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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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消失

 
前書き
これで月詠編は終了です。先に言っておきますが、この小説はまだ終わらないのでご注意を。

ようやく決着、そして……な回 

 
剣士と策士の衝突。状況を言い表すならこれが最も簡潔なのだが、そこに含まれるものは到底一言では済まない。世紀末世界で月の一族を滅ぼした魔の一族……楽園に封印されていたヴァナルガンドを解き放ち、俺を触媒に操ろうとした。そしてこちら側の世界でも再びヴァナルガンドを操ろうと企み、挙句の果てには別の絶対存在ファーヴニルを支配下に置いて、ニダヴェリールを滅ぼし……世界を闇に陥れようと画策してきた。そんなラタトスクの計画を阻むため、俺達は必死に抗ってきた。運も絡んでいるものの何か一つでもしくじっていたら、奴の計画は滞りなく成就していた事だろう。
だが、そうはならなかった。理由は多々あるがこれが最も強い、という事では無い。多くのヒトと生命、出会いと繋がり、星の想いと希望、わずかな奇跡が無限に噛み合わさって、今に至ったのだ。そしてそれはこれからも続いていく……“未来”という名の下で、明日もまた日は昇る。
だが俺に未来は無い。でも明日を守り、未来を築いていく者達の命を繋ぐ事なら出来る。それこそが、俺の最後の使命だ。

「はぁあッ! 消え去れ!」

異次元空間の穴を召喚したラタトスクは、そこからソードやアックスを投擲してくる。さっきと違って周囲に人影が無いため、射線や流れ弾を気にする必要は無い。よって弾き返しても無駄な手間が増えるだけなので、回避を優先しながらゼロシフトでじわじわと接近を仕掛けていく。だが一方でラタトスクも幽鬼的な動きでこちらの距離感を翻弄し、やりにくい位置からチャクラムを投擲、もしくは鞭を振り下ろして来る。それを避ける事自体は容易いが、代わりに距離を離されてしまう。その上、俺達はどちらも瞬時に転移できる能力があるため、先程のように攻撃が当たりそうになったら転移で回避するという膠着状態に陥ってしまっている。

このままではいたちごっこで埒が明かない。むしろ狂戦士の波動を常に発動していて体力が消耗し続けているから、持久戦はこっちが不利だ。なら……少し試してみるか。

「滅波動ッ!!」

黒いオーラを右の拳に溜め、周囲の空間を吹き飛ばす勢いで解き放つ。広範囲攻撃をかわすため、異次元転移したラタトスクを追って俺も暗黒転移……はせず、暗黒剣に手を携えて動かず、気配や殺気に全ての感覚を集中させる。

「……ハッ!」

カッと目を見開いた俺は気力を溜めて居合い抜きを放つ……ように見せかけて瞬時に刃を翻し、俺の背後という真逆の位置に暗黒剣を振り下ろす。直後、手に斬った感触が強く伝わって来た。

「グアァッ!? な、なぜ……私の転移先がわかった!?」

たたらを踏んで後ろにひるむラタトスクに、俺は読みが当たった事を確信した。正面にいたはずが背後に転移していたのは、先程の超高速転移合戦の時から変わらない奴の反撃パターンだ。最初の勢いのまま斬りかかっていたら、逆に背後を突かれて一気に不利になる。しかし……相手の動き方がわかれば、カウンターを加える事など容易い。とはいえ、わざわざ教えるつもりはないがな。

「訊かれて素直に答えると思うか? 今日までおまえのせいで溜まった鬱憤、全て晴らさせてもらう!!」

「それはこっちの台詞です。私の計画を邪魔し続けてきた罪、今こそ贖いなさい!」

怒り混じりの声音でラタトスクは両手から赤黒い糸を出し、高町恭也や士郎の使う御神流のように鋼糸として扱って攻撃の隙を無くしてきた。チャクラムの間隙を突けば鋼糸でこちらの身を捕えようとし、鞭の間隙を突けば鋼糸で切り刻もうとしてくる。その度にゼロシフトか暗黒転移でかわしているものの、そうしたら異次元転移でラタトスクから追撃される。追撃は黒いオーラで防御して対処するが、何度かやってガードが固いと判断された事で、一旦瓦礫の山の上に移動して距離を取ったラタトスクは周囲に鋼糸を張り巡らせ、展望台だった巨大な塊を絡みとって文字通りぶん投げてきた。

「さあ、どうする! 暗黒の戦士!!」

「当然、こうするさ!」

崩れた時に引火して炎に包まれた瓦礫が迫る中、俺は冷静にこの硬質の壁を真正面に捉え、深く息を吸って鼓動を整えた刹那、一気呵成に斬りつける。周囲の時間の流れが遅くなっているような感覚の中、次々と投げつけられる瓦礫を一閃して両断、また一閃して両断を繰り返す。そして瓦礫に混じって不意打ちを仕掛けてきたラタトスクの鞭を握る腕をすかさずCQCで掴み取り、地面が割れる勢いで投げて叩き付けた。

が、奴も仕返しと言わんばかりに鞭をいつの間にか俺に巻き付け、引っ張られる感覚がした直後に近くにある建物の壁へ向けて投げられてしまう。咄嗟に黒いオーラの腕で鞭の拘束を外し、そのまま上にホテルと書かれた建物の壁へオーラを手の形にしてぶつかる衝撃を受け止めさせる。おかげで壁に手形が残ってしまったが、全体的にヒビが入っていてどうせ建て直すのだから些細な事だ。

