竜のもうひとつの瞳
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第六章~知らぬ顔の~
第二十八話
私は今、樹海のような森の中にある今にも倒壊しそうな小屋に寝ています。
崖から落ちて、そのまま地面に叩きつけられなかったのは不幸中の幸いなんだけど、
それでも木の枝とかをクッションにしても流石に崖から落ちて無傷ってわけにはいかなかった。
全身に打撲を負って、今は身動きが取れない状態にある。
こんなところでゆっくり寝てる場合じゃないってのに……小十郎、大丈夫かしら。
掴まって拷問とかかけられてたりしないかしら……。
今すぐにでも飛び出して行きたいところだけど、この調子じゃ動けるようになるまで大分時間がかかりそうだし。
まぁ、打撲で済んで骨折の一つも無かったってのは、流石婆娑羅者ってところなのかしらねぇ……。
「どうだい、具合は」
「ええと、身体は痛いですけど何とか」
小屋に入ってきた白髪の痩身の男、あの変態とは打って変わって端整な顔立ちにくらっときちゃう。
いや、あの変態だって決して顔は悪くなかったよ? イケメンだったよ。けど、あの変態っぷりが全てを霞ませるというか……。
崖から落っこちて身動きが取れなくなってるところでこの人に助けられ、
こうして小屋まで連れてきて手当てを受けているというわけで。
向こうも崖から落ちたのにこの程度の怪我で済むなんて、と半分呆れられもしたけれども、運が良かったとだけ伝えるに留めることにした。
助けてもらっておいて悪いけど、相手の素性も分からないのにホイホイこっちの事情を教えるわけにもいかないしね。
とはいえ全く何も言わないと不審がられると思って、一応明智から逃げてきた側室ってことで話はしてあったり。
かなり不本意ではあるけれども。
「ああ、そうそう。君の言っていた明智の動向だけどね」
いきなり知りたかった本題を切り出されて、私はどきりとする。小十郎大丈夫かな、無事なのかな、そんな思いが胸に湧き上がる。
「何を考えているのか分からないけど、奥州が明智の居城に攻め入ったらしいよ。
どうも城攻めに成功したようでね、君を追うどころじゃなさそうだ」
奥州、ってことは政宗様が軍を率いてやってきたってこと?
どうしてここにいるって……あ、もしかしたら利家さんやまつさんが調べて情報を流してくれたのかもしれない。
案外、攫われたことを気にしてさ。
利家さんもまつさんも結構義理堅い人だからねぇ~……感謝しないとなぁ。
「それに奥州は甲斐や越後、三河や四国、そして安芸などと同盟を組んで織田を囲み討ちする腹みたいだしね。
第六天魔王と恐れられた織田信長であっても、数で圧されて無事でいられるかどうか」
とりあえず小十郎のことは心配しなくても良さそう。政宗様が攻め入ったんなら、無事に保護してくれたんだろう。
それはともかく、この人妙に引っかかる物言いをするなぁ……。
「無事である可能性があるって言いたそうに聞こえますけど」
「まぁ、その可能性も否定は出来ないってことだよ。
何処にでもいる普通の軍勢なら、それだけの大連合軍だ。ひとたまりもないだろう。
が、相手は魔王、並の相手じゃない。
僕は現実的ではない事柄に関しては信じないのだがね、彼に関しては目に見えることだけで判断するには些か……」
織田信長、規格外の人間だと言いたそうだ。
恐れているのかと思えばそうでも無さそうで、逆に何処か好戦的な雰囲気を纏っているところを見れば、
女みたいな外見のこの人も実は根っからの武将なんじゃないかと思えてならない。
全く……男って奴はどうしてこうも戦いが好きなのかしら。
ま、男は狩りをして女は家を守る、という大昔からのあり方の名残って聞いたことがあるけど、その辺は良く分からないわ。
大学も心理学は単位取らなかったしね。
「ともかくここまでは被害が及ばないから、君は安心して休んでいるといいよ。
怪我が治ったら帰り道くらいは教えてあげるから」
「あはは……ありがとうございます、竹中さん」
私の礼に薄く微笑んだ竹中さんは、そのまま再び表へと出て行ってしまった。
私を助けてくれたこの男、名前を竹中半兵衛というらしい。
