこと?」

 甲斐の言い回しに首を傾げるアホの子。それに軽く頭を抱える。
 どうして戦術や戦略的なことになると鋭い見地を持つのに、こういう事には頭が回らないのか。
 きっと集中力の差なのだろう―――彼女はスイッチが入っているときと入ってない時の差が著しい。


「甲斐、お前は此奴に色仕掛けをさせてどうする気だ?己を落とそうにも此奴は最初から己の許嫁だぞ。」
「オレの女だなんて……」

「それは言ってない。」


 甲斐に物申す、そして即座に戯言を一刀両断する。
 あながち間違ってはいないのだが、頬を抑えてクネクネしているのがなんとなく腹が立ったからだ。


「おや、色仕掛けに落ちたほうが君の望みは叶うと思ったんだけど?」
「―――己は責任の取れないことはしない。」
「責任も何も、当然の事だろ君たちの間柄では。」


 甲斐の言葉に思わず眉を潜めた、そしてその視線を傍らで分けが分からず小首を傾げている女に向ける。
 確かに、その手段を用いれば彼女を日本に送り返すことは容易だろう。だが、いつまで自分が生き延びれるか分からない以上、その手段は取れない。

「それでもだ、己は守りたい者を守れない―――そんな結末は赦せない。」


 最後の言葉を口にしたとき、ドクンと胸の中で心臓とは違う何かが拍動した。
 熱い、熱い。
 これはなんだ、その思いがずっと俺を駆動させ続けていた最初の歯車のようにさえ感じる。

 己を動かし続けた歯車は、正義の味方になりたい。という悪業だったはずだ。
 自分の中に、エンジンがいくつもある様にすら感じる。

「…………」

 自分の中で動き始める違和感、それが一体何なのか分からず混乱している己。それを見つめる視線があったのに己はその時は気づけなかった。







 とんとん、乾いた扉をたたく音が響く。それに読書を止め、立ち上がると扉を開ける。
 そこにいるのは黒髪の少女、短く切った髪が揺れていた。

「こんな夜更けにどうした、女一人が出歩くのは危険だぞ。」

 最前線の補給基地だ、ここにいるほぼ全員がBETAとの日々の戦いで緊張を強いられ、多国籍軍であるが故の国家間、民族間の軋轢、さらに犯罪者を前線に投入している国家も多く、犯罪の温床となっている。

 殺人、強盗、横流し、強姦―――凶悪犯罪のオンパレードだ。
 そのため、日本帝国軍では男女問わず、常に数人で行動するように指示が下りている。
 この区画は斯衛軍の陸戦部隊が警護を行ってくれているが、同じ日本人であっても気を抜けば犯罪の餌食となる可能性はある。

「うん、わかってる―――でも、どうしても今夜逢いたかったんだ。」
「……取りあえず入れ。」

 断る理由もそれほど無いので彼女を室内に通す。

「待っていろ、茶でも入れる。」
「うん…」

 机の上に放置していた電気ケトルのスイッチを入れ湯を沸かす。同時に二人分の湯飲みと茶葉を取り出して準備を進めていく。

 その間、少女は無言だった。俺も無言だった。
 彼女がどんな用があって訪ねてきたのかはあまり予想は付かない。この半島に渡ってきてから死にかけたのは一度や二度では済まない。

 同期たちも随分数を減らしてしまった、生き残っても薬物の過剰投与で一生退院は出来ないであろう病院行きだ。

「……ねぇ。」
「なんだ。」

「こうしてるとさ、君が斯衛軍に行くって言った日を思い出すよ。」
「そうか。」

 師匠の内弟子として住み込みで剣の鍛錬に励むようになって数年、その数年間はこいつと一緒だったと言ってもいい。

「……ほんとはね、私君のこと最初は嫌いだったんだ。」
「知っている、剣術の初心者だった俺に何かと突っかかって来たからな。」

「そりゃそうだよ、あの道場は私が継ぐんだって小っちゃな頃から頑張って来たのに、ある日突然こいつに道場を継がせる、お前はこいつの嫁になれ。って行き成り言われたんだもん。」
「納得できない気持ちは分かる。」

「だけど、君は私なんて眼中になかった。どうやったら最強になれるか、そればっかり。口を開けば打ち込みはどう、剣捌きはこうそればっかり。
 ―――それで、思ったんだ。剣客(けんかく)として負けたなって。」

 寝具(ベット)に腰かけた少女が昔を思い出して懐かしそうに言葉を紡いでゆく。
 ―――いつ頃からだろう、この少女があまり突っかかって来なくなったのは。
 最初のころは竹刀を握って、私と戦え!と突撃してきてたのに、いつの頃か太刀筋はこう、あそこでもっと打ち込んで、など剣術の中身を論議するようになっていった。

