彼に似た星空
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3.提督の生まれ故郷
「うーん…ここからちょっと離れているみたいですねー…」
退役の申請をして許可が下り、あと数日で軍を去ることが決定していたある日、同じく退役が決定していた青葉と共に、私は別の鎮守府の電算室にいた。
青葉はパソコンが得意だ。確かに青葉は終戦まで生き残っていた艦だと聞いたが、パソコンはまだその時はなかったと聞く。好奇心旺盛な青葉は艦娘として生まれ変わった後、どうやらパソコンについて猛勉強したようだった。そして今では、そのバソコンを駆使してさらなる情報収集に努めているらしい。青葉と話していると時折『ンゴwww』とか言っていたが、それが何を意味しているのかは私にはよく分からなかった。私はその青葉に、軍のデータベースで提督の生まれ故郷について調べてもらっていた。
『公開はされてないですけど、別段秘密の情報ってわけでもないですし、いけると思いますよ』
と青葉は快く引き受けてくれ、今こうして画面とにらめっこしてくれている。青葉のにらめっこの対戦相手であるモニターは、ぷりぷり顔ではなく提督の個人情報を映し出している。顔写真が表示されていないのは、今の私にはとてもありがたかった。
「oh…結構離れてますネー…地図で見れますカー?」
「見れますよ。ちょっと待ってくださいね〜…」
そう言うと青葉はインターネットに接続し、地図検索サービスで提督の生まれ故郷近くの地図を出し、それをプリントアウトしてくれた。
「ここまでどう行けばいいんデショー?」
「それもちょっと調べてみますね。この鎮守府からそこまでですと〜…」
パチパチと軽快にキーボードを叩き、最後に「ッターン!!」と小気味良い音を青葉は鳴らしたが、少しうるさいと思ったのは、青葉には黙っておいた。パソコンの画面には長大なリストがズラッと出てきた。おそらくこれが、この鎮守府から提督の生まれ故郷へ行くために必要な、公共交通機関の乗り継ぎなのだろう。
「かなりの乗り継ぎが必要ですね…」
「うう…今から挫折しそうデース…」
「私たちって元々どこへ行くにも艤装つけて海を走ればすぐでしたからね〜…」
確かに、今の自分が艤装を装備して向かえば、少なくともその場所の近くの港まではすぐ到着するだろう。恐らく半日もかからない。今この瞬間だけは、自分が退役するという決断を下したことを少し後悔した。
しかし私は、この地に向かわなければならない。彼との約束なのだから。
「でもワタシは行くヨー!!」
「そうですよ! 司令官のためにも、金剛さんは行かなきゃ!」
「その通りデース! 提督を思う気持ちは誰にも負けないネ!!」
「ですよね! じゃあ青葉、この乗り継ぎ表をプリントアウトしますから持って行ってください!
「ヨロシクオネガイシマース!」
「はい! 青葉にお任せください!!」
お得意の敬礼のような遠くを眺めるようなポーズを笑顔で決めた後、青葉は先ほどの乗り継ぎ表をプリントアウトしてくれた。しばらくの間、ガーガーというプリンタの音だけが電算室に鳴り響いた。私と青葉の間に、少しだけ気まずい沈黙が流れる時間だった。
「金剛さんは、提督の生まれ故郷を見たあとはどうするんですか?」
「そうデスネー…まだそこまで考えてないデスけど…青葉はどうするんデスカ? 青葉も退役するんデスよね?」
「青葉は手始めに、あの鎮守府での生活を本に書いて出版します! 青葉、何を隠そうジャーナリストになりたかったんです! 本の出版はその第一歩です!」
「青葉が作ってくれてた“週刊青葉新報”、面白かったですからネー」
「恐縮ですっ! 司令官もそうおっしゃってくれてました! それに司令官やみなさんの生き方、もっといろんな人に知ってもらいたいなーって。こんな素敵な人たちがいたってことを、たくさんの人に知ってもらいたいなーって思ったんです」
私達二人は、生前の提督を思い出していた。彼は兵器として生まれた自分たちを大切にし、人間として扱ってくれた異質な存在だった。兵器である自分たちは、他にいくらでも代用の効く存在だ。事実、艦娘をモノとして扱い、多大な犠牲と引き換えに戦果を上げる鎮守府もあると聞く。
