リリカルなのは~優しき狂王~
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Vivid編
外伝~if/ライのたどり着いた世界がCEであったなら(後編)~
前書き
今年初投稿になります。今年度もよろしくお願いします。
では、後編になります。どうぞ。
『アスラン脱走』
ジブラルタル基地・VIPルーム
必要最低限な装飾品が部屋の上品さを演出している部屋。その部屋の机を挟むようにして配置された二つのソファー。そこに腰掛ける三人の姿があった。
その三人は対面するようにそれぞれ一人と二人に分かれて座っている。ソファーに一人で座っているのはプラントのトップであるギルバート・デュランダル。そして二人で並ぶようにして座っているのはレイ・ザ・バレルとライ・アスカの二名だ。
なぜこの二人が――――正確にはこの場にライがいるのかといえば、レイに呼ばれたからだ。
『内密な話をしたいのですが、よろしいですか?』
どこか懇願するようなレイの言葉に、特に予定もないライは了承したのだ。
その時点で、ライは二人だけで話すのかと思っていた為、そのまま基地のVIPルームに連れてこられ、しかもその中には国のトップであるデュランダル議長がいることに、彼にしては珍しく驚いて間抜けな表情を見せていた。
「まずは、話し合いに応じてくれたことに感謝するよ」
「え?……はい」
議長の言葉に一瞬困惑の表情を浮かべるが、レイの言葉を二人だけで行うと勘違いしたのはライであった為、特に深く考える前に返事を返す。
「ここ最近のミネルバの活躍――――特に君や君の弟であるシン・アスカ君の報告はよく耳にするよ」
「恐縮です…………あの」
「?」
「以前、弟の捕虜の件についてはありがとうございました」
ライは座ったままで失礼とは思いつつ、頭を下げる。
ライが口にしたのは、以前シンがミネルバ艦内に収容していた敵の強化兵である少女、ステラ・ルーシェを治療のために無断で連合側に返還したことについてであった。
その件でシンや今隣に座るレイは実行犯とその手助けを行った人間として一時期収監されていた。だが、普通であれば銃殺されても文句を言えない程の罪は、目の前に座る議長の采配で無罪となったのだ。
その事についてライは今、彼にシンの身内としてお礼を言い頭まで下げていた。
そんなライの行動に、議長だけでなくレイもどこか優しい目でライを見ていた。
「頭をあげたまえ。あれは相応の働きをしてくれた故の措置だ。レイの話ではあの後、艦内の空気が少し悪かったとも聞く。そのあたりは自分も気が回らなかった。あまり感謝されるのも居心地が悪い」
「…………はい」
議長の言葉にライは取り敢えず、頭を上げソファーに座る体勢を整える。
そして飲まれ気味であった雰囲気をリセットしつつ、ライは改めて目の前の人物と向き合った。
「今日呼び出したのは他でもない。君にこれを見てもらいたくて呼び出した」
そう言って議長はそれなりに厚みのある紙束を机の上――――ライの前に置いた。
「?…………」
事情を飲み込みきれないライは視線で問いかけるが、議長は手をかざし内容を読むように勧めてくるだけだ。
横目でレイを見てみると、レイはどこか驚いた様子を見せている。その様子から議長が自分にコレを見せること自体に驚いており、紙束の内容については把握しているようであった。
「……失礼します」
取り敢えず読まないことには先に進まないため、ライは紙束を捲り内容を目で追っていく。しばらく紙が捲れる音が部屋の中に響き続ける。
どの位時間が経ったのか。
少なくとも普通に読めば、もっと時間が掛かるだろうその紙束をライは読み終える。そしてそれを渡された時と同じように机に戻すと、ライはそこで口を開いた。
「……これを……デスティニープランの内容を見せて自分をどうする気ですか?」
「単純に訪ねたいのだよ。ナチュラルでありながら、優秀と言わざるをえない成果を出す君に」
それは自分のレポートの評価を聞こうとする生徒のような目であった。
そんな議長の視線を受けつつ下手なことは言えないと思うライ。だが、自身の考え。この場合は自身のこのプランについての考えをキチンと言わなければライは自分が自分である意味がなくなると考える。
少しの間の葛藤と逡巡の末、ライはその口を開いた。
