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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第168話 襄陽城攻め1

 正宗は襄陽城を正宗軍九万弱で周囲を囲んだ。先陣を任された孫堅軍は一万二千を率い襄陽城の正面五里(約二キロメートル)の位置に布陣した。騎乗した孫堅と孫策は陣の正面に移動すると襄陽城の城壁を睨んでいた。城壁の上の辺りでは兵士達が何やら作業をしているのか忙しなく動き回っていた。

「骨が折れそうだね」

 孫堅は腕組みし襄陽城を眺めながら愚痴る。

「母様、城壁の上の辺りで煙りが上がっているんだけど」

 孫策は右手で陽光を遮り城壁の上を眺めていた。

「嫌な予想しかない」

 孫策は渋い表情になり乗り気でない様子で本音を吐露した。孫堅は孫策の方を向き頷いた。

「面倒だろうとやるしかない」

 孫堅は彼女の直ぐ後ろに控える工兵達に視線を向けた。彼らは破城槌の準備をしていた。その周囲に控える兵士達も緊張した表情で城壁を見ていた。全員先陣に立つことを恐れている様子はなく、緊張しながらも突撃の合図が出されるのを今か今かと待っている様子だった。流石、勇猛で詠われる孫堅軍だけのことはある。

「孫太守、破城槌の準備が整いました」

 工兵の隊長と思しき男が孫堅の前で片膝をつき拱手をし報告を行った。

「破城槌は予備も含め四つ用意したか?」
「仰せの通り用意しました」
「じゃあ、突撃をはじめるとするかね。まずは小手調べだ。雪蓮、二千を率いな。私は二千兵を率いる。その後を遅れてお前達が付いてこい。門についたら破城槌で門の破壊にあたれ」

 孫堅は工兵達に視線を向け指図をした。彼らは彼女に対して拱手した。彼女は指図を終えると孫堅軍から離れ悠々と襄陽城に近づいていった。彼女は城壁から一里ほどの場所で馬をとめた。次の瞬間、自らの腰に下げた南海覇王を勢いよく抜き放つと城壁を見上げ剣を向けた。

「私は長沙郡太守・孫文台だ――!」

 孫堅は周囲に響き渡るほどの大声で襄陽城の城壁に向けて叫んだ。彼女の声で蔡瑁軍だけでなく、周囲にいる荊州豪族全ての兵士達の視線が彼女に集まった。城壁では城の正面で口上を述べる者が孫堅であることを知ると動揺している様子だった。彼女の名は荊州でも知れ渡っているのだろう。

「朝敵・蔡徳珪! 天下に唾する逆賊であるお前の命運は最早尽きた。この孫文台が今日貴様に引導を渡してやる!」

 孫堅は覇気溢れる大声で城壁に向けて口上を述べた。辺りは静かになっていった。

「この孫文台と一騎討ちする勇気がある者は城門より出てこい! 私は喜んで一騎討ちを受けて立つ! 武勇に自信がある者は蔡徳珪の軍には居ないのか!」

 孫堅は言い終わると城壁を睨み付けた。しばし、睨みつけたが門が開くことはなかった。孫堅は踵を返し戻っていく。その時、孫堅は舌打ちした。蔡瑁は武闘派の兵ではない。夜襲や毒による暗殺を好む非正規戦を好む人物だ。それに周囲を大軍に囲まれている状況で門を開くなど蔡瑁はしないだろう。

「期待はしていなかったがな。力尽くで門を破るしかない」

 孫堅は自軍に戻ると孫策に声をかけ、孫堅軍の兵士達に視線を向けた。兵士達は孫堅の威風に意気揚々だった。敵の眼前での彼女の堂々とした姿勢は配下の兵士達の志気昂揚に一役買ったようだ。それだけでも意味はあったと言えた。

「お前達! 孫堅軍の勇猛さを蔡徳珪に見せてやりな! 車騎将軍が私達の戦い振りをご覧になっている。此度の戦は朝廷直々の勅をいただいての討伐。功を上げれば恩賞を思いのままだ。気張って頑張りな!」

