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コインの知らせ

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3部分:第三章


第三章

裏が出た。
「よし」
 卓也はコインの裏を見て頷く。
「じゃあ剣道か」
 実は彼は助っ人を頼まれていたのだ。彼は空手部にいて柔道も黒帯だ。その為何かあると助っ人を頼まれるのだ。今回は合気道部と剣道部の両方から助っ人を頼まれていた。しかしその試合は同じ日だったのだ。それでどちらにするか迷っていたのである。
「よし。それなら」
 何はともあれ剣道部への助っ人に決まった。後は携帯で連絡を取って正式に決める。後は試合の日まで練習をするだけだった。そうしてその試合の日になった。
 まずは道着を着け準備体操をしてから防具を着ける。着け方は何となくわかった。
「あれ、わかるんだな」
「一応はな」
 そう剣道部員達にも答える。
「話には聞いていたし空手でもプロテクターがあるしな」
「だからか」
「ああ。それでも面とかはな。練習だけはしてみたけれどな」
「ははは、あれはな」
 部員達は卓也の言葉に笑う。
「慣れていないとな。かなり難しいよな」
「難しいっていうかな」
 卓也は垂れや胴を着けている。それ自体はかなり慣れた動きだ。詩化して拭いになると今一つであった。それを自分でも自覚しているので困った顔になっている。それでも何とか着けることができた。
「こんなもんか?」
「そんなものだろ。試合自体は短いしその間はもつさ」
「剣道も大変なんだな」
 頭の手拭いを上に見上げるふうししながら言うのだった。
「いつもこんなの着けて練習なんて。俺にはちょっと」
「慣れればそれ程でもないよな」
「なあ」
 しかし彼等にとってみればそうらしい。顔を見合わせて話をするのだった。
「あくまで慣れればだけれどな」
「慣れてないとな」
「やっぱりそうじゃないか。慣れるまでも大変そうだな」
 立ち上がって動いてみる。何とか動くがそれでも顔は不安なままだ。
「摺り足はできるけれどな。どうも防具があると」
「普段より動きにくいだろ」
「これに面を着けてか。大丈夫かな」
「勝たなくてもいいから」
「試合に出てくれるだけでいいんだよ」
 彼等の注文は実に安いものだった。卓也はそれを聞いてその目を少しいぶかしめさせるのだった。
「それだけでいいんだな、本当に」
「幾ら空手や柔道の黒帯でも剣道は初心者だしな」
「向こうが人多いんでどうしてもだし」
「そうか。じゃあまあ出るだけなら」
 問題はないかと思った。とりあえず摺り足をしてみてそれも準備体操にする。そうして身体を整えながら練習試合に備えるのであった。
 やがて相手が来て本格的な試合になる。何人かの試合が終わって遂に卓也の番になる。面は部員が着けてくれた。
「これでよしっ、と」
「悪いな」
「何、いいってことさ」
 その部員は笑って彼に応える。ただし面を着けているうえに彼は後ろにいるのでその顔はよくは見えない。面を着ければその視界がかなり制限されるのだ。
「じゃあ頼むぜ」
「ああ」
 そんなやり取りの後で試合場に向かう。場所は卓也の学校の剣道部の体育館なので勝手は知っている。場所は慣れているが肝心の剣道に慣れてはいないのだった。
 その慣れていない剣道をするので正直不安だ。だがそれでも受けたのなら最後までやるつもりだった。それで礼をして相手に対するのだった。
 構えてみる。構え自体は見事なものだと自分でも思う。問題はそれからだがこちらが仕掛けるより前に向こうが向かって来たのだった。
「きえーーーーーっ!!」
「いきなりかよ!」
 相手が面を打って来たのを見て思わず叫ぶ。しかしその叫びが出るとほぼ同時に相手が面を打ち込んで来た。何とか首を右に捻ってかわしたが肩に受けてしまった。
「つう・・・・・・」
