八神家の養父切嗣
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十話:休暇
一年の始まりを祝う正月。普段は学業と仕事で家にいることが少ないなのはとフェイトであるが今日ばかりは家族の都合に合わせて家で寛いでいた。
しかし、普段から動き回っている少女達である。
すぐにジッとしているのにも飽きて、はやての家を訪ねることにした。
「はやてちゃーん、来たよー」
「いらっしゃーい。悪いけど今手が離せんから勝手に入ってくれん? 鍵は開いとるから」
「お邪魔します」
どうやら、守護騎士達は全員出かけているらしく家にははやてしかいない。
珍しいなと思うものの、それ以上気にすることなく慣れた足取りではやての家に上がる二人。
そして、はやてが居ると思われるはやての部屋に顔を出すと二人そろって固まってしまう。
何故固まったかと言えば、はやての様子が異常だったからである。
何かの資料に四方を囲まれ、まるで埋もれるようにして読み耽る目の下には濃い隈があった。
「は、はやてちゃん?」
「なんや、なのはちゃん? あ、もしかして机変えたのに気づいたん?」
「そこじゃないよ! はやてちゃん大丈夫なの?」
徹夜明けで気分が高揚しているのか見当違いな話をするはやてに思わず叫び返すなのは。
フェイトの方は今にも崩れ落ちそうな資料を支えに走るので忙しい。
その中ではやては一人不気味な笑みをこぼすのだった。
人間は眠らないとこうなるのかと思わず背筋が冷たくなるなのはだったが気を取り直す。
「はやてちゃん、もしかして……ううん、絶対寝てないよね」
「大丈夫や、一日は48時間あるやろ」
「ないよ! 一日は24時間しかないよ! 要するに丸一日以上寝てないんだね」
「はやて、私達のことは良いから今日はもう寝た方がいいよ」
若干壊れかけているはやてに優しい目で眠るように説得するフェイト。
しかし、はやては聞く耳を持っていないのかやたら男らしく缶コーヒーをあおるだけである。
なのはが目を向けてみればある一角に缶コーヒーの空き缶の山が作られていた。
「はあ、カフェインが脳に効くわー。味は落ちるけど時間がない時にはこういうの助かるなぁ」
「は、はやて、ちゃんと何か食べてる?」
「そら、今は出かけとるけどみんなも居ったんやからちゃんと作ったよ。でも、自分一人だけなら片手で摘まめるもんがええなぁ」
会話をしながらも目は資料に向け続ける姿に二人は思わず畏怖の念を抱く。
対するはやてはやはり寝不足で思考が働いていないのか不気味な笑みで答える。
「ハンバーガーとかは作業の手を止めず、機械的に口に運ぶだけで栄養補給が出来から理想的やなぁ」
「はやてちゃん、それ以上は何だか行ってはいけない道に行くような気がするよ!」
「そうだよ、はやて。そもそも、何を読んでいるの? お仕事?」
忙しくなりすぎてかつて否定した養父と同じ考えに至ってしまうはやて。
この話を後で冷静になった時に思い出して、しばらくショックを受けることになるのだがそれは今ではない。
フェイトに何を読んでいるのかと尋ねられて一枚の紙を投げ渡す。
慌ててそれをキャッチしたフェイトとなのはが題名を口に出して読む。
「『古代ベルカの融合機の構造についての研究』……融合機って」
「そや、ようやくこの子に新しい命をあげられそうなんや」
ここに来てやっと手を止めて剣十字を手に持つはやて。
この溢れんばかりの資料は全て融合機に関する論文なのだ。
それもただの一人がつい最近発表したと言われる最新の論文だ。
余りにも量が多いのは特に整理をしようとも思わなかったのが原因である。
「手詰まりやったところに、この論文や。嬉しゅうてなー、中々眠れんのや」
「そっか……それならしょうがないね。でも、一回寝ようか」
「待ってや、まだ半分しか読んでないんよ。このブンシュとかいう奴、やたら長々と書いとって要点が纏めてないんよ」
「ブンシュ?」