垂直な壁を足場に体勢を整え、向かって来るラタトスクへ壁を駆け下りながら突撃していく。ラタトスクが召喚して妨害攻撃を仕掛けてくる影分身のグールやマミーを剣で斬るか銃で撃って消し、奴が握ったまま振るってきたチャクラムに重力加速度の力をプラスさせた一撃をぶつける。

「クッ! この……程度で……私を御せると思うな!!」

「ならばもう一つ! あんこぉぉぉくッ!!!」

「ッ!?」

火花が飛び散る鍔迫り合いの最中、俺はオーラの腕の先にブラックホールを発生させ、建物ごと破壊する程の渾身の力で振り下ろす。対するラタトスクも異次元空間の穴をぶつけて防ごうとしたものの、時間の差もあって雀の涙にもならない抵抗だった。

「しまった、私とした事が!?」

ブラックホールに捕らえたラタトスクが目に見えて青ざめる前で、再び周囲の空間が遅延する感覚になった俺は一切合切手加減もせず、無限に匹敵する斬撃を奴に浴びせる。ブラックホールは捕らえた相手の防御力を無くし、ダメージを倍化させるものだ。親父のような防御力が高い相手には特に有効だが、ラタトスクのように防御力がそこまで高い訳じゃない相手にもかなりの効果を望める。つまり……ダメージを倍どころか乗算させる事が出来るのだ。

「ウグァアアアアア!!!!!」

並のイモータルなら棺桶直行のダメージを受けた事で、ブラックホールが砕けた直後にラタトスクの身体があまりの威力故に壁を突き抜けて吹っ飛ぶ。粉塵に紛れて姿が見えなくなっている奴を追うべく、俺は近くのテラスの縁に手をかけて中の部屋へ飛び移った。

「………?」

内部はなんか視覚的に色彩が辛いが、それはともかく奴が穿った穴を通って進んでいくと、奴の纏う白い羽衣の羽が大量に床に散らばっているのを見つけた。そこから這いずっていくような形跡があったため、どうやらラタトスクはまだくたばっていないらしい。……妙に嫌な予感がした俺は、急いでその痕跡を辿っていき、そしてたどり着いた部屋の開いていた扉へ勢いよく駆け込む。

「ウフフフフ……お待ちしていましたよ、サバタ」

「追い詰められて気でも狂ったか? ああ、元からアレだったな、おまえは」

「その言葉は否定しませんが、一つ修正を。追い詰められたのは……私ではなく、あなたの方です」

部屋の中心で満身創痍のラタトスクが言ってくるが、余裕を崩さない様子から恐らく何か策があるのかもしれない。警戒をしながら奴の動きを注視し……気付いた、奴の手から鋼糸が隣の部屋へ伸びている事に。俺がそれを見つけたのを見てニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべたラタトスクは、その糸の先にあるものを手繰り寄せる。それは……茶髪の少女だった。

「はやて!?」

「サ、バタにいちゃ……ウグッ!!?」

「おっと、人質は余計な事をしないでもらいましょうか。私の使う糸は人間の首なぞ、簡単に切断できるのですよ」

全身をラタトスクの赤黒い鋼糸で拘束されて身動きが取れないはやては、首に巻きつかれてある糸のせいで言葉を遮られ、そのゾッとする脅しを聞いて青ざめる。確かに奴の鋼糸なら、彼女の身体はいともたやすく輪切りにされてしまう。俺も迂闊に動いたら彼女の身が危うい。これは……かなりマズい状況だ。

「さあ、どうしますサバタ? 私を斬りますか? そうすれば私を棺桶に封印出来るでしょうが、その前にあなたが守ろうとした小娘の命は頂いていきます。しかし私を見逃すのであれば、小娘の自由を返してあげましょう」

「卑怯者め……相変わらず胸糞悪い手段だな、ラタトスク!」

「お怒りのようですね……ですがそれは、こちらとて同じ事。私の計画をことごとく邪魔し、挙句の果てにここまで追い詰めたのですから。しかし……卑怯汚いは敗者の戯言、最後に勝てば良いのですよ。ここでファーヴニルが封印されようと、この窮地を脱しさえすれば私は新しい計画の下で再びやり直せます。そう、あなたさえいなければ私は計画を続けられる! そして永久にこの世界を支配下に置き、破壊の限りを尽くす事が出来る!!」

「チッ……どこまでも腐った奴だ。そうやって全てを破壊した先に、貴様は何を見出している? 全てを失った世界に、貴様は何を求めている!?」

「知れた事……私が充足感を得られるじゃないですか。銀河意思ダークの計画なぞ私にはどうでもいい、好きな時に痛めつけ、好きな時に奪い、好きな時に殺す。そんな私を脆弱な人間どもが崇めるのです、自分がそうならない様に私の機嫌を伺って。だけど私の気まぐれでその考えを反故にし、絶望にまみれた人間どもを見下ろすのはまさに最高の快感です!」

「狂ってる……サバタ兄ちゃん、私はもういいから、こんな奴の言う事なんか―――――エグッ!!?」

「あ~もう、人質だと言ったのにうるさい小娘ですねぇ。いっそしゃべれないように半分首を切っちゃいましょうか? それぐらいなら人間はまだ死なないでしょう? ウフフフフ……」

