コイレク
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第一章
コイレク
カザフスタンと聞いてだ、日本ではこう言う者ばかりだった。
「ええと、ロシアの隣の」
「昔ソ連だった」
「広い国?」
「草原の」
「シルクロードの国だよな」
こうしたことが出る、名前を知っている者は。
しかしだ、それ以上になると。
「ええと、どんな国?」
「ソ連だったことは知ってても」
「シルクロードの国でも」
「他のことは」
「ちょっと」
「どんな国か」
知らないというのだった、誰もが。
それでだ、イギリスから来た民俗学者ウィリアム=ウィルソンはこう残念がって言った。
「日本人はまだね」
「カザフスタンのことをなのね」
「知らないね」
家で妻の晴海に言うのだった、日本で知り合い結婚した。
「どうにも」
「そうなのね」
「そう言う晴海はどうだい?」
妻にも問うた。
「一体」
「ウズベクスタンのことね」
「カザフスタンだよ」
すぐに妻に訂正を入れた。そのアジア系独特のさらりとした黒髪を長く伸ばしていてやはりアジア系の黒い切れ長の瞳にだ、細い眉毛と小さな唇が目立つ面長の顔を見ながら。
「同じ中央アジアだけれどね」
「カザフスタンね」
「やっぱり知らないよね」
「国土は広いのよね」
晴海は夫のブラウンの整えた髪と緑の目を持つ彫のある顔を見つつ言った。面長で鼻は高く膚は白い。背は彼の方が三十センチ位高い。二人共背はすらりとしている。
「確か」
「そうだよ」
「そして元はソ連で」
「他のことは知ってるかな」
「イスラム教の国で」
「それでだね」
「シルクロードの国よね」
晴海もここまでは言えた、だが。
そこから先はだ、彼女もこうだった、
「後はね」
「知らないね、君も」
「どうもね」
難しい顔での言葉だった。
「そこから先は」
「そうだろうね、君は民俗学だから」
同じ大学の講師だ、ウィリアムは准教授で晴海はまだ講師だ。
「そっちは詳しいけれど」
「中央アジアはね」
「それは当然だね、まあ僕はね」
「あなたの専門だから」
「そう、中央アジア史がね」
「イスラム史が専門だから」
だからウィリアムは詳しいのだ。
「それと英語のね」
「うん、だから知っているけれど」
「日本人に中央アジアは」
カザフスタンだけでなくとだ、晴海も言う。
「縁が薄いから」
「知らないね」
「どうしてもね」
「君にしても。ただ」
「ただ?」
「あそこはあそこで面白い場所だから」
それで、というのだった。ここで。
「調べるといいけれど」
「そうなのね」
「一番いいのは実際に行ってみることだよ」
「フィールドワークね」
「旅行も兼ねてね」
「じゃああなたまた」
「うん、行って来るよ」
そのカザフスタンにとだ、ウィリアムは妻に答えた。
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