異界の王女と人狼の騎士
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第七十二話
「姫、何処だ? 」
抱きかかえたまま俺は王女に問いかける。
「ずっと奥の方よ! 」
即座に王女が答え、奥を指さす。
王女を抱きかかえたまま駆け出た。指さす方向にはゲームセンターがある。
しかし、この速度で走ると、磨き上げられた床はまるで凍結路面のように摩擦係数が低く感じることとなる。
俺は慎重に、しかし速度を落とすことなく走った。
―――
ゲームセンターにたどり着くと、すぐに目的のものを見つけた。
結論からいうと手遅れだった。
入り口に客寄せ的に配置された大型のUFOキャッチャー。
ぬいぐるみ達にめり込むような形で人の姿があった。人気アニメのぬいぐるみが血まみれになっている。
どうやら景品ケースのなかに無理矢理押し込まれ、身動きが出来ない状態にされたまま殺害されたようだ。
恐怖が張り付いたままの顔で白目を剥いている。口は張り裂けんばかりに開いている。口からはみ出したあり得ないほどの長さとなった舌がてろりとはみ出していた。
そして、胸部には大きな穴があいたままになっている。それが致命傷となっているようで、ぽっかりと空洞が口を開いている。
……どうやら生きたまま心臓をくり抜かれたようだ。
「酷いことをする……」
俺は被害者の顔を再び見た。
店の入り口に止まっていた車の運転手は別として、下で殺されていた二人と今ここで死んでいる一人。全部が俺と同じ学校の生徒だ。
彼らの共通項はサッカー部の部員であること。
漆多を苛めていた連中の主犯格であること。
俺に半殺しにされた連中であること。
そいつらが殺されているということなんだ。これまでに殺された学校関係者もよく考えれば漆多を共通項に接点がある人たちばかりなんだ……。
あまり好ましくない予感がしたけど、俺はそれをもみ消すように頭を振った。
ふと見ると、王女は離れた場所にしゃがみ込んでいた。
見るとバラバラに破壊されたDVDディスクの式神が転がっていた。
どうやら彼女が送り込んだ3体ともやられてしまったようだ。
悲しそうな顔で、その残骸を拾い集めている。
しかし……。
俺は再考する。
悲鳴が聞こえてからそれほど時間は経っていないはず。そして俺たちは相当な速度でここまで来たはず。
それなのに、俺たちは奴の姿など見ていない。
寄生根は一瞬で移動したのか?
刹那、階下よりおぞましいほどの絶叫が響いた。
「シュウ、早く! 早く追いなさい。あいつを逃がしちゃだめ。絶対に捕まえて、……抹殺しなさい! 」
「もちろん分かってる。姫はどうするんだ? 」
「私はこの子達を回収してから行くわ」
と、王女は床のDVDメディアの残骸(しきがみ)を指さした。
俺は一瞬だけ躊躇した。王女をここに残すこと不安を感じたからだ。しかし、階下で襲われているであろう誰
かを助けるためには急がなければならない。
そしてここからなら、階段を下りていったほうが近いようだ。
「わかった。……姫、注意しろよ」
そう言い残すと俺は駆け出した。
階段を踊り場までひとっ飛びで下り、壁を蹴ってその反動で方向転換して一気に階段を下ろうとした。
「!! 」
俺は視界に違和感を感じた……。
それは一瞬の躊躇。
気にする必要などない程度の違和感だった。普段なら気にもしないはずの感覚。
でも、本能的な異変を皮膚で感じ取ったんだ。
全身が総毛立つような感覚が警報を鳴らす。
勢いよく階段を下っていこうとするぎりぎりで俺は階段の手すりに左足をかけ、そのまま斜め上へと飛んだ。
そして、宙へ舞うと天井を蹴り上げた。
その反動を利用して、俺はなんとか階段の踊り場に着地することができた。
俺は眼をこらしてみる。
注意して見なければまず何も気づかないだろう……。階段には、通常の注意力ではまず見えないくらいに細い、細い糸が数本張り巡らされていたんだ。
その場所は、人の膝の辺り、腰の辺り、胸のあたり、首のあたりに位置するように4本。
軽く触れただけで指先がザックリと切れ血が滲んでくる。それは恐ろしいほどの鋭利さ。そしてピアノ線以上の強度を持っているようだ。
もし仮に王女を連れて来ていたとしたら、俺はこの罠を回避することはできなかっただろう。彼女を庇ったところで猛スピードで駆けていたはずだからその速度がそのまま破壊力となる。体はズタズタだろうし、運が悪かったら首が切断されたかもしれない。
罠から王女を守ろうと身を挺すれば確実に首の位置に糸が張られているようにも思える。
さて、……俺は首を跳ねられたら再生できるんだろうか?