「ひっ!?」

「やめろ! ラタトスク!!」

静止の言葉も聞かず、ラタトスクは宙吊りにされているはやての首の糸を絞め、はやては激しく苦しみだす。急ぎ彼女を解放すべく暗黒剣を構えて鋼糸を斬ろうとゼロシフトで接近したが、ラタトスクが彼女の身体を俺から離すように動かして、その上更に強く首を絞めていた。

「ぃ…………き、が……ぁ……!!」

「アッハッハッハ!! ヒトの大事なものを傷つけるのは、やはり楽しいですねぇ!! ほら、どうしたんですかサバタさん? 早く糸を斬らないと彼女の首と身体がお別れしちゃいますよ?」

「ラタトスク……! キサマァッ!!!」

「そうです、その怒りです! あなたが怒れば怒る程、この快楽の濃度は更に向上するッ!! もっと怒れ!! もっと昂ぶれ!! その恨みを私に向けるのです!!」

ラタトスクの笑い声を聞いて、俺はあまりの怒りで身が焼け焦げそうになる。だがマグマよりも熱く激しい怒りを抱いても、迂闊に近づけば余計はやての首を絞める事になる。そのもどかしさがますます怒りを促進させ、奴の糧になるという負の連鎖が起きてしまっている。

この連鎖を断ち切るにはどうしたらいい?
見殺す?
はやてを?
馬鹿な……今の俺がそんな事をするわけがないだろう!?
ならどうすればいい……どうすれば!!

人間としての甘さを得てしまったが故の押し問答。俺が人間に戻ったせいで、この決断が鈍ってしまっている。“暗黒少年”としての心構えを持っていた頃なら、はやてに構わず見殺しにしていたかもしれない。だが“人間”としての心構えを持っている今は、彼女を見捨てる選択をするわけにはいかなかった。だからこれは俺にとっての最後の選択肢……“暗黒少年”に戻るか、“人間”に戻るか、二つに一つ。

「俺は……俺は……!」

「だ、め……にいちゃ……!!」

「俺は……人間として生きた!! その証を……失ってたまるかッ!!!」

――――BANGBANGBANG! カチカチカチンッ!!

「な!? 今の銃撃は……!?」

どこからともなく発砲されたマガジン一つ分の量の銃弾が跳弾し、はやてを拘束していた鋼糸を千切った。床に放り出された彼女は解放された直後に叫ぶ!

「ゲホッゲホッ! さ、サバタ兄ちゃん、今や!!」

「ラタトスク!!! 貴様の敗因は俺を……俺達を怒らせた事だッ!!!!」

瞬時加速でラタトスクの懐に潜り込んだ俺は、暗黒剣に怒りを全て乗せて“水精刀気―鏡―”を放つ! 一太刀ごとに“震”“巽”“離”“坤”“兌”“乾”“坎”“艮”の文字が浮き出て、ラタトスクを宙へ引きずり上げる。

「馬鹿な……こんなはずでは……こんなはずではァアアアア!!!!!??」

叫び声と共に床へ叩きつけられたラタトスクは、全身から黒煙を発して元々ロキが持っていて俺が持参してきた白い棺桶に封印される。少しだけガタガタと震え、そして静かに収まった……。万感の想いを込めて、俺は深く息をついた。

「……ハァ……ハァ……、やっと……ラタトスクを封印できたか。大丈夫か、はやて?」

「う、うん……縛られてた所がまだ痛いけど、何とか生きとるよ……」

「そうか。……ふぅ、良かった」

「サバタ兄ちゃん……ごめんなさい。私、皆の足手まといになってばっかりや……」

「謝らなくていい、次に活かせれば俺は何も言わない。それにな、こういう時は謝るより先に言うべき言葉があるはずだろう?」

「……せやな。……ありがとう、サバタ兄ちゃん……!」

「ああ。それと色々思う所はあるだろうが、最後の最後でマキナに助けられた事はわかるか?」

「え?」

「見てみろ、この銃弾は50口径のデザートイーグルの物だ。俺達以外ではやてを拘束していた糸を狙い、跳弾を交えて当てられる技量があるのはマキナだけ。彼女にしか出来ない絶技だ……」

「マキナちゃんが……そんな……。あんな事があったのに私を……!」

「ま、おまえ達の間で何があったのかは知らんが……俺は早速ラタトスクを浄化しようと思う。それで、はやてはどうする?」

「もちろん一緒に行きたい。ファーヴニルとの戦いは、まだ終わってないんやから」

「ファーヴニルか……そっちはもう少しで何とかなるだろうな」

「もう少し?」

「ん、聞こえないのか? 彼女の歌が」

そう伝えると、はやては耳を澄ませる。するとシャロンの月詠幻歌が世界中に響いている事に気付いた。彼女の美しい旋律の歌声を聞いて、はやては静かに目を閉じる。

「なんか癒される歌声やな……もしかしてこれが月詠幻歌なんか?」

「そうだ。多くの偶然と奇跡が重なって、この歌はシャロンに継承されていた。はやてはこの歌にファーヴニルを封印する力がある事を見つけたのだろう? だから……おまえの努力にも意味はあった」