余りにも長い論文に流石に嫌気がさしていたのかブツブツと文句を言い始めるはやて。
その言葉になのはとフェイトが改めて論文に目を戻すと著者の名前が書いてあった。
『Wunsch』と短く、ベルカ語で書かれた名前。
「ブンシュ……日本語にしたら欲望だっけ?」
「ああ、そう言えばそうやね。まぁ、本名かどうかはよう分からんけど」
「でも、すごく為になることが書いてあるんでしょ?」
「まあなぁ、まるで実際に融合機で実験でもしたんかっていうぐらい正確な情報ばっかりや」
この論文は製作者のやる気が感じられるものではないが、情報自体は正確だ。
はやてが喉から手が出る程欲しかった情報のほぼ全てが載っているのだ。
もし、はやてがもう少し疑いをもっていればその不自然さについて考えたかもしれないがまだそこまで頭は回らない。
「とにかく、一気に読破してすぐに新しい魔導の器を―――」
テンションを上げるために大きく手を突き出して叫ぶはやて。
しかし、それが引き金になり絶妙なバランスで保たれていた資料がなだれ落ちていった。
為すすべなく紙の中に埋まり姿を消すはやて。
なのはとフェイトは一瞬固まったがすぐに救出に動き出す。
「はやてちゃん!」
「はやて! 大丈夫!?」
二人が呼びかけるが返事はない。思わず最悪の事態を想像し、顔を青ざめさせ紙の山を漁る。
すぐにはやての姿は見つかったが相変わらず反応がない。
救急車を呼ぶべきかと二人がオロオロする中、初めて反応が返ってきた。
「すー…すー……」
「……もしかして、寝てるだけ?」
「……うん、そうみたい」
資料の山に埋もれた衝撃からか、それとも緊張の糸が切れたのか爆睡するはやて。
そんな姿に二人は胸を撫で下ろしながら、頷き合うのだった。
「後でシグナムさん達に伝えようか」
「うん、たっぷり叱ってもらわないとね」
自分達を心配させたのだから少しぐらいは怒られてくれねば、つり合いが取れない。
そんなちょっとした復讐心も混ざった感情で二人は騎士達に密告することに決めたのである。
そして、案の定目を覚ました後、はやては騎士達と二人にこってりと絞られたのであった。
「本当にありがとうね。なのはちゃん、フェイトちゃん」
「あはは、ちょっとビックリしましたけど寝てるだけで良かったです」
「うん。私も驚いた。それで、相談って何かな? シャマル」
爆睡してしまったはやてをベッドに運んだところで帰って来たシャマルに折り入って相談があると言われたなのはとフェイト。
今も爆睡しているはやてのことであるのは何となく察しがついている為か二人は落ち着いている。
「それがね、はやてちゃん、最近ちゃんと休んでいないの。夜も勉強で夜更かしばかりしちゃうし」
「大丈夫……じゃないよね。さっきの様子からしても」
「うん、無理のし過ぎは良くないよ」
友人の不健康な生活内容に心配そうな顔をする少女二人。
しかし、自分達が同じように無茶な生活を行っていることには目を向けない。
というよりも、この二人には特に無茶をしているという自覚がない。
人間は不便なことに鏡を見なければ自分を確かめることができない。
それ故に彼女達は他人の無茶を知ることはできても自分の無茶を知ることができないのだ。
「何とか休んでもらおうとしているんだけど、いつも笑って誤魔化されちゃって。どうにかできないかと思って相談したの」
「うーん……やっぱりちゃんと話し合うしかないんじゃ」
「はやてが頑張っているのは悪いことじゃないし……」
どうにかして止めたいと思うが案が浮かぶことはなく、時間だけが過ぎる。
そんな重苦しい空気の中シャマルは名案が思い付いたとばかりに手を叩く。
それにつられてなのはとフェイトがシャマルを見つめる。
「悩んでも仕方ないわ。無理矢理でも一週間に一日は完全休養日を設けましょう」
「でも、はやて納得するかな?」
もう、強硬手段に出てしまおうと腹をくくるシャマルにフェイトが不安の言葉を零す。
幾らこちらが決めようとも肝心の本人が隠れて訓練でもすれば全ては水の泡だ。
