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迎え

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7部分:第七章


第七章

「何があっても振り向かないって。元の場所に戻るまで」
「そうなのかい」
「そうだ、だから僕は負けないんだ」
 そして最後に言った。
「さっちゃんを連れて帰る為に」
 その言葉を言うと声達は掻き消えた。まるで霧の様に。
「よし」
 一樹はそれを見て強く頷いた。そして足取りを速くさせる。
「さっちゃん、もうすぐだからね」
 その手を強く握って言う。
「もうすぐお父さんとお母さんのところに戻れるよ」
 そうは言ってもまだ不安であった。若しかすると早智子は本当に食べられたのかもと思っているのも事実だ。けれどそれでも。彼は振り向かなかった。早智子の為に、約束の為に。彼は振り向かなかった。
 荒地を進んで暗い穴の中に入った。そこもすぐに通り抜け遂に外に出た。
 そこは神社の裏であった。彼は何とか元の世界に戻って来たのであった。
「さっちゃん」
 ここでようやく後ろを振り向く。しかしそこには早智子の姿はなかった。
「さっちゃん!?」
「安心して」
 一樹が驚いて辺りを見回すと後ろから声がした。それはあのお姉さんの声であった。
「お姉さん!?」
「そうよ。ずっと見ていたわ」
 後ろを振り向くとそこにお姉さんがいた。そして一樹を見下ろしてにこりと笑っていた。
「最後まで振り向かなかったわね」
「うん」
 まずはそれに頷いた。
「それにあの娘の手を離さなかったし。偉かったわ」
「けどさっちゃんは」
「あの娘ならここにいるわよ」
「えっ」
 お姉さんがそう言うと後ろから早智子が出て来た。そして一樹の方に歩み寄ってきた。
「さっちゃん、大丈夫だったの」
「うん、一樹君のおかげで」
「僕のおかげって」
「後ろ振り向かなかったでしょ、だから戻って来れたのよ」
「そうだったんだ」
「うん、そうだよ」
 早智子はそう答えてにこりと笑ってきた。小さな女の子らしいあどけない笑みであった。
「それにずっと私の手握ってくれてたよね」
「約束だったから」
「約束じゃなくても握っていてくれたでしょ?」
「それは」
「だって一樹君とても強く握ってくれてたから。ほら」
 そして自分の手を見せた。見れば一樹の手の跡が赤く残っていた。
「これが証拠よ」
「証拠なんだ」
「一樹君が私を連れて帰ったことのね。有り難うね」
「う、うん」
「君がこの娘をここまで連れて帰ったのよ」
 お姉さんがまた一樹に声をかけてきた。
「立派だったわよ」
「そんな、僕はただ」
「一度決めたことを最後までやるのはね、大変なのよ」
 お姉さんはこうも言った。
「何かとね。迷いがあったりして」
「迷いが」
「本当のところ君も迷ったでしょ」
「うん」
 この言葉にはこくりと頷いた。
「わかるわ。ああした状況だとね」
「本当にさっちゃんが食べられちゃったと思ったよ」
「でしょうね」
「だからここに帰って来た時も本当に心配だったんだ」
「一樹君・・・・・・」
「いてくれているかどうか。けれど今ここにいてくれているから」
「ほっとしているのね」
「うん、それに凄く嬉しい」
 一樹はここまで言った。
「さっちゃんがいてくれて」
「またえらくストレートな言葉ね」
 お姉さんは苦笑いを浮かべてしまった。
「けれど。誇っていいわよ。この娘をここまで連れて帰って来たことには」
「そうなんだ」
「そうなんだじゃないわ。よくやったわよ」
 そして次は早智子に顔を向けて言った。
「こうした子はずっと一緒にいてあげるのよ」
「はい」
「そうしたら幸せになれるからね。じゃあ」
 お姉さんはそこまで言うと最後ににこりと微笑んだ。
 そしてすうっと姿を消した。それで何処からも消えてしまったのであった。
「いっちゃったね」
「うん」
 二人はそれを見届けて顔を見合わせて言い合った。
「何か変わったお姉さんだったね」
「そうよね。けれど」
 早智子の頭の中にはその変わったお姉さんの言葉が何時までも残っていた。
(絶対に離しちゃ駄目、か)
 一樹の顔を見ながらその言葉を思い出していた。
(それじゃあ)
「どうかしたの?」
 一樹は自分の顔をじっと見詰める早智子に気付いて声をかけてきた。
「僕の顔に何かついてるの?」
「あっ、ううん」
 だが早智子はその言葉には答えず首を横に振るだけであった。
「別に何も」
「そう?だったらいいけど」
 そんな早智子の様子に気付かずに言うだけであった。
「じゃあさ、さっちゃん」
 そしてまた早智子に声をかけてきた。
「お父さんとお母さんのところに帰ろう」
「うん、そうよね。今ならまだ間に合うし」
「そうだよ。早く早く」
 そう言って早智子を急かす。
「帰ってきてお父さんとお母さんを驚かせようよ」
「うん。それじゃあ」
 早智子はここで一樹の手を握ってきた。
「一緒にね」
「う、うん」
 急に手を握られてキョトンとした顔になる一樹であった。
「それはいいけれど」
「何?」
「もう手は握らなくていいんじゃないかな。だって帰って来ることができたから」
「私は違うの」
 だが早智子はこう言って一樹に反論した。
「違うって?」
「ねえ一樹君」
 また一樹に言った。
「ずっと一緒にいてね」
「うん。何かよくわからないけれど」
 一樹はあのお姉さんが早智子に言った言葉は知らなかった。だからわかりはしない。だがそのうえで彼女に応えるのであった。何なのかわからないまま。
「わかったよ、ずっと一緒にね」
「ええ」
 二人は手を握り合ったまま早智子のお父さんとお母さんのところへ戻った。そこでいきなり早智子がやって来て、しかも棺の中には誰もいなかったのでかなりの大騒ぎになった。だが早智子が戻って来たのは本当だったのでとりあえずは万々歳であった。こうして早智子はお父さんとお母さんのところに帰って来たのであった。
 それから早智子はずっと一樹を離さなかった。お姉さんの言葉を守って。一樹もそんな早智子と一緒にいた。二人の小さな恋がやがて大きな恋になる。そこまではまだ二人にはわかりはしないがそれでも二人は小さな恋をはじめた。その手を離すことはなく。


迎え   完


                 2006・8・4
 
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