リリなのinボクらの太陽サーガ
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紅蓮
前書き
今回はキリが良い所で止めました、なのでいつもより少し短めです。
本来は一話でこれぐらいの長さだったのですが、いつの間にか長くなっていたのでむしろ妥当な長さとも言えるかもしれません。
再び立ち上がる回
失われていく……世界から思いを交わす言語が。消えていく……文明を形作るにあたって、なくてはならない言葉が。奪われていく……母語によって構成されていた記憶が。
これが、母語喪失の感覚……! 言語吸収で英語やミッド語を失った場合、即座にロシア語に修正するよう俺達は事前に示し合わせている。それも失ったら次はドイツ語、ロシア語、中国語と切り替えていく事で、言語吸収を数回されても何とか耐えられるように学んできた。ただ……言語吸収をされると頭の中を直にかき回されるような気持ちの悪い感覚があり、その影響でとてつもない虚脱感と頭痛、言いようのない吐き気を催した。
「クッ……まるで風邪やインフルエンザにかかったようで辛いな……!」
[私達が必死に勉強してきた知識、それを奪われるというのは気分が悪いですね……!]
[あぁー!? せっかく覚えた単語がぁー!? ボクの努力かえしてよぉ~!]
[むぅ……これほど嫌な感覚は今まで感じた事が無い。生半可な精神攻撃よりはるかに性質が悪い……!]
[サバタさんと同化したおかげで、私達の身体を構成するプログラムは何とか守れました。でも……]
俺と同化した領域の中で、ユーリが辛そうに言葉を言いよどむ。彼女と同じ気持ちを抱く俺やシュテル達も、俺の視界と共有しながら、この惨状を目の当たりにして厳しい表情を浮かべる。
ファーヴニルの角の発光が収まって、ミッドチルダから多くの言語が吸収され終わった後、俺は黒いオーラの守りを解放して辺りを視認した。そしてすぐ息を呑んだ。以前エレンが伝えたように、そこら中で魔導師、騎士、市民が関係なく全員“退行”してしまった目も当てられない光景が広がっていたためだ。
先程まで聞こえていたはずの、シャロンの月詠幻歌すらも止まってしまっている。しかしシャロンとマキナは俺達と同様にロシア語を含めた複数の言語を身に着けているから、少なくとも“退行”はしていないはずだ。問題は……今回歌われていた月詠幻歌はいつもと違って英語ではなくシャロンなりに解釈した古代語で歌われていたのだが、もしかしたらその古代語を吸収されてしまった可能性がある事だ。そうなれば再びファーヴニルを封印出来ない状況に戻ってしまう事を意味する。つまり俺達が勝利するには、失った言語を取り戻さなくてはならない訳だ。
魔方陣を展開して俺はマテ娘とユーリを再召喚、実体化させてどうにか戦力を整える。だがさっきまで大勢いた味方が一瞬で無力化、人形も同然の状態となって転がっている現状は、色んな意味でこちらの不利になっている。例えばファーヴニルが進攻を再開した場合、普通ならその巨体に押し潰されない様に逃げたりするものなのだが、今の彼らはその意識すらも抱いてくれない。危険を前にしても動かないせいで戦闘に巻き込まれやすくなり、俺達が戦う上で邪魔になってしまうのだ。
一方でこれまで進行を食い止めてきたメタルギアRAYも、ユーリの操縦の腕もあって損傷自体はあまりしていないが、機体を動かすためのOS、ソフトウェアのプログラミング言語が吸収されたせいで今では動かせない。つまりあの機体に頼らず生身で、ファーヴニルの進攻を喰い止めなくてはならない訳である。
ただ幸運(?)にも、言語吸収はかなり体力を消耗する能力らしく、ファーヴニルは疲労困ぱいと言った様子で息切れしていた。これなら短時間ではあるが、進攻される心配はせずに済みそうだ。しかし俺達もまた、これまでの激戦で体力やエナジーなどを大量に消耗している。時間が許す限り、こちらも回復に努める必要があるな。角の破壊が間に合わなかった事で戦意が落ち込んでいるのも考えると、奮起を促すためにここは例の物の出番だろう。
「全員、アレをするぞ。“サバイバルビュアー”!!」
『ッ!? 了解!』
選択するのは、“赤レーション”。普通のレーションは白いパッケージに入っているが、この特別製のレーションは真っ赤な色のパッケージが使われている。なぜ赤なのかと言うと、その中身の辛さを暗に示しているからだ。激辛が真っ赤、中辛が赤寄りのオレンジ、甘口がピンク色と言った様に。そしてもうわかるだろうが、このレーションの中身は……アウターヘブン社で量産のめどが立った俺特製の激辛“麻婆豆腐”である!
