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異界の王女と人狼の騎士

作者:のべら
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第七十一話

 店内入口に来ても、内部にはとりたてて変化は無いように思える。
 まあ、かなり広い店内だから無理はないだろうけど。

 俺が先頭に立ち、店内の奥へとどんどん歩んでいく。
 いかなる暗闇だろうとも、俺や王女には何の障害にもならないのだから。
 視界は完全に開けている。

「ちょっと待って」
 王女はそういうと、肩から斜めがけしたショルダーバックを開けるとごそごそとなにやら取り出す。
 100円ショップで売っていたCDやDVDを入れるスリムケースだ。そこからディスクを3枚取り出すとそのまま中空へと放った。
 ディスクはくるくると回りながら光を放つと、円形から形を変えて行く。
 一つは鳥の形状、残り二つは4足歩行の動物へと形を変えた。
 1枚のディクスでできている生物だけど、結構良くできた品だ。
 三匹とも地面に着地し、王女に顔を向ける。

「な、何だいこれ? 」
 驚く俺を無視して、王女はしゃがんでそいつらに命令をする。 
「お前たちは1階を捜索、お前は2階を探して頂戴」
 王女の命令を聞き終えると、鳥は鳴き、4足の動物は吼えるとあっという間に居なくなった。

 彼女は立ち上がると
「式神みたいなものよ。飛んで行ったのはワシミミズク。走って行った子たちはニホンオオカミ。どちらもこの暗闇でも問題なく行動できるし、すべてのデータをあのディスクに書き込んでいるから、あとでDVDプレーヤーで再生もできるのよ。それに頭もいいから命令しなくても自分で判断し、今私が指示した命令を達成するために行動もできるんだから」
 と、自慢げに答えた。そういや最初から式神みたいなのを操っていたよな。こっちで暮らすうちになんかハイテク化されていっているし。
 あれ、ディスクアニマルをヒントに作ったな。夜中にテレビでやってたのかな。
  
「ねえシュウ、ところでお前はさっき車内を見た? 」
 と、唐突に彼女が問いかけてきた。

「いや。……死んでいたのが誰か気になって、それどころじゃなかったから」
 もし、同級生だったらどうしようって思ってた。

「だから駄目なのよ、お前は。あらゆる状況を想定して視野を広く持っておかないと……。だから何度も殺されそうになるのよ。まるで学習能力ってものが無いわね、お前は。もう少し慎重にうまく立ち回れば、酷い目に遭わなくてすんでいたのに。
 お前ほどの能力(ちから)があれば、本当ならもっと早い段階で寄生根(あれ)を潰すことが出来たはずなのよ。それなのに出来ていないのは、お前の不注意と集中力不足ね」

 ああ、……また言われてしまったなあ。

「うう、注意力が無いとか、集中力が無いとかは今に始まったことじゃないから何ともならないよ。以後気をつけますとしか言えないんだけど。……で、車内には何があったの」

 まだまだ説教を続けそうな勢いだった王女だけど、どうやらこれ以上は無駄と考えたのか矛先を修めてくれた。
 それがいいのかどうかは別問題なんだけれど。
「車の中にあった物には気付かなかったのかしら? 」

「うーん。何か段ボール箱とかが転がっていたな。そこから何かがあふれ出ていた気がする……。それが何だったかはよく覚えてないんだ」
 何かの商品が転がっていたのは覚えている。

「そう。車の中にはタグ付きの商品が大量に転がっていたわ。きちんと箱に詰めていたんでしょうけれど、衝突事故であふれ出たんでしょう」

「……それってもしかして、盗品ってことなの? 」
 閉店後の深夜に車を止めて何人かがすることといえばそれくらいしかないだろうな。

「そう。車内に散乱していた商品はすべてここの店の商品タグが付いたままだったわ。宝飾品も結構あったわよ。どうやら死んだあの男と仲間は店舗荒らしをしていたんでしょうね」
 最近、学園都市だけでなく、周辺の街でも深夜の無人の店舗に侵入する窃盗団がニュースで取り上げられていた。

