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人魚ではなく

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3部分:第三章


第三章

「あそこにいるのは」
「人魚ではない!?」
「まさか」
「いや、そのまさかだよ」
 驚く他の船員達に対して老人は言葉を続ける。
「あれはね。人魚ではなくて」
「人魚ではないとすると」
「一体何だ?」
「あれはジュゴンだね」
 それだというのである。
「ジュゴンだよ。ああして集まってのどかに泳いでいるんだよ」
「ジュゴン・・・・・・」
「そんな生き物も海にはいるのか」
「そうなんだよ。わしも人魚は見たことがないなあ」
 そして人魚についても皆に話した。
「今まで。見た人に会ったこともない」
「俺と同じか」
 ふと呟いたのは船長だった。
「だとすると」
「大きなイカと鯨の戦いは見たことはあるがね」
 それはあるというのである。つまりマッコウクジラとダイオウイカの戦いである。マッコウクジラはダイオウイカを餌としておりその際に海で激しい戦いを繰り広げるのだ。
「人魚はないのう」
「じゃあやっぱり違うのか」
「何だ」
「全く。何かと思えば」
 皆それを聞いてがっかりとした顔になってしまった。
「まさかと思ったのがな」
「おい」
 そのうえで船員に対して言うのだった。
「今度から見間違えるんじゃないぞ」
「もっとしっかりしろ。いいな」
「はあ、すいません」
 船員も平謝りに謝るだけだった。彼もかなり申し訳ないと自分で思っていた。
「まさかと思いまして」
「誰もが一度は見間違えるものじゃよ」
 老人はそんな船員を庇うようにして笑って言ってきた。
「じゃから。そんなに気にするな」
「そうですか」
「そうだな。ではこの話は終わりだ」
 船長もこの騒動を終わらせにかかってきた。
「それでは陸に上がる用意をするぞ」
「あっ、見えてきましたよ」
 船員はここで目の前を指差して高い声をあげた。
「陸です、あそこです」
「おお、確かに」
「間違いないな」
 皆も彼が指差した方を見て声を上げた。
「陸だ。じゃあ上がってな」
「食い物を仕入れて」
 まずはそれだった。生きる為には何があっても必要だからだ。そしてそれだけではなかった。
「新鮮なものもたらふく食ってな」
「あと水だ、水」
 これも必要だった。人間にとって食べ物と同じかそれ以上に必要なものである。だから彼等は今水だと叫ぶようにして言ったのである。
「水も飲んでな」
「船に積んでな」
「忙しくなるぞ」
 船長も楽しげに笑って言う。
「上陸したらな」
「ええ、それじゃあ」
「行きましょう」
「とーーりかーーじ!」
 船長は満面の笑顔で陸の方に進むよう告げた。
「上陸だ。いいな」
「了解!」
「合点です!」
 彼等は満面の笑顔で上陸にかかる。もう人魚のことは完全に忘れていた。
 その彼等の船の後ろで今飛び跳ねたものがあった。それは。
 魚の尾を持っている。青緑の鱗が美しく輝いている。
 そしてその顔は麗しいまでに整っていた。二つの乳房が艶かしい。
 二本の腕も上手に使い泳いでいる。そうして青く長い髪が不思議な美しさを見せている。
 その不思議な存在は海から出て暫く泳いだうえで海の中に消えた。船の上にいる人間達はこの存在には気付くことがなかった。そのままずっと気付かず陸に上がって楽しい時を過ごすのだった。


人魚ではなく   完


                2009・8・19
 
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