『いただきます!』
Eat!
ぽわん。
……ぷはぁ、美味すぎる!
……なんてことは口にしないが、丁度昼頃という事もあって、気力とスタミナの回復の意味も込めて簡易的な昼食を取った。敵を前にして食事してる場合か、というツッコミも尤もだと思うが……俺もジャンゴも世紀末世界ではそれが当たり前だったから、今更訊かれてもという域まで至っている。実際、どんな激戦の間でも、ジャンゴが大量に“太陽の果実”を食べているのを傍目に見た事がある。特に印象的だったのはヘルとの決着の時で、あいつはこぶし大ほどの大きさがある“太陽の実”を凄まじい速度でバカ食いしていた。正直、あれは見てて呆れる程だった。
まあ、早食いの速度ならやれば俺も負けはしないが、いくらエナジーの回復のためだとはいえ……やはり暴食は身体に悪いと思う。あの戦いが終わってイストラカンの太陽樹の所へ向かう最中、緊張が解けたせいなのかジャンゴの奴は途中で腹痛を起こしていた。拾い食いや食い過ぎで、あいつの胃は本人も気付かない内にかなりダメージを負っていたのだ。暗黒城から去る際に念のため持参していた万能薬がこんな所で役に立つとは……と、俺は弟の腹痛を治すために万能薬を渡した陰で軽く頭を抱えていた。その際、おてんこの申し訳なさそうな表情を見て、何とも言えない気持ちになったものだ。
「ハラショー。流石アウターヘブン社の糧食班、いい仕事してますね。味は完璧です」
「パワー完全ふっか~つ! 甘口ならボクも美味しく食べられるからね! ごはんサイコー!!」
「よぉ~し、充電完了! みなぎるぞパワァー! あふれるぞ魔力ッ! ふるえるほど暗黒ゥゥッッ!」
「ほぉぉ~気力がみなぎってきましたよ~! 皆さん、これまでのダメージの蓄積で角の破壊まではあと一押しです、頑張りましょう!」
ユーリの発破のおかげで、彼女達の士気は開戦時に匹敵するぐらい高まった。気のせいか、彼女達の全身からオーラが発せられているようにも見える。ちなみに彼女達はミッド語やベルカ語とは別の言語で構築したプログラムも用意しているため、これまでと同じく魔法の使用が可能だ。状況は劣勢のため不安は残るものの、これならこの決戦もまだ挽回できるだろう。
言語吸収で消耗した体力がもう回復したのか、ファーヴニルはその巨大な体躯を起こし、地面が響く雄叫びを上げる。傍で聞くと耳鳴りがする大声を前に、俺達は気圧される事無く各々の武器を構えた。さっき転移してからラタトスクが姿を見せていないのが気がかりだが、“退行”した連中を急いで復帰させないと知らずに潰されたり、攻撃の盾にでもされかねないから、変に放置して利用される前に角を破壊し、彼らの言語を取り戻しておくべきだろう。奴が現れたら俺が相手をするが、今は角の破壊が最優先だ。
「散開ッ!」
指示を出した直後、彼女達も俊敏に各個の行動に移った。瞬時加速で俺はメタルギアRAYの背部を走り抜け、跳躍……ファーヴニルの頭部へと乗り移る。そのまま無数のヒビが入ってもう少しで砕けそうなレアメタルの角へ、あらん限りの力で斬りかかる。その間にシュテルはルべライトで右翼の拘束、レヴィはその右翼のウィークポイントへの攻撃、ディアーチェは片っ端から“退行”した局員や、何故か近くにいたフェイトとアリシア達をファーヴニルから引き離している。一方でユーリは上空へと飛翔し、長さがRAYの腕部に匹敵するブラッドフレイムソードを両手に展開、ファーヴニルの胴体に投擲して串刺しにする。RAYならともかく生身では体格差があり過ぎる所から、正面で動きを止めるよりも串刺しにして縫い付ける方が効率が良いと判断した結果だ。
だが馬力の違いもあって、そう簡単にはファーヴニルの進軍を止められず、ソフトウェアの喪失で動作が停止して硬直しているRAYを押しのけて、ファーヴニルは市街地へとついに乗り出してしまった。進攻ルート上の人間はディアーチェが別の場所に運んでくれたから、押し潰された者は今の所いないが……あまり時間の猶予は残されていない。と言うのもファーヴニルが向かう先には、スバル達がいる避難所……地下シェルターがある。シャロンの月詠幻歌に惹かれたせいかもしれないが、このままでは避難所がファーヴニルに押し潰されてしまう。RAYが使えなくなって力づくで止められなくなった以上、角の破壊などの要因でひるませる事で進軍を喰い止めるほかない。
