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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第二十七話

 姉上をどうにか逃がして次々に沸いてくる追っ手をどうにか捌いている。
丸腰で、しかも逃げながら戦うというのは面倒なもので、
剣技を使わずに雷単体のみの攻撃を乱発しているものだから随分と調子が悪い。

 ここしばらく、精神的には疲れたが肉体的には随分休めたと思ったんだが……また過労で倒れても困るんだがなぁ……。

 だが、あの野郎に捕まるよりかはいい。今までは姉上に守っていただいたが今は俺一人。
姉上が言うところの“結界”が張れるわけでもない。
いや、ここまで大立ち回りを繰り広げたんだ、普通ならば見つかったら殺されるのがオチか。

 ……だが待て。あの野郎、俺を拷問にかけたがってたんじゃなかったか?
ってことは、掴まったらあの野郎に……。

 背筋を駆け抜けた悪寒を誤魔化すべく、向かってきた敵に俺は鳴神を軽くぶちかましておいた。
威力が大分弱くなっており、手を抜いているわけではないのだが命を奪うほどの力は無くなっている。

 ……不味いな。このままだと。

 不意に走った胸痛に思わず胸を押さえる。

 姉上の言う“おーばーひーと”、力の使い過ぎで起こる反動は人それぞれであり、俺は力を使い過ぎると胸痛が起こる。
婆娑羅の力という奴はそれ単体で使うと負担が大きく、それも早く訪れる。
そもそも人間というのは自然界の力を自在に操ったりは出来ないもので、婆娑羅者は不自然な力を使っていることになる。
本来使えるはずの無い力というのは制御も難しく、自在に扱おうとすればするほど負担も大きくなるというしくみなのだ。
だから大抵はその負担を軽減させるべく武術と混ぜ合わせて独自の技を編み出したりするものなのだが、
流石に複数相手に体術で応戦出来るほどそちらは極めていない。
あくまで嗜み程度には使えるが、所詮嗜みは嗜みに過ぎない。
だから負担がかかることを承知でこうして雷を使って倒しているわけなのだが……。

 このまま使い続けていりゃ、身動きもとれないほどになっちまう。
胸痛は段々と酷くなってきている。今だって立っているのが辛いほどだ。

 「くっ……」

 胸を押さえたまま思わず膝を突いたところで、ぐるりと俺を兵達が取り囲む。
どうにかしなけりゃ、そう思っていたところで、兵達が自ずから道を開け始めた。
一体何だと思っていれば、見たくも無い野郎が開かれた道を通ってこちらに向かって歩いてくるのが見える。
当然それを見て俺が鳥肌を立てたのはわざわざ語るまでもねぇだろう。

 「テメェは……うっ……」

 「ああ、これはいけませんね。誰か屋敷に連れて行きなさい。私の可愛い側室が死んでしまいます」

 誰が可愛い側室だ、そう言いたかったが出るのは冷や汗ばかりで言葉にならねぇ。

 「もう片方はいないようですねぇ……けれど、まだ近くにいるはずです。探しなさい」

 「や、め」

 「無理してはいけませんよ? 具合が良くなったら、たっぷりと可愛がってあげますから。安心して下さい」

 安心出来るか!! テメェの可愛がるってのは、絶対ろくな意味じゃねぇだろ!!

 どうにかしてこの野郎をぶちのめしたいところではあるが、こんな状態じゃ動くことすらままならない。
このままでは大人しく連れ戻されて、考えるのも恐ろしいようなことをされるんだろう。それだけは絶対に嫌だ。

 心の臓が止まる覚悟で吹っ飛ばすか?
この状態で雷を使えば間違いなくこの程度じゃすまねぇ。命落とすくらいのことは有り得るだろう。
だが、命を惜しんだところで意味があるのだろうか。ここで命を落とさなかったとして待っているのは……。

 ……どっちにしたって死ぬんだ。
ここで死ぬか、おぞましいことをされて死ぬか、どちらかを選べと言われりゃここで死んだ方がマシに決まってんだろうが。

 俺の側に近づいていた野郎が立ち去ろうとしたのを見て、俺はどうにか奴の手首を掴む。

 「おや、どうしました? ……もしかして、私に側にいてほしいんですか?」

 誰がテメェなんか一緒にいて欲しいとか思うか! 気色悪い誤解も大概にしろ!!
仮にこの世に二人きりで残されたとしても俺は絶対テメェとだけは一緒にいるつもりはねぇ!!