「サバタ兄ちゃんには適わへんけどね、歌い手をニダヴェリールから助け出してるんやから。だからこそ生き残りは、今度は私達が絶対に守らないといけない。故郷が一度ならず二度も壊されて、その上命を狙われるって理不尽やもん」

「そうだな……俺も彼女達には最善を尽くした。後は彼女達の選択次第だろう。さて……俺もそろそろ棺桶を広場に運ぶとしよう」

「わかった。それと……これから後始末とか大変やけど、また一緒に暮らせるね」

「……」

また一緒に暮らせるという言葉に対して、俺は何も言わなかった。

一息ついて体力が少し回復した事で鎖を巻きつけて棺桶を引っ張る俺に、おぼつかない足取りではやても付いてくる。どうも拘束されていた時に関節が外れた時の痛みが再発したようで、節々が痛いらしい。一応また関節が外れた訳ではないが、はやても頑張って戦った証拠だろう。

二人で建物の外へ出ると、シェルターのある広場が先程の戦闘で瓦礫だらけになっていた。元々広さは問題なかったのだが、これだけ瓦礫が散らばっていてもパイルドライバーを召喚できるのだろうか?

「出来るよ~♪」

「そうか、それなら頼むぞアリシア」

「オッケー! 太陽ぉー!」

急に精霊転移で現れたアリシアがパイルドライバーの魔方陣を広場に召喚する。ファーヴニルの正面でやる訳だが、今のアレはラタトスクの支配から解放され、シャロンの月詠幻歌を聞いているため比較的大人しくしている。変に刺激を与えなければ問題なく浄化できるだろう。

「あ、サバタさん!」

棺桶を中央にセットしてジェネレーターを起動している途中、こちらにやって来ていたユーリが俺に声をかけてくる。その後ろには月詠幻歌を歌っているシャロンと、彼女を守る布陣を敷いているシュテルとレヴィ、傷だらけで疲れ切った様子のマキナと、彼女を治療しているディアーチェの姿があった。それとティーダやティアナ、スバル達はマキナの事を心配そうに見つめている。とにかく彼女の協力があったから、はやては救われたのだ。これだけこの世界の人々を守るために戦ったのだから管理局も、彼女やシャロンの命を狙わなくなるはず……。もし余計な事を言う輩がいても、身分が回復する要素は揃っているからエレン達なら十分守り切れるだろう。

「とうとうラタトスクを倒したんですね!」

「まだ浄化が終わっていないがな。それで今からしようと思っているんだ」

「今からですか……これで……最後なんですね」

半分泣きそうになっているユーリだが、俺は彼女の頭に手を置いて前後左右に優しく動かす。安心させるように、そして未来に顔を向けられるように、俺はユーリの頭を慈愛の心を込めて撫でる。するとユーリはふにゃあっと嬉しそうに笑ってくれた。

「いいなぁ……」

そうしていたら、ふと視線を感じた。そちらに目を向けると、指をくわえてユーリを羨ましそうに見つめるフェイトの姿があった。傍にいたプレシアとアルフが彼女の背中を軽く押し、おどおどと近づいてきたフェイトにも、俺は彼女の心が暖かくなるように撫でた。

「お兄ちゃん……」

「知ってるか、フェイト? おまえの名前は“運命”という意味なんだ。おまえがこの世に生を受けて、そして俺達がめぐり会えたのは、もしかしたら運命だったのかもしれないな」

「そうなんだ……私もこの運命は好きだよ。お兄ちゃんと出会えて、本当に良かった……ほんとに……よかったよ……!」

段々涙声になってくるフェイトに、俺は少しだけ微笑む。すると彼女も涙をこらえながらしっかり笑ってくれた。後は……、

「サバタ兄ちゃん? 皆も何で……」

「はやて、おまえは生きろ。辛くても生きて……未来に命を繋いでいくんだ」

「……? まあ、私もそのつもりやけど……」

「それでいい、おまえにはおまえの良い所がある。それを見失わず、自分の心を育てていけ。それが未来に恵みの風を吹かしてくれる」

「……うん」

「あ、でも勉強はちゃんとしろよ? 過去を語り伝えるのは、未来を創るのと同じなのだからな……って、おい。なぜアリシアもフェイトも顔を逸らす?」

「い、いやぁ~その~、ねぇ? 私達、ファーヴニルの封印方法を探すのに一生懸命だったから、実は勉強の方には全然手を付けてなかったんだよね……」

「う、うん……。あ、でも時々は教科書とかに目を通してたよ? でも全然時間が無くて……」

「だからちょっと堪忍してぇや、サバタ兄ちゃん。未来を取り戻すために必要な事やったんやから……なぁ?」

「………………はぁ~~~~~。まぁ確かに仕方ないが、あまり褒められた事ではない。今度から気を付けろよ?」

『は~い』

聞いてると何だか気が抜ける返事だな。ま、そっちの方がこいつららしいとも言える。ともかくパイルドライバーの準備が完了した事で、巻き込まれない様に彼女達には離れてもらう。パイルドライブ中、ラタトスクは異次元空間から武器を飛ばして来るだろうから、ある程度離れていないと流れ弾に当たりそうだからな。

昼は過ぎているものの、太陽の光は十分強い。これなら浄化に十分な威力を保てるだろう。機械的な起動音が鳴り響く中、南の方にある一ヵ所の魔方陣の中心に立った俺は、天に向けて手を掲げる。あぁ、太陽と叫ばないのは俺の体質的に意味が無いからで、出来ればあまりツッコまないで欲しい。

パイルドライブ開始!