「チッ、あれだけミサイルを受けて、尚まだ砕けないのか……ッ!」
ひたすら高周波ブレードの暗黒剣を何度も何度も振るい続け、角がほんの少しずつ欠けていくのが見えているのに、それでもまだ完全にへし折れず、角は未だにその機能を保っていた。しかし……戦士としての勘が培った眼が、一瞬だけ致命的な一撃を与えられる点穴を見つけた。本能的に俺はその一点……ヒビが波紋のように広がる中心に向かって、“地精刀気―轟―”を放つ!
GYAAAAAA!!!!?
「――――ん? これは……!」
暗黒剣を突き刺した瞬間、俺の中に流れる月光仔の血が反応して“何か”が伝わってきた。咄嗟の判断でその“何か”を理解した直後、神経を集中させている器官に直接攻撃が届いたためか、ファーヴニルが激しい苦痛を訴えるように暴れ出した。シュテル達が必死にバインド系の魔法を使って動きを抑えようとする中、ファーヴニルは周囲の建物を薙ぎ倒しながら俺を振り落とそうと大きく首を動かす。地面に激突したり、ビルの壁にぶつかったりして、激しく揺さぶられながらもオーラの腕を支えに踏ん張って耐えるが、角が発光して衝撃波が発せられた際、あまりの反発力で剣が抜け、俺の身体も弾き飛ばされてしまった。
「紅蓮よ、宇宙を焦がす炎と変われ! 真・ルシフェリオンブレイカー!!」
「雷光いっせ~ん! 雷刃封殺爆滅剣!!」
「柴天に吼えよ、我が鼓動、出でよ巨重! ジャガーノート!!」
「永遠結晶……その力をここに! エンシェント・マトリクス!!」
赤レーションでパワーアップしているマテ娘の必殺魔法が一斉に放たれ、ファーヴニルの全身を覆うまでの強大な爆発が発生する。あまりの威力で周囲の建物も吹っ飛ぶが、今それを気にしてる場合じゃない。俺はこのままどこかのビルに突っ込んでガラスの破片で針ねずみになる前に、暗黒転移を発動。傍にあったビル……何の因果かそこはアレクトロ本社であったが、とりあえずそこの屋上へ降り立った。さっきの感覚を思い返した俺は自らの手を見つめ、軽くため息をつく。
「やれやれ……ファーヴニルの本能はこういう性質だったのか。本能的であるが故の弊害、矛盾を孕んでいるな」
「む? そのような所で急に止まるとは、どうしたのだ教主殿?」
「ディアーチェか。何というか……この戦いに少し思う所があってな。実はさっき俺は偶然にもファーヴニルの本意を聞いた。簡単に言えばあの絶対存在は……眠りたがっている」
「眠りたがっている?」
「そうだ。本能的に眠りに着きたいため、あいつは睡眠を妨げる要因を排除しようとする。例えば戦闘や破壊で発せられる騒音とか、接触して直接起こされるなどと言った、いわゆる安眠妨害に値する行為。それを止めようとして、あいつは言語吸収を行う」
「ふむ……まだピンとこないのだが、安眠妨害と言語吸収にどのような関係があるのだ?」
「わかりやすく説明するとだな……例えば集中したい時や静かにしてほしい時に、周りが騒がしいと当然イラつくだろう? 他にも寝床に入って気持ち良く睡魔がやって来た時に、無粋にも起こされたりしたら腹立つだろう?」
「まぁ、その通りだな。それぐらい我も想像できるぞ」
「それでファーヴニルは原因となる要素……この場合は言語を吸収し、世界を静寂に満たそうとする。あのように言語を失った人間は自我や記憶を喪失し、人形も同然の状態になる。そうやって無力化する事で自分が眠りに着くのを邪魔されないようにしている訳だ」
「なるほど……筋は通る。しかし、それなら誰にも眠りを邪魔されない場所に行けばいいのではないのか? 人間のせいで追い出す形になってしまうが、それが最も丸く収まるはずではないか?」