「すると殺されたあいつはニュースでやってた窃盗団の一員なのか」

「それは分からないわ。とりあえず他の連中を捕まえてみないとね。……でも寄生根に追われてまだ無事でいるとは思えないけれどね。とにかく急ぎましょう」

 あんまり不吉なことを言わないでくれと思ったけれど、口には出さなかった。

 シンと静まりかえった店内。

 営業中は大勢の客で賑わってるであろうこの場所も今は物音一つしない。本来なら外の音や店内の機械の音があるからここまで静かなはずはない。施術された結界のために完全に外界から隔離され、全ての電力の供給も止められていることからこの無音の世界となっているんだ。
 店内は広いからどこから探して行けばいいか分からない……。と思ったけど、陳列された商品やマネキンが倒れた場所を見つけるとあとは簡単だった。
 どうやら寄生根に追われ、必死に逃げたんだろう痕跡が残されている。商品を投げつけたり、ジグザグに逃げながら商品をひっくり返して追撃をかわそうとした痕跡が。

 近くでオオカミがウオ、ウオと吼える声が聞こえてきた。
 声の聞こえるその先。
 一階の奥の方。下着売り場のマネキンの側に一人の犠牲者を見つけた。
 先ほど王女が送り込んだディスクが変形した式神が遺体の周囲をくるくると回っていた。

 被害者は並べられたマネキンの間を逃げようとしたところをやられたんだろう。倒れたマネキンにしがみつくようにして倒れている。

 上下のジャージにニットの帽子をかぶっている。
 背中を右肩から斜めに腰のあたりまでザックリと何かで切り裂かれたような跡が無惨に口を開けている。かなり深く斬られたらしく、傷口が抉れ、内臓や骨までが見えてしまっている。
 さらに背中の中央辺りには強引に傷口を広げられていて、巨大な穴が開いたようになっている。
「酷いことを……」
 思わず声に出していた。
 大量の血がまき散らされたんだろう。周辺は血の海となっていた。
 まだそれほどの時間が経っていないせいか、血だまりも固まっていない。
 どうやら、二人で逃げていたんだろう。血だまりで何度も転んだ形跡がある。
 そしてそれは、ここから逃げたのだろう。赤黒い足跡が先へと点点と残されている。
 しかし、異臭がするのは相変わらずだ。
 
 俺は血だまりを避けながら遺体の頭部の方へと回り込んで、顔を確認する。
 先に逃げた奴の無事を確認した方がいいんだろうけど、まずは被害者が誰かが知りたかった。
「ちっ……やっぱりか」
 
「どうしたの、シュウ」
 王女は二頭のオオカミに次の指示を出し終えると、俺の言葉に問いかけてきた。

「こいつは俺と同じ高校の生徒だよ。クラスは違うけどね」
 吐き捨てるように答えた。
 こいつは漆多を執拗に苛めていたグループの一人で、前に俺がボコボコにした奴らの一人だ。
「糞。マジで糞だよ……」
 呻くように、そして言葉を吐き捨てる。
 考えたくない結論がすでに示されている。そのことに対しての嫌悪感からの言葉だった。
 あまりに酷い結論。
「とにかく、先を急ごう」

 本来なら、俺一人で動いた方が早い。でも王女を残しては行けない。
 万一、寄生根が王女を狙った場合に対応が遅れる可能性が高いからだ。。
 焦る心を必死に静めながら、俺たちはさらに歩みを勧めていく。

 残された血まみれの足跡を追う。

 スニーカーらしき足跡は非常に乱れ、時折転んだりしていたのが分かる。
 必死に逃げようとしているんだろう。ジグザグに、時折背後を振り返りよろけた形跡さえ見て取れた。
 周囲にはなぎ倒された商品やマネキンが転がっている。