「……議長。失礼を承知でいいます」
「構わないさ。忌憚のない意見を求めたのはこちらだからね」
「このプランは施行したところで早い段階で破綻します」
ライがハッキリと言い放つと、部屋の音が一瞬無くなったと錯覚するほどに静かになった。
レイがまた驚いたような表情を見せているが、今向かい合うべきはギルバート・デュランダルである為真っ直ぐに彼の瞳を見据える。
しかしそこにあったのは、失望や驚愕、諦めでもましてや敵意でもない。純粋な羨望であった。
「何故、そう思うのかを説明してもらえるかな?」
試すような彼の言葉に、ライは左遷されるかなと思いつつも言葉を重ねた。
「まず、大前提として人は機械ではありません。遺伝子や才能で全てを決めていくという社会に一番適していないのが、生物であり人です」
“デスティニープラン”
それを簡単に説明するとライが言ったとおり、『全ての人々のDNA情報を完全に解析し、その適性に合った職業に従事させることで、誰もが幸福に生きられる世界を作る』というものである。
それは皇暦の世界でシュナイゼルが、最後に行おうとした人を記号としてしまう支配体制と似たようなものであった。
「そして、これを行うのであれば、それこそ地球圏規模の広範囲で行わなければなりません。しかし、議長。貴方はあくまでプラントのトップであり人類のトップではありません。下手にそれを強要してしまえばそれこそ無用な争いを起こします」
ここまで淀みなく言い進め、一旦言葉を切る。そして話を聞いていた二人を伺い見ると、議長は興味深そうに、そしてレイはどこか鋭い目をしていた。
左遷どころか思想犯扱いかな?とまた思いながら、その先を視線で促してくる議長の態度に応えるように再び口を開いた。
「戦争を否定するための政策を行うのであれば、それこそ戦いを引き起こす原因となりうる過激な方法を取るべきではないと自分は考えます」
「そうか……そうか――――」
どこか噛み締めるような呟きを議長は溢す。そして少しの間の沈黙を破るように議長は言葉を吐き出し始めた。
「……私には交際をしていた女性がいてね」
そう切り出した議長の目はライの方でもレイの方にも向いてはいなかった。ここではないどこかを見るようにして彼はしゃべり続ける。
「家族になりたかったその女性は子供が欲しかった。だがね、残念なことに私と彼女の間には子供ができない可能性が大きかった」
その話を聞きながら、ライはタリア艦長と議長の噂を思い出す。議長がミネルバに同乗していた頃に彼女の部屋で寝泊まりしているというものであった。
「私は身を引き、彼女は子供が望める男性と家庭を築いた。だが、私も男でね。悔しかったのだよ」
その言葉に感情が宿る。
忘れきれず、だが望んでしまえば傷付けてしまう二律背反の感情。名付けるのであれば、それは何といえばいいのであろうか、今のライにもレイにもその言葉は出てこなかった。
「彼女の隣に立っていたかった。だが、それを許さない社会。それを変えたかった。……当時、遺伝子研究をしていた私は先のデスティニープランを考えた。そして今の地位となり政策を行うようになってからは、水面下でいつでも施工できるように根回しも行ってきた」
そこでようやく議長の――――ギルバート・デュランダルという男の目がライを見据えた。
「だが、そこに君という存在が現れた」
「…………」
「君はナチュラルでありながら、我が軍でもトップの戦果をあげ、幾度かあのフリーダムにも土をつけた人間だ。だが、君よりも優れていると思われる遺伝子を持つ人間にどれだけそれが出来る人間がいる?」
「それは……」
ライが目立たずともそれなりに功績を上げることができてきたのは、単に他の人間との経験の差である。
小国どころか、一組織でしかなかった部隊で大国と言って申し分ない敵との抗争、戦争を経て、たまたま人型の機動兵器という似た分野の経験。それがあったからこそライは生き残ることが出来ていた。
ライは議長の言葉に返答しようとするが、言葉に詰まる。
何故なら説明できないからだ。それは単純にライの過去を説明できないという意味ではない。
Cの世界に置いてライは幾つもの歴史、幾つもの自分を知った。そして今ここにいる自分と違い、命を落とした自分もよく知っている。そこにどんな違いがあるのか。
経験か?
