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破壊ノ魔王

作者:紅蓮刃
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一章
  2

月の姿の見えない夜。貧しい街では明かりも少なく、黒で身を包んだ男の姿は朧気にしか見えない。彼が笑いながらティナ持ちを呼んでも、その異様な笑顔を見たものは誰もいない。闇という仮面のなかで、彼の表情はわからないのだ。
今もただ、痛みにうめく役人たちには目もくれずに愛銃の手入れを行っているが、その表情はみえない。役人のリーダーらしきものは、見えないからこそ大きな勘違いをしていた。

やつは心の底では怯えている、と。

だから落ち着こうと武器の手入れを行う。力のあるものに触れていれば、人の気は休まるものだ。役人はそう考えた

第一……ティナ持ちを恐れないわけがねぇ……

役人は勝利を確信しにたりと笑った。
ティナ持ち。それはティナの力を得た者のことを指す。ティナとはマーテルから恵まれる能力を与える結晶のことだ。時折天から落とされ、人に力を与える。神からの恵みと称されるティナは持ち主を選んでいるのか、落ちる時も場所もまったく定まってはいない。また、ティナの与える力も統一性はなかった。

ただ、大きくタイプが別れている

自身の体が強化されるもの、強化型
新たな何かの力を得るもの、能力型
ある別の姿を得るもの、変形型

この3つのタイプである。
どれも人を超えた力であり、誰もが欲しがるものだ。軍に抑えられ何処の市場にも出回らないが、価値からすれば人の人生が買えるほどの金額である。それほど魅力的であり、だからこそ所有者も少ない
しかし、神の恵みとはいえど、大きな落とし穴もある。
それは、ティナの力を得るまで誰にもその能力の質がわからないこと。そしてもうひとつが、力を得るには代償を払わねばならないことだ。
ティナは人に力を与え、人の何かを奪う
あるものは視力を、あるものは食を。奪われるものさえ未知で、小さなものから大きなものまであった。かつて神ノ木マーテルを発見した冒険者のリーダーは、風の力をもつティナを有しており、その代償は免疫であったという。彼はどんな菌にも感染し病を起こした。結果として小さなかすり傷ひとつで、人生に幕を閉じることになったのだ。
ティナを持てば、与えて奪うもの。決して完璧ではない


「お前も終わりだな、よそ者!」

「あーあ。せっかくおとなしく待ってやってんのにそういう口の聞き方をするか。言葉の使い方を知らねぇなら一言も喋らずじっとしてろ。俺の暇潰しに付き合わされたいか?」


誰もが押し黙る。男の威圧感は半端なものではなかった。ティナ持ちでもなければ兵士でもない自分達が勝てるはずのない相手。男の発する何かはそう思わされた


「……きたか」


男は小さく呟く。すると、何処からか豪快な足音がひびき、そして彼が現れた

ティナ持ち

背丈は男をはるかに超し、体格差は比べ物にならないほどに離れていた。男が小さいわけでも華奢なわけでもない。ただ、ティナ持ちが大きすぎた。絶望的な差に街の人は顔を青くする
しかし、当の本人は臆することもなくタバコを吸っていた


「こいつかぁ?ガリガリ。こいつを殺ればいいんだな?」

「ガリガリ言うな!……まぁそうだ。そいつを殺せ!おや、やっぱり痛ぶって痛ぶりまくってから……」

「おれぁ加減なんかできねぇよ。こんなチビッ子捻り潰してやる」


ティナ持ちは武器もなにも持っていなかった。しかし、無造作に振り上げられた拳は目に見えて姿を変えていく


「……へぇ?強化型か」

「そうだよ、チビ!おれはティナ"岩石"の所有者!体を岩に変えることができる!!」


拳は地に突き刺さり、大地に大きくヒビをいれた。男はひらりとかわし、タバコをくわえたままニヤリと笑う。

強化型
肉体強化のティナ。
このティナ持ちの場合だと、肉体の性質を岩にかえ、また体から岩を放出することができる。現存する岩を操ったり岩の性質を変えたりすることはできないが、純粋な戦闘能力強化のティナだ。地を割る攻撃に、剣をも通さない体。まず、銃では話にならないだろう
男もそう考えたのか銃をしまい、ティナ持ちの豪快な攻撃をかわしていく