増幅した太陽の光が棺桶の中に照射され、ラタトスクの呻き声が聞こえる。そして俺の身体も強すぎる太陽の光に焼かれて黒煙を上げているが、今だけは耐えるしかない。異次元空間から飛んでくる無数のソードを弾き返し、ジェネレーターに憑りついたエクトプラズムを棺桶に押し返して浄化を促進させる。基本的にパイルドライブはこういう作業を繰り返す訳だから、正直に言えば見所が少ないんだよな。

一方、視界の向こうではファーヴニルが全身から淡い白色の光を発し、以前斬り落とした腕と翼が遠くから浮遊して本体と接合していった。月詠幻歌には聴いている者のダメージを回復する効果があるから、どうやらファーヴニルにもその恩恵が与えられたらしい。敵対して暴れている時だったら意味が無いが、大人しく眠りに着くための準備であるなら構わないだろう。

身体が焼けていきながらエクトプラズムを押し戻す作業を繰り返している間、俺はふと、これまでの戦いが走馬灯のように脳裏に浮かんできた。世紀末世界……死の都イストラカン。そこで俺は誘拐された後に、初めて弟のジャンゴと邂逅を果たした。家族、兄弟としてではなく敵同士、太陽の戦士に対するカウンターである暗黒の戦士としてな……。計画であいつの力を利用する事を考えた俺は、伯爵だけでなく闇のガーディアンであるムスペルとガルム、更にカーミラを犠牲にして四大属性と太陽の力を得た。本当の母もそのための犠牲にしたのだから、俺の意思はまさにダークマターの狂気のただ中にいた。だが……暗黒城での決戦で、俺は全てを犠牲にして得た力でもあいつに勝てなかった……。結果的に二人の母をも犠牲にした俺は、俺達を利用した銀河意思と、その地上代行者たる闇の一族への復讐を誓った。
だが俺が真に戦いたかったのは、奴らなどでは無かった。太陽の街サン・ミゲル、あの街でジャンゴと共に戦った時、俺はようやくその事に気付いた。あの新月の夜、破壊の獣のまどろみに引きずり込まれた俺は、ダークマターによる人形使いの支配を受けた。そして満月の夜、ヴァナルガンドの破壊の衝動に共鳴して増大した狂気に憑りつかれたまま、俺は実の弟を葬った。だが幸か不幸か、月光に横たわるアイツの姿に、俺はようやく自らを取り戻した。だがラタトスクによる支配と、ヴァナルガンドとの魂の共鳴……それらを断ち切るにはジャンゴの力で俺の身体に宿る暗黒物質を浄化する他は無かった。自らの手で葬ったあいつを待つなど、普通は狂人の沙汰とも言えるだろう。それでも……そこには確信もまた、あったのだ。あいつは必ずや復活を果たし、この俺の前に現れると。
そして白き森で……信じた通りにあいつはやって来た。俺は自らを浄化させるため、あいつに挑んだ。あいつとの戦い、それこそが俺が待ち望んでいた戦いだった。暗黒城での決着からしばらくぶりの戦い……人形使いの横やりがあったせいとはいえ、戦っている間のその時、その瞬間は俺自身の心が本当に充実していた。戦いに集中してもらうために本心は戦いが終わるまで伝えなかったが、そのおかげで俺の全てをあいつにぶつける事が出来た。そして……結局最後まで、あいつには勝てなかった。

だが決着がどうであれ、俺の心は満足していた。後は俺の暗黒物質を浄化する事で、人形使いの計画を打ち砕く事が出来る。そう思っていたのだが……俺自身が持っていた闘争心すら、ラタトスクの手の内にあった事に気付いたのは浄化が終わってからだった。意識が混濁する中、奴の思うまま俺はヴァナルガンドと同化させられ、月の楽園までやって来たジャンゴと破壊の獣として戦う事になった。絶望的な状況の中、未来を信じるあいつの心と、おてんこの太陽の力、カーミラの強い想いもあって、俺達はヴァナルガンドを石化させて封印する事が出来た。代償として俺とカーミラは永遠にヴァナルガンドと眠る事となり、おてんこはジャンゴと同じ未来を歩む事が出来なくなったが……その後に奇妙な出来事が起きた。

それが……俺が“暗黒の戦士”から“人間”へ変わり始めた瞬間だろう。運命の悪戯でこちら側の世界へやってきて、俺は多くのヒトと出会い、その心に触れた事で、いつの間にか失くしていた人間らしい心を取り戻していった。いくつもの悲劇とそれを止める戦い、想いの交差とすれ違い、物が満たされていても心が満たされておらず愛情に飢えている子供達、欲に憑りつかれて取り返しのつかない過ちを招く存在。世紀末世界が銀河意思の影響で滅びかけているように、この世界にもこの世界なりの歪みがあった。だから俺は一度見失った本当の強さを探しながら、俺の思う通りに行動した。その結果、意図するしない関わらず、救われた者がたくさん現れた。そして、そいつらは俺の心を受け止め、各々の精神に継承してくれた……つまり“命”を繋いでくれた訳だ。

