ソードアート・オンライン 神速の人狼
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圏内事件 ー推論ー
前書き
ヨルコさんと別れた後、『圏内PK』の手口を明らかにするためシステムについて詳しく、且つ信頼できる人物に話を聞こうとなったのだが、そこでキリトが『あいついるじゃん』と物凄い軽い調子で名前を挙げたのが、血盟騎士団のギルドリーダー、ヒースクリフ。
ーーアスナの上司にして、ユーリの天敵である。
当初は二人も反対したものの他に頼れそうな人物は居らず、渋々とアスナがヒースクリフへとメールを打つ羽目になった。
そして、メールを送ってから三十分後、転移門の中の空間が揺らぎ、ホワイトブロンドの長髪を後ろで束ね赤いローブを着たプレイヤーが現れ、周囲にいたプレイヤーがざわめいた。《魔導師》のような雰囲気を醸し出すそのプレイヤーはやはり、ヒースクリフだった。
ホントに来たのかよ……と驚いているとこちらに気づいたヒースクリフが滑るように近づいてくる。
「ふむ、待たせてしまったかな」
「突然のお呼びたて、申し訳ありません団長!このバ……この者たちがどうしてもと言って聞かないものですから……」
ビシィと敬礼をし、急き込むように弁解したアスナはギロッとバカ……キリトを睨みつけた。
「なに、ちょうど昼にしようとしていたところだ。それに《黒の剣士》キリト君にご馳走してもらう機会などそうそうあるとは思えないしね」
「あんたには、ボス戦でタゲ取りやってもらってるそのお礼がすんでなしさ。ついでに、興味深い話を聞かせてやるよ」
「そうか。なら、楽しみにしておこう。しかし、まさか君もアスナ君やキリト君と一緒に行動しているとは少々意外だ」
「…………物凄く不服ですがね」
団長、もといヒースクリフは低いテノールでそう言うと此方へと視線を向けて来たので咄嗟に目線を反らす。
「ところで、意思に変化はあったかね。今入団してくれるなら、三食昼寝付きに我がギルドホームの最高ランクの部屋を上げよう。……どうかね?」
「どうかねって、入らないって何度も言ってますけど!自炊もスキル上げてるんで出来ますし、ホームもありますから。……てか、俺のことペットか何かと勘違いしてませんか!?」
「ふむ。なるほど。確かに君がいれば、ギルドも和やかになりそうだ」
片手を顎に当て、ふむと頷いているヒースクリフに頭痛がしてくる。
おそらく冗談で言っているのだろうが、冗談に聞こえないのだから恐ろしい。
ヒースクリフをユーリが睨みつけている一方で、二人のやりとりを見ていたキリトはアスナへと極力小さな声で話しかけていた。
「な、なぁ……二人って仲悪いのか?」
「私も知らないわよ。けど、団長もユーリ君に会う度に誘ってるみたいよ。まぁ、毎回フラれてるらしいけどね」
「へ、へぇ〜……」
攻略以外興味ないと言われているヒースクリフがユーリに執着を見せていたという事実に目を丸くした一方で、しつこく勧誘されなくてよかったと安堵の感情もある。会う度に、勧誘とか嫌過ぎる。それがおっさんとかなおさらだ。まぁ生涯 ソロプレイヤー を貫く自分にそんなものが来るはずもないか……と最終的な結論に至り、自己嫌悪に陥ったところで思考を打ち切り、ユーリ達に視線を向ける。
ヒースクリフの勧誘がよほどしつこいのか、冷静沈着、クールなイメージに定評のあるユーリが犬歯を剥き出しにし剣呑な視線で睨みつけており、加えて彼のトレードマークである犬種の耳はピンと立ち、尻尾は高く持ち上がっている。
「君が入ってくれないならば、やはりシィ君の方を籠絡するべきか……」
「あいつにちょっかい出すのもやめろよ!」
ユーリの剣呑な視線を受けても動じる事なく涼しそうな表情のヒースクリフを見て、刃傷沙汰にならないよなと一抹の不安が 過 る。実際、すぐにでもストレージから武器を取り出し、斬りかかりそうな殺気がユーリから感じられる。
