| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

大刃少女と禍風の槍

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

五節・青少年のハプニング

 
前書き
グザの性格、良いとは言えないなぁ……それではどうぞ。 

 
 
 
 ゾロゾロと東西南北にバラけて行き、皆が広場を後にしていくなかで、未だキリトとアスナ、グザの三人は、広場の中途半端な位置に立っていた。


 データの身体のだから凝る筈の無い肩をキリトが回していると、周りに自分達以外人が居ない事を確認して、アスナから低い声が掛かる。


「説明ってどこでするの?」
「俺は何処でもいいけど、その辺の酒場にする?」
「いや、誰かに見られたくない」


 言う際露骨にグザへ視線が向いていた事で、何故その台詞を吐いたのかがよく解る。


「オレちゃんは構わんがねぇ」

(そりゃアンタはそうだろうけどさ……)


 キリトとしても―――彼女は否定するだろうが―――イロモノ二人と一緒に居てアルゴに変なネタを作られたも困るのだ。
 本人曰く、ゴシップは売らないのが主義らしいが、彼にしてみれば怪しい事この上ないし、毎度からかわれるのも微妙に嫌だった。


 余計な事に思考が傾きそうになるのを押さえ、キリトは如何にか次の言葉を口にする。


「どっかのNPCハウスの部屋……は誰か入ってくるかもしれないし、どっかの宿屋の個室なら鍵かかるけど……それもダメ、だよな?」
「当たり前じゃない」


 身も蓋もない率直な即答に、キリトがダメージを受けたが如く呻いた。

 どうも様子からするに他者、特に異性とのコミュニケーションがちょっと苦手なのか、表情で難儀している事がすぐにわかる。

 なら残りに何か方法があったかと、必死に彼が記憶の中から引っ張り出してこねくり回していく……グザはずっとパイプを吸っており、知恵を貸してくれそうもない。


 と、キリトが悩んでいる真っ最中、その思考を一旦止める発言が、アスナの口から出てきた。


「そもそも……宿屋って言うけれど、この世界の宿は部屋なんて呼べる代物が無いわ。睡眠は本物なんだからもう少し良い部屋がいいのに、あれで50コルなんて詐欺じゃない」
「へ? いや、探せばもっといい部屋あるだろ? 当然場所によっちゃ値は張るけどさ」
「探す? 探すと言ったって、この街には三軒しか無いじゃない。オマケに部屋はドングリの背比べ……変える意味が無いわ」


 そこでキリトは彼女が何を言っているか、何故そんな事を口にしたかを理解する。


「ああ……INNて看板の出てる建物しか入って無いのか……あれはさ、取りあえず安い値段で泊まれるってだけで、コルを払って泊まるならもっと良い部屋はたくさんあるんだよ」
「そうなるとオレちゃんは、どーも運が良かったって訳かい」
「へぇ、INN以外に停まってんのか? アンタ」
「偶々な」


 グザと会話を交わしているキリトを、ポカンとした表情でしばしアスナは見つめていたが、やがて呆然として肩を落とし、口をあんぐり開けた。


「そ、それ早く言いなさいよ……」
「嬢ちゃんよ、坊主は己の常識に沿って考えて、嬢ちゃんの考えは知らず、そもそもソレを聞かれなかった……早くも何も言うきっかけすら無かったやね。責めるのはお門違いってもんだ」
「ぐぅ……」


 普段ふざけていても、こうやってちゃんと一理ある一言を吐くもんだから、アスナは唸るだけで、何も言えずに固まっている。

 キリトも、散々気を使った鬱憤を晴らす為か、得意げに話し始めた。


「俺の借りている場所はな? 農家の二階で80コルかかるけど、ミルクは飲み放題だし眺めは良いし、ベットだってINNよりもずっとデカイ。オマケに風呂までついてるん―――」
「今何て言ったの?」