そんな中決して犠牲を認めず、轟沈を出さず、私達艦娘と共に笑い、時に悩み、一緒に歩んでくれたあの提督は、心優しくて少しだけ気の弱い、素敵な人格者だった。だから私達は彼に惹かれた。彼のために戦い、あの日まで、彼と共に足を揃えて歩んできた。
「なんかそれが……司令官や比叡さん、榛名さんに出来る、青葉のせめてもの罪滅ぼしかなって思うんですよね……本当は、司令官の生まれ故郷を青葉も見てみたかったんですけど……」
青葉はそう言うと、少しうつむき肩を震わせた。彼女は、あの日自分が大破していたことを、最後まで悔やんでいた。あの日のことを、自分が招いた惨事だと思い悩んでいたことを私は知っている。
「…でも青葉はダメなんです。青葉には荷が重すぎます。3人を死なせる原因になってしまった青葉には……」
そう言いながら顔を上げ、笑顔でこちらを見る青葉の目からは、涙が溢れていた。
「青葉…」
気がつくと、私は自然と青葉を抱きしめていた。重巡洋艦にカテゴライズされた艦娘たちの中でも、青葉はまだ体が小さい方だ。戦艦と空母に次ぐ鎮守府の大事な戦力となるはずだったが、こうして抱きしめると、彼女の体は本当に小さい。こんな小さな体で、青葉はあの日の責任をすべて受け止めようとしていたのだ。
「こういうことは……たった一人…司令官からケッコン指輪をもらった金剛さんじゃないとダメだって…青葉は思うんです。青葉じゃダメなんです。行く資格がないんです。青葉じゃなくて…金剛さんじゃないと…ダメなんです…」
顔を見なくても分かる。青葉は今、涙をポロポロ流しながらも無理に笑っている。今私の腕の中で、体を震わせて3人がいなくなった悲しみに耐えながら、それでも笑顔でいようとする彼女が、このままでは壊れてしまいそうに感じた私は、青葉を抱きしめる両腕に力を込めた。彼女を壊さないように、でも彼女が壊れて崩れ落ちてしまわないように、優しく、でも力をこめて抱きしめた。
「約束しマス…青葉の分まで、テートクの故郷を見てきマス。ありがとう青葉」
「ありがとう金剛さん…ありがとうございます…恐縮です…ハハ…」
「ハイ…約束しマス…」
「司令官も…比叡さんも榛名さんも…なんで…みんな、なんでいなくなっちゃったんでしょうか…? ハハ…やっぱり……青葉がいけなかったんですかね…?」
「青葉は何も悪くないデス」
「青葉が…青葉が大破してなかったら、間に合ったんですかね? あの日、青葉が大破してなくて、青葉が全速力を出せていれば、司令官がいなくなっちゃうこともなくて、比叡さんと榛名さんも轟沈しなかったんですよね…? 青葉が悪いんですよね……?」
「ノー。青葉は何も悪くないデス。テートクが死んだのも、比叡と榛名が轟沈したのも…大丈夫。青葉のせいなんかじゃないデス」
―悪いのは私です
彼を守れなかったのは、私です
比叡と榛名を沈めたのは、私なんです
「だから自分を責めちゃ駄目デス。テートクも青葉がそんな風に考えてると知ったら悲しみマス。だからテートクのためにも、これからはジャーナリストとして頑張ってくだサイ」
「はい…司令官のためにも青葉、ジャーナリストとしてがんばります。だから金剛さん、私の分まで司令官の故郷を見てきてください」
「ハイ! 約束デス!」
「そして帰ってきたら、その話を青葉に聞かせてください。約束ですよ? 絶対ですよ?」
私は自然と、青葉の頭を撫でていた。これは提督の真似だ。彼は、あのお茶会の日をきっかけに、私の頭をよく撫でてくれるようになった。私が活躍したときや、私が催促したとき、ちょっと困りながら、それでも笑顔で私を撫でてくれた。それがどれだけうれしく、元気が出る魔法だったかを知っていた私は自然と、青葉を元気づけるため、彼女の頭を撫でていた。
「金剛さん…司令官のマネですか?」
「Yes。青葉を元気にする魔法ネー」
「知ってますか?」
「何をデスカ?」
「それが司令官のマネだって分かるの、金剛さんと青葉以外だと、比叡さんと榛名さんと霧島さんだけですよ?」
「……そうなんデスカ?」
「はい。司令官、金剛さんの頭しか撫でてませんでしたから」
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