 その跡をゆっくりとした歩調で追いかけている足跡があった。
 歩幅はさして大きくなく、歩いている感じだ。
 明らかにそれは楽しんでいるように感じられる。

 二つの足跡はトイレへと続いていた。

 身障者用のトイレの扉が引き千切られていた。
 蹴り壊すのではなく、もぎ取るような形で巨大なスライドの扉が無造作に投げ出されている。
 扉には解体用の重機のアームででもはさんだように手形が着いている。

 入り口で先ほどの二頭が王女を待っていた。
 すぐに彼女に駆け寄ると、何かを伝えているようだ。
「うん、分かった。お前たちは二階に行ったミミズクのフォローをしなさい」
 再び、オオカミの式神は短く吼えると、あっというまに闇の中に駆け出していった。

 俺は無造作に剥ぎ取られた扉を見る。
 どうみても人間の両手で扉を掴み、そのまま引きはがしたようにしか見えなかった。
 そんな人間がいるのか? 否、あり得ない。
 人間ではありえない。
 でも、俺は知っている。
 そんな奴と何度も戦ったから。
 俺たちはトイレの中へと足を踏み込む。

 そして、そこにあった。

 広い身障者トイレの奥にある便器に、俯せ状態で頭を突っ込んだままの死体が。

 さっきと同じように、背中を斜めにぶった切られ、中央で傷口を無理矢理広げた跡と内部の空洞が。
 俺は気持ち悪くなってはいたけれど、便器に頭を耳が浸かるまで押し込まれた遺体を引き抜いた。
 無理矢理押し込まれたので頭蓋骨が陥没し、生前の面影はほとんど無くなってはいたものの、やはりその顔には見覚えがあった。やはり、うちの高校の生徒だったんだ。

「酷いわね……」
 王女が呟く。

「うん。酷いよ。殺しを楽しんでいるよな、コイツは」

「それだけじゃないでしょう? 」
 俺は彼女の言うことがよく分からなかった。
「二人を見たでしょう。彼らは心臓をえぐり出されているのを」
 確かに、二人の遺体には無理に傷口を広げて、何かを取りだした痕跡があった。そしてその位置にある臓器といえば心臓しかなかった。

「でもそんなものをどうしたんだ」

「さあね。それは分からないわ。でも、どこにも取りだした心臓は無かった。寄生根が持っているのかもしれないし、もしかしたら。ううん、そっちの方があり得るわね」

「そっちの方って何なんだ」

「簡単じゃない。……食べてしまったのよ」
 
 予想はしていたけど、ハッキリと言われると衝撃を感じる。人肉を食べるということへの本能的な嫌悪感とタブー視。普通の人間なら、共食いなんてするなんて想像もしたくないことなんだから。

「そんな、馬鹿な」
 とはいいながらも、それ以外は考えられなかった。どういった理由でかは分からないけれど、それが一番しっくり来る結論だ。食べるために取りだした。ただそれだけなのかもしれない。

「肉体を維持するために必要だったのかもしれないし、単に儀式的な理由だったのかもしれない。それともコレクションにしたかったのかも知れない。……でもそんなことは、寄生根にしか分からないし、私たちがそれを突き止めたとしても何の利も無いことだけは間違いないわ。さあ、行くわよ。まだ犠牲者が出るわよ」
 王女は他にも人間がいるのが分かっているように言った。
 どうしてまだ人がいることが分かるんだと聞こうと思った刹那、階上から何かが割れるような音が館内に響き渡った。
 オオカミが吼える声も聞こえる。

「行くわよ、シュウ」
 かけ声を合図にして俺は王女を抱き上げた。
 微かに悲鳴のようなものを聞いた気がしたけど、気にしなかった。

 一気に駆け出すと、俺は吹き抜けになった広場へと出る。
 二階との高低差は3メートルくらい。落下防止の手すりを計算に入れると、4メートルはある。
「姫、しっかりつかまっててくれよ」
 叫ぶと、王女は俺の首にしがみついてきた。

 軽くステップを踏んで、左足で飛び上がる。
 流石に一人を抱えているせいか、うまく反動を利用できない。

 なので思ったよりはジャンプできなかったけど、何とか手すりを飛び越えて、二階のフロアに着地できた。


 
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