 得意げに話してたキリトの台詞に嫌そうな顔で眉をしかめた……と、そう見えた途端、秒速でアスナはキリトの肩を掴み、嫌に真剣な様子で詰め寄った。

 突然の豹変ぶりに、キリトは勿論自慢話を止め、どうしていいやら目を泳がせている。

 片方で肩を掴まれ、片方で襟首を閉められている事を止めるのすら忘れ、彼は恐る恐る問いかけ始めた。


「み、ミルク飲み放題……?」
「いや、風呂付きって(とこ)だろうさ」


 が、思い当たる単語を全部言う前に、グザが否定しながら割り込んでくる。
 見事言い当てられたのか、アスナは又も眉をしかめながら、それでも大きく頷いている。

 何とも言えない微妙な表情でグザを見た後、キリトはアスナの方へと向き直った。


 しかし、彼が何かを口にする前に、アスナが言葉を重ねてくる。


「あなたの借りている部屋、あと何部屋開いてる? 私も借りるから案内して」


 どうも状況を飲みこみきれていなかったらしいキリトは、咳払いし申し訳なさそうにきりだして来た。


「えっとさ、俺さっき部屋を借りてるって言ったよな?」
「いった」
「実はな? その家を丸ごと一つ借りてるって意味でさ……だから空き部屋はゼロなんだ」
「なっ……!?」


 アスナは崩れ落ちそうになるも何とかこらえ、キリトと交渉すべく真剣に見据える。


「その部屋を……」
「あ~、うん俺は十分堪能したしさ、部屋主を代わって上げるのは構わないけど……実は部屋を借りられる最大日数で……十日分家賃を前払いしててさ、しかもキャンセル不可なんだ」
「な、なぁっ……!?」


 再度よろけて崩れそうになる体勢を必死に支え、次いでアスナは下を向いて唸り始めた。
 どうしてもお風呂に入りたい、でも残った選択肢を取るには抵抗があると言ったところか。

 別の部屋を探すにしても取られている可能性が高いし、ひとつ前の村に戻るにしても時間が掛かり、しかも夜な為危険。
 オマケに遅刻してしまう可能性も捨てきれず、真面目な性分なのか端から選択肢に入れていない様子。

 時間にして数十秒間葛藤し、緩慢な動作で顔を上げ、小さく言葉にならない声を漏らすも、またも体を震わせて黙り込む。
 口にすべきか呑み込むべきか、本気で悩んでいるらしい。


 視界に映る黒髪の少年剣士は視線をさまよわせており、少し後ろに待機しているグザは待たせているのに全く苛立っておらず……と言うか背を向けて、肩を断続的に痙攣させていた。

 もしかしなくても笑っている。

 その所作にアスナかなり腹だったが―――とうとう耐えきれなかったか結論を出し、頭を下げた。


「あ、あなたのとこで……お、風呂っ……貸して」
「は……はい」













 トールバーナの東、小さな牧草地沿いに剣士が借りているという、部屋のある農家はあった。
 普通想像する建物より大きめであり、厩舎や母屋も合わせればちょっとした豪邸ぐらいあるだろう。小さめながら水車までついている。

 玄関をまたぐとNPCである陽気そうな女性が、キリト達へと人の良い笑顔を向けてきた。どこか温かみのあるその表情は、チラと視線を向けるだけでは違和感など感じない程だ。


 どっしりした造りの階段を踏みしめ二階へ上がり、廊下の突き当たり近くと少し離れた位置にある扉が見え、キリトが借りているらしいのは一番奥の方で、ひとつ前の扉はスルーした。


 無言でドアを開けたキリトは、引きつった笑みとぎこちないジェスチャーで、中へ入る事を促した。


「ど、どうぞ、取りあえず……」
「ありがと」
「はいよ、そんじゃ邪魔しまーす」


 対象的な温度差を持つ二人の台詞を受け止めながら、コロコロ表情を変えていたキリトも、此処で変な気分になっている場合ではないと普通に扉を閉めた。

 息を一つ吐いてからアスナ達の方へ目線を向けると、グザはまたもパイプを吸いつつ普通に椅子へ座っていたが、アスナは予想外の部屋の内装や広さに呆然としている。


「広っ……!? ベットも質がいいし……これでたった三十コル差なんて……」
「確かに広いやね。オレちゃんとこは反対側の西にあるが、宿屋よりゃマシってぐらいだったわな」


 言う程驚いていないグザは、小さく笑いながら濃い青色の煙を吐きだす。

 もう一度部屋を見渡したアスナは、未だ信じられないのか目を見開いたまま大きく息を吐きだした。

 部屋の広さは二十畳―――約33平方mほどで、東に見える扉奥の寝室もそれぐらいはある筈。
 西の壁には “bathroom” と書かれたプレートが下がっており、底がの風呂場なのは誰の目にも明らかだった。


