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リリカルなのは~優しき狂王~

作者:レスト
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Vivid編
  第四話~向き合うということ~

 
前書き
読者の皆様方お久しぶりです。
最近は忙しくて執筆がほとんどできませんでした。そして今回も難産で何回か書き直してしまいここまで遅れました。本当に申し訳ないです。

では、本編どうぞ。 

 
聖王協会本部・医療区画


 カツカツと硬質な音が廊下に響く。
 リズミカルに刻まれるその音は人の足音。どこか聞いていて心地よいその音は、歩行者が目的地につくと同時に途切れた。

「……ふぅ」

 目的地である扉の前で深呼吸。こういう時、何かしらフォローをしてくれる相棒である二機は今日に限っては、退院の為に纏めておいた荷物の中に置いてきていた。そのせいで心なしか寂しさを覚える。
 一旦リラックスした彼――――ライは意を決したように目の前の扉をノックした。

「――――どうぞ」

 扉の中から聞こえた返事に応えるように、ライはスライド式の扉をゆっくりと開きその部屋に踏み入った。
 ライの居た病室と階層も部屋の位置も離れた病室。共通点と言えば個室であることぐらいか。その病室の中にライの目当ての人物がベッドに横たわっていた。

「…………随分と久しいな」

 最初、部屋の主はライを見て驚いた表情を見せた。しかし、それがライであることを認識すると少しだけ頬を緩め挨拶とも感想ともつかない声を漏らした。

「はい…………お久しぶりです――――――――ゼストさん」

 その部屋の主。ベッドに横たわるのはライがJS事件時に利用した人物、ゼスト・グランガイツであった。
 全盛期には程遠く、事件当時ですら少し窶れていた武人は、今や事務員すら務まりそうにないほどにやせ細っていた。唯一衰えきっていないのは、その眼光ぐらいだ。

「会いに来るのが遅くなりました」

「構わんさ、君の事情も理解している。それに元来、私はあの時死んでいた身だ。死者がしつこく引っ掻き回すべきではないだろう?」

「っ…………いじめないで下さいよ」

 自虐とも皮肉とも取れる言葉にライは一度言葉に詰まった。
 ライがかつてはやて経由で残したゼストの延命手段。それは皇暦の世界の医学を元に、魔法主体の医学では生み出されなかった手法であった。
 しかし、それはあくまで延命であって完治ではない。
 そして、皇暦の世界で発展した医療技術には、ナイトメアフレームの基盤の一つである医療サイバネティックスのフレーム技術がある。
 ライが残した延命手段の中にはそれについての技術の利用も含まれていたのだが、その技術自体が禁止されている戦闘機人技術と酷似していることから、ライの残した延命方法を全て行うことは出来なかった。
 それをはやてから聞いていたライは彼に対する罪悪感を持っていた。自身が残した情報により彼を長く苦しめているのではないか、と。
 確かにゼスト・グランガイツと言う人的戦力を利用し、使い潰すつもりでいたライは彼を憂う資格はないかもしれない。だが、見捨ててしまえるほどライは非情にはなりきれなかった。

「会いに来たという事は……退院か?」

「ええ、あと一時間もしないうちにここを出ます…………お互い厄介な立場にいる」

 ポツリと煩わしそうにライは言葉を零した。
 改めて明確にすると、今の時点でライの立場はかなり微妙な位置に存在している。
 当時は次元漂流者であり民間人であったライは、事件に関わると熟練魔導師顔負けの戦果を挙げ、JS事件の実行犯と面識があり、更には聖王を打倒するだけの力を示した青年。
 これら全てを把握しているのはごくひと握り――――実行犯とは面識どころか懇意にしている節もあったのだが――――であり、そのひと握りの人物たちもそれらを正確に把握しているかと言われればできていないと思われる。
 これだけの事をたった半年もしないうちに起こしてしまったライは、今でこそ多少は落ち着いているとは言え、管理局などの組織内では一廉の人物として認識されている。
 その為、ライが誰かと接触すると誰かしらが邪推を始めてしまうのだ。
 また、彼が何かを始めようとしているのではないか?
 今は味方であるが、それもいつまで続くのか?
 人脈を作るのは力を貯めるためではないか?
 と言った、あげ始めればキリのない憶測が噂となり、尾ひれを付けどこまでも疑念を生み出す。
 もちろん、そう言ったことに対処する方法はあるが、未だミッドチルダという社会基盤に対して干渉する方法が一般人と同じ程度しか持っていない今のライでは、そう言った方法がどうしても後ろ暗いことになりそうなため、ある程度自省をしていた。
 とにもかくにも、ライがJS事件のゆりかごでの防衛戦に置いて共に行動していたゼストと堂々と会うにはライにもゼストにもお互いにうまい話ではなかった。
 退院の為、たった数十分だけできたライが自由に動いても大丈夫な時間。それがゼストと面会できる貴重な時間であった。