記憶か?
出会いか?
運か?
巡り合わせか?
そんなモノは全て言葉遊びだ。なるべくしてなったとしか言い様がない。であれば、ライが言葉に詰まるのは無理もない。
事は遺伝子や才能という言葉だけでは説明ができないのだから。
「無理に言葉にする必用もない。私も理解してしまったのだから」
思考の海に浸かっていた為、議長の声にハッとする。
「人は今を超えるために生きている。人の敷いたレールを軽々と乗り越えていくほどの力強い意志によって。それを管理することは人にはできない。そう考えて――――納得してしまった」
そう言うと、議長はソファーから腰を上げ、その部屋に備え付けの冷蔵庫を開ける。
「そして今の自分が何をすべきなのかを考えた。自分でも呆れてしまうのだがね。今更になって変えることよりも維持することの方が難しく重要であることに今更ながら気づいたのだよ」
議長は冷蔵庫に入っていたミネラルウォーターを取り出すと、グラスに注ぎ喉を潤すために中身を煽った。
「……では、議長はこれからどうなさるおつもりですか?」
自身の目指したモノを自身で否定し、これから彼がどう進んでいこうとしているのか。それがライには気になった。
何故なら、今の議長は自棄になって暴走したような雰囲気は見られず、寧ろ理知的な瞳は以前よりも冷静に物事を判断しているように見えるのだから。
「私には血は繋がっていないが、家族と言えるような子がいてね」
議長の視線がライではなく、レイの方に向く。その視線を敏感に感じ取ったレイは気恥ずかしかったのか頬に朱が挿した。
「その子はある事情で生まれつきテロメアが短くてね。その治療法を見つけてやりたいと思っている」
その言葉はこれまでライが聞いてきたギルバート・デュランダルの言葉の中で最も決意と力強さに満ちていた。
――――――――――
『自由と正義と』
オーブ
ロゴスを打倒するために本格的に世界は動き出していた。
そんな中で、ミネルバはロゴスの実質的トップであるジブリールが潜伏するオーブに来ていた。
ザフトはオーブに彼の身柄を引き渡すように要求するが、オーブはそれに対しジブリールは我が国にはいないと回答する。
既に調べは付き、ロゴス打倒の為に同盟した各国もその裏付けとも言える証拠を抑えている。そんな中でのこの公式発表に、敵味方問わず軍関係者は怒りを通り越してあきれ果ててしまった。
もちろん、そんな公式発表を鵜呑みにし軍を引くことはできないザフトはこれに対し、強制的なジブリールの確保を行う為に軍事的な介入を開始した。
今回のことに限らず、ブレイク・ザ・ワールド以降の政府に不満や疑念を抱いていたオーブ軍はこの対応に遅れる。
民間人の避難も満足に行えておらず、市街地には未だ右往左往する住民たちの姿があった。そして末端の兵士も政府の対応に困惑し、満足に統率も取れていないために烏合の衆成り下がってしまっていた。
そんな混乱が席巻する中、オーブに黄金の機影が姿を見せた。
「私はウズミ・ナラ・アスハの子!カガリ・ユラ・アスハ!」
堂々とした宣言と共にその場に現れたのは、行方知れずとなっていたオーブの代表であった。彼女は亡き父の遺産であるアカツキに乗り込み、オーブ側の増援として現れたのだ。
彼女の思想や人柄を信奉していた軍人たちは、カガリの登場により士気が上がりむやみに拡大するだけであった戦線を保とうと勢いを取り戻していく。
対して、ザフト側は今では旗艦と言ってさし支えないミネルバが前線に上がってくる。そして、その艦から出撃したのは新型のモビルスーツ、デスティニーに乗るシンであった。
「オーブを撃つのなら……俺が撃つ!」
シンは確かにオーブが好きであった。例え目指すものが絵空事でも、それに憧れを持っていたのだ。
