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クロスゲーム アナザー

作者:コバトン
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第八話 いい夢を見させてくれ……

『さあ、次は投手対決!
六番、喜多村の打順です!』

実況が球場全体に鳴り響く中、俺は打席に立って相手の投手を見据える。
先ほどの死球。
内角高めに外れて赤石の肩に当たったあの球。
咄嗟に赤石が身を引いたおかげで大事故には至らなかったが……一歩間違えれば、それこそ頭部に当たっていたらと思うとゾッとする。
150キロ超のストレート。
それが自分に向かってくる恐怖は半端ないだろう。
野球をやっているなら、そういった事故は当然起こり得るわけで。
今回の赤石への死球も偶々当たってしまった、というだけのことだろうと思うが。
……だけど、さっきの顔。
あの笑みはどういうつもりで浮かべたものなんだ?

『ストライク!』

『おっと、喜多村。初球は見送ります。
ど真ん中のストレート、今の球速は______』

仮に故意にやった場合。
何故赤石を狙ったんだ?
相手からしたら、赤石よりも東の方が危険度が高い打者のはずなのに……。

『なんと、初球から154キロ!
黒石選手、本日最速154キロ!
これは、喜多村手が出せないか⁉︎』

頭の中でぐるぐる、ごちゃごちゃ、答えが出ないまま考え混んでいると。

「コラー! 何やってるかー!
ヘボ投手、しっかりせんかー!」

聞き覚えのありまくる少女の声が聞こえてきた。
そうだ! 今は試合中だ。
ごちゃごちゃ考えるのは後でいい。
今は試合に集中しないと。

『コウが投手で、赤石君が捕手。
舞台は______超満員の甲子園!』

勝って、決勝に行くんだ。絶対!
若葉が見た夢の舞台は、今じゃないんだから。
それに……。

『もう何もないでしょ。私から学ぶものなんて』

女性というだけで、試合に出られない青葉の夢。

俺の大切な女性(ひと)達が見た夢の舞台。
その二人の夢を……。
俺が叶えなくて、誰が叶えるんだ!
ギュッ、手に握るバットに力が入る。
最期まで俺を信じてくれた少女と、誰よりもこの舞台に立ちたいと願う少女の想いを力に変えて。
直後、相手の投手の手から放たれた球に合わせて。

『遊んでいくかい? コウちゃん』

『ナイスバッティング!』

『コウなら、出来る!』

『アンタなんて、信じてないわよ!
これっぽっちも、ね!』

『そういう優しさは大事だぞ、コウ』

バットを思いっきり、振り抜く!


キ____________ン!
甲高い金属音が鳴り響き。
白球は空高く舞い上がり。
そして、電光掲示板(スコアボード)に直撃した。

『そ、走者一掃……スリーラン本塁打(ホームラン)
喜多村、外角低めの直球を完璧に捉えました!
星秀学園、リードが4点に広がりました!』

大歓声の中、俺は一塁側の観客席に視線を向けると。
そこに、世界で一番嫌なヤツの姿を見つけた。
驚いてるのが解る。
はっきりと、解る。
解ってしまう。
一葉姉ちゃんに言われた言葉を思い浮かぶ。

『似てるのよ。アンタ達は』

そう。
似てるからな、俺と青葉は。
だから解ってしまう。
どんなに離れていても。
どんなウソをついても。
全部……。



その後、チャンスとばかりに攻め込んだ星秀学園だが、相手の投手は崩れなかった。
下位打線を翻弄し、無失点で切り抜けて。
一回裏。星秀学園VS策士学院の投手対決は……
星秀の4点リードで終える。
そして、二回表。
相手の攻撃で、マウンドに立った俺に赤石がタイムを取り寄ってきた。

「なんだ? さっきのお返しに思いっきりぶつけろ!
……か?」

「いんや。夢を見させてくれ。
俺を見損なうなよ、コウ。
それに……」

「それに?」

「______!
______コウ」

赤石はそう(・・)告げると、ホームベースの先、捕手の定位置に戻りミットを構えた。
相手は四番打者。
この大会。ここまで、3本の本塁打を放っている強打者だ!
相手の打者がバットを構えると。
赤石からサインが出さた。
内角高めに外せ!
俺は思いっきりぶつけるくらいの気持ちでミットめがけて腕を振るった。
バン!