「これからどうする?」

 漠然とした問い掛け。
 その意味を察することができないほど、ライは恩知らずではないし、彼に対しての誠意を持っていないわけではない。
 だが、ここでそれを正直に言ってしまえるほど、今のライが抱えているものは小さいものではなく、下手に口にしていい内容でもなかった。

「しばらくは、社会復帰の為に頑張ります」

 これが今のライに言える精一杯。
 そのライの返答をどううけとったのか、ゼストは苦笑を漏らした。

「正直者だな、君は」

「…………」

「だが――――」

 先程まで緩んでいた口を引き締め、昔と変わらない鋭い眼光をゼストはライに向けなおす。

「それは長所であり、短所だ。君のとる選択肢は確かに最善であるかもしれないが、それは自身を一番蔑ろにする方法となっている」

「……」

「それについて自覚と覚悟、そしてそれを成す力を持っている分、君の場合タチが悪い。君が蔑ろにしている自分自身を大切にしている他人がいることを理解…………いや、理解はしているか……受け入れるべきだ」

 ゼストの言葉はライの内面を抉ると同時に染み込んでいく。
 理解も納得もできる。だが、ライはそれ以外の方法を選択できない。
 自分も他人も傷つける覚悟。
 言葉にすればそれは強さと戒めを示すかもしれない。だが、ライの場合はそれと同時に違う意味合いを含んでしまう。
 他人を傷つけるから自分も傷つけようとする。
 罪に対する罰。自己満足の代償行為。
 要するにライは他人を踏みつけにする幸せを受け入れることができないのだ。かつての枢木スザクがそうであったように。

「自分を許せとも、忘れろとも私にも言うことはできん。だが、罪の意識だけで生きていくのはそれこそ死人と変わらん。かつての私のようにな」

「…………」

 喉が干上がったように痛みと乾きを訴えてくる。ライはゼストの言葉に何も返すことができない。ただ沈黙を貫くことしかできない。

「……喋りすぎたな、今日はもう行きなさい」

「……失礼します」

 ライにとってそう返すのが今の精一杯であった。

「…………ぅっ」

 廊下に出ると喉にせり上がってくるモノを感じ、ライは即座に近場のトイレに駆け込んだ。個室に入り、後ろ手に鍵をかけると便器の蓋を開ける。

「――――――――」

 膝をおるようにして顔を便器に近づけると、ライは全てを吐き出した。
 過去を掘り返し、これまでの覚悟を全て否定されたような感覚。足場が崩れ、空宙に放り出されたような浮遊感。
 それがどこまでも不快で、怖くて、寂しくて、痛い。
 ゼストは言った。『受け入れろ』と。皇暦の世界でもこの世界でも、ライにとっては諦めていたモノを諦めるなという戒めの言葉。
 だが、それはライにとっては呪いのようなものだ。
 どれだけ他人がライを受け入れようと、どれだけライ自身がそれを望もうと、誰でもないライ自身がそれを否定してしまう。
 犠牲がないように事を成そうにも、どうしても取りこぼすように諦めるべき何かが生み出てしまう。
 咄嗟にしろ、考え抜くにしろ、その場合ライは自身をまず切り捨てる。
 何故ならそれこそがライの起源であり、全てだから。
 幼い頃から家族を守るために自身を差し出してきた。
 国を守るために、王であるために個というものを封じてきた。
 友達を助けるために自身以上に他人を気にかけ、手を伸ばした。
 そして、自らが望む世界の為に生命を失う決断も下せてしまえる。
 それはしかし、ライが愚かであるからではない。単純に彼がまだ『子供』だからだ。幼い頃、まだ遊びたい盛りの頃から武力による権力抗争が当たり前だった時代で、王族として生きていくために、文字通り子供でも思いつく方法――――他者を排斥していく方法でライは歪ながらも成功を収めてしまった。
 結果的にライはそれによって様々なモノを失うこととなってしまったが、それはギアスという解りやすい原因があったからだ。
 その為、方法自体は間違えていないと頭のどこかでライは無意識に考えてしまう。
 そして、単純ではあるが結果を求めるために彼は、自身を排斥するという形で対価としてしまう。それを無意識で行ってしまえる感性――――それこそがライの抱える歪みであった。
 原因こそ知らないだろうが、ライのその歪みを指摘したのが、ゼストと言うライにとっては切り捨てるべき人間であったと言うのはどんな皮肉だろうか。