もっとも圏内で斬りかかろうともシステム障壁に阻まれ、同時にHPは固定されているのでHPが減る事は絶対にない。だが、圏内で殺人が起きるというありえない事象がありえた今、絶対のルールを過信するわけにはいかない。トッププレイヤーを失えば、攻略組の損失に直結する。
昼飯にヒースクリフを誘おうと言い出したのは俺だし、ホストが仲裁に入るべきか……と腹をくくると意を決して、ヒースクリフへと話しかける。
「立ち話もなんだし、歩きながらでも話さないか。それに、あんたも一日中フリーってわけじゃないだろ?」
「ふむ。確かにメインはキリト君のランチだったな。今日はこれで引き下がるとしよう」
「……ふんっ」
あっさりと引き下がってくれたヒースクリフに肩透かしをくらうも、安堵する。少し離れた位置でキョロキョロと辺りを珍しげに見ていた閃光様に声かけ、呼び戻すとキリト達、一向は目的の店へと案内へと歩き出した。
ーーーーーーーーーー
キリト曰く、『滅多に人の来ない穴場のNPC料理店』とやらに向けて、キリトを先頭にして歩き出した四人は狭い路地を進んだり、右に逸れたり左に行ったりして数分、アスナは前を歩くユーリの変調に気がつく。
先ほどから、ビクビクと怯えた様子で動きがぎこちない。さらにいつもは多少は左右に揺れている尻尾も力無さげに垂れ下がっており、微動だにしない。
「ユーリ君、どうかしたの?」
「ひゃいっ!?」
「え……?」
声をかけた途端、ビクンと肩が震え素っ頓狂な声を上げるユーリ。本人は問題ないと言うが声は上ずっており、問題ないことはないのは明らかだ。
彼の態度といい、先の反応といい怪しいと疑心感を強めるアスナの後ろで、ふむと何かに納得したかのうようにヒースクリフが呟く。
「……犬の尻尾が垂れている時は、恐怖や不安を感じていたり、自分より強い相手にへりくだる場面が多いそうだが」
そうヒースクリフが口にした瞬間、ユーリが一瞬だがギクリと固まった。そして、硬直が解除されるとあからさまに目線を反らす。
「そういえば……」
何かに気がついたらしいキリトは顔だけを後方に向けたまま、薄く微笑む。
「ウワサじゃあこの街には道に迷った挙句、転移結晶まで持ってなくて延々と彷徨っているプレイヤーがーーーーッ!」
一瞬で表情を消し、キリトの懐へと肉迫したユーリ。彼の体が沈んだかと思えば、腰溜めに構えられた右拳を薄いライトエフェクトが覆う。ユーリの次の行動を予期したのか、言いかけた言葉をのみ込んだキリトは後方へと下り、ユーリから距離を取ろうと試みる。
ーーだがしかし、ユーリは踏み込みと共に思い切り、キリトの足を踏みつけ、それを阻む。
刹那の内に行われた二人の攻防は、ユーリに軍配が上がり、ライトエフェクトに覆われ、強く握られた拳が一際強く輝く。
「ーーーグハァ!?」
光芒の尾を引いた拳は的確にキリトの顎を捉え、強烈な一撃を容赦なく、叩き込んだ。
薄暗い路地を照らす紫の閃光。爆発にも似た衝撃音。キリトの体はふわりと宙を浮き、直後、ドスンと鈍い音を響かせ、硬い石畳へと叩きつけられた。
「うわっ……すご」
「……お見事」
あまりの鮮やかな一撃に感嘆の声を漏らしてしまう。体術系のソードスキルまで用いてキリトに強烈な一撃を見舞ったユーリを見つめていると、スタスタと無言で倒れ伏すキリトへと近づき、衝撃に表情を固めたまま 硬直 している彼の胸ぐらを掴み、引っ張りあげると目線でさっさと案内するように促した。
「……気をつけよ」
ーー人間、どこに逆鱗があるかわからない。
ユーリの凶暴な一面を垣間見たアスナは、あまりユーリを怒らせないようにしようと決めたのだった。主に許可なく尻尾を掴んだりとか……。
一方で、「あぁ……」と何かを思い出したかのように呟いたヒースクリフは何事もなかったかのように振る舞うユーリを呼び止めーー、
「ユーリ君、圏内で迷子になったのなら道端にいるNPCに頼めばいい。10コル支払えば、転移門広場まで案内してくれる」
「うるさいよっ?!」
ーー見事に、地雷を踏みぬいた。
◆◇◆
