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迎え

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5部分:第五章


第五章

「何があっても振り向かない、いいわね」
「うん」
「それじゃあ行きなさい、君達の場所に」
「僕達の場所に」
「そうよ、いいわね」
「二人で」
「そう、絶対に二人でね。言っておくけれど」
 お姉さんの言葉はまたしても険しいものになった。
「一人で行くことになったら絶対に許さないわよ、いいわね」
「勿論だよ」
(この子)
 お姉さんは相変わらず強い声と眼差しの一樹を見て心の中で言った。
(私の今の声にも負けないなんてやるわね)
 だがこの言葉は口には決して出さない。
(見所があるわ。やっぱり賭けましょう)
「じゃあ行くのよ」
 心の言葉は出さずに険しい言葉のまま一樹に言った。
「何があっても手を離さずに後ろを振り向かない」
「うん、何があっても」
「その二つを守って帰りなさい」
「じゃあ行こう、さっちゃん」
 一樹は今早智子の手を握った。小さく、柔らかい手だった。
「うん、じゃあ一樹君」
「一緒にお父さんとお母さんのところに帰ろうね」
「わかったわ、今から」
「何があっても手を離さないから」
「そして振り向かないのね」
「そうだよ、僕を信じて」
 一樹は早智子の目をじっと見詰めて言った。お姉さんに対して向けたのと同じ強く、はっきりとした光を放つ目であった。その目で早智子の目を見ていた。
 そして早智子も。一樹を信じる目であった。今二人はお互いを完全に信じていた。
「それじゃあお姉さんさようなら」
「さようなら」
 二人はお姉さんにぺこりと頭を下げ一礼した。
「色々と教えてくれて有り難う」
「お世話になりました」
「御礼はいいのよ。それにしても」
「何!?」
「私、さっちゃんが羨ましくなってきたわ」
「私が。ですか!?」
「そうよ、側に一樹君がいてくれてね」
 今度は優しい笑みになっていた。
「君にも一つ言っておくことができたわ」
「何なんですか?」
「彼を離しちゃ駄目よ」
「一樹君を」
「そうよ、何があってもね。彼と同じで」
「けど私手を握られてるんですけど」
 早智子はお姉さんの言葉の意味がよくわからなかった。きょとんとした顔で言う。
「握ってるのは一樹君で。どうして私が離すんですか?」
「それもそのうちわかるわ」
 お姉さんは多くを語ろうとしない。
「けれどそれがわかった時に後悔して、なんてことはないようにね。だから絶対に離しちゃ駄目よ」
「よくわからないけどわかりました」
 何とも変わった返事であった。だが返事をしたのは事実であった。
「それじゃあね」
「はい」
 三人はそれぞれ手を振って分かれた。そのまま一樹と早智子は手を繋いでお姉さんの前から離れていく。お姉さんはそんな二人の後ろ姿を眺めていた。
「ああした想いは。ここじゃ無理ね」
 二人が少し羨ましいようであった。その証拠に寂しい笑みを見せていた。だがお姉さんにはどうにもならないようであった。ただ二人を見送るだけであった。
 二人はそのまま出口に向かって歩いていく。こんなに広い場所なのにどういうわけか出口が何処にあるのか、二人ははっきりわかっていた。
「もう少しだからね」
「うん」
 励まし合いながらその出口へ向かっていく。その間一樹は早智子の手を握っている。決して離そうとはしない。
(ここでさっちゃんを離したら)
 彼は心の中で呟く。
(もう二度と向こうじゃ会えなくなるから)
 それだけは嫌だった。だから決してその手を離さない。
「いい、さっちゃん」
 彼は早智子に対しても言った。
「僕の手を離さないでね」
「うん」
 早智子もその言葉に頷いた。
「私何があっても一樹君の手を握ってるよ」
「絶対にね」
「だからね、一樹君」
 そして今度は自分から一樹に対して言う。
「振り向かないでね。何があっても」
「わかってるよ」
 確かに彼は振り向かない。そのまま出口に向かって行く。早智子の手の感触を確かめながら。だが出口に向かって進んで行くと次第に辺りが暗くなってきた。そして周りから薄気味の悪い声が聴こえてきた。

 
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