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心を今

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第一章

                 心を今
 伊達祐太郎は強い、まさに無敵のレスラーだ。
 しかしだ、彼は強いだけではなかった。
 温厚で心優しい人物だった、それで信仰もありだ。
 寺にもよく行ってそこで僧侶の話を聞いていた。檀家の大学教授でもある平優一住職からもよく話を聞いていた。
 その彼と話をすることもあった、それはこの時もだった。
 住職と人について話をしていた、その中でだった。
 住職は彼にだ、こう言った。
「人は何故人なのか」
「仏教でも考えられていることですね」
「はい、哲学ですね」
 住職は伊達に言った。
「それは伊達さんも日頃考えておられると思いますが」
「はい、ただ」
「それでもですか」
「一体何が人間なのか」
 伊達は住職に難しい顔で述べた。
「そう聞かれますと」
「答えは出ませんね」
「どうしても」
「それは私もです」
「住職もですか」
「はい、人は何故人になるかですね」
「そうです、それはどうしてでしょうか」
「それは非常に難しい問題です」
 とかくというのだ。
「仏教だけでなくです」
「他の宗教でもですか」
「あらゆる哲学でも」
「哲学は宗教から派生した学問でしたね」
「そうです」
 哲学についてだ、住職は伊達にこのことははっきりと答えた。
「それは欧州でも同じです」
「キリスト教からでしたね」
「そうです、生まれていますから」
「宗教は人についても深く考えていますね」
「その通りです、しかしです」
 それでもとだ、住職はその四角い白い髪を後ろに撫で付けた落ち着いた顔で話した。レスラ―らしく大柄な伊達を見つつ。
「私もまだ答えは出ていません」
「そうなのですか」
「そうです、ただ」
「ただとは」
「人としてしてはいけないことはです」
「殺人や詐欺等ですね」
「そうしたことは弁えているつもりです」
 犯罪や倫理に反する行いといったものはというのだ。
「そして餓鬼は何故餓鬼になるのか」
「餓鬼道にいるという」
「餓鬼は最初から餓鬼になるのではありません」
「生まれ変わるのでしたね」
「そうです、心があまりにも卑しいのならば」
「心がですか」
「餓鬼になります」
 そうなるというのだ。
「人はです」
「そうしたものですか」
「人は心次第で畜生や餓鬼にも生まれ変わり」
「地獄にもですね」
「落ちます」
「ですか、心次第ですか」
「六道がありますが今は人でも」
 人としての心でなくなり、というのだ。
「心が人でなくなれば次の生は人にならないのです」
「餓鬼になることもあれば地獄にも落ち」
「そして修羅や畜生にもなります」
「極楽に行くこともありますね」
「悟りを開かない限りは」
 そうして輪廻から脱却しない限りはというのだ。
「その中においてです」
「生まれ変わり続けますね」
「逆に畜生や餓鬼でもです」
「人の心が備われば」
「来世では人に生まれ変わります」
「では人は」
「心なのです」
 それで人となるというのだ。
「姿形ではなく」
「左様ですか」
「ですから私もです」
「人の心をですね」
「忘れない様に務めていきます」
 僧侶として修行を積みというのだ。 
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