 孫堅は南海覇王を天に思いっきり上げ、孫堅軍の兵士達を鼓舞した。すると兵士達は彼女の鼓舞に反応するように気合いの入った声を上げた。

「突撃だ――!」

 孫堅は歩兵二千を率いて門に向かって突撃した。 

「私達もいくわよ――!」

 孫堅に遅れ孫策も歩兵二千を率いて孫堅の後を追った。その後ろを破城槌を持った工兵達と攻城用の梯子を持った兵士達もいそいそと動き出した。



 孫堅と兵士達が門に向かうと城壁側から矢が雨あられのように降り注いだ。孫堅軍の兵士達は勇猛に突き進むが矢に辺り怪我をする者、重傷を負う者、死ぬ者と脱落者が出ていく。それでも孫堅軍の動きは鈍ることなく門に向かって行った。工兵達が門にたどり着くと破城槌を勢いよく叩きつける。彼らはびくともしない門に更に破城槌を叩きつけ、それを続けた。その頃、城壁に辿りつき梯子を城壁をかけ、城壁を越えようと梯子を登る兵士達がいた。彼らは孫策の指揮下の兵士だ。城壁の上に控える蔡瑁軍兵士達は待っていたとばかりに大きな釜を慎重に運び出し、城壁の上から中身を城壁をよじ登る兵士達に向けて浴びせた。それを浴びた兵士達は絶叫を上げ梯子から落ちていった。

「煮立った油か。蔡瑁の野郎。舐めた真似をしやがって殺してやる!」

 孫堅は舌打ちすると自軍の兵士達が黄色い湯気を上げる液体を浴び梯子から落ちていく姿を見て険しい目で睨み付け愚痴った。孫堅は激しい怒りの表情を浮かべていた。蔡瑁への殺意にみなぎっているが傍からもわかる。
 孫堅は城壁の下で兵士達を指揮している孫策に目をやった。孫策も苦々しそうな表情で城壁の上を見ていた。兵士達が油に気後れして動きが鈍るのが肌でも分かった。しかし、気後れする兵士達を余所に孫策が指揮を中断して梯子を登りだした。彼女は凄い勢いで昇りだした。城壁の兵士達は孫策の動きに動揺したのか矢を射る準備をするも、そんなことお構いなしに孫策は果敢に昇っていった。

「くっ!」

 孫策は苦虫を噛む表情をすると梯子を登るのを止め城壁を足で蹴った。彼女は宙を舞い獣のように器用に地面に着地した。彼女が城壁の上を見ると蔡瑁軍の兵士達が二度目の油を孫堅軍に浴びせてきた。梯子に残った孫策軍の兵士達は悲鳴を上げ踊りながら無残に地面に落ちていった。その様子を孫策は苛々した様子で睨み付けていた。

「雪蓮、撤退だ!」

 城壁に再度城壁に昇ろうとする孫策に孫堅が声をかけ制止した。

「母様、何を言っているの!? ここで引ける訳ないでしょ。良いようにやられて黙ってられるわけないじゃない!」
「ひとまず引くんだ。私の命令が聞けないのかい」

 孫堅は孫策を厳しい表情で有無を言わない目で睨み付けた。孫策は不満そうだったが軽く頷いた。

「門が破城槌を何度もぶつけてもびくともしなかった。土嚢でも積んで塞いでいるんだろう」

 孫堅は忌々しそうに城門を見ながら飛んでくる矢を剣で薙ぎ払った。

「雪蓮、仕切り直しだ。怪我人を連れて一旦下がる」

 孫策は不満そうだったが撤退の準備に移るべく周囲を見回し、指揮下の兵士達の配置を確認した。

「お前達一旦下がるわよ! 怪我人を運びなさい。殿は私がやるわ」

 孫策は部下達に命じた。孫堅軍が撤退をはじめると襄陽城に籠もる蔡瑁軍の兵士は逃げる孫堅軍に対して矢を放って来なかった。



 孫堅軍の被害を遠目で見ていた荊州の豪族達は先陣の役目を負わずにすんだことを天に感謝しているようだった。重傷を負った孫堅軍の兵士達はひとまず後方に運ばれて行った。
 その後も孫堅と孫策は幾度となく間髪を開けずに城壁を越えるために兵士達を差し向けた。しかし、それが功を奏することはなかった。初撃と違い孫堅軍も慎重な動きになるも死傷者の数はじわじわと増えていった。蔡瑁軍は油だけなく、腐った糞尿も城壁から落としてきた。そのせいで徐々に彼らの心と戦意を削いでいく結果となり、その弱気が更なる被害を招く結果となっていた。
 正宗は正宗軍の精鋭で固めた中軍から、遠目で孫堅軍の戦振りを観覧していた。彼の側には彼の重臣達に混じり孫権と甘寧も居た。皆、攻城戦を遠目からでも見えるように騎乗していた。