 こいつと心中ってのは死に方としちゃ最悪だが、生かしておいていい人間じゃねぇ……。

 政宗様、このようなところで果てる小十郎をどうかお許し下さいますな。
姉上、心配ばかりかけて申し訳ございません。
夕殿……祝言挙げる前にこんなことになっちまってすまねぇ。
俺みてぇな不甲斐ない男じゃなく、今度はもっと真っ当な奴と所帯を持ってくれ……。

 帯電した俺の身体をじっと見つめる奴の表情は恍惚という言葉がぴたりと当て嵌まる。
正直反吐が出るんだが、今はそんなことを言っていても仕方がねぇ。

 これが最後だ、こいつだけは全力で殺す!

 「HELL DRAGON!!」

 俺が雷を放つ直前、俺の頭上を雷の球が凄まじい速さで通り過ぎて明智の野郎を捉えていた。
俺が手を掴んでいたことで避けられずに直撃したあの野郎は面白いくらいに吹き飛ばされ、
無様なほどに面白い格好で地面に叩きつけられている。
ちなみに俺は直撃した瞬間に手を離していたので、吹き飛ばされることなくその場に倒れこむ程度で済んでいるのだが。

 ……ちぃっと、これは危ねぇかもしれねぇな。

 「小十郎! 無事か!?」

 俺の身体から雷が消えたと同時に胸痛がいよいよ酷くなる。
呼吸すらまともに出来ないほどの痛みに咳き込みながら悶えていると、駆け寄ってきた誰かに口の中に嫌な苦味のある何かを放り込まれた。

 「飲み込め!」

 飲めと言われても飲み込めるような状況でもない。
しかし、独特の苦味のあるそれが何であるか分かったこともあり、
またその声の主に飲めと言われた以上飲まないわけにもいかず、必死で飲み込んだところで誰かに抱き起こされた。

 口の中に放り込まれた薬が聞いたのかしばらくして胸痛が治まっていき、
痛みも大分やわらかくなったところで身体の力を抜き大きく息を吐いた。
俺の身体を支えていた人の顔を見れば、やはりその人は政宗様だった。

 「まさ、むねさま……」

 ああ、政宗様だ。もう二度と御目にかかることは出来ねぇと思っていたというのに。
こうしてまた御会い出来たことが嬉しくてならねぇ。嬉しくて涙が零れそうだ。

 「馬鹿野郎、そんなになるまで力使いやがって……死ぬつもりか!?」

 心配そうに怒鳴る政宗様に、俺は苦笑する他無かった。
死ぬ気はないのだが、あの場合死ぬ気で攻撃しなければ逃げた姉上の身が危うい。
下手をしなくても姉上をとっ捕まえてとんでもねぇことをしようとするに決まっている。
ただでさえ、二人で掴まっていた時にとんでもねぇことをさせていたんだ、あれ以上のおぞましい事を……考えただけでも身体が震えてきやがる。

 「景継はどうした」

 「……逃がしました。何処へ行ったのかまでは……ところでどうして政宗様がここに?」

 どうやら前田の奥方殿が俺と姉上が攫われたことを奥州に知らせてくれたようで、政宗様が兵を率いてやってきたそうだ。
攫われたのはこちらの不手際と加賀の方で行方を探ってくれたとかで、政宗様に明智に捕らわれていると情報を流したのだとか。
変態の嫁、と思っていたのだがこれは素直に感謝しなけりゃならねぇな。そうでなけりゃ、今頃俺は死んでいたのだから。
とびきり美味い野菜を奥州に戻ったら送ってやらなきゃなぁ……。