だが、今のオーブはその理念さえ貫き通そうとしていない。そう感じたシンは今度の戦闘でオーブが終わってしまったとしても、その恨みを罪のない民間人から背負う覚悟で戦いに身を投じた。
デスティニーとシンの上げる戦果は劇的であった。
あくまで防衛目的で編成されたオーブ軍と、常に最前線で生き抜いてきたシンの能力とワンオフ機とも言えるデスティニーの性能は比べるべくもなかった。
そしてそれは、機体性能は近くてもパイロット能力に差のあるカガリも同じであった。
接敵するデスティニーとアカツキ。
ビームを反射する装甲、ヤタノカガミを装備しているアカツキは今のコズミック・イラのモビルスーツ戦に置いてかなりのアドバンテージを持つ。
だが、それを跳ね除ける程にパイロットの技量に差があった。
「あんたが隊長機かよ!大した腕もないくせに!落ちろ!」
後一歩で撃墜というところで、その戦場に再び新しい機体が舞い降りた。
その機体は間一髪でアカツキを助け出す。それはかつてシンが撃墜した伝説。自由という名を持つ蒼い翼。前大戦の英雄キラ・ヤマトの駆る新しい剣、ストライクフリーダムであった。
「そんな……なんで……あんたは一体何なんだ!」
コックピットでシンが叫ぶと同時に、デスティニーの計器に新しい識別信号が点灯していた。今度は何だ!と内心で吐き出しながら、モニターに灯った光点に目を向ける。
「友軍機?……ライブラリーに該当なし?新型?」
シンはその違和感にすぐに気がついた。
シンが今乗っているザフトの最新鋭の機体であるデスティニーはつい先日受領したばかりの機体だ。その機体に登録されていない機体が友軍機に存在するとはどういうことなのか。
友軍に送られてきた広域通信によりその疑問は即座に氷解した。
『こちらミネルバ隊所属のライ・アスカ。これより戦線に参加する』
「ライさん?!」
コックピットモニターに写りこんできたのは、普通のモビルスーツと比べ一回り小さい機影。白い装甲に蒼いラインが引かれ、清涼感を連想させるその機体は両手に握ったライフルで、フリーダムに牽制を加えた。
『シン、遅くなった。ヘブンズベースでの遅れはここで返すよ』
「は、はい!」
ライの牽制を回避しながら接近してくるフリーダムが画面に映り込み、二人はほぼ同時に散開する。そして、索敵用のレーダーを確認するとアカツキが戦線を離脱していくことに気付く。
この場の脅威がフリーダムのみになると分かった途端、ライはシンに通信を送る。
「シン、ここは僕に任せてジブリールの確保を!」
『え、でもこいつは……』
シンの言いたいことは分かる。だが、今優先すべきことが私怨ではないことは誰が見ても明らかであった。
「冷静になれ!いま優先すべき事を考えろ!」
『ライさんは一人で大丈夫なんですか?!』
二丁のライフルで頭を抑えようと、二機よりも高高度からビームを乱射してくるフリーダム。それをほぼ反射的に、または機械的に操縦桿を動かし、二人は自機に回避をさせる。
「信じろ!」
『っ、分かりましたよ!戻ったら、遅れた分の言い訳を聞きますからね!』
力強いライの返答にシンは背中を押された気分になりながら、デスティニーをオーブ本島の方に飛ばした。
それを画面とレーダーで確認したライは、気合を入れ直すようにグリップボールをはめ込んだコンソールを握り直した。
「機体の完成度は突貫で八割。勝つのは難しいが、負けるつもりもない」
そして、ライの専用機――――リベリオンはパイロットの意気込みに応えるように空を駆けた。
――――――――――
『真実の歌』
ライはリベリオンの最終調整を整備班に依頼し、それが完了するまでの間、議長直々の特務を頼まれた。
その内容は、先のオーブでのジブリール捕縛作戦の際、全世界で流された放送の内容に関係するものであった。
それは今現在プラントで活動を行っていたラクス・クラインが偽物であり、プラント側が用意した替え玉であるということである。これが判明したのはオーブ側の声明の発表の際、自称本物のラクス・クラインが名乗り出てきたためであった。