「孫長沙郡太守は城攻めは苦手なようですな」

 荊州遠征軍本隊の主将である星が呟いた。彼女は正宗の右隣にいた。左隣には朱里がいる。朱里は星が余計なことを口にしたことを何かいいたげな表情で見ていた。この場には孫家の人間である孫権と甘寧がいるのだから朱里の気持ちも分からないことはない。幾ら正宗が立場が上位とはいえ、わざわざ余計な恨みを自ら買う必要もないからだ。

「襄陽城は荊州防衛の要と言える堅城。この程度で落ちれば世話はない。蔡徳珪に援軍の希望はなく、我らに兵糧が尽きる可能性はない。この籠城に意味などない。いずれ襄陽城の物資も尽きていく。そうなれば遅かれ早かれ襄陽城は落ちる。こうして孫堅軍が攻めれば矢弾が消費され城に籠もる兵士達も疲労し物資も尽きる」

 正宗は目を細め襄陽城を凝視した。星は正宗の言葉に得心したように頷いた。

「主、それでは冀州よりわざわざ荊州まで参った甲斐がありませんな」

 星は襄陽城を日干しにする方針に残念そうな表情だった。だが、蔡瑁軍が城に籠もる以上何もやることが無いことは事実である。

「星、そう言うな。蔡徳珪に名門としての気概があるなら最後の最後で勝負に出るだろう。滅ぶ運命(さだめ)なら最後は生き恥を晒す真似はしまい」

 正宗は自らの希望を吐露しているようにも見えた。

「主、孫堅軍は奮戦しておりますが三週間の内に結果が出なければ私めに攻城の任をお任せくださいますか?」

 星は正宗に拱手し先陣の役目を願い出た。この行為に孫権は表情を強張らせていた。もし、孫堅達に変わり星が先陣の役目を交代した場合、孫堅軍の荊州における威勢は弱まる。その上、星が城門を破れば孫堅軍の威勢は地に落ちてしまうからだ。

「私めにも先陣のお役目を任せていただきたく存じます」
「私も先陣に参加したく思います」

 星だけでなく愛沙と滎菜まで先陣の役目を任せて欲しいと願い出てきた。三名ともやる気十分で、正宗の許可があれば今からでも先陣に参加したい様子だった。

「皆の勇敢さ頼もしき限りだ。考えておこう。だが、まだ初日だ。勝敗は兵家の常という。まずは孫文台のお手並みを拝見しようではないか」

 正宗は星達の顔を順に見て窘めた。

「仰る通り戦は始まったばかり。わざわざ冀州より参ったのに一日で落ちては張り合いがないというもの。孫長沙郡太守のご息女気分を害されたであろう。許してくだされ」

 星は正宗の態度から何かを察したのか、視線を孫権に移すと何かに気づいたように孫権に対して謝罪した。

「趙鉅鹿郡丞、いいえ気にしてはいません」

 孫権は星が引き下がったことに安堵しつつ苦笑し星のことを見ていた。甘寧は孫堅軍の戦い振りが芳しくなかったことを口惜しいと感じているのか沈黙したまま顔を伏せた。

「蓮華様、前線に出ることをお許しください。私も前線に参ります。安全な場所で文台様達の戦いをただ見ているなどできません」

 甘寧は強い意志の籠もった瞳で孫権に側を離れることを願い出た。孫権は甘寧の言葉に困った表情を浮かべ視線を正宗に向けた。正宗に同道する栄誉を他の荊州の豪族達を差し置いて、この場所に居る孫権としては正宗の意見を聞きたいと思ったのだろう。

「孫仲謀、私の許しを得る必要はない。甘興覇はお前の付き添いであり、孫家の家臣。私の顔を窺う必要は無い。先陣に参加させたいならそうすればいい」

 正宗は笑みを浮かべ孫権に言った。孫権は正宗に礼を述べると甘寧が前線に出ることを許可した。甘寧は正宗と彼の重臣達、それに孫権に対して頭を下げると騎乗したまま離脱した。

「愚直な奴だな」

 正宗は甘寧の後ろ姿を追いながら呟いた。

「はい。甘寧の過去はあまり知りませんが孫家のためによく仕えてくれています」

 孫権は正宗の呟きが聞こえていたのか無垢な笑顔で正宗に返事した。正宗に甘寧を褒められたことが余程嬉しかった様子だ。

「孫仲謀、忠臣は千金にも勝る。甘興覇を大切にしてやれ」
「ありがとうございます。思春には私から清河王がお褒めになっていたと伝えておきます」

 孫権は本当に嬉しそうに正宗に返事をした。

 襄陽城攻めは甘寧が加わっても戦局は好転することはなかった。襄陽城に詰める兵士達は危険を冒さず、攻めてくれば対応するのみで積極的な行動に出ることは決してなかった。城内の矢弾には限りがあるため、節約するために行っているのだろう。だが、それは蔡瑁による命令がしっかりと行き届いていることに他ならない。籠城側の志気は十分にあるということだ。