「ところがそうはいかない理由がある。実は絶対存在には過剰なまでに高い防衛本能があり、一度敵と認定されたら対象を全て殲滅するまで止まらなくなる。つまり人間という存在全てが絶滅した後で、ようやくファーヴニルの防衛本能が収まる事を意味する。それを為すまで、あいつは自力で眠る事が出来ないのだ」
「絶滅とは……それではあまりに手遅れ過ぎる。防衛本能を抑えるにはどうすれば?」
「ここで月詠幻歌が意味を持つ。半ば暴走しているも同然のファーヴニルの防衛本能を鎮め、本意のまま眠りに着かせる事が出来るのが月詠幻歌だ。他の絶対存在は不明だが、元から安息を求めているファーヴニルには効果がある。しかし言語が無ければ、眠らせてもらうための月詠幻歌は歌えない。興味深い事に、そこが性質的に矛盾している……絶対存在らしい狂気が垣間見えるな」
「そういえば絶対存在は高密度の暗黒物質を宿しているのであったな、狂気の面が強いのも当然と言えば当然か……。して教主殿、それがわかった上で我らはどのように動けばよい?」
「事前に決めた作戦のまま角を破壊する。そして言語を取り戻し、再び月詠幻歌による封印に挑む。さっきの攻撃で動きが止まっている内にやるぞ、ディアーチェ!」
「心得た、援護は任せよ!」
背中をディアーチェが掴み、俺はオーラの腕をばねのように使って一気に跳躍。空中の軌道の微調整をディアーチェに任せ、出来るだけ一直線にファーヴニルの頭部に今なお健在の角へと向かう。眠りたい奴を寝かすために、あえて一部を破壊すべく攻撃を加える。人間が矛盾の塊なのは自明の理だと今まで思っていたが、どうやら絶対存在もその枠の中に入っていたようだ。だが代わりに、その矛盾の部分さえどうにかしてしまえば勝利は目前となる!
周囲の景色が超高速で流れていく中、頭部から無数に放たれた様々な怪奇光線の雨を、ディアーチェと息を合わせた機敏な反応で掻い潜る。時にはオーラの腕で強引に軌道を変え、時にはディアーチェがバレルロールの軌道を取って、毒や石化、気絶の能力が含まれている光線を紙一重のタイミングで回避し続ける。だが次の瞬間、これまでと比べて最も強力な怪奇光線が大量に発射される。俺達やシュテル達は瞬時に回避機動を取るが、こいつは超高性能ミサイル並みの誘導力を誇っていた。
「これでは流石の我らでも追い付かれる……ならば!」
背後から紫の光線が迫る中、回避しきれないと判断したディアーチェはエナジーのほとんどを咄嗟に俺に授け、ファーヴニルの頭部へと投げ飛ばした。
「行け、教主殿! その手で我らの未来を!」
柴天の書を展開して紫の光線を防御するも、付与されていた能力が作用して本を通じて手から徐々に石化していくディアーチェ。王たる意志を示した彼女は、浸食してくる石化に抗いながら未来を託す。
そこに右翼を切断したレヴィが飛翔、差し伸ばした彼女の手を掴むと、彼女からもありったけのエナジーが流れ込んでくる。そのまま振り上げられた事で、俺の身体は更に勢いを加速させる。
「さあ飛んで、お兄さん! その剣でボク達の希望を!」
俺を投げた後、身体の半分まで石化が進んだディアーチェに迫る緑の光線を防御するレヴィ。守るべき者のために力を示した彼女は、毒に蝕まれながらも希望を託す。
弾丸のように飛翔する俺に、先回りしていたシュテルが手を伸ばす。そして彼女もまた俺にエナジーを託して投げ飛ばした、暗黒、月、そして太陽のオーラを俺は全身にまとってレアメタルの角を目掛けて一直線に飛ぶ。
「私達の想いを教主、あなたに全て託します!!」
追尾してくる青い光線を身を張った防御で受け止め、それでもなお熱き思いを投げかけるシュテル。生きとし生ける者の理を示した彼女は、氷に覆われながらも心を託す。
彼女達の決死の想いを背負って、真正面から光のように飛来してくる俺を目の当たりにしたファーヴニルは、ヴァナルガンドのように短時間のチャージで放てる破壊光線の発射体勢に入る。流石に威力は前回より格段に低いが、それでもその光は人間一人を消し去るには十分過ぎるものだった。しかし……!