ヒトが伝えられるモノは遺伝子や血筋だけじゃない……信じるもの、俺達が信じたもの、大切だと思えることだ。正しいかどうかではない、正しいと信じるその想いこそが未来を創る。俺が伝えたい事は、全て彼女達が受け継いでくれた。一人一人受け継いだ想いは多少異なるが、だからこそそれが一つとなるのは即ち、世界が一つとなるのと同義でもある。銀河意思ダークに対抗するためにも、世界は一つとなるべきだ。しかし間違った方法で一つになっても意味が無い……ありのままの世界を受け入れ、そして愛すること。そんな世界にするために、一人一人が手を取り合うこと。確かに言うのは容易いが為し遂げるのは困難を極めるだろう……。だが今は出来なくても、いつかは出来る。ヒトの可能性には……そういう希望が詰まっているんだ。

「未来を信じて想いを継いでいく……それは死を乗り越えて生きる意思! そう、それこそが……“ボクらの太陽”!!」

万感の想いを込めて叫んだ瞬間、浄化が完了してラタトスクの断末魔が響き渡る。

「ヌグァァアアアアア!!! ま、まさか……かつて利用したあなたに私が浄化されるとは……! これも因果応報ですか……!」

「人形使いラタトスク……おまえとの腐れ縁もこれまでだ。二度と復活なんて企む事無く、今ここで往生するのだな!」

暗黒剣の切っ先を向けて宣言すると、エクトプラズム越しに移るラタトスクがいつもの笑い声をあげる。

「ウフフフフ……認めましょう、私の敗北を。私の計画を全て覆したあなたこそが、真の英雄である事を……」

「違う。俺は英雄じゃない、ただ人間であることを望んだだけだ」

「人間であること……ですか。確かに人間は、時に想像もできない力を生み出します。実に興味深いですね……」

「気付くのが遅いな、ラタトスク。おまえのその傲慢さが、視界を曇らしていた事にようやく思い至ったか」

なお、視界の向こうではファーヴニルも翼を折りたたみ、腕もしまって地面に沈んで行こうとしていた。徐々に小さくなっていくファーヴニルの体躯と反比例して、放出された高濃度の魔力が天へ上っていく。どうやらシャロンの月詠幻歌のおかげでついに眠らせる事が出来たらしく、吸収された魔力が多くの次元世界に解放されて、また新しい封印術式が施されたようだ。つまりミッドチルダという星が世紀末世界やニダヴェリールと同じ、絶対存在が封印された世界となる訳である。そして今度はこの世界が試される事になる……絶対存在の封印を守り、世界の未来を壊さずにいられるか……この戦いが起こってしまった過ちを忘れずにいられるか……後の時代へ生きていけるか否か、それはここで生きる人間次第だろう。

そしてコンサートを終えたシャロンが、こちらを向いて憂いのこもった微笑みを浮かべる。月下美人に昇華するまで、きっと彼女には多くの葛藤と決意があったはずだ。この勝利は彼女の慈愛の心があってこそとも言える……俺はもうすぐいなくなるが、せめて彼女の未来に幸があらんことを祈っている。

「果たして、そう上手く行きますかね……? 愚劣を極めた人間は、どのような手段も用います。それこそ、私より巧妙かつ悪質な考えも思い付く事でしょう」

「確かに人間とは愚かな生き物だ……しかし、誰かの過ちに立ち向かえるのも人間だ。俺は人間の正しくあろうとする心を信じて逝くさ」

「そうですか……あなたの巻いた“種”があなたの思った通りに芽吹くかどうか、わたくしは地獄で眺める事にします。あと、私もタダでは浄化されてやりませんからね。……あなたとは様々な因縁がありましたが、これでもう二度と会うことは無いでしょう……! では、わたくしはお先に舞台を退場させてもらいます……結果こそ敗北ではありましたが、最後まで楽しませてもらいましたよ! さらばです、サバタ! クククク……フッハッハッハ!!!」

最後の最後まで腹の立つ笑い声を上げながら、ラタトスクの姿がおぼろげになっていき、ついに完全消滅した。この戦いを見ていたはやて達から喜びの声が上がるが、同時に……全ての力を使い果たした事で、俺の終わりが始まった。

「サバタ兄ちゃん!!」

戦いが終わった事で背中の方から駆け寄ってきているであろう、はやての声が聞こえてくる。徐に暗黒剣を地面に突き刺した俺は彼女達の方を振り向き、慣れない微笑みを浮かべて、最期に一言だけ告げる……。

「ありがとう」

俺は……おまえ達に会えて良かった。おまえ達のおかげで、再び幸せを見つけられた。……それだけを言いたかった。

――――じゃあな。

はやての手が俺に届く直前、俺の身体は淡い白色の粒子となって消滅し、天へと消え去った……。

・・・・・・・・・・・・・・・・

~~Side of シャロン~~

「え……? にい……ちゃん?」

サバタさんが……寿命を迎えた。彼だった粒子の光が天へ消えていくのを眼で追って、私は自然と涙がこぼれた。

この戦いの前に心構えをしていたとはいえ、その事実を目の当たりにしたら、やはり激しい喪失感を抱いた。私達以外にも何人か彼の真実に気付いていた子もいるようだけど、その子達も哀しみを抑えきれずに涙を流している。

