死神
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1部分:第一章
第一章
死神
鎌倉時代の話である。丁度元寇が終わった頃であろうか。鎌倉はやっと平穏さを取り戻しつつあったが幕府の中ではきな臭い権力闘争の匂いがしはじめていた。そんな時期であった。
丘道実朝はその日寝ていた。だが寝ている間に誰かが声をかけてきた。
「これ、実朝」
「!?」
その声に気付き顔を声がした方に向ける。身体は自然と起きていた。
「わしを呼ぶのは誰じゃ?」
「わしじゃ」
見ればそこにはやけに痩せた男がいた。今にも倒れそうな程やつれていて古い粗末な服によれよれの帯を締めている。一応は礼装のようだがとてもそうは見えない格好であった。
「誰じゃ、御主は」
「迎えじゃ」
彼は実朝の問いに対してこう答えてきた。
「迎えよな」
「左様、明日伺うからな。挨拶に来たのじゃ」
「客か」
「そんなところじゃ」
男は答えてきた。
「実は案内するところがあってな」
「案内とな」
実朝はそれを聞いてその太く濃い眉を動かしてきた。
「何処にじゃ?」
「それは明日わかる」
何故かここでは言おうとはしない。何かを隠している感じであった。
「明日な」
「明日なのか」
「一応それは覚えておいてくれ」
「うむ、わかった」
実朝はまずはそれに頷いた。だがそれでも釈然としないものが心に残る。
「しかしのう」
「何じゃ?」
男はその言葉を受けて彼に問うてきた。
「どうにも御主が普通の人間には思えぬのだが」
彼はそれを感じていた。男から感じられる雰囲気がどうにも人間のそれとは感じられなかったからだ。今それを男にもはっきりと言った。
「どうじゃ、そこは」
「まあそれも明日じゃ」
「また明日か」
「そうじゃ。ではな」
そこまで言うと姿を消した。実朝が目覚めた時には部屋には誰もおらず当然ながらあの男はいてはいなかった。
だが釈然としない思いは残る。それで彼は玄米を山盛りにした武士の朝食を済ませると寺へ参ることにした。そこで経を読んでもらい不吉なものがあるならばそれを払ってもらおうと思ったのだ。
そうしてもらってから馬で家に帰る。その途中でふと鎌倉の街の入り口に新しい店ができているのに気付いた。
「何の店であろう」
「薬屋だそうです」
町人の一人が馬の上にいる彼に答えてきた。
「薬屋か」
「はい、何でも宋から直接持って来たものらしくて。それで今皆集まっているのでございます」
宋は元により滅ぼされている。その時に日本にまで流れてきたものであろうか。実朝はそんなことを考えながら話を聞いていた。
その町人はさらに述べる。見れば店の前に老いも若きも町人も農民も武士までもが集まっている。その中に彼が見知った者もいた。
「おや」
その彼に気付き馬を下りた。そして声をかけた。
「浅野殿ではござらんか」
「おお、丘道殿」
口髭を生やしたやけに怖い顔の男がそれを受けて彼に顔を向けてきた。見れば浅野正久であった。鎌倉で執権家に仕える武士で実朝の同僚である。所謂身内人である。
「薬を売っていると聞いたが」
「うむ、それで見に参ったのじゃ」
正久は彼の言葉に答える。
「宋の薬をな」
「ふむ」
「どうやら日本のものよりも凄いらしい」
「そうであろう。やはりそちらではな」
宋といえば文化も技術も当時の世界において他を寄せ付けないものがあった。その為そこのものと言えば何でも飛ぶように売れたのである。今風に言うならば漢方薬であるがそれを売っているのである。
「丘道殿も見てみればどうかな」
「そうじゃな」
実朝はその話を聞いて頷いた。
「それではな」
それに応えて店の中を覗いてみる。するとそこには一人の痩せた男がいた。
「なっ」
実朝はその男の顔を見て絶句した。何とそこにいるのは昨夜夢の中で会った男であったのだ。
「いらっしゃいませ」
「どういうことじゃ」
実朝は思わず呟いた。
「これは一体」
「どうされました?」
「どうしたもこうしたもない」
彼は言う。
「そもそも」
「そもそも?」
「いや、いい」
ここで彼は思い直した。あれは夢の話である。夢の世界とこちらの世界は違う。それで何かを言ってもやはりそれは違うのだということを思い出したのである。
「では何か貰おうか」
「これなぞ如何でしょうか」
男は一つの小さな壷を出してきた。その外観は黒いごく普通の小さな壷だ。しかし実朝はそこに不吉なものを感じていたのである。しかしそれは口には出さない。
「それか」
「はい、どうでしょうか」
「ではそれを貰おう」
鎌倉武士として迷いを見せるわけにはいかなかった。武士というのは迷ってはならない、すぐに決断を下さなければならないと。彼はそう考えているからだ。
「はい。きっとお役に立てるかと」
「それで何の薬なのじゃ?」
彼はそれを問うた。
「よかったら教えてくれないか」
「気付け薬です」
「気付け薬か」
「御身体が悪くなった時にこれを飲まれれば。すぐに回復致します」
「左様か」
「はい。それでは」
「うむ」
その薬を買って家に戻る。ここまでは何事もなかった。
しかし家に帰って暫くすると。急に身体がだるくなってきた。
「!?どういうことだ」
実朝はそれに違和感を覚えた。何が何なのかわからない。
とりあえず彼は今買ってきた薬に目をやる。男の話を思い出したのだ。
「身体が悪くなった時に飲めばよかったな」
それを思い出しすぐに口に入れる。その後で布団の中に入って休んだ。暫くすると眠りに入りそこでまたあの男と会ったのであった。
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