そしてそれを認めるように、プラント側はその時に放送していた偽のラクスの放送を打ち切ったことにより、世間の風潮では偽のラクスをプラント側が用意したことは真実であるという風に取られた。
その放送をリアルタイムで、自室で見ていたシンとライの二人もこれには驚いていたが、二人共どこかやっぱりといったような、腑に落ちた表情を浮かべていた。
それはともかくとして、ライの受けた特務は今現在、月のコペルニクスで隠匿生活を送っているプラントのラクスを保護するという内容であった。
この任務には、長距離用の小型シャトルを一隻と歩兵用の装備一式を携帯する許可が下り、試しに上申したところ、シンとデスティニーの同行も議長直々のGOサインをもらった。もちろん、中立都市であるコペルニクス内で物々しい格好をするわけにもいかないため、ライは私服に必要最低限の装備を行い、シンにはデスティニーに乗り込んでもらい、月面に着陸させたシャトルの方に待機してもらっていた。
「……ここか」
訪れたのは、ギリシャを彷彿とさせる遺跡のレプリカが建てられている公園。時間帯的なものか、それともこの公園自体に人気がないのか定かではなかったが、公園の入口にいるライにはその中に人がいないことを少しだけ不思議に思った。
「……なんでこんな演出めいた場所を……議長の趣味?」
微妙に失礼な事を口走りながら、ライは公園内を進む。すると、遠目に石畳の広場のような場所が見え始めた。
「――――!――!!」
「――――」
「…………なんだ?」
その広場に近づくとともに、ライの耳に誰かの口論するような声が届く。流石に距離が離れているため、その内容までは聞き取れなかったが、その声が切羽詰ったような叫びであった事を察したライは、身を潜めるようにしてその広場に近づく。
公園内の岩のオブジェクトが多く、身を隠すには十分な場所に来るとそこから広場の方に視線を向けた。
「……あれは……アスラン?」
そこには以前まで自身と同じ艦に載っていた人物がいた。いや、彼だけでない。件のプラントのラクス。そして彼女と同じ容姿をした女性と茶色の髪と紫の瞳の色をした少年がその広場にはいた。
「どういうことだ?」
流石に状況が飲み込めないライは、大人しく彼らの様子を伺い続ける。
すると、すぐさま状況の変化は訪れた。プラントのラクスのマネージャー兼護衛を勤めていたサラと名乗る女性が現れたのだ。
「……つまり、今の彼女は疑心暗鬼に囚われている、と?」
「ええ、こちらもできるだけ丁寧な対応をしてきたのですが、それが帰って彼女を怯えさせてしまったみたいで」
無理もないとライは内心でごちる。
政治的に利用する為に担ぎ出されたとはいえ、アイドルであった彼女は他人から向けられる感情に敏感だ。とはいえ、相手が海千山千の政治家相手であれば、その深いところまでは読み取れなかったのだろう。だから彼女は分からない事が怖くなる。
正体がバレたことにより、プラントにとって都合の悪くなった自分がどうなるのかが分からない。それは自身の命も危ないと考えてしまう理由としては十分であった。少なくとも彼女にとっては。
その結果、彼女はSOSを出したのだ。ラクスであった頃、偽りとは言え婚約者として接したアスラン・ザラに。
そして警戒のためとは言え、その頼った相手から銃口を向けられている彼女の精神は既に限界に近いということは、明らかであった。
「……不器用ですね」
「……申し訳ないです」
プラントのラクスに対して言った独り言を自分に言われたと勘違いしたのか、ライに懺悔するようにサラが謝っていた。
(本当に……不器用だ)
なんだか可笑しくて笑ってしまいそうになったが、そういうわけにもいかず、ライは手短にサラに指示を出す。
