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心を今

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第二章

「そうしていきます」
「左様ですか、では私も」
「伊達さんもですね」
「そうしていきます」
 こう住職に答えた、確かな声で。
「人の心を養っていきます」
「それがいいですね」
「本当に」
 こうした話を二人でした、伊達は実際に心の修練も忘れていなかった。ただ身体を鍛えるだけではなくだ。
 それでだ、トレーニング以外でもだ。
 座禅を組んだり経典を読んだり写経をした。時には滝にも打たれた。
 その彼を見てだ、後輩達は怪訝な顔で彼に尋ねた。
「あの、出家ですか?」
「出家を考えておられます?」
「お坊さんになるおつもりですか?」
「いや、そこまでは考えていないけれど」
 それでもというのだ。
「けれど心の鍛錬もしているんだ」
「それはどうしてですか?」
「人でありたいからね」 
 だからだというのだ。
「心もこうしてね」
「鍛錬をですか」
「それをされているんですか」
「トレーニングだけでなく」
「そちらも」
「そうなんだ、だから座禅を組んだりしているんだ」
 僧侶の修行も行っているというのだ。
「人でありたいと思ってね」
「ううん、修行もされて」
「お坊さんみたいに」
「それで人にですか」
「人になりたいですか」
「人の心を養って人でありたいから」
 それでというのだ。
「そうしているんだ」
「何か凄いですね」
「お坊さんみたいな修行までされて」
「人の心もですか」
「養っておられますか」
「そうなんだよ」
 こう話してだ、実際にだ。
 彼は修行を続けていた、しかしだった。
 修行をしても何かが足りない、そう考えていた。それで日々悩んでいた。
 トレーニングと修行を続けながらだ、彼は悩んでいた。それはマネージャーと街を歩いている時も同じだった。
 大柄な身体の上にある穏やかな顔でだ、彼はマネージャーの伊藤古志郎に尋ねた。
「僕は最近まだ足りないって思ってるんだよ」
「レスラーのことではなくて」
「そっちはね、まあね」
「またベルトを取られましたし」
「だからね」
 そちらの方は満足しているというのだ、油断や慢心はしていないが。
「そちらのことじゃなくて」
「修行のことですか」
「人として、何かね」
「足りないですか」
「そんな気がするんだよ」
 太い丸太の様な腕を組みやはり太い首を傾げさせての言葉だ。
「僕は」
「そうなんですか」
「何かな、その足りないものは」
「とはいっても伊達さんは親切で優しくて誰にも公平で」
 人格は申し分ないとだ、伊藤は答えた。
「立派だと思いますよ」
「そうなのかな」
「はい、修行もされていますし」
 だからだというのだ。
「非の打ち所がないと思いますよ」
「そうであればいいね」
「はい、ですから足りないとはです」
「マネージャーはだね」
「ないと思いますが」
「だといいけれどね」
 伊達は伊藤の言葉を聞いた、だが。 
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