それから間もなくして、迷宮のような隘路を抜け、ようやく目的の店へと着いた。
薄暗く胡散臭い店内に尻込みしていると、キリトはなんの戸惑いもなく暖簾を潜り、店へと入って行く。ちらりと横に視線を向ければ、アスナがなんとも言えない表情をしていた。
店内はやはり、自分達以外プレイヤーは一人もおらず、閑散としていた。安っぽい四人掛けのテーブルに座り、やる気のなさそうな 店主 に注文をしてきたキリトが戻ってきたところでアスナがうんざりとした表情で呟く。
「なんだが残念会みたいになってきたんだけど」
「気のせい気のせい。それより、お忙しい団長様のために早速本題に入ろうぜ」
アスナが事件のあらましを説明する間、いつもと違った反応でも見られないだろうかと思い、目の前に座るヒースクリフの一挙一動を観察していたが全くと言っていいほど、表情に変化がなかった。唯一、カインズの死の場面で片眉がピクリと動いたくらいだ。
「では、まずはキリト君の推測から聞こう。君は今回のPK事件、どんな手口で行われたと考えているのかね?」
一通り話を聞き、状況を把握したヒースクリフはふむ、と頷きキリトへと話を振った。
話を振られたキリトは頬杖をついていた手を外し、三本指を立てて見せた。
キリトの提示した仮説は3つ。
一つ目は、デュエルによるもの。
二つ目は、システム上の抜け道。
三つ目は、アンチクリミナルコードを無効にするアイテムもしくは、スキル。
だが、三つ目の仮説はヒースクリフによって切り捨てられた。
曰く、『公平さを貫いているこのゲームにおいて、それを真っ向から否定するような代物を作るわけがない』とのこと。
「もっとも、私やユーリ君のユニークスキルは別だがね」
ヒースクリフはそう締め括るとこちらへと流し目を送った。寒気がした。
「いずれにせよ、仮説その二は検討に時間がかかり過ぎるし、仮説その三は証明のしようがないな」
「そうなると仮説その一……デュエルによるPKから検討するのが妥当かしらね」
だが、ここで一つ素朴な疑問が生じた。
「そう言えば、デュエルのウィナー表示の出る位置の決まりってどうなってるの?」
「確か……両者の中間だったはず」
「ふむ、なかなか予習をしているようだが……50点の回答だ」
暇つぶしでマニュアルに目を通してみた時の記憶を思い出し、アスナの疑問へと返答する。なぜか、教師然とした口調のヒースクリフに点数をつけられてしまった。
「正確には、決闘者二人の距離が10メートル以内ならば、両者の中間地点。それ以上離れていたならば、双方の至近に窓が表示される」
「惜しかったな」
『ここ、よくテストに出されるので復習しておくように』と締めくくったヒースクリフが得意げな表情を向けてくる。なんとも言えない敗北感に打ちひしがれていると隣に座るキリトに肩を叩かれ慰められた。解せぬ。
疑問は解消されたものの議論は再び振り出しへと戻ってしまう。
首を傾げ、他の仮説を考え出そうとするも案は浮かばず、途中でキリトが『もし、上空から街の中へ入った場合、コードはどうなるのか』と言いだすが、『圏内は街区の境界線から次層の底まで垂直に伸びた円柱状の空間』とヒースクリフが《圏内》の定義を説明し、キリトの案も今回の事件のギミックとは関係ない事が証明されてしまった。
「しかし、料理が出てくるのが遅いな、この店は」
「同感です。……選択間違ってない?」
「キリトに任せた時点から間違いだろ」
「酷いな。おい。ま、他では味わえない雰囲気って感じでさ。そういったところも楽しんでくれよ。氷水ならいくらでもお代わりできるから」
安っぽい水差しを手に取り、全員のグラスに冷水を足していく。
アリガトと言うが、それきり会話が止まってしまい、いまだ料理も運ばれて来ない。薄暗い店内が余計に暗くなった気がした。
何かいい案でも浮かばないか……とぼんやり考えつつ店の奥で調理をしている店主を観察しているとキリトがぐいっとグラスの水を飲み干し、トンッと音を立ててテーブルへと置いた。それを合図として、アスナ、ヒースクリフの視線がキリトへと集まった。