 「妻を持つ前に側室なんぞに据えられちまうとは、お前も難儀だな……お前ら、何もされてねぇよな?」

 「何かされる前にこうして逃げて来たのです。
ここまでどうにか逃げてきたのは良いのですが、追っ手に追いつかれそうになり、小十郎だけここに残って姉上を」

 抉るような痛みが胸に走り、思わず小さく呻いてしまう。
無理をするな、そう言って政宗様は俺を文七郎と左馬助に託し、よろよろと歩いてきた明智の野郎と対峙する。

 「ああ……痛い、痺れるようなこの感覚がたまりませんねぇ……」

 相変わらずの変態な発言に、身体が動くのならば逃げ出したい気持ちになる。
明智の野郎は恍惚、って顔をしてやがるし、視界にも入れたくねぇ。

 「テメェが魔王の子飼いか。明智光秀、うちの小十郎と景継に目ぇ付けるなんざ、なかなかお目が高いじゃねぇか。
だが、コイツらをくれてやるわけにはいかねぇ」

 「私の可愛い側室達の所有者は貴方でしたか……ならば、貴方を殺して二人を手に入れましょう」

 「……私の、可愛い……?」

 お前は正気なのか? 政宗様がそんな顔をしていることは容易に想像がつく。
俺の身体を支えている二人でさえ、そんな表情をしているのだから。

 「……心の底から気持ち悪ぃ」

 ぽつりと呟いた俺に、明智が途端に嬉しそうな顔をする。

 「ああっ、いい……いいですよ! もっと罵って下さい! この私を、もっと!」

 止めろ! 恍惚の表情浮かべて妙なこと言うんじゃねぇ!

 おぞましくて身を震わせる俺をちらりと見た政宗様が、今度は睨みつけるようにして明智を見たのを俺は見逃さなかった。

 「……おい、テメェら。何が何でも小十郎を守れ。俺はあの野郎を潰す。アレは生かしておいちゃならねぇ人間だ」

 完全に引いている兵達にそう言った後、政宗様は六爪を抜き放ってあの変態に突っ込んでいく。
変態も奇声を上げながら政宗様に二振りの鎌を持って突っ込んでいく。
二人の激しい戦いが始まったところで、俺の身体が限界だとばかりに眠りへと落ちようとしていた。
政宗様の背を守らなければ、そう思うのだが如何せん身体が動かない上に
政宗様がいらっしゃることに酷く安堵してしまって、これ以上はどうにもならなさそうだ。

 「小十郎様?」

 「……悪い、しばらく休む。何かあったら、起こ……せ……」

 連中が慌てたように俺の身体を揺すっていたが、襲う眠気に抗うことが出来ず俺はそのまま意識を失っていた。



 しばらくして目を覚ますと、俺は一人見覚えのある一室で寝かされていた。
何となくこの状況に覚えがあるもので、勢いよく身体を起こし布団を剥いで足を見る。
しかし枷などはついておらず、逃げ出そうと思えば逃げられる状態だった。
明智の野郎にとっ捕まったのかと一瞬思ったが、どうもこの様子を見る限りではそういうわけではなさそうだが。

 どうして俺はここで寝かされている。まさか、政宗様が負けたなどということは……。

 あんな変態に後れを取るとは思えねぇが、卑怯な手を使われたということはあるだろう。
……あんな野郎にとっ捕まったら一体何をされることか。
政宗様は俺とは違って顔立ちも良いし、品もある。あんな野郎に汚されでもしたら……腹を切って詫びる程度じゃ済まされねぇ……。

 「小十郎、目が覚めたようだな」

 部屋の戸が開かれて入って来たのは政宗様だった。

 「ま、政宗様、どうしてここに」

 明智の野郎にとっ捕まったわけではないことに安堵しながらも、それでも政宗様がこちらにいることに驚きを隠せない。

 「あの野郎の居城に攻め込んだのさ。お前らが粗方片付けていたから攻め易かったぜ。
まぁ、肝心のあの野郎は逃がしちまったがな」

 そうか、明智の本拠地を落としたわけか……だからこうして寝かされていたのだと。

 もうあの変態に付きまとわれなくても良いとほっとした途端、意図せずに涙が零れた。
流石にみっともないと涙を止めようとするが、努力して簡単に止まるようなものでもないから困ってしまう。