そして、はやての性格と成し遂げようとする物事の過酷さを考えれば素直に休む確率は低いと言わざるを得ないだろう。
「だからね、二人にお願いしたいことがあるの」
「それって何ですか?」
「はやてちゃんがきちんと休むように二人に見張ってほしいの」
まさか自分達が友人の監視紛いのことをやるとは思っていなかったために目を見開く二人。
その様子を見てシャマルは驚いて当然だろうと苦笑いをする。
そこで気を取り直したなのはが何故自分達のなのかと疑問に思い、口にする。
「あの、どうして私達なんですか? シャマルさん達は家族だから私達よりも簡単に見張れると思うんですけど」
「勿論私達もやるけど、はやてちゃんは主だからって言って世話を焼こうとするから結局あんまり休めないの」
「つまり、友達である私達の方がはやても気が抜けるってことかな?」
「はい、それに二人なら堅苦しい見張りじゃなくて一緒に遊びに行くとかしてもいいと思うの」
シャマルの理想としては休みの日は普通の女の子らしく友達と遊んでほしい。
目標に向けて真っすぐに走るのは良いことだが、時には立ち止まらねば息切れをしてしまう。
ゴールが明確な目標であっても休憩抜きで辿り着けるとは限らない。
偶には寄り道をした方がいいだろう。
「でも、そうなってくると私達もお休みを合わせないといけないんだよね」
「あ、そうか。でも、それはスケジュールを調整すればまだ何とかなるかな……なのは?」
はやてと一緒に過ごすには当然自分達の休日も合わせなければならないことに気づくなのは。
フェイトの方はすぐに予定をそろえれば大丈夫だと頷くが、なのはの方はそうではなかった。
自分が正月以外ほとんど休みを取っていなかったことに気づき、顔を青くするなのは。
頭の中のスケジュール帳では月に一度休みがあればいい方になっていたのだ。
「……そう言えば、なのはちゃんもあんまり休んでないって聞いたんだけど?」
「あ、あはは……気を付けます」
ここに来て、若干声を低くして確信的に尋ねるシャマル。
その声色になのはは苦笑いのまま曖昧な返事をすることしかできない。
フェイトの方もそんななのはの態度に心配そうな顔で見つめる。
「なのは、なのはも無理をしたらダメだよ」
「うぅ……でも、私が必要になるお仕事が一杯あるし」
「はやてちゃんと同じだと、はやてちゃんを休ませることができないわねぇ」
「うん。はやてのことだからなのはが言っても『まずは自分が実践するべきやと思うよ』って返してきそうだしね」
「ううぅ……」
二人にチクチクと責められるように言葉を掛けられて縮こまるなのは。
彼女としては自分が必要とされている以上はどんどん役に立つべきだと思っている。
その結果、疲労がたまるのだとしても根性と気合いで何とかカバーできる。
何の根拠もなく思っていたが、ここに来て自分が休まなければはやての役に立てないという状態に立たされた。
普通の人間であれば特に気にすることもなく自分がやりたい方を選ぶだろう。
しかし、極度に必要とされることに喜びを感じるなのはは迷う。
「お願い、なのはちゃん。はやてちゃんの為なの。本当に忙しいときはいいから、私達とはやてちゃんを助けてくれない?」
頭を下げて頼み込むシャマル。それに慌てるなのは。
この時点で勝敗は決まったようなものだった。高町なのはは助けを頼まれれば断れない。
自分が必要とされているというのが嬉しいのもあるが生来の正義感からでもある。
もしも、自分の為に休めて言われていれば頷かなかっただろう。
だが、誰かの為になるという誘惑がなのはの心を傾かせた。
「……分かりました。できるだけ頑張ってみます。はやてちゃんにも何でも手伝うって言いましたし」
「うん、私もこんな小さなことで良いのなら力になります」
「ありがとうね。なのはちゃん、フェイトちゃん」
これも自分の力が必要とされている人助けだと、自分の中で結論を出し頷くなのは。