『おっと、これは危ない! すっぽ抜けたか⁉︎ 制球力がある喜多村にしては珍しい……打者思わず尻餅をついてしまいます。
そして、今の球速は______な、なんと160キロ!』

相手の打者の顔が驚愕に変わった。
160キロの球が自分めがけて迫る恐怖。
想像しただけで恐ろしい。
赤石を見ると、次のサインを出してきた。
次も内角高めいっぱい。
ミットめがけて投げると、放った直球はストライクゾーンギリギリに入った。

『こ、このコースにあのスピードで、あの球威の球を決められたら手が出せません。
な、なんという投手(ピッチャー)なんでしょうか?』

『喜多村……光君、ですね』

『……』

三球目のサインは内角低め。膝下に向かって投げる球。
相手は恐怖で一歩も動けず。
これも内角低めギリギリに決まって、ワンボール。ツーストライク。
追い込むことができた。
赤石のサインを確認して、次の投球動作へ移る。
そして……先ほど赤石が告げた言葉を思い出す。

『それに、感情的になって暴れたら試合がめちゃくちゃになっちまうだろ?
そしたら月島に怒られるし、あかねちゃんにも嫌われちまう。
それに何より……月島若葉が見た夢の舞台は今日じゃねえ!
野球やろうぜ______コウ』

よかった。いつもの赤石だ。
相手の投手と、赤石の間に何があったのかは分からない。
きっと、俺が知らない二人の間に確執があるのだろう。
でも、どんなことがあっても赤石はいつもと変わらないでいてくれる。
それはきっと……。
赤石にとってこの大会にかける想いが特別なものだからだろう。
俺には解る!
だって、ここは……俺にとっても特別な場所なのだから。

『コウ』。『コウ』。

若葉の声が聞こえる。

『何になるんだろうね? ……コウは』

すぐそこにいるかのような感覚で。

『楽しみだなー、コウがどんな大人になるのか』

俺を導いてくれる。

月島若葉が最期に見た夢。

『超満員の甲子園!』

それを叶えるまでは、俺は誰にも負けられない。

『星秀、喜多村! 最後は外角の直球で四番、杉本を三振に打ち取りましたー』

次く、五番、六番を三球三振で打ち取りながら、俺は若葉への想いを思い起こしていた。
二回、裏の星秀の攻撃は、一番、千田がレフト前ヒットで出塁。
三谷がセンター前ヒットを放つと、中西が外野フェンス直撃の走者一掃ツーベースヒットを放ち。
そして、四番東は……。

ザワ!

『敬遠⁉︎ 二打席連続敬遠です。策士バッテリー勝負しません』

そして、打席には赤石が立つ。

『おっと、これは危ない!
赤石選手、身を引いて仰け反った』

二度目の危険球。
だが、それを赤石は読んでいた。
次に放たれた高めに浮いた速球を捉えてバットを振るうと、高く上がった球はライトの頭上を越えて落ちた。
打球が転がるその間に、東はホームベースに還って。
7点差に広がった。
下位打線は相手の球にしっかりバットを当てるも無得点で、終わり。
三回表。相手は積極的に打ちに来たが。
相手が悪かった。
今日の俺は絶好調で。ヒットはおろか、四死球を一つも出さずに気づけば試合は五回を終えようとしていた。
五回裏。先頭打者は四番、東から。
この打席も敬遠か?
と思われたが。

『おっと、策士バッテリー、ここは勝負です!
ピッチャー、振りかぶって……投げたー!』

相手が放った球はキレのあるスライダーで。
バッターの体近くからベースをかすめて内角に決まる……ところで東のバットが火を噴く!
左対左。
普通の打者なら、踏み込めないえぐるようなスライダーだが、東はそれを完璧に捉えて。
一塁強襲、フェアとなる二塁打を放った。
次く、赤石も安打といきたいところだったが……。