「とぉりゃあ~!!」
上空から赤い光線を両断してきたユーリがジャベリンバッシュを発動。バインドで拘束したファーヴニルに槍を放ち、破壊光線をチャージしていた口を強引に閉ざす。彼女のおかげで俺のちょうど真正面にレアメタルの角が移動して来た。これなら全ての力を一切発散せずに突貫出来る!
「奪ったものを返してもらうぞ、ファーヴニル! さぁ、砕け散れッ!!」
マテ娘から預かったエナジーが全て乗った暗黒剣を腰に構え……一瞬にも満たない刹那を狙って、俺のエナジーをカートリッジのように爆発させてサムのような居合い抜きを放つ。そしてオーラをまとって真っ赤に煌めく暗黒剣の刃が、衝撃波を発するファーヴニルの角の真を捉え……
バキィィィィンッッ!!!!
木端微塵に打ち砕いた。その瞬間! 角が折れた部分から大海のごとくおびただしい光が空へと立ち上る。言語を奪われた人間の数だけ淡い白色の光の筋が伸び、空へと一旦還った光は“退行”した誰かの下へ降り注ぎ、慈母のように優しく身を包む。
そして俺達に……“言語”が戻ってきた、過去が戻ってきた、記憶が戻ってきた。そう、エレンが俺に託した願いは……果たされたのだ。しかし……まだこの戦いが終わった訳じゃない。
ファーヴニルの背中を駆け抜けて宙へ飛んだ俺をユーリがキャッチ、命を懸けて俺をたどり着かせたディアーチェ達の所へ向かう。もしかしたらマズい事になっているかもしれないと思って戻ってみれば、どうやらシュテルは魔力の炎熱変換で氷を溶かし、レヴィは体内の免疫機能をフル稼働させて毒を取り除き、ディアーチェは気合いで石化を押し返して回復していた。……俺も大概だと思っていたが、こいつらも意外とタフだよなぁ。だが結果的に体力を凄まじく消耗して、彼女達はたまらず座り込んでいた。
「流石です、教主。先程の一閃、実に惚れ惚れする太刀筋でした。その助けが出来て私は光栄に思います」
「ただね……もっと力になりたいんだけど、ちょっと頑張り過ぎてクタクタだよぉ……」
「一応戦えない事は無いが……しばし時間をくれぬか。少し休めば、再び全力で戦えるはずだ」
「そうか。しばらく休んでいろ、ファーヴニルの角を破壊できたのはおまえ達の協力があってこそだからな。……感謝する」
「皆、お疲れさまです~」
「うむ、存分に褒めるがよい。それと水の補給はちょうど欲しかった所だ、ユーリ。お手柄だぞ」
という訳でユーリが持ってきた水を飲みながら座り込んでいる彼女達の頭を一人一人、労をねぎらう意味も込めて撫でていく。疲れ切っているためあまり動きは無いものの、それぞれ喜びの感情を示していた。
「ところでマキナとシャロンは大丈夫なのだろうか? 先程からマキナの援護も止まっていて、シャロンの月詠幻歌もまだ再開しておらんぞ」
「もしかしたら彼女達の身に何かあったのかもしれません。ラタトスクが未だに姿を消したままで、角が破壊されるというのに邪魔をしてこなかったのがそもそも変じゃないですか?」
「う~ん、ボク達に恐れをなして逃げちゃったんじゃない? ……なんてね、確かにおかしいなぁ……どうしてだろう?」
「少し整理します。……ファーヴニルを封印するには月詠幻歌が必須……そして先程言語を吸収させて一時的に歌えなくしました。普通なら言語を取り戻させないように私達の邪魔をしてくるのに、それをしてこなかったという事は、どこかで別の対策を行っていた可能性があります。今まで月詠幻歌を封じるために、ラタトスクは歌を継承していた星を破壊し、歌詞を葬り、言語を奪ってきました。それらの妨害を奇跡的に生き延びた歌い手がシャロンで…………ハッ!?」
まさか、と言いたげにシュテルの眼が大きく見開かれる。彼女が口にせずとも、俺達も彼女が行き付いた答えに思い当たった。ファーヴニルを封印できる月詠幻歌が歌えるのは、月下美人に昇華したシャロンのみ。そして言語を取り戻しても彼女の歌が聞こえてこない、という事実から導き出されるのは……!