そして彼女を保護するために、ライは頭上に向けて一発の弾丸を放った。
「誰だ!」
誰何の声をあげたのはアスランであった。
刺激をしないようにゆっくりとライは岩陰から身を出すと、広場にいた彼らに相対する。
「ライ?!」
「久しぶり……というのもおかしいか……オーブでの戦闘以来ですね」
普段よりも堅苦しい敬語を使うのは威嚇のためだろうか?と内心で自嘲しながらも、それを表情に出すことはしなかった。
「アスラン……ライって」
「ああ、例の新型に乗っていたパイロットだ」
「あの方が」
何やら仲間内で品定めをしているようだが、ライは取り敢えず当初の目的を果たすために口を開く。
「ラクス――――いえ、ミーア・キャンベル。貴方を保護するために迎えに来ました」
「っ!」
彼女――――ミーアが驚いたのは自分を保護しに来たことだろうか。それとも、自身の本当の名前を知っていたことだろうか。
「信じ、られません……」
絞り出すようにして返してきた言葉は拒絶を意味した。
「オーブでの放送のあと――――」
「っ」
怯えるような、喉の引き攣るような音が聞こえたが、ライは喋ることをやめない。
「自分が乗っていた艦内のクルーたちは貴女に感謝と謝罪の念を抱いていました」
「――――え?」
心底理解できないと言うふうな表情を浮かべる代わりに、少しだけミーアの瞳に理性の色が戻った。
「『自分たちは確かにラクス・クラインのような、導いて癒してくれる存在を願っていた。だけど、それは誰かが生贄になるのを良しとしてまで求めたわけではない。そう言った必要があった程に世界はもちろんプラントが混乱の中にあった事は認める』」
ライは朗々と紡いでいく。プラントのラクス・クラインではなく、ミーア・キャンベルがプラントの人間のどう思われているのか。それがほんのひと握りの人間のものであったとしても、確かに存在する彼女への言葉を。
「『元来、それを支えていくべきなのは軍人である自分たちや政治家だ。それを有名だから、ラクスだからという言い訳をしていた自分たちを情けなく思う。だから、自身というものを偽ってまでプラントやコーディネイターを支えてくれた名前も分からない歌姫には感謝の言葉しかない。ありがとう』」
ライが言い終える前から、ミーアはその場に座り込み涙を流していた。
その涙が悲しみではなく、こみ上げるほどの安堵に溢れていればいいなとライは内心で願う。
「失礼します」
彼女に近付いたライは一言断りを入れると、彼女を抱き上げる。
そこで初めて、ライはミーアが安堵の表情を浮かべながら、静かに寝息を立てていることに気付く。
(それ程気が張っていたのか)
安っぽいと思いながらも、ライはミーアに同情の念を抱いた。
これで、彼女をシャトルに乗せ、プラントに帰投すれば任務は終わるのだが、そう簡単にいかないのは未だ銃を構えてこちらを警戒しているアスランともう一人の少年の存在でハッキリしていた。
「……このまま帰してくれる気はありますか?」
ダメもとで訪ねてみたライの質問には、予想外の返答が待っていた。
「ライ、君も俺たちと一緒に来て欲しい」
「………………………………………………………………………………は?」
その言葉にライは思考をフラットにして、間抜けな生返事を返すしかできなかった。
「君ならわかるだろう。議長やレイは自分たちにとって都合の悪い人間を排除しているだけだ。彼らは人を、個人を見ようとしていない」
アスランは熱のこもった言葉を発しているつもりなのだろうが、彼が喋れば喋るほどライの視線は冷たくなっていく。それにアスランは気付かなかった。
「一応尋ねるが、そう考えた切っ掛けはなんだ?」
「ミネルバがオーブから出て直ぐに本物のラクスがコーディネイターの特殊部隊に命を狙われている。新型のモビルスーツも用意してだ。こんな部隊を用意できるのは議長だけだろう」
