死神
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
2部分:第二章
第二章
「言った通りじゃったな」
「そうだな」
実朝は男に応えた。応えながら彼に対して自分が今思っていることを述べた。
「御主のことがわかったぞ」
「ほう」
男はその言葉を聞いて言葉をあげてきた。だがその調子は決して高いものではない。ぼそぼそとした様子である。
「ではわしは何じゃ」
「迎えではないのか」
彼は男に問うた。
「どうじゃ。違うか?」
「如何にも」
男の方でもそれを認めた。今度は隠しはしない。
「わしはな。死神じゃ」
「左様か」
実朝はそれを聞いて布団に寝たまま頷いた。
「やはりな」
「驚かんのか」
「武士は何時死んでもおかしくはないもの」
彼は言う。
「それでどうして死神が怖いのじゃ?」
武士は戦場で戦うのがその務めだ。先の元寇では実朝は幾度も死線を潜り抜けている。そんな彼だから死に対しても怖れてはいないのである。
「どうじゃ、そこは」
「ふむ、見事じゃ」
死神はその言葉を聞いて感心したように頷いてみせた。
「武士だけはあるな」
「その言葉有り難い。それでじゃ」
彼は落ち着いた様子で話を続ける。
「わしは死ぬのか?」
「いや」
返事は実朝の予想したものではなかった。死神は首を横に振って言ってきた。
「今は死にはせぬ。わしは御主に会う為に来たのじゃからな」
「死なぬのか」
「見てみよ」
死神は実朝にこう言ってきた。
「わしの場所をな」
「場所を!?」
「そうじゃ」
見てみれば死神は足元にいた。それは彼にもわかった。
「それがどうしたのじゃ?」
「ここじゃ」
死神はまた言った。
「わしが枕元にいれば死ぬということなのじゃ」
「では足元にいればどうなのじゃ?」
「助かる」
彼は答えた。
「それはわしが決めることではなくてな。運命が決めることじゃ」
「左様か」
「左様、必ず一度はその者の枕元に立つ」
つまり人間は誰でも死ぬということである。それを言ったのである。
「それが運命じゃ」
「そうか」
実朝はそれを聞いてやけに感心した。しかしそれでもなお何か腑に落ちないところがあった。
「しかしな」
「何じゃ?」
「あの薬屋じゃが」
「あれはわしじゃ」
彼は答えてきた。
「わしに他ならぬ。ああやって死ぬ者がいるかどうか見ておるのじゃ」
「そうだったのか」
「一つ教えておこう」
死神は実朝に対して述べてきた。
「死神は一人ではない」
「何人もいるのか」
「それこそ数え切れない程にな。そして医者や坊主になってあちこちにおる」
「そこで迎えに行くべき者を探しているのか」
「そういうことじゃ。わかったか」
「うむ」
実朝はその言葉に頷いた。今までの話で完全にわかった。
「成程な。そうだったか」
「ではな。また何時か来る」
「うむ、またな」
話が終わった。そして別れの段階になった。
「しかしな」
死神は最後に述べてきた。
「わしを見ても怖がらぬとはな。大した肝っ玉じゃ」
「何、わしも武士じゃ」
実朝はその言葉に豪胆に笑ってみせてきた。
「そんなことでいちいち怖がるか。人が死ぬのはわかっている」
「ほう」
死神はその言葉を聞いて笑みを浮かべてきた。陰気な顔であるが笑みは浮かんだ。
「それで怖れぬのじゃな」
「死ぬなら戦場で死にたい。それだけじゃ」
「見事なものよ。それこそ武士じゃ」
「わかったらな。また最後に会おうぞ」
「わかった。では戦場で会うことを期待しておるぞ」
「またな」
こうして二人の話は終わり死神は去った。実朝は次の日には元気な顔で起き上がっていた。
朝起きて朝食と軽い稽古の後でまた馬に乗って街に出た。そのままあの薬屋に向かったのである。
見れば死神がまだいた。相変わらず薬を売っている。
彼はそれを見た。昨日とは違い心中は穏やかに。しかしそれを知る者はいない。
ふと目が合った。そこで互いに笑みを浮かべ合った。
「またな」
「はい」
それだけであった。しかしそれだけで充分であった。二人は別れる。昨日鎌倉でそれなりの数の者がなくなってると聞いたがそれが運命の結果なのだと実朝は知っていた。それについて何も思うところはない。死んだ者に救いがあればいいとは思っているにしろだ。
「それも運命のうちだな」
達観を今感じた。死ぬのも運命だしそこから何処かへ行くのもまた運命なのだと。彼は今それを思いながら馬に乗り死神の側を去るのであった。己の運命をただ進む為に。
死神 完
2007・1・10
ページ上へ戻る