「――――ぇっ、――ぐ――――げぁ――――」

 胃が、食道が、内蔵全てが絞られるようだ。
 もう胃液しか出ていないのに、身体のどこかがまだ吐き出そうと蠕動する。
 吐き出すものなどもう無いというのに、これ以上何を吐き出せというのか。彼の頭のどこか冷静な部分が、誰に向けてか訴える。

(まるで、空っぽだ)

 苦味と酸味が口の中で踊り狂う中で、ふとそんな事を考えていた。
 もう出るものがなくなりきったのか、やっと体内の蠢くような感触が引いていく。
 頭がぼんやりしてしょうがないが、ライは手を拳にすると打ち付けるようにして足を叩く。あまり効果はないが、痛みを感じたことで少しだけ思考がマシになったと思い込むことにする。
 ライはトイレの個室に備え付けのトイレットペーパーを使って口を拭い、吐き出したものと一緒に流す。幸いにも服は汚れなかった為、トイレの手洗い場で口を念入りに濯ぐと足早にトイレを後にして目的地に向かう。顔色が悪くなってしまっている言い訳を考えながら。



聖王協会本部・一室


「……」

 先程までの来訪者が出て行った扉に視線を預けながら、ゼストは先程までの自身のらしくなさにため息をつきそうになった。

(説教……と言えるかは知らんが、あんな事を言うつもりはなかったのだがな)

 自重するように内心でそう呟くと、再び出そうになったため息を飲み込むのに少しだけ苦心する。
 そんな中で何故、自分がライに対してあそこまで、言葉を送ってしまったのかを考える。
 ライは決して聞き上手というわけではない。気持ちを伝えることも上手いわけでもなく、寧ろ不器用といっても言い。弁舌の才能があること自体は否定できないが。
 ライが優れているのは、相手の気持ちに自覚を持たせること。そしてそれを素直に表に出してやることだ。それは時に行動で、時には言葉でそうしていく。
 それは言い換えればカリスマとも言えるが、ライの場合は人徳と言ったほうが適切である。
 そのある意味で才能とも言えるモノを無意識的に理解していたからこそ、ゼストは先ほどのような言葉をライに送ったのだ。それはかつて部隊を率いて多くの人間を見てきた経験があるからこそであった。

(彼が私たちのように……………いや、それは違うな)

 自身であまり考えることが得意でないと思っているゼストが、自己の精神の客観的診断を切り上げる中、ふと考えそうになった言葉を打ち切る。
 そして、代わりに囁くようにして心中を吐露した。

「潰れてくれるな」

 丁度その言葉を呟くと同時に、かつての上司であり、部下の敵であり、そして友人である男が見舞いの為にその部屋の扉を叩く音が響いた。



聖王協会本部・医療区画ロビー


 よく整備され、待ち合いのための椅子もそれなりに置かれている医療区画のロビー。
 まだ時間帯が早く、普段も一般人があまり利用しないため、患者よりも職員の方が多いというある意味で喜び、経営的には嘆くべき状態であるその場所に、ライを待つ一人の女性の姿があった。
 彼女の足元には大きめのボストンバックが一つ置かれており、私服姿のその女性――――なのはが持つにしてはあまり似合いそうにない男物のその鞄は、事情を知らない他人が見ても彼女に男性の連れか若しくは待ち人が居ることを理解させる。

「……」

 近くにベンチもある中で彼女はロビーから続く入院病棟へと続く廊下の方に視線を固定していた。
 何故彼女が座りもせずに、立って待っているのか。それは十数分前に彼女の足元にある鞄の持ち主であるライに原因があった。
 ライが退院するということで、知り合いを代表して彼を迎えに来たなのはであったのだが、待ち合わせにしていたロビーでライと合流すると、彼がこう切り出したのだ。

『忘れ物をしたから取ってくる』

 普段――――と言ってももう三年ほど前であるが――――隙のない生活を送っていたのを見ていたなのはは、ライの言葉に少しだけポカンと呆けた。そんな彼女へ手短に荷物を預けると、彼は足早に今日まで生活していた部屋に向かって消えていったのであった。
 そう言った経緯でなのははここで待ちぼうけをしているのだ。

「ライ君遅いね、レイジングハート」

『メールをしてみますか?』

「う~ん……してみようか」

 静かに待っていることに飽き始めた彼女は、胸元にある待機状態がネックレスであるデバイスに話しかけた。提案するように連絡を勧めてくる相方に頼み、彼女は短文なメールを送信する。