 そこまで思い出したところでちょうど湯が沸いたので、湯飲みに茶掬いを置き茶葉を入れてから湯を注いだ。


「お父さんのこと、最強だと思っていた。そして頑張ってればいつかお父さんがその最強を私にくれる……そう思っていたんだね。
 それを横取りされて怒って、ほんと子供だったよ。」

 剣術を継承する資格とは、単に教えられたものをそのまま保存するだけの媒体ではない。
 それであれば今時、ビデオで事足りる。
 継承者の責務とは、受け継いだ技術を次の段階へと昇華させることにある。そのまま受け継いで行くだけではどんな技術も時代遅れの骨董品にしかならない。

 故に、戦闘術である剣術を受け継ぐための大前提となる条件は最強への飽くなき欲求である。

「———あの頃は子供だったさ、俺もお前も。」
「そうだね。」

 クスリと少女が笑う。そんな彼女に湯気が昇る茶が入った湯飲みを渡し、二人して湯飲みに口をつける。
 茶の苦みとその中の仄かな甘みを楽しみながら思う。二人とも変われば変わるものだ、関係も心も体も。


「ねぇ……」
「なんだ。」

「………私ね、赤ちゃん欲しいかな。」
「そうか。………え?」

 耳まで真っ赤にさせて口にした彼女の言葉。それが耳には入ったが脳が処理する前に条件反射で口から言葉が出た。
 茶を一口飲み干す、そのあたりで遅ればせながら脳の処理が追い付いてくると口から普段絶対に口にしないような音が漏れた。


「………日本に帰りたくなったのか?」
「確かに日本には帰りたいよ。でもね、それだけじゃないよ。」

 この前線から日本本国へと戻る手段の一つが妊娠することだ。女だけに許された手ではある。それに、今は多くの成人男性が死亡したため子供の出産にも結構な手当てがつく。

「私だけじゃ君を救えない……分かってるよ君のこと、正義の味方になりたいんだよね。
 だけど正義の味方には倒すべき悪と、守るべき存在が要る。」
「………守るべきものはもういる。」

 そう言って、少女を見やりそしてまた茶をすする。

「うん、ありがと。でも、私も守る側がいい。—————君の願いを満たせてあげられなくてごめん。」
「————俺の願いが碌でもないだけだ。」

 飲み干し、空になった湯飲みを机上に置く。俺の根幹に根差した願い、それは満たされてはいけない渇望だ。
 そう思いつめたとき、頬に触れる感触があった―――視線を上げると少女が俺の頬へと手を添え、目と鼻の先に顔を近づけていた。

「そんなことないよ、たぶん誰でも持っている願いなんだと思う。だけど忠亮は真面目だから……自分で自分を許せないんだよね。」
「………確かに、そうなんだろうな。」

「でも、赤ちゃんが出来たら私たちで守ってあげないといけない。だから死んじゃだめだよね。」

 自分では俺が死ねないと思う理由には足らない、そう思ったからなのだろうか。
 それとも純粋に俺の望みが満たされる唯一の現実的な解を示しただけなのだろうか。

「いくら許嫁だからといって其処までする必要はないぞ。」
「………ほんと、君は鈍いね。ううん、違う優しいんだね。
 自分が居なくなった後のことをずっと考えてくれる。だけど、私は貴方が…好き」

 目の前の少女の顔が急接近し、唇が重なった。
 口づけを交わし、体を交わしたのはこれが初めてじゃない。今まで何度も繰り返したことだ。
 だが、子供を作ろうとは思わなかった。
 いつ死んでもおかしくない身の上だ、自分の子供を孕んだ女を一人この激動の時代に放り出すなんて無責任なことはしたくなかった。

「お願い、これが貴方の信念を曲げることだって分かっています。だけど、私は貴方が生きたいと思えるようになってほしい、貴方との繋がりが欲しいのです。」
「……ゆい。」

 離れた唇が紡ぐ言葉。その必死な瞳―――今の彼女は師匠の元にいた時のゆい其の物だ。
 一介の衛士ではなく、俺の婚約者であり理解者だったゆいだ。

 ………気づけば、俺は彼女の唇を奪い寝具へと押し倒していた。

「………後悔、するなよ。」
「それはあり得ません。私の情の深さ見縊ってもらっては困ります。私は私の理を以って挑んでいるのです、後悔などある筈が在りません。
 ――――でも一言、嘘でもいいから愛してると……」

「………ああ、俺もお前を愛しているよ。」


 この時、初めて俺は嘘をついた。
 彼女を愛しているのか其れがわからない。情があるのは分かっている、だがそれが愛なのかどうかは判別が付かなかった。

 それでも、彼女に告げなければいけない気がした。たとえ嘘だとしても、まやかしだとしても……例え愛されなくても愛してくれると言ってくれた彼女に対する報恩なのでと思うから。




 
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