「手も足も出せねぇのか!?小僧!かかってこいよぉ!!」

「おまえ、そのティナの代償は?」


男は冷静だった。嵐のように降り注ぐ岩にも拳にも、まるで恐れてはいない


「安いもんさ!おれはこれで酒しか飲めなくなった‼そんだけのことよ!」

「たしかにしょーもねぇ代償だな」


男はまるでどこに攻撃するかわかるように紙一重でかわしていく。最初はふざけていた赤ら顔のティナ持ちも、だんだんと目付きが真剣になり、力を込めて拳を放つ。しかし、どんな速度でも男は軽くかわした


「そろそろいいか。お前の能力の幅はわかった」

「あぁん!?」


ティナは先述したように3つのタイプに別れる。肉体の性質をかえる強化型は、戦闘強化のちから。能力型は見た目や肉体の強化はないが、未曾有の力を得る。場合によれば最強のタイプだ。最後の変形型は何らかの生き物の姿や力を得るもの。肉体の強化も能力もどちらもを可能にするが能力によって性質は大きく異なる

男はこのティナ持ちの能力を見抜いた。純粋な強化型であり、力にのみ頼るタイプ。わかってしまえば……


「あー……飽きた」


退屈なだけであった。


「てめぇ……さっきからうるせぇ!何処にもそんな余裕はねぇだろうがよ!」


ティナ持ちは巨大な岩石を作り出した。それは男が抱えられるギリギリの大きさ。店の一軒くらいは簡単に潰せてしまうくらいだ。観衆は悲鳴をあげてバラバラと離れていくが、男はそのまま煙をふくだけだった


「相手が悪い、デカブツ。俺のことを知らねぇうちからケンカを売るからだ」

「これを見てもまだそんな口を叩くか!もういい!潰れてしまえー!」


岩はティナ持ちの手を離れ、まっすぐに男のもとへと落ちていく。力の込められたそれは威力も速度も申し分ないほどにあった


「お、お客さん!」


店主が叫ぶ。しかし、男はニヤリと笑った。そして片手で指をパキンとならす。

岩はそのまま地面に落ち、地を割り、振動をもたらした。砂ぼこりが舞い上がり、いつまでも落下音が響き、誰もが口を閉じた。


「は、はは!やってやったぜぇ!!!」


ティナ持ちは歓喜の笑い声を上げた。彼のボスも、その仲間も、だらしのない顔で笑みを浮かべる。

しかし、それもつかの間、男はなにかに叩き潰されたのだ


「う、うぎゃ、ああああああ!!」


ものすごい力で顔面を捕まれ、みしみしと頭蓋骨が叫びをあげる。顔を岩に変えようと関係ない。ティナ持ちはわなわなと震えた


「各がちげぇんだよ」

それは痛みのためではない。ここまで近くにきて、やっとその男の姿が、そしてその顔が。見えたのだ


「ひ、あ…………おま、えは……」


雲に隠れていた月はようやく姿を表す。
ティナ持ちを掴む手は、もともとあった手と同化し硬化した黒い無機質な爪、紫の深い色合いをした目は深紅の光を写さない無情な色へと変わり、口からは少しだけ尖った牙が覗いて見えた。しかし、誰もが目を奪われたのは、その背にある冷たくも美しい黒い翼。羽のないそれは鈍く月明かりを受けて光り、先端の鍵づめのような凶器がギラリと鋭さを見せつけた

その姿を知らないものはいない

襟元くらいの黒と茶色の混ざった髪、切り長で鋭い眼、薄い口元は歪めて笑う。

大犯罪者ゼロ

彼の首には10億の賞金がかけられ、人から悪魔や魔帝と呼ばれる

ティナ"悪魔"を有するものだった

 
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