 「何かされたのか?」

 「いえ、まだ何もされてはおりません……ですが」

 正直に言えば怖かった。刀を向けられる以上に恐ろしかったと感じたことは今まで無かった。
戦場においてもあれほどの恐怖を覚えることはないというのに、どうしてあの男を恐ろしくなど思っていたのだろうか。
……いや、あれを恐ろしいと思えない方が寧ろ異常かもしれねぇ。
だが、解放されて安堵して、こうして涙を零す俺は情けないことこの上ない。
竜の右目と呼ばれた人間が安堵して泣くなどと、女々しいにも程がある。

 こんな俺の様子を見ながら政宗様は、ただ厳しい顔をされて静かに口を開かれた。

 「小十郎、俺は織田を攻めようと思う」

 「……織田を、ですか?」

 思わぬ言葉に止まらなかった涙も止まり、政宗様の言葉にただ俺は驚いている。
確かに織田を攻めるには格好の拠点になるだろうが、何故織田を攻めるなどと急に。

 「実はな、お前が明智に攫われている間に織田を潰すために同盟を結ばないかと打診があった。
一度は突っぱねたんだが、奥州単独で渡り合えるほど奴は弱くねぇ……。それにこれで織田には借りが出来た。
俺の二つの右目を奪おうとした罪は重い……その身にきっちり味あわせてやらなきゃならねぇ」

 西を制圧している織田は、今度は関東制圧に乗り出そうとしている。
随分と手を焼いているようではあるが、それも時間の問題という気はする。
関東制圧が済めばいよいよ次は奥州と羽州に来るだろう。
いや、羽州は既に織田の傘下に入る腹積もりでいるようだから、実質奥州を潰せば東北は制圧が終わる。

 西国のほとんどを制圧する織田と奥州一国のみの伊達では確かにまともに戦うのは無理がある。
織田包囲網と名付けられた上杉、武田、徳川、そして伊達に
西国からは毛利と長曾我部が加わった大連合軍を以ってすれば相手が第六天魔王とはいえ押せるだろう。

 「小十郎、しっかり身体を休めておけよ。長曾我部と毛利が動いたと知らせを受けりゃすぐにでも動かなきゃならねぇ」

 「御心配召さるな、小十郎は」

 「鏡持ってくるか? テメェが今どんな顔色してんのか分かってねぇだろ」

 真っ青だぞ、そう指摘されて俺は何も返せなかった。胸痛は治まったとはいえ、やはり本調子ではないのは自分でも分かる。
こんな状況でまた過労で倒れても笑い話にもならねぇし、ここはきちんと休んだ方が良いかもしれない。

 「……分かりました、きちんと休ませていただきます。政宗様、くれぐれも無茶はなさいませぬよう」

 「分かってる。……それと、景継のことだが……一応この周辺を兵に探らせてるが、見つかりそうもねぇ」

 そんな報告を受けて焦りが胸に湧いたのは言うまでも無いが、探しに行くことは不可能だろう。
これから身体を休めて織田攻めの準備に取り掛からなければならない。姉上に手を回す余裕はない。

 一体何処へ行ったのか。それは流石に俺にも分からなかった。
無事に逃げ延びてくれているのならば良いのだが。そう願わずにはいられない。

 政宗様に横になるようにと強引に布団に押し込められ、横になった途端眠気が襲ってくる。
やはりまだ本調子ではないのだろう。逆らえずに目を閉じたところで、政宗様が少し笑ったような気がした。

 「Good night、小十郎」

 「……お休みなさいませ、政宗様」

 きちんと言葉になっていたか分からないが、それだけを述べるとそのまま眠りに落ちていった。



 出来ることならば無事でいてくれれば良いのだが。それだけが気がかりだった。 
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