「うん?」

 メールを送信して一秒が経つか経たないかの間を挟み、派手すぎないメロディーが足元の鞄から聞こえ始めた。
 思わず疑問の声を漏らしたなのはは、若干申し訳ないと思いながらも、音の発生源と思われる鞄の一番外側に着いている小さなポケットに手を伸ばした。

『『お久しぶりです、なのは様』』

「二人共ここにいたの?」

 ポケットを外から触ると考えた通りの感触があったため、なのはは手早くポケットからライの相方である二機のデバイスを取り出した。

『マスターも急いでいたようです』

「二人を忘れるほどに?あのライ君が?」

 ゼストとの会話を聞かれたくないため、あえてデバイスを置いていったライであったのだが、自らのデバイスを置いてどこかに行くという発想自体が、そもそも魔導師からすればありえないことである。その為、なのはからすればライの行動はかえって彼女に違和感を持たせてしまっていた。

『戻られたようですよ』

 なのはが内心で首を傾げている中、蒼月がそう切り出してきた。

「……うん?」

 蒼月の言葉に掌の二機に向けていた顔を上げ、先程まで見ていた入院病棟へと続く廊下に視線を向けなおす。するとそこには確かに彼女の待ち人たるライ本人が歩いてきていた。

「まだここに居ればいいじゃない~」

「妹の頼みが聞けんのか~」

 腰に二人のシスターをぶら下げながら。
 齧り付くように抱きついている二人をずりずりと引きずりながら、ライはなのはの元に戻ってくる。まるで二人の事を気にしていないように見えるそんなライの行動になのははポカンとしていた。

「お待たせ…………二人共そろそろ離してくれ」

「やっとこっち向いたー!で、残ってくれんの?」

「いや、無理だから」

 ライの容赦のない言葉にシスター二人のうちの片方、セインはブーブー文句を言い続ける。そしてそんなセインの態度に困った表情を浮かべるライを面白そうに見ているもう一人のシスターは、キャーキャー言いながら楽しんでいた。

「?……ねぇ、セインともう一人のシスターさんは誰なのかな?」

『あちらはここのシスターのお一人で、セイン様の同期であるシャンテ様です』

 見覚えのないシスターになのはは知っていそうな蒼月にこそりと、名前を聞く。
 蒼月によると彼女はライのリハビリに付き合っていたシスターシャッハの、騎士としての教え子である。
 シャンテはシスターシャッハに聖王教会に誘われ、武術的な指導をしてもらっているシスターだ。そんな彼女が何故ライの腰に齧り付いているのかというと、彼に対するある種の報復行為だ。
 先述の通り、シャンテはシスターシャッハを人としても師としても尊敬している。そんなある意味で憧れでもある人を、理由はどうあれ約一ヶ月もの間独り占めされていたのだ。
 それはやはり愉快なものではないため、こうして退院が既に確定しているライを引き止め困らせてやろうという彼女のある意味で可愛らしい嫉妬の表れであった。
 もちろん、そんな事を知っているわけでもないライ自身は彼女がどうしてセインと一緒に自分を引き止めているのか謎でしかないのだが。

「二人共!」

「離れなさい!」

 新しい声が二人分響いた。先程と違ってロビーも随分賑やかいなってきたなぁ、とどこか他人事のようになのはが思っていると、新しい声の主であるオットーとディードがこちらに駆けて来ていた。

「オットー、ディード一応ここ病院だから」

 そんなことを言いながら握りこぶしから人差し指を立て、その指を自分の口の中央に持ってきて「しー」としているライは呑気なのか大物なのか判断が付き兼ねた。

「二人共、兄様にご迷惑をかけて!」

「いい度胸ですね」

「「きゃー!逃げろー!!」」

「だから、病院では静かに――――」

 少々カオスな様子を呈してきていたその場を収めたのは、見送りの為に玄関に訪れたライの担当医であった。もちろん、説教付きで。
 そして、長いようで短かった入院生活にピリオドを打ったライは荷物と一緒になのはの運転してきた車に乗り込み、新生活を始めるための“家”へと向かうのであった。






 
 

 
後書き
と言う訳で、Stsから放置していたゼストについてでした。
この作品では、原作で亡くなった二人(ナンバーズ入れれば三人?)は生きているので、このあたりから原作から徐々に変わっていくと思います。

そして今回も書いていて思いましたが、自分には軽い話を書く才能がないと思ってしまいました。
……構想通りならVivid編で精神的に追い詰められる描写がライは多くなってしまうのもそう考えさせる一因かな?(ーー;)

では、次回も更新頑張ります。

ご意見・ご感想を心よりお待ちしておりますm(_ _)m 
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