『あ、危ない! 赤石、仰け反りました。
これは、危険球です! おっと、主審動くかー⁉︎
策士学院、投手の交代です!』

二番手投手。背番号10番の左投手に変わったが、俺は相手が投げた外角低めのボールを捉えて、タイムリーヒットを放った。
そして、試合は進み……。


「ちょっと、昔話をしていいか?」

八回裏。星秀学園の攻撃。
9点リード。打順は8番から。
ベンチに座って試合を眺めていると。隣に座る赤石が声をかけてきた。

「あん?」

「俺が小5の春までリトルリーグにいたのは知ってるよな?」

「ああ」

「その当時、俺が所属していたリトルリーグのチームの二番手投手……正確には俺が入るまでエースを務めていた男が黒石裕也だったんだ。
俺と裕也はお互いが認め合う良きライバルだった。
あの日までは……」

赤石の話によると、俺が初めて草野球の試合をした一月ほど前。
リトルリーグの大会に出るメンバーが発表されたらしい。
赤石と黒石はお互いが認め合う良きライバル。
小学生ながら、100キロ超えのストレートを投げる赤石と。
左投手で、速球派の黒石。
エースナンバーを巡って、監督にアピールをしていた。
周囲は二人のどちらがチームのエースにふさわしいか、二つの派閥に別れていた。
そして、そこでソレは起きた。
赤石による黒石への暴行事件。
結果、赤石はチームから去り。
そして、中学から捕手として野球を始める。
第三者的にみると、エースに選ばれなかった赤石がライバルだった黒石に嫉妬して襲いかかった子供の喧嘩となる。
しかし、実態は違う。
赤石は、知ってしまったのだ。
良きライバルだと思っていた黒石が、裏で自分より実力のないチームメイトをいじめているということを。
当時、俺の学校でガキ大将的な存在だった赤石は黒石と二人で話した。
弱いものイジメを辞めさせる為に。
だけど黒石はそこで言った。
「お前の学校にいる月島若葉を紹介しろよ。そしたら辞めてやるよ」と。
自分の事なら何を言われても我慢できた赤石だが、若葉のことは我慢できなかった。
そして、その日。
練習中に、ソレは起きた。
赤石の暴力事件。
結果、赤石はリトルリーグのチームを去り。
黒石はそのままチームに残った。

「ガキだったんだよ。当時の俺は」

「ま、赤石が本気で怒るのは大抵若葉のことだったからな」

「大好きな野球。それも、自分と同じくらいの力を持つ選手。
そんな選手と共に野球をやれることに当時の俺は夢中だった。
月島……若葉のことを除けばな」

『赤石君たちもチームに入れてもらえばいいのに』

「本当なら、俺は野球をやる気はなかったんだ。
きっと、月島にあんなことを言われなければ俺は野球は辞めていた。
きっと、しょうもない学生生活を無意味に送る……そんな人生を歩んでいた」

「……なあ、赤石」

「?」

「夏は……好きか?」

「ああ。
あんなことがなければ、もっと好きだったよ」

「なあ、赤石」

「あん?」

「勝とうぜ!」

「ああ、この試合に勝てば次はいよいよ……だからな」

『コウが投手で赤石君が捕手。
舞台は______超満員の甲子園!』

超満員にする為に、今の俺がやらないといけないこと。

『三振。二番、三谷。外角ボール球に手が出ました!
これでスリーアウト。さあ、いよいよ、9回に突入です』

『なんと、ここまで喜多村、パーフェクトピッチング!
二度目の完全試合(パーフェクトゲーム)なるか⁉︎ 注目の回です!』

______そして、
今の俺なら出来ること。

「喜多村、赤石。
頼んだぞ!」

前野監督に声をかけられた俺達は監督の方を振り向くと。

「いい夢を見させてくれ……」

監督はそう呟いた。 
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