「俺達がファーヴニルの角に目を向けている内にラタトスクは……歌い手のシャロンを襲撃していたのか!」
そうとわかれば急ぎ彼女達の安否を確認しに行かなくてはならない。ファーヴニルはまだ吸収した言語を放出し続けていてしばらく動きそうに無いため、ユーリにここを任せて皆を守ってくれるように告げてから、俺は即座に暗黒転移で地下シェルターの傍にある建物の屋上へ向かう。到着するなり早速、俺はマキナが最初に潜伏していたはずの展望台がへし折れて、シェルターの入り口を塞いでいるのが視界に入ったが、どうやらマキナとティーダが入り口の瓦礫を排除したらしく、一人ずつなら何とか通れる通路が開いていた。
しかしそれはもういい。問題はシェルターの入り口がある広場で、マキナが何度も鞭でぶたれて血だらけの状態で膝をつく姿を見つけた事だ。彼女の正面には鞭を構えるラタトスク、後ろではマキナが傷つく姿を目の当たりにして涙を流しながらも、更に背後にいる者達を守ろうと身構えるシャロンと、まだ“退行”から回復しきっていないティーダと先に回復したティアナ、怯えるスバルを守るように抱くギンガの姿があった。
「いい加減しつこいですねぇ、そろそろ降参したらいかがです?」
『ケハッ……! ハァ……ハァ……私が降参なんてする訳ないのは、もうわかってるんでしょ……! 向こうではサバタ様や皆が諦めずに戦って角を破壊し、ついに言語を……希望を取り戻した。そして私の後ろには絶対に守りたい人が……希望を形にする仲間がいる! ラタトスク……あなたが相手だからこそ、私はまだ……くたばる訳にはいかないんだ!』
「チッ……あなたには何故かチャクラムのしびれ薬が効きませんし、わたくしの想定を上回る実に厄介な相手です。まるであの時の小生意気な少年のようだ……!」
『生憎この身体は11年前から薬漬けにされてたからね、大抵の薬物に耐性と免疫が出来てる。麻酔や毒素、麻痺薬といった劇物は私には利かないよ!』
「やれやれ……ロキに一言物申したいですよ。何の因果か、かつての実験体が今まさに私の頭痛の種になっているのですから。しかし……それならお望みどおりにして差し上げましょう!」
『(来る……!? 治癒魔法を自分にかけ続けて辛うじて耐えてきたけど、もう魔力とエナジーが枯渇している。弾丸もPSG1は使いきって、デザートイーグルはマガジン一つ分と装弾してる6発しかない……啖呵は切ったものの、これ以上持ち堪えるのは厳しいな……!)』
「薄汚い人間の分際で、この私に刃向かった罰です。果てしなき異次元空間の中を……未来永劫さまようがいい!!」
『ッ!?』
転移に使っていたのとは全く異なり、一度入ったら二度と出られない異次元空間の穴を、鞭を頭上で回転させて召喚しようとするラタトスク。何とかハンドガンの照準を合わせたマキナは、召喚を阻止すべく装弾していた弾丸を全て撃ち尽くす。だがそれでもラタトスクを止める事は敵わず、異次元空間の穴が展開される……直前!