「えっと、風呂場そこだから……ご、ご自由にどうぞ」
「あっ……うん」
「言っとくけど、ナーヴギアも液体環境は苦手らしくてさ。だから過剰な期待はするなよ」
「分かったわ」


 アスナはそれだけ言うとバスルームの扉を開き、ゆっくりと閉められてその姿は奥へと消えて行った。


 やっと終わったとばかりにキリトは大きく肩を落として、武装を解除してソファへともたれ掛る様にして座り込み、長くのびをして乱暴に手を落とした。


「お疲れさんだ少年。嬢ちゃんの扱いは苦手かい?」
「苦手だよ……現実じゃあ妹と話すのだって難儀してたのに……」
「クハハハ! ならギクシャクしても仕方ないわな」


 身長も雰囲気も明らかに歳上なのだから、少年と呼ばれるのは仕方ないかもしれないとキリトも思ったが、それを引き合いに出して揄われるなど、いい気分はしない。

 見るからに心底面白がっているグザは笑いを止め、ブルーベリー色のパイプの先を彼へとつきつける。


「で、説明は嬢ちゃんが風呂、上がってからかい?」
「まあな。流石にアスナだけ置いてけぼりってのは……」


 そこで会話は途切れ、しばしの間無言の時が流れる。

 キリトはグザの視線が外れた時に、思春期だからしょうがないのか目が向いてしまっている。それも回数を重ねるごとにこらえる事が出来ているみたいだ。
 が、実の所グザは目を外している『フリ』をしており、しかし同じ男だからか大して軽蔑もせず、苦笑しながら天井を見ていた。


 やがてキリトは攻略本を読み返し始め、グザはパイプを咥えたままメニュー画面を操作し出し、本格的に会話する要素が失われていく。

 どうも内容が頭に入らないかクシャクシャに髪をかき乱すキリトは、メニューを表示して攻略本を閉まい、やる事が無いとアイテム整理中のグザの背中を眺め初める。
 ……ふと、その背中に違和感を覚えた。 



 懸賞品を含め限定一万本という、少ない数しか販売されなかったSAOを買えたのは、文字通り筋金入りのゲーマーだと言っても過言ではない。
 そう言った人種は……例外は居るだろうが、基本ゲーム中心の生活にどっぷり浸かっている者であり、キリトの様な線の細い、もしくは体型が横に広い物の方が多い。

 余り動かないし、筋力を鍛えようともしていないのだから、神経系の反応は早くなれども、物理的な運動能力は全く鍛えられないも同然だ。
 故に現実の体をアバターの容姿に反映したSAOでは、上記の体型が当たり前なのである。


 しかしながら……グザはソレに、全くと言っていい程当てはまらない。



 常人よりも比率的に長い手足の所為で細めには見えるが、半裸の為筋肉がガッチリついている事が傍目でも窺え、そういった学に関して素人である筈のキリトにでも、ついている筋肉が無駄の無い物であと分かった。

 また、彼は見た目こそ青年に入るが、これまでのやり取りでは老人にも近い空気を漂わせており、年齢の曖昧さに拍車をかける。


 極めつけは―――迷宮区で見た時も、フィールドに出た時も、そして街中に居る時も、まるでこの世界の方が自分に合っている、もしくは慣れていると言わんばかりに、実に自然体で居る事だ。

 街中なら兎も角、フィールドやダンジョンでは大なり小なり緊張状態に陥るのが普通なのに、グザからはその当たり前が殆ど感じられない。



 一体何をしていた人間なのか……キリトはどうにも気になり、同時に聞いてもいいのかと引け腰気味になり、曖昧な心持のまま立ち上がった。


「んお?」
「うおっ……!?」


 ……すると、入口のドアの方から―――コン、コココンという特徴的なノックが聞こえてきた。リズム的な音であり、コレがただのノックでは無く何かの合図である事は、特にお約束など知らない人物でも分かる。

 キリトがビクッ! と効果音がしそうなほどに驚くが、幸か不幸かグザは見ていなかったらしく、何も言わずパイプを吹かしていた。


 次いで彼は顎に手を当て、グザの事は諦めたとしても、どうもアスナが来訪している事は知られたくないのか、キリトの表情が百面相もかくやの勢いで変わっていく。



 ……それを無駄にする気満々と言った空気の読め無さ(飽くまでキリト個人の空気)で、グザが扉に詰め寄り躊躇い無しで扉を開けた。


「ヌオッ!?」
「ハイどうも、新聞なら間に合ってるわな」
「や、新聞じゃアないゾ……じゃなくテ! キー坊! なんでコイツ此処に居るんダ!?」
「初心者へのレクチャーなのよ、そう警戒せんでくれや」


