人魚ではなく
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2部分:第二章
第二章
「あれはどうも」
「鯨もで海豚でもない」
船長はそれを聞いて首を傾げさせた。
「じゃあ何なんだ?鮫か?それとも大きな魚か?」
「それがおかしいんですよ」
船員の言葉もどうにも要領を得ないものだった。少なくとも船長から見てはそんな感じになっていた。そう聞こえるものに聞こえていたのである。
「どうもね」
「では何がいるんだ」
「人間ですかね」
彼は今度はこんなことを言った。
「あれは」
「人間!?」
「顔はそんな感じですよ」
「顔!?」
「ええ、頭はです」
船長は船員の話を聞くうちに余計に話がわからなくなった。それでまたしても首を傾げるのだった。話がさっぱりわからなくなっていた。
「頭は人間のものですね」
「頭は人間!?」
「それに下は魚ですね」
若者はさらに妙なことを言った。
「!?上が人間で下は魚っていいますと」
「人魚か!?」
船長も言った。
「というとだ」
「ええ、何かそんな感じですよ」
船員は相変わらず海を見続けている。そのうえで言うのだった。
「あれは」
「人魚!?本当にいたのか」
「ええ。御覧になられますか?」
「それを早く言え、全く」
船長は呆れたような声で船員の傍に来た。そのうえで彼も海を見るが確かにその海には何かが泳いでいるのが見える。
下は魚だ。それに上は人間に似ている。それを見れば確かに人魚だった。
「あれ、人魚ですよね」
「ううむ」
船長もその不思議な生き物を見て怪訝な顔になっていた。
「今まで生きている時間の殆どを船の上、海で過ごしてきたが」
「人魚を見るのははじめてだ」
「あれっ、そうだったんですか」
「大体人魚を見た人間に会ったことがあるか?御前も」
「いえ、ないですけれどね」
若者は少しとぼけたような調子で船長の今の言葉に答えた。
「見たこともないですし」
「それは俺も同じだ。まさかここにいたとはな」
「けれど人魚は本当にいたんですね」
「ううむ」
船長はその顎鬚を撫でながら考える顔になっていた。他の船員達も皆船の手すりのところに来てその人魚の様なものを見ている。そうしてそのうえでそれぞれ言うのだった。
「まさか人魚がいるなんてな」
「ああ、俺はじめて見たぜ」
「俺もだ」
誰もがはじめて見るものであったのだった。
「しかも一匹だけじゃないぞ」
「ああ、何匹もいる」
「何匹もいるじゃないか」
しかも一匹だけではなかった。海に何匹もいた。そうして海をのどかに泳いでいるのだった。
「こんなにいるなんてな」
「人魚も多かったんだな」
「ああ、全くだ」
ところがであった。ここであの老人が出て来て。そのうえで言うのだった。
「ああ、あれは人魚ではないな」
「えっ!?」
「爺さん、今何て」
「あれは人魚ではないな」
彼はあらためて言うのであった。
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