ライは確信に満ちたアスランの表情と言葉にため息しか出てこなかった。
「……視野狭窄だな」
「なんだと?」
「まず、コーディネイターの特殊部隊をプラントのトップである議長が用意したとあたかもそれが当然のような事を言っているが、それは勝手な憶測だろう。コーディネイターのみの部隊など用意しようと思えば今の連合もジャンク屋連合もオーブですら用意できる」
「だが、新型のモビルスーツは――――」
「先のオーブでの戦いにおいて、以前量産機のコンペで制作が見送られたザフト由来の新型のモビルスーツを確認したがあれも議長が用意したものか?」
ライがオーブでの戦闘中に直接見たわけではないが、報告にはザフトにデータだけが存在する機体――――ドムトルーパーが戦闘に参加していた事を彼は知っていた。
そしてザフトの新型モビルスーツを作るだけの情報漏洩と生産場が存在することを他ならぬ彼ら自身が証明してしまっていた。
「でも、しかし……」
「第一、それは貴様達が勝手に予測していることだけだろう。現に今、プラントが世界をかき乱すような事を行ったか?」
「それをこれから起こす可能性があるとすれば、そうも言ってはおられないのではないですか?」
甘ったるく、しかし凛とした声が響いた。
アスランから少し視線をずらし、今喋った彼女――――ラクス・クラインをライは視線に捉えた。
「デスティニープラン。その計画を議長は実行に移そうとしています」
「……」
その名称を聞き、ライの目が細まる。それを目ざとく観察していたのか、ラクスは我が意を得たといった表情で続けて言葉を吐き出し始めた。
「彼は確かに世界を正そうとしているのかもしれません。しかしその方法に問題があると私たちは考えています」
ラクス・クラインがライの方に歩んでくる。その姿は堂々としたものであり、犯し難い神聖さを見るものに印象づけさせていく。
「議長の目指す社会は先ほどアスランが仰ったように、人を個人で見るのではなく記号として見てしまうようなものです。遺伝子という本人には決められないものを指針として全てを決定していく。そんな世界に未来があると貴方は思えるのですか?」
ライは少しだけ驚いていた。
恐らく議長にとってのトップシークレットであるプランのある程度の詳細を彼女は知っている。それだけ彼女の後ろ盾となっている組織の諜報部は優秀なのかとライは感心したのだ。
そのライの反応をどう受け取ったのか、ラクスは右手を差し出すようにこちらに持ち上げる。その姿はどこか握手を求めるようであった。
「……ひとつ確認するが」
「はい?」
どこか確信めいた表情をする彼女の表情が――――
「議長が既にそのプランを凍結、破棄したのは知っているのか?」
――――――歪んだ。
その彼女の反応にライもある確信を抱いた。
「そんな、ハズは……」
「先程から貴様の言葉は他者を否定するものしかない。それではわからない。貴様が目指すものはなんだ?」
「私は、平和な世界を築こうとしています」
それはラクスなりの覚悟を乗せた言葉であったのかもしれない。だが、それでは軽すぎて、ライの心には届かない。
「現政権を否定するのはいい。だが、軍を率いて、民を先導し、国を動かすのであれば何がダメで、自分たちがどう変えるのかを示さなければそれは子供の駄々と同じだ」
少なくとも、ライは皇歴の世界で見て、聞いて、それを実行する姿を見てきた。
奇蹟という演出の元、大国を跳ね除け、亡くした国を再び建国させてきた彼を。自分たちの行動がどういう影響を与え、どういう意図のもとで人々を導いているのかを示した彼を。
「革命や反逆は否定の為の行動ではない。主張するための手段だ。中身の無い主張にどれだけの人間が命をかけるだけの価値を見いだすことができる?」
「命をかけるなんて……そんな酷い事……」