「そうはさせんッ!!」
暗黒転移でヤツの背後に移動後、瞬時加速で斬り抜ける。不意を突かれて致命的な一撃をもらい、ラタトスクはたまらず膝をつく。
「クッ!? もう来るとは……遊び過ぎたか……!?」
「無視は困るな。おまえの相手は俺だ」
『サバタ……様……! 遅かったじゃない……』
「待たせたな、マキナ。よくラタトスクからシャロン達を守り抜いてくれた、礼を言う。後は……俺に任せろ!」
「やっと来てくれた……! サバタさん!」
「シャロンはマキナ達を連れて下がれ。あと月詠幻歌の事は気にしなくていい、それよりその美しき旋律を聞かせてくれないか。おまえの歌は俺達の希望なのだから」
「ッ……わかった! 私の想いを全て乗せて……サバタさんに届けるよ! 全ての次元世界だけじゃない、サバタさんの世紀末世界にも届くように、精いっぱい歌ってみせるよ!」
満身創痍のマキナを肩に担いだシャロンは、ふらついているティーダを引っ張るティアナやスバル達と共にユーリ達のいる場所へ向けて急ぎ足で駆けていく。だがそんな状態でもシャロンは、万感の想いを込めて歌を再開した。彼女は彼女の戦いを……恐怖と絶望に負けず、皆が勝つ未来と希望を信じて歌う慈愛の心を持ち続ける戦いをしに行ったのだ。ならば俺も彼女に負けないように、己自身のケジメをつける戦いを行うとしよう。
「ラタトスク……もうおまえに回りくどい策や手段を取る余裕はない、切り札だったファーヴニルもじきに封印される。おまえに残されたのは、俺との最後の決着のみだ!」
「良いでしょう……あなたさえ倒せば、私にはまだ挽回の機会があります。そもそもニダヴェリールで再会した時に気付くべきでした、太陽少年ジャンゴではなく暗黒少年であるあなたこそが、私の策を壊す全ての元凶だったと。ならばその元凶には、ここで朽ち果ててもらいます!!」
「フッ、俺の未来はもう無い……。あるのはただ、おまえを倒す剣だけだ。だがそれならば、この剣で……遊ばせてもらおう」
「来るがいい! 世紀末世界の暗黒の戦士よ!!」
「オーケイ……いざ参る!!」
今この瞬間、世紀末世界のヴァナルガンドを巡る戦いから続き、こちら側に続いた一年分の因縁の最終幕が切って落とされた。
後書き
表ではサバタとマテ娘が頑張って、裏ではマキナが超頑張ってます。具体的にはMGS3でヴォルギン大佐にボコボコにされたぐらいの怪我をしています、しかもしびれ薬付き。ただ彼女は境遇的に薬に対して耐性があるので、他の人より持ち堪えられました。ちなみにこの時の彼女の戦いは、終始ティアナが目に焼き付けています。
息抜きのネタ。
パラメディック「ナハトヴァールは闇の書の防衛プログラムの事よ。古代ベルカ時代で既に何度か改ざんが行われたせいで、その頃から破壊を撒き散らす暴走をしていたらしいわ」
スネーク「なるほど。……で、味は?」
パラメディック「食べる気なのね……」
スネーク「当然だろ?」
パラメディック「ええと、資料によれば……嘘、すごく美味しいらしいわ」
スネーク「そうか!」
サバタ「ちなみに酢漬けにしても良いし、刺身もしょう油と合って中々だぞ。日本では生魚を食べる習慣があるから、寿司にしたらいいネタになるんじゃないか?」
スネーク「ニッポンか……親近感が湧くな」
リインフォース「ナハトは魚じゃないぞッ!? いや、触手とかあるからイカっぽいかもしれないけど!? というかナハトを食べるための資料って何だ!?」
サバタ「それは俺が書いた。実際、吸収してる訳だしな」
リインフォース「兄様ぁ!?」
ちなみに赤レーションはビッグボスには大好評だったらしい。
次回は恐らく決着回になると思います。しばらくお待ちください。
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