無双の半兵衛だとショタっぷりに磨きをかけた外見をしてたけど、こっちは何と言うか……美しいとしか言えない。
この人の為なら尽くしてもいいかも~なんて思っちゃうけど、ちょろっとアニメを見たけどもさ、
結局この人の肺結核だか何だかの史実ネタは健在なんだよね。確か。
美人薄命って言うけどもさぁ、勿体無さすぎだよ。この人、爺さんになっても絶対美しく年老いていくって。
ビール腹の加齢臭がキツイおっさんにはならないと思う。てか、絶対ならない。私の希望も含めて。
まぁ、それはおいといても、一応BASARAも戦国時代をモチーフにしてるってわけだし、実際の歴史と繋がりがあるはず。
とすれば、今織田信長を攻めようとしてるってことは、この後豊臣秀吉が現れて天下を獲っちゃうって流れになるはず。
だって、豊臣の軍師になるわけだしさ。どうしてこんなところで引き篭もってるのか、私にはよく分からないけれど。
……いずれは敵になっちゃうのかぁ。そう考えると何だか複雑。
出来れば今のうちにこちらに取り込んでおきたい、そんな気にもなるけれども。
そうは言ってもそんなことを本人にわざわざ知らせる必要もないので、私は何食わぬ顔をして世話を受けている。
怪我を治したらさっさとお礼を述べて御暇するに限る。ここで変に秀吉が登場しても困るわけだし。
秀吉が三顧の礼をもって竹中さんを受け入れようとしたってのは有名な話だしね。
しばらくお世話になっていて気がついたことがある。
こんな樹海のようなところにわざわざ好き好んで訪ねにくる人間がいるということだ。
関わっちゃいけないかと思って知らないふりをしていたんだけれど、
どうにも毎回同じ話をするもんだから私もしっかり内容を覚えてしまったくらいで。
竹中さんは元は斎藤家の家臣だったようで、あまりの待遇の悪さに早々に隠居を決めたらしい。
うちの小十郎みたいに男臭い容姿が好まれる戦国の世において、
竹中さんみたいな美しい容姿は軽んじられる元にしかならず、それで相当酷い仕打ちを受けてきたのだとか。
大抵は我慢してきた竹中さんも、櫓から小水を掛けられたのにはプッツン来たらしくて、そのまま城を出て隠居を決めたらしい。
本当は城攻めにでもしたい気持ちはあったらしいんだけど、兵の調達が上手くいかなかったとかで泣く泣く諦めざるを得なかった。
城攻めも出来ないのならばと嫌気が差して、早々に隠居をしてしまったという。
で、隠居生活半年目を過ぎた辺りから城攻めを行わないかとしきりに勧誘の声がかかるようになった。
お誘いを掛けてくるのは彼のお舅さんの安藤守就さん。
てか、奥さんいたんだ、ってのはさておいて……この斎藤家ってのは当主の龍興さんが気に入った家臣しか手元に置かず、
それ以外の家臣は冷遇するってところから、寵愛されてる家臣は好き放題暴れ回ってて、寵愛されてない家臣をいじめるようなこともするらしい。
安藤さんの場合、長く斎藤家に仕えていることもあって、この冷遇にもそろそろ我慢の限界みたいで、
この際さくっと城攻めでもしちゃわない? とお誘いの声をかけてるわけだ。
今はこれといって目立った功績の無い竹中さんであっても、一人でも兵力が欲しいところなのだそうで。
「そうは言っても、城攻めを諦めさせたのは他ならぬ義父上ではございませぬか。
どのようにお使いになられるのかは分かりませぬが、雑兵の一人としてお使いになられるおつもりであるのならば他を当たって下さいませ」
丁重に断る竹中さんに安藤さんが食い下がる。
絶対に諦めない、そう考えているのがよく分かるだけに、これは何が何でも通したい戦なんだなというのが良く分かった。
「そう言うな、半兵衛。あの時はまだ勝算が無かったゆえ、諦めさせるほか無かったのだ。お前も分かっておろうが」
とはいえ、この安藤さんのお誘いに竹中さんは取り付く島も無い。
「お引取り下さい。何を言われても、私が手を貸すことはございませぬ」
いつもこんなやり取りで安藤さんが引き上げるわけなんだけど……
実はちょーっと竹中さんもこの提案に揺れてるってのは気付いてたんだよね。
安藤さんもそれが分かってるからしつこく誘いに来るわけで。