ライの言葉に反論するのではなく、反応したのはこれまで喋ることのなかった最後の一人――――キラ・ヤマトであった。
「命をかけることの何が酷いことだ。戦争だからではない。自身の望むものがその先にあると信じるからこそ人は戦場という地獄に飛び込む。それは覚悟の現れだ。他人の意見に賛同するにせよ、利用するにしろ。そこに確固たる意志があるのならば、他人がとやかく言うのは間違いだぞ――――キラ・ヤマト」
「!!どうして…………」
「確信などなかったさ。だがそんな殺意の無い、幼い敵意を振りまく人間を自分は戦場で一人しか知らない。フリーダムのパイロット」
カマかけのような問答を最後に、ライは彼らに背中を向け静かにその公園から出ようとするのであった。
――――――――――
機体設定
機体名:リベリオン
全長:約十六m
武装:専用ライフル×2
ソリドゥス・フルゴール ビームシールド発生装置×4
デファイアント改ビームジャベリン ×2
装備:ヴォワチュール・リュミエール
備考:ミネルバがデスティニーとレジェンドを受領した後に、ライの専用機として急遽建造された機体。この機体を製造に掛かり切りになったため、ライはヘブンズベース攻略戦には不参加となった。
ライの知識にあるナイトメアフレームの、特にランスロットタイプをできる限り再現した機体。四肢にソリドゥス・フルゴール ビームシールド発生装置を装備し、徒手空拳を使った格闘戦において攻防どちらにも使用できるようになっている。
そして、補給を行う上で都合しやすいという理由から、レジェンドのデファイアント改ビームジャベリンを装備している。
元にしたのが、ナイトメアフレームであるため、推進力が背中に装備されたヴォワチュール・リュミエールユニットしかない。そのため、既存の機体と比べ全体的にサイズが小さくなったが、基本的に空中での姿勢制御は常にAMBAC機動をしなければならない。これはライの驚異的なコマンド入力能力があってこそ実現できた。
コックピットはナイトメアフレームのものとモビルスーツのものとのいいとこ取りとなっている。操作系はライが慣れているナイトメアフレームのものを、そしてモニター類はより見やすいモビルスーツのものとなっている。
基本的にこの機体は、相手の懐に飛び込み、対処される前に落とす事を前提に設計された。その為、武装は最小限、機体はコンパクトにし、より早く動けるようにされている。
装甲や基本フレームはともかくとして、基本的に武装やパーツはデスティニーやレジェンドの流用品が多く、制作に大きな障害は特になかった。しかし、機体の制作に問題がなくとも、この機体に求められるパイロットのスキルが特殊すぎるため、ほとんどライ専用機になっている。
後書き
と言う訳で、こんなところで終わりです。
……はい、こんなところで切ってしまうんです。だって、デスティニープランがなくなれば、オーブとプラントが交戦する理由がなくなりますから。
前編を投稿してから評価をもらいましたが、やはり種死はキラ派やシン派はもちろん、色んな捉え方があるのかあまり評価が伸びませんでした。まぁ、それでもアスラン擁護の感想が一切なかったことには笑いましたが(笑)
最後の設定というか妄想は、きっと穴だらけですけどまぁ、パッと思いついたのを書き連ねただけですので、過度のツッコミには返答できないやもしれません。(^_^;)
あと、書いてる時にダイジェストってなんだっけ?何度か自問もしました(笑)
色々とツッコミどころは多いのですが、楽しんでいただけたのなら嬉しいです。
次回はVividに戻ります。ではこのへんで失礼します。
ご意見・ご感想を心待ちにしております。
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