しかし、考えている時間は無い。
俺は糸を凝視し、その物質の命の根源を確認し、そこを指先で触れ破壊する。
崩れ落ちるように張り巡らされた糸は霧散した。
これで仮に王女が来ても大丈夫だ。
再び駆け出すけど、先ほどまでのスピードは出せない。拙速さは即、俺の命取りになるからね。
敵は狡猾にもいろいろと罠を仕掛けるようだ。さっきの罠も次の罠への伏線かもしれないから慎重にならざるを得ないんだ。急がなければならないけれど、俺が罠にかかってしまったら元の木阿弥。
唐突に、再びの悲鳴の聞こえた。
俺は一階の出口へと向かう。
しかし、まだ生存者がいたとは……。
これまでの犯行を見る限り、寄生根は殺すことにそれほどの時間はかけていない。奴は追い詰め追い込みながら獲物を駆り立てていたはずなのに、ミスったのだろうか。
しかし、今奴に追われている人間もなんだかな、とも思う。せっかく奴の追撃をかわしていたというのに最後の最後、出口付近で逃げようとしたところを気付かれてしまったのだから。……いや、それさえも寄生根の思惑通りなのかもしれない。
しかし、まだ生存者がいると分かった以上、少々のリスクは覚悟してでも近づかなければならない。
敵は察知能力に長け、しかも狡猾な罠を仕込むタイプ。迂闊な行動は取れない、としてもだ。
出口付近で二つの人影が見えた。
すでに終幕間近であることはすぐに分かった。
一人は地面を這うように逃げようとしている。そして、その男を見下ろすよう立っている者の姿がある。後を向いているしこの距離ではもちろん誰だかわからない。
しかし、それほど大きな人間ではない。奴が寄生根なのか?
だがしかし、これまでの俺が戦ってきた寄生根とは異なり、現段階では変態化していない。人間と変わりないシルエットをしているんだ。
ただ、その体からは霧のようなオーラのような、どす黒い何かが立ち上っている。そしてそれは闇よりも暗く黒かった。
刹那、そいつが動いたかと思うと、地面を這っていた男の右足首を掴み、高々と持ち上げた。
「ひぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
恐怖におののく悲鳴が館内に響き渡る。
「やめろ!」
俺は叫びながら駆け出そうとする。
しかし、次の瞬間、寄生根は右腕を男の胸に深々とめり込ませる。
耳を覆いたくなるような悲鳴が高く長く響くが、やがて消えうせて行った。
ぐびぐび
ごりごり、ぼりぼり。
ぐちゃぐちゃ。
ごぼん。
連続して、いやな音が連続する。
「ガハッ!」
男は血を吐き出す。
肉がちぎれるような音と共に、寄生根は男から心臓をえぐり出していたのだった。
ぷちぷちと切れる音が続く。
どすん。
寄生根は掴んでいた男を放り投げる。男はくるくると回転しながら頭から床へと落下し、何かが折れるような音を立ててそのまま動かなくなった。
寄生根は掴んだ手を高々と差し上げ、吠える。
後からだとよく見えないけど、男は心臓を口に含み、こぶし大のそれを丸呑みしたのだった。
ごくん
という音が館内に響く。
俺は吐き気がした。
今度の奴は「共食い」か。
立ち上る暗黒のオーラはますますその濃度を増しているかのように思える。
俺はその悪魔の行為に気圧され、動きを起こすことが出来ずにいた。
「シュウ、そいつを斃しなさい! 」
刹那、館内に声が響く。
王女が階段を下りてきたばかりだった。
俺はその声で金縛り状態から解放された。
俺が動こうとしたとき、奴が声に反応して振り返った。
顔は何故か黒い霧のせいで歪んで見えるが、その霧の奥に見える顔を見間違えるはずがなかった。
血でべったりとぬれた髪、無精ひげ、顔にもこびりついた血のあと。何を見てきたのだろう、その落ちくぼんだ眼窩。
俺は現実から逃避できないことを悔やんだ。
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