でも、竹中さんの回答はいつも同じで乗り気じゃないと言う。
「稲葉山城攻め、加わらないんですか?」
安藤さんが引き上げた後、私は竹中さんにそんな話を振ってみる。
私の問いに苦笑する竹中さんに見惚れたのはさておいて。
「盗み聞きかい?」
「……毎日同じ話ばかり聞いていれば、嫌でも覚えますよ。第一、聞かれたくなければ外でやるべきでしょうに」
「確かにそうだ」
そんなことを言って笑う竹中さんが半端じゃなく美人でドキドキします。あ、いや、そうじゃなくて……。
「攻めちゃえば良いんじゃないですか?」
「随分と簡単に言ってくれるじゃないか」
「だって、本当は攻めたいんでしょう?」
にやりと笑ってそう言えば、少し竹中さんは驚いた顔をしていた。しかしすぐに苦笑して、
「……君は人の心を見抜くのが上手いね」
と観念したように言った。
そりゃ、奥州じゃ中間管理職だったから御手のものっすよ。
人心掌握くらい出来なきゃ、あの政宗様の部下なんてやってられませんもん。
でもまぁ、私も小十郎と多分一緒で色恋沙汰には鈍いけど……。
「義父上は大軍を率いて倒すつもりでいるようだけど、
あの程度の城ならば二十人……いや、十六人ほどいれば容易く落とすことは出来る。
ただ、それには僕の指示に従って動けるだけの駒が必要だ。それこそ、その場で命を落としても構わないと思うほどのね」
やっぱり策の一つも練っていたってわけか。流石は未来の豊臣の軍師様、この人は敵に回すと厄介そうだ。
いや、策なんてチャチなもんじゃない、きっと戦の構想が出来上がってる……そんな気がする。
自国以外の軍師とこうやって話をすることはまずないけど、
軍師っていうのは戦の構想が出来上がった状態で話をすると、本当に生き生きとして話してくれるんだ。
うちの小十郎もそうだし、誤解されがちだけど何も小十郎一人が伊達の軍師ってわけじゃない。
勿論他にも小十郎に変わって指揮を取れる人間はいる。
ただ、小十郎がずば抜けて優秀だった、ってだけの話で目立っちゃってるのよね。竜の右目なんて肩書きもあるし。
竹中さんも同じなんだよねぇ~、そういう匂いがするっていうかさ。
「今は時ではない、だから断り続けてきたのさ。
どうにか十人ほどは掻き集めたけれど、それ以上はどうにもなりそうにもなくてね」
なんて言っても諦める気は無さそうだけどねぇ。目がそう物語ってるもん。
何が何でも叩き潰すって考えてるのは丸分かり。
「城攻めをしたら竹中さんはどうするつもりですか? 斎藤家に代わってこの辺りを治めるとか」
「それこそ興味が無いね。僕は単純に城攻めが出来ればいいのさ。
僕の知略がどの程度通用するのか、それを試したい。国を獲るとかそんなのは二の次だ」
ほほう、要は仕返しが出来ればそれでいいと。そこまで貪欲に何かがしたいってわけじゃないからと。
なるほど、この人は黙ってるだけでプライドが高い……いや、気高い人なんだ。
自分の身に受けた屈辱を晴らす機会を待っていただけで、決して屈したわけじゃないんだ。
……仕返しがしたいだけなら、付き合ってみてもいいかなぁ。それに、この人の実力は素直に見てみたいところだし。
もし厄介な敵になるようならば、奥州に連絡して早めに手を打ってもらえば良いわけだしさ。
「手伝いましょうか。その城攻め」
さらりとそんなことを言うと、竹中さんが酷く驚いた顔をする。
「女の君が?」
「今は手傷負ってこんな様ですけど、結構強いですよ。これでも」
あまり信じていない竹中さんに、申し訳ないとは思ったけれど軽く座っていられないくらいの重力を掛けてみる。
床に潰されるような形になった竹中さんは更に驚いて私を見ていた。
「私の婆娑羅はちょっと特殊で、重力を操る力があるんです。剣もそれなりに使えますよ?」
にやりと笑って力を解けば、竹中さんも身体を起こしてにやりと笑う。
これで十六人の一人に加わったなと確信した。
だって、竹中さんたら使えるって確信した表情見せるんだもん。
いやいや、彼は策士だから何処までが軍師としての本音か建前か分からないけれどね。
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