フェイトも断る理由などないのでにこやかな笑みを見せる。
そんな二人にホッと息を吐くシャマル。実はここまでの流れはシャマルの作戦通りである。
彼女は泉の騎士。仲間のサポートこそが本領。
そして、サポートとは何も戦闘時だけではないのだ。
かねてから、はやての無茶をどうにかして止めようと模索していたシャマル。
そんな時に聞いた、同じように無茶を繰り返しているなのはの話。
最初はどうして最近子どもは戦争でもないのにオーバーワークをしたがるのかと頭を抱えたくなったが、いっそのこと彼女も巻き込んで休ませようと決意するに至った。
そんな折に今回の出来事が起こり、実行に移したのだ。
「それじゃあ、はやてちゃんが起きたらお説教しましょうか」
『はい!』
シャマルは元気よく、少しイジワルそうな笑みを浮かべている少女二人に微笑みを浮かべる。
これで彼女達の保護者達にも良い知らせを伝えることができそうだと。
後書き
おまけ イノセントに切嗣が居たら
「どうも、八神堂にいらっしゃーい」
八神堂に訪れたなのは、フェイト、アリサ、すずかそしてディアーチェを出迎えたのは昔ながらのネタであった。
髪を右手であげながら『いらっしゃーい』と声を出すとある噺家のモノマネ。
思わずアリサが何歳だとツッコミを入れてしまう程にはそれをやったはやては若すぎた。
「小鴉……我を使い走りにするとはいい度胸だの」
「そう言いながらちゃんと連れてきてくれるから王様好きやよー」
「我は嫌いだ!」
仁王立ちしてはやてを睨み付けるディアーチェだが生来の人の好さの為に怖さはない。
その為か、はやては臆することなく彼女に抱きつき頬ずりをする。
当然のように嫌がるディアーチェだが傍で見ているアインスからすれば羨ましいことこの上ない。
「えっと……どなたさんでしょうか?」
「あぁ、挨拶がまだやったね。八神堂の店長、八神はやて言います。で、こっちが家族のリインフォースとうちのおとんや」
「いらっしゃいお嬢さんたち。アインスと呼んでおくれ」
「八神切嗣だよ。家の娘達をよろしくね」
紹介されてにこやかに挨拶を返すアインスと切嗣。
独特な家族だと思うなのは達であったが、それよりも気になることがあった。
「もしかして、ディアーチェちゃんとはやてちゃんって姉妹さんなのかな?」
そう。顔といい、髪型といい、瓜二つの二人の関係性だ。
姉妹どころか双子といわれても特に疑うことはないだろう。
髪と瞳の色が違わなければ慣れていても間違えてしまいかねない。
しかし、ディアーチェの方はそれが心底嫌なのか身震いをして否定する。
「そんなことがあってたまるか! おぞましいっ!!」
「えぇー、ひどいわぁ、お姉ちゃん」
「ははは、ディアーチェちゃんは照れ屋だね」
だが、八神親子はそんな否定など気にも留めずに笑いあう。
完全に遊ばれているディアーチェだが反抗は叫ぶだけに止める。
「赤の他人だ。全く関係ない! それと切嗣殿も止めてくだされ!」
「僕はディアーチェちゃんが娘になってくれるのは大賛成だよ」
「我が家に新しい家族の誕生ですね主」
「ええい! いい加減にせいっ!」
ますます混乱していく場に完全に拗ねてそっぽを向くディアーチェ。
そんな様子に頭を掻いて謝りながら切嗣は幸せそうに目を細める。
「さて、立ち話もなんだし家に入ったらどうだい」
「そやね、ならおとんは店番お願いなー」
「うん。それじゃあ楽しんでくるんだよ。それと、ディアーチェちゃん。家はいつでも歓迎だからね」
「それはもう良いと言っておるのです!」
最後にもう一度冗談を飛ばして切嗣は少女達の背中を見送る。
ここから先は若者の世界だ。年寄りには少しばかり辛い。
店番に戻る前に広がる青空を一度見上げて小さな呟きを零す。
「本当に幸せで、まるで――夢のような世界だ」
その言葉を最後に切嗣は一人、静かな店の中へと消えていくのだった。
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