「なぁ……物凄い威力のクリティカルヒットを喰らった時ってHPバーはどうなる?」
「……そりゃあ、ごっそりと減るわよ」
何を今更と言いたげなアスナ。空になったグラスに水を注ぎつつ、何かを思いついたらしいキリトに続きを促す。
「減り方だよ。SAOの場合、大ダメージを受けた時被弾してからのHP減算のあいだにわずかなタイムラグがあるだろ?」
「つまり、そのタイムラグのあいだにカインズを教会に移動させて吊るしたって事か?」
おそらくはキリトの言いたかった事を代弁すると本人から肯定の発言が返ってくる。
「でもさすがに時間が少な過ぎるだろ」
「いや、カインズ氏は装備から見て、 壁戦士 だ。総HPはかなりあるはずだし、一気に満タンからゼロまで減らせば……そうだな、五秒くらいはあるはずだ」
なるほどと納得する一方で、掠れた声でアスナが遮った。
「待ってよ。カインズさんはボリュームゾーンでも上の方のプレイヤーだったのよ。そんな人のHPを単発の……しかも槍で一撃死させるなんて無茶よ」
「まぁ、そうだろうな」
アスナの反論にキリトは困ったように眉を顰めた。
確かに一撃死なんてあり得ない。全身を防具で固めたプレイヤーに……例えはダメージディーラーであるキリトが重単発技《ヴォーパル・ストライク》をクリティカルヒットさせたとしても、減らせて精々半分ほどだ。
ちらりと先ほどから瞑目して話を聞いているヒースクリフを見やった。ヒースクリフはゆっくりと頷いてみせた。
「そのような手法ならば、見かけ上の『圏内殺人』は可能だーー」
もしかしていい線言ってるのか……?と淡い期待を持ったのも束の間、ヒースクリフはよく通る声で『だが』と続けた。
「ーーだが、君達も知っての通り、槍と言う武器は一にリーチ、二に貫通に重きを置いている。単純な威力では、他の武器に劣っている。それが元から威力の低いショートスピアなら尚更だ」
正解と匂わせた途端、バツをもらってしまい口を尖らせるキリト。ヒースクリフはかすかな笑みを浮かべるとさらに続けた。
「決して高級でないショートスピアで壁戦士を一撃死させるとなると……そうだな、現時点でレベル100には達している必要があると思うが」
「ひゃくぅ⁉︎」
素っ頓狂な声を出したのはアスナだ。大きく見開いた瞳で三人を順番に眺めるとぷるぷると首を横に振った。
「む、ムリでしょ……ゲーム開始から24時間ずっと最前線にこもり続けたってムリでしょ!」
「メタスラみたく、経験値ボーナスのある奴を狩り続けたとしてもか?」
「確かにそういったモンスターは出ないわけじゃないけど、狩れる数には限りがあるわ。それにいくら効率のいい狩場があったとしても、すぐに下方修正されちゃうし……」
レベル100のプレイヤーの存在は論破されてしまう。もっともそんなプレイヤーがいたとしても、何処かのギルドに所属しているはずだろう。
落胆のため息を吐いたところで自分とアスナのやり取りを聞いていたキリトがぼそりと呟いた。
「……新たなユニークスキル、か」
「確かにその線はあるだろう。わたしとユーリ君と、二つ以上存在している今三人目、四人目のユニークスキルホルダーが居たとしても不思議ではない」
もっともそんなプレイヤーがいたら真っ先に勧誘しているがね……と続けたヒースクリフはこちらへと向き、パチリとウィンクした。本日何度目かわからない鳥肌が立った。
「……それにしても料理遅すぎではないか?」
ヒースクリフの問いかけに答える者は居らず、代わりに渇いた風がのれんを揺らし表で謎の鳥がカァーと鳴いた。
後書き
アニメではカットされたヒスクリとの対談シーンでした。しかし、これだけで一話分使うとは……。
【無言の昇竜拳】→→↑AorB
威力A 、防御貫通 。
アッパーカット → 着地キャンセル → ジャブ → ストレート →ハイキックのコンボには気をつけよう。
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