「さ、サバタ兄ちゃん? ねぇ、どこにおるん? いじわるせんと出て来てよ? ファーヴニルは再び封印した、ラタトスクも浄化した、せやから戦いはもう全部終わったんや。かくれんぼなら後で一緒にやるから、今は一緒に勝利を喜ぼう? 指名手配の件なら、大丈夫。今なら管理局の人達も誤解やってわかってくれるはずや。だから……姿を見せてよ……! 私の傍から、いなくならないでよ……!!」

「はやて……」

茶髪の少女がいなくなった彼を探し求めるように虚空へ手を伸ばし、天へ声をかけ続けている。その姿はまるで迷子の子供みたいで……見ていて辛かった。大人しそうな金髪の少女が彼女の名を呼ぶと、はやてと呼ばれたその少女は半ばパニックを起こしたような表情で振り返る。

「ねぇ、フェイトちゃん……サバタ兄ちゃんはどこに行ったん? 急に消えちゃって、私じゃわからないんよ。だから……教えて、サバタ兄ちゃんはどこへ消えたんや……?」

「……ごめん、私には……答えられない。答えられる訳が無い……!」

「答えられないって……知っとるなら隠さんで教えてよ。なぁ? 何度も……何度も訊いとるやろ!? 教えてよ、サバタ兄ちゃんはどこにいるんや!? なぁってば!? アリシアちゃんも何か言ってよ!? プレシアさんも、何か考えがあるんなら話してくださいよ!?」

「はやて……ごめんね、私もフェイトと同じく教えられないんだ」

「ごめんなさい、事情があって私からも言えないわ」

「どうして……何で教えてくれへんの!? 皆は一体何を知っとるの!? どうしても知りたいのに、私には何で隠すんや!?」

「ふん……小鴉、貴様どうしても知りたいか?」

「王様……? うん、知りたい。お願いやから……話して」

「ならば教えてやろう。教主殿は……サバタはもうこの世にいない。彼の命は既に、天へ召されたのだ」

「…………え? この世にいないって……い、いくら何でも冗談が過ぎるで? 王様、それってサバタ兄ちゃんが死んだって事やろ? ……嫌や、信じない、あのサバタ兄ちゃんが死ぬなんて考えられへん! だって……」

「いくら否定しても無駄だ……これは変えようの無い真実なのだ。これまでの戦いでダークマターを使ってきた代償で、サバタの命は既に風前の灯火だった。そしてたった今、そのリミットが訪れたのだ」

「う……嘘や。嘘や……! 嘘や! 嘘や!! 嘘やって言ってよ!! 王様ァ!!!!」

「受け入れろ………サバタはもういない! もう死んだのだ!!」

「嘘やぁああああああああ!!!!!!!」

ディアーチェから否定のしようがない真実を聞いて、はやては狂乱したように泣き叫ぶ。サバタとの別れはディアーチェだって辛いのに、こんな苦しい役割を背負わせてしまった事に私達も罪悪感を抱く。だけど……実は彼女が自らやると言ったんだ。“表の真実”を告げる役目は、自分が背負うって。最終的に闇の書がリミットを設けたという“裏の真実”は伝えず、ダークマターで既に寿命が削られていたという……はやてに責任を抱かせないように“表の真実”だけを伝える。どちらも正しいが故に、裏にもう一つの真実が覆い隠されている。サバタさんは命が尽きる最期まで……いや、尽きた後の未来も含めてはやての心を案じていた。だから私達は彼の尊い想いを尊重して……“表の真実”のみを伝える。“裏の真実”は私達の胸の中に秘めて、外部には絶対に漏らさない事を決意する。

サバタさんは愛した家族だからこそ、はやてに世界一優しい嘘をついた。その嘘をバラそうという気は、私達の誰一人として微塵も起きなかった。

「……フェイトちゃん達は知ってたんか? さっきまで黙ってたのは、この事を隠してたからなんか!?」

「………。ごめん……!」

「まさか知らなかったの……私だけ? 知らなかったの、私だけ!? 私だけか!? なぁ! 何で隠してたんや!!」

「隠してたんじゃないよ……! 皆、こんな辛い真実を、はやてに伝える勇気が出なかったんだよ……!」

「彼は……自分の意思でこうなる事を選んだわ。私達の未来を守るために全ての力を使い果たし、そして死んでいく事を受け入れていたわ!」

「そんなん今更言われても私全然知らんよ! なんでなん!? なんでサバタ兄ちゃんが死ななあかんの!? 私達のためにあれだけ頑張ったのに、もうたくさん辛い事や苦しい事を乗り越えてきたのに、何でこんな……!! あ、あぁ……うわぁああああああ!!!」

泣き叫びながら頭を抱えたはやては、フェイト達から離れるように走って近くの壁に両手を叩きつけ、膝をついた姿勢で嗚咽混じりに懺悔のような言葉を口にする。

「私……! 私、サバタ兄ちゃんに言ってもうた! また一緒に暮らせるって! ずっと一緒にいてほしいって! これからの未来の事もいっぱい! いっぱい!! サバタ兄ちゃんの気持ちも何にも知らないでさ!! なのに……サバタ兄ちゃんは笑ってた……! 最後に、ありがとうって言ってた……! 私なんて、何にも恩返ししてなかったのに……ごめんなさい……サバタ兄ちゃん……にい、ちゃぁぁん……!!」

彼女の漏らす言葉や抱いている気持ちは、何もかも全て私達も同じだ。私達は彼から大切なモノをたくさんもらったのに、それを返せている気がしなかった。彼の愛を享受していた私は、その愛を今度は彼にもあげられたのか……もう本人に聞いて確かめる事は出来ない。そして私達はこれから彼のいない世界で……生きていかなくてはならない。彼から貰ったたくさんのものを胸に、今日を生きて明日に繋いでいく。そうする事が……彼への恩返しになる。私はそう思う……。そう……思っている。

だけど……私達に降りかかる試練は、まだ終わっていなかった!