 それだけ言うとグザは手を振り、扉の向こう側へと歩いて行く。どうも自分が関わってはいけない『取引』を行うという、独特の空気を察したらしい。
 鼠のアルゴの名は知っているだろうから、尚更この行動を取る理由に足るだろう。


 入れ替わりでアルゴが入り、諦めたらしいキリトの手によって扉が閉められると、中からの音は完ぺきに聞こえなくなった。
 現実なら耳を添えれば聞こえるが、システム的に保護されているので、叫び声やノックに戦闘音以外は、シャットアウトされと外へとどかないのだ。

 故に、グザには二人が何事で会話を交わしているか、微かな声も聞こえはしない。


 再三パイプを吸いながら、グザはニヤニヤ笑っていた。


「気になるこたぁ気になるが……ま、オレちゃんが首突っ込む事でもねーわな」



 その一言を最後に、暫く無音の時が続く。

 否、正確にはNPC達の声や道具を扱う音、そして環境音であろうフクロウや虫の声のみが、静かに聞こえるのみである。


 不規則的に届くそれらに耳を傾けながら、グザは此方も不規則的にパイプを吸って吐いて、口から離してまた咥えてを繰り返した。



 時間にして五分くらいだろうか。
 唐突にグザは右足を軽く上げ、トントンと小突いて見せる。そしてまた、特徴的なニヤニヤ笑いを見せるが……その表情には、どこか “喜” や “楽” 以外のものも含まれている。


「ちょいと制限(・・)が掛かってるか、フル活動は少し先かね……面倒臭いわなぁ」


 足を降ろした数秒後、パイプを口にしたまま、誰にともなく呟いた。


「暫くは、律儀にゲームやるべきやね。やろうと思や何とかなるが……ま、無理は禁物だわな」


 そこで独り言は途切れ、再び静寂が訪れた。





 ―――そう思われた、正にその瞬間だった。



『わあア!?』
『キャアアアアアアアアッ!?』

「っ! ……お~う……何だろな~っと」



 中から聞こえてきた二つの絶叫に、グザは思わず指で挟んでいたブルーベリー色のパイプを落としそうになり、落ちるのを阻止した猫背ぎみな恰好のまま、顔だけ動かし半眼で扉の方を見る。

 どう考えたって良いモノでは無かろうと、すぐに入る事はせずにまずは声だけ聞こうとノックをかました。


 ノック後は扉の内と外で会話できるシステムらしいが、一体何秒間まで声が届くのかグザは知らず、だが流石に十秒以上はあろうと、思ったままに声を出す。


「お~い、どうかしたんかい」

『ま、待って! 絶対に入ってこないで!!』
『おウ、入ってきたら酷いヨ!』

「……そうかい」


 予想通り否定の言葉が返ってきた事で、元から開ける気など無かったが、グザは扉へ背を向け待機時と変わらない暇つぶしをし続ける。

 やがて、向こうからノックされ、入ってもいいと声が届いてきた。

 グザは特に遠慮すること無くドアを開け、中を確認すべく視線を巡らせれば、フーデットケープを目深にかぶったアスナと、逆にフードを下ろしたアルゴ、そして何故かソファーで寝かされているキリトの姿が目に入る。

 それだけで大体状況を把握したか、グザは下へ顔を傾け笑いをこらえながら、その可笑しさを霧散させるべくと大袈裟に息を吐き、アルゴの方を向いた。


「あ~、要するに伝える得べきこと伝えず起きたハプニングって訳かい?」
「まあ、そんな所だナ」
「……詳しく聞いたらレイピア突き立てるから」
「流石に聞かんよ、オレちゃんもね」


 一旦はアスナの方を見て、両掌を上に向けて肩をすくめると、アルゴの方へ体勢を戻す。


「じゃあお前さん、コル払うからスイッチだのPOTローテだの教えてもらえんかい?」
「オイラにかい? まあ別に減るもんじゃあないシ、いいけどナ」


 こうして本来少年剣士がする筈だった説明は、二人分のコルを払って情報屋にして貰う事になり、システム的に不可能な筈なのに、どうやって気絶させたか寝転がっていた少年は、トンと役立たずで終わってしまうのであった。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