 この日、孫堅軍は奮戦空しく襄陽城の城門を破ることは適わなかった。孫堅軍は序盤で被害を出したが、その後は慎重な用兵によって被害を抑えていた。それでも投入した兵士と工兵を合わせた五千の人員の約三割が重軽傷を負い、百人が死亡した。孫堅軍をあざ笑うかのように襄陽城の城門は固く閉ざされたままだった。



 めぼしい手柄を上げることができなかった孫堅は苛立っていた。彼女は自らの陣所で酒を瓶ごしにかっくらうと乱暴に口を拭った。自棄酒に耽る彼女の陣所には護衛の兵すらいなかった。外は深い闇が広がり、朧月が天上に顔をもたげていた。時は日を跨ごうとしている。

「蔡徳珪、ぶっ殺してやる!」

 孫堅は殺気を放ち誰もいない陣所の陣幕を睨んでいた。彼女はもう一度酒をあおった。

「文台様、起きておられますか?」

 陣幕の向こうから孫堅に声をかける人物がいた。孫堅は鋭い視線を向けた。

「誰だ?」
「思春です」
「入りな」

 孫堅は短く甘寧に返事した。

「失礼します」

 甘寧は孫堅に断りを入れると陣幕を上げ中に入ってきた。孫堅に近づくと片膝を着き顔を伏せた。

「襄陽城に偵察に参ってまいりました」

 甘寧は孫堅に襄陽城に侵入してきたことを告げた。甘寧は夜陰を利用して襄陽城に潜り込んでいたようだ。孫堅の目が鋭くなった。

「襄陽城の中の様子はどうだった?」

 孫堅は単刀直入に甘寧に訊ねた。襄陽城の城内の様子は彼女が一番知りたい情報だろう。

「文台様、蔡徳珪軍の志気は十分です。元々蔡一族に縁のある者達が籠城に加わっているので当然とも言えます」

 甘寧は襄陽城の簡単な説明を終えると一旦語るのを止めた。

「文台様、城門は破るのは無理だと思います」

 甘寧は逡巡するも思い切って孫堅に言った。

「無理? どういうことだい」

 孫堅は苛立つ様子もなく甘寧に先を続けるように促した。

「正面の城門は大量の土嚢を積み上げ完全に塞いでいます。破城槌如きでは城門を破るのは困難かと思います」
「全ての門かい? 襄陽城には三方に城門があるはず。一つくらい塞いでいない門は無いのかい」
「西と東の門が未だ完全に塞がっていません。全行程の西門が五割ほど、東門は三割でしょうか。西門を破るのもかなり困難だと思います」
「蔡徳珪は完全に籠もるつもりかい」

 孫堅は蔡瑁を馬鹿にしたような表情をしていた。救援が期待できない蔡瑁に残された道は隙を見て落ち延びるくらいしかない。それでも生き残る可能性は低いだろうが、城に籠もるよりましだ。

「そのようです」

 甘寧は短く孫堅に答えた。孫堅は溜息をついた。敵を挑発して城門を開けさせる手は使えないことを理解できたからだろう。野戦に持ち込めれば、孫堅にとって蔡瑁軍など子供の手を捻るようなものだ。
 初日の手痛い被害を受けただけに孫堅は淡い期待を抱いていたのだろう。その希望は脆くも崩れ落ちた。だが、孫堅の目は野獣の様に獲物を狙う目になっていった。

「狙うは東門だな。今夜夜襲を仕掛ける。時間が立てば立つほど私達には不利になる。雪蓮には兵五千で西門を攻めさせる。私は兵五百を率い東門を攻める」

 孫堅は一際鋭い目をすると虚空を睨む。彼女は先ほどまで荒れていたのが嘘のように猛禽の如き目で口角を上げ思春に視線を向け答えた。彼女はすっかり酒の酔いが覚めたようだ。やる気が漲っており、今すぐにでも陣所を飛び出す勢いだった。