蹲るはやてのすぐ傍で、浄化したはずのラタトスクの異次元空間の穴が突然開いたのだ。そういえばさっきラタトスクは消え際に言っていた……“タダでは浄化されてやらない”って。まさかこれは……自分が消滅した後に発動するトラップ!? そして使用者であるラタトスクがもういない今、アレの制御は誰にもできない。つまり吸い込まれたら二度と出られない異次元空間へ閉じ込められる訳だ。

位置的に彼女に最も近く、尚且つ怪我や疲労も少なくてすぐ動けるのは私だけ。それなら……私が行くしかない。

急いで私は異次元空間に吸い込まれそうになったはやての手を掴み、もう一方の手でコンクリートの地面をできるだけ強く掴む。だがこれは踏ん張る力が吸収する力と比較して弱く、私達の身体は徐々に穴の中へと吸い込まれていった。だけどこの勢いなら、片方を犠牲にすれば助かる……。私か、はやてか、そのどちらかが吸収されれば、もう片方は吸収されずに済む。

私は自分の手の先を見ると、そこには小さな命があった……。その命を見捨てて生き残ったら、きっと後悔する人生が待ち受けている。でも死ぬも同然の状況に陥るのは怖いし、もう嫌だ……。うん、嫌だけど……あえてポジティブに考えよう。死んだらサバタさんの所に行ける、彼の傍にいられるならそれも悪くないかもしれない……などと強引に思い込んで、私は勇気を振り絞った。そして……小さな命を未来へ投げた。

「え!? ま、待って!!」

『そんな……シャロン!!』

「ごめんね、マキナ。私はこの選択をするから……マキナはマキナの選択をして!!」

『い、イヤだ!! 行かないで、シャロォォォンッ!!!!!!』

私の代わりにはやてが助かったのを見届けて、私はマキナが必死に手を伸ばす光景を最後に……異次元空間に吸い込まれた。直後、私を吸い込んだ事で、穴はすぐに収束して閉じていった。

禍々しい色彩の空間で宙に浮く感覚の中、私は静かに目を閉じた。これで良かったのだと思って……私の代わりに彼女達が未来を守ってくれると信じて……。

何も無い……出口すらも無い暗黒の空間。そこで私は死ぬまで永遠に漂い、そして朽ちていくのだと頭の中で理解した。自分でこの選択をしたのだから、後悔は無いと思い込んでいた。だけど時間が経つごとに……私の中に恐怖が芽生えてきた。
もう誰にも会えない、誰の声も聞けない。かと言って私が歌っても誰も聞いてくれない、誰も……褒めてくれない。生きてても何も出来なくて、死んでも何も残せない……。アクーナの時とは比較にならない孤独の中、私は永遠に一人ぼっちのまま、死んでいくのだと……周りの空間が私にそう言ってきていた。

……………嫌だ、やっぱりこんな所で死にたくない! 誰か……お願いだから私を見つけて……! まだ私は……生きていたいよ!!

『なら叫べ、シャロン! あの言葉を……死を乗り越えて生きる意思を!!』

え……サバタさんの声? いや、これは私の恐怖が生み出した幻聴かもしれない。今更何をした所で、もう私の運命は決まっててどうにもならないのかもしれない。だけど……本当に彼なら、私はどこまでも信じられる。だって……私も彼を愛しているのだから。

サバタさんから学んだ言葉、それはあの言葉以外にあり得ない。私は手を掲げて、あらん限りの意思を込めて叫ぶ!

「私の想い、世界に届けて!“ボクらの太陽”!!」

次の瞬間、私の身体を真っ黒な何かが飲み込んでいった。だけどこれはさっきまで居た心を折ってくる異次元空間のと違って、むしろ母親のような優しさがある温かい暗黒だった。

『消えかけの俺に出来るのはここまでだ。後は……アイツらに……』

「サバタさん……最後まで助けてくれて、本当にありがとう。あなたのおかげで、私はまだ……生きていられる……」

やがて心地よいまどろみに襲われて、私は安心して眠りに入った……。











「今日も太陽樹さまはお元気そうで何よりです♪ この街を守ってくださってるんですから、心を込めてお世話を……あれ? た、大変! 女の子が太陽樹さまの根本に倒れてます! 急いで宿屋へ運ばないと……!!」

大地の服を着た少女(リタ)に背負われて、まだ眠りから覚めないシャロンは宿屋へと運び込まれる。そしてこれが、新たな物語の始まりとなるのであった……。

 
 

 
後書き
決着をつけて力尽きた事でサバタ消滅、これはこの小説を書き始めた頃から決めていた事です。そしてシャロンはまさかの世紀末世界へ……ただし、この件ではやてとマキナの間に決定的な亀裂が入ります。続編ではそういった所にスポットが当たる予定です。


息抜きのネタは今回は無しにします。 
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