 かなり痛い。直撃だった。しかもその痛みに耐えるのも許されず相手は今度は体当たりを仕掛けて来た。だがそれは彼にとっては好機であった。
「おっ、来るのか」
 痛みに耐えながら相手のその動きを見る。見れば電車道一直線だった。彼はそれを見て心の中で笑うのだった。
「そう来るのなら。俺だってな!」
 柔道での経験を生かすつもりだった。体当たりならお手のものだ。しかも彼は体格に恵まれている。こうしたぶつかり合いはお手のものだったのだ。
 その彼に向かう相手こそ無謀だった。しかし相手は彼のことを知らない。それもまた彼にとってはいいことであった。何もかもが彼にとっていいことであった。その中で相手は彼にぶつかるのだった。その瞬間だった。
「今だ!」
 彼は思いきり前に出た。そうして逆に相手にぶつかるのだった。
 力は彼の方が圧倒的に強かった。やはり柔道の経験がものを言った。相手はそれでフ白に吹き飛ばされた。何とか倒れずに踏み止まったがそれにより態勢を完全に崩してしまった。これこそが卓也の狙いだったのだ。そして彼はそれを逃しはしなかった。
「もらった!」
 そのまま前に出て面を決める。初心者とは思えない程奇麗に面が入った。誰がどう見ても一本であった。それで勝負は決まった。体当たりで流れを掴まれた相手はもうどうすることもできなかった。もう一本も呆気なく決められて勝負は終わったのであった。卓也にとっては鮮やかな勝利であった。
「やったな」
「ああ」
 試合が終わってから卓也は笑顔で部員達と話をしていた。皆彼の会心の勝利を祝っていた。
「まさかな。あんなに上手くいくなんてな」
「自分でも思わなかったのか」
「思うわけないだろ?」
 また笑って彼等に告げる。
「俺は初心者だぜ。それなのにこんなに上手く勝てるなんてな」
「素質、じゃないよな」
「ああ、それはない」
 自分でもそれは否定するのだった。
「あれだよな。やっぱり体当たりだ」
「それか」
「あれでも別にいいんだよな」
 今度は試合の運び方について彼等に問う。
「体当たりを仕掛けても」
「ああ、別にいいぜ。というよりかは」
 その部員はここで答えるのだった。それは卓也が今まで考えていなかった剣道のスタイルであった。
「あれもいいんだよ」
「体当たりもか」
「というかあれ使うのと使わないのとで全然違うな」
「柔道でもそうだろ?」
 柔道の話も出た。
「ぶつかりも大事だろ、やっぱり」
「その通りさ」
 実際にそれを応用したのだからこう答えるのも当然であった。
「それと同じだよ。剣道もな」
「そうだったのか」
「柔道だって色々な試合の運び方があるよな」
 これは言うまでもない。それこそ柔道をしている人間の数だけの運び方がある。それは剣道でも同じだというのである。
「そういうことさ」
「そうなのか」
「ああ。だからあれもありなんだよ」
「そうか、わかったよ」
 卓也は彼等の言葉を聞いて頷いた。納得した顔で。
「成程な。剣道でもか」
「勉強になったか?」
「ああ、よくな。まあまた剣道をやるかどうかはわからないけれど」
「おいおい、そう言うなよ」
 それを言うとすぐに彼等から言われた。
「また頼むぜ」
「御前強いんだからな」
「何だよ、さっきと言ってることが違うぜ」
 彼等の態度が変わったことに思わず苦笑いを浮かべる。
「全く。現金だよな」
「そう言わずにな」
「ちぇっ、ただじゃ嫌だぞ」
 卓也も少し意地悪に言うことにした。しかし悪意はない。
「せめてラーメンかハンバーガーでもな」
「わかってるって」
「それ位はな」
「だったらいいけれどな」
 案外安い。しかしそれも高校生なら当然だった。
「まあそういうことでな。しかし剣道も」
「中々いいだろ」
「ああ、気に入ったよ」
 にこりと笑って微笑む。彼にとっては楽しい助っ人であった。
 
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