「東門の封鎖が完全とはいえないとはいえ、既に三割ほどは土嚢で埋めています。そして、蔡徳珪軍は人足に命じ昼夜を問わず作業に従事させています」

 甘寧は孫堅を諫めようと意見した。孫堅は冷徹な笑みを浮かべた。

「時間が立てば門は埋まるということだ。そうなれば私では手を出せなくなる。機会をみすみす逃すのは馬鹿のすることだ。私は食い破れると思えば迷わず前に進む。別にまるっきり勝算がないわけじゃない。雪蓮に残りの大半の兵を任せて西門に城内の兵の目が集中すれば、東門の警備は緩くなる。その後は時間の勝負となる」

 孫堅は甘寧に自らの作戦のあらましを説明した。

「思春、雪蓮には私から伝えておく。お前にも期待させてもらうよ」

 孫堅は真剣な眼差しで思春に告げた。彼女がこの機会に勝負を賭けていることが窺えた。彼女は正宗に対し落ち度がある。その落ち度を絶対に挽回しなければならない。もし、それが出来なければ蔡瑁討伐後に正宗は孫堅に対して報復的な処罰を下してくるからだろう。彼女も自覚があるため、ここが名誉を挽回する絶好の機会と考えているようだった。甘寧も彼女の強い意志を感じ取ったのか強く頷いた。

「思春、車騎将軍に言づてを頼まれてくれるかい?」
「言づてですか?」
「ああ。他の者じゃまずい。今回の討伐軍の規模はでかい。どこに蔡徳珪の間者が紛れているかわからない。だから私が夜襲を仕掛けることは限られた者だけで共有していたほうがいい。お前は非公式に車騎将軍に近づいてこの件を伝えておいて欲しい」
「かしこまりました」

 甘寧は孫堅に拱手して頭を下げると周囲の気配を気にしながら陣所を後にした。その後ろ姿を見送り孫堅は深呼吸をした。

「さあて。ここが踏ん張りどころだ。ここで門をこじ開けることが出来れば車騎将軍への借りをちゃらにできる」

 孫堅は自らの両頬を両手で挟むように叩き気合いを入れた。その表情は武人然としていた。

「ここまで駆け上がって全てを失う気なんて毛頭ない! 車騎将軍、この孫文台の意地を見てな!」

 孫堅は誰も居ない陣所で声を上げる、その場を後にした。



「雪蓮!」

 孫堅は雪蓮の陣所にずかずかと入っていった。雪蓮は簡易の寝所に寝そべり、塩を肴に酒をちびちびと飲んでいた。

「何っ!? 母様、こんな夜遅くに何よ」

 孫策は孫堅の訪問に驚いている様子だった。だが、寝所から起き上がる素振りはなく、飲みかけの酒に口をつけた。

「雪蓮、私の夜遊び付き合ってくれないかい?」

 孫堅は孫策の側に歩み寄ると軽快な様子で孫策に言った。孫策は彼女を面倒そうな表情で見上げた。孫策は自分の母が何か面倒なことを自分に押しつけようと考えているのではと感じているようだった。

「私は明日の朝が早いから遠慮するわ」

 孫策は一言答えるとまた酒をちびちびと伸び始めた。孫堅は孫策の言葉など無視して、孫策の酒瓶を奪い取り一気に飲み干した。

「何するのよ!」

 孫策は孫堅に抗議の目を向けた。孫堅は快活な笑みを浮かべ白い歯を見せた。

「景気づけの一杯さ。雪蓮、襄陽城に夜襲をしかけるよ!」
「今から!?」

 孫策は孫堅のことを驚いた表情で見ていた。

「今じゃ無くて何時やるのさ」
「夜襲なんて同士討ちしたらどうなるのよ」

 孫策は半目で孫堅のことを見た。

「どうせ蔡徳珪は城に籠もったままだよ。文句を言わずさっさと立ちな!」

 孫堅はそう言うと孫策の首根っこを掴み無理矢理に立たせた。孫策は孫堅に抗議の視線を向けるも、孫堅に睨まれ溜息をつき諦めたように自分の力で立ち上がった。

「母様、私はどうすればいいの?」
「西門を兵五千で攻めておくれ」
「母様は?」

 孫策は孫堅のことを凝視した。

「私は東門を攻める」
「分かった。母様、派手に暴れればいいのね」

 孫堅は孫策に頷くと孫策の陣所を去って行った。彼女が陣幕を開け外に出て行くと、視線を空になった酒瓶に向け溜息をついた。

「母様は人使いが荒いわね」

 孫策は精一杯の伸びをし身体を解すと酒の酔いが覚めた表情で陣所を後にした。 
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