ジミーのギター
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1部分:第一章
第一章
ジミーのギター
ジミーがギターをやっている理由は実に簡単であった。
それは名前からであった。彼の名はあのジミ=ヘンドリックスと同じだ。少し伸ばして発音するがそれでもスペルは同じである。だからはじめたのだ。
「肌の色は違ってもな」
彼は白人であった。母方の祖母は中国系であるがそれでも白い肌であった。けれどそんなことは彼にとってはどうでもいいことであった。56
「俺はヘンドリックスを越えてやるぜ」
「何でギターなのよ」
そんな彼に母はいつも言っていた。
「サックスにすればいいのに」
母はジャズが好きだった。それでサックスをして欲しかったのだが彼はギターを選んだ。そのことをいつも不満に思っていたのである。
「いいじゃねえかよ、ママ」
彼もまたそれに反論する。
「じゃあ俺にジミーなんて名前にせずにルイにでもすりゃよかったのによ」
「チャーリーにしとけばよかったかしら」
冗談交じりにいつもこう言う母であった。
「どうせなら」
「そうかもな。それだったらサックスだったろうな」
軽く冗談で述べるジミーであった。
「この街だし」
彼はニューオーリンズに住んでいる。言わずと知れたジャズの街だ。彼の父は今でもバーでマスターをしながらそこでサックスを吹いている。だから母も彼と結婚したのである。
「今からでも遅くないんじゃないの?せめて音楽のジャンルだけでもね」
「そっちも駄目だね」
彼はまた母に言い返す。
「俺はロックしかないんだよ」
「ジミみたいに、ってことね」
「別にヤクとかするわけじゃないしいいだろ?」
彼はそういうものは嫌いであった。酔うのなら音楽だという男なのだ。
「ロックならな」
「まあいいわ。けれどね」
母は全然ジャズに興味を向けようとしない我が子に言う。
「普通にやったんじゃジミにはなれないわよ」
「普通にやったらか」
「当たり前でしょ」
はっきりと息子に告げた。
「天才だったのよ。天才になるには」
「もっと努力が必要ってことかい?俺は努力ってやつは」
彼は努力が嫌いであった。自分ではそう思っている。
「違うわ、才能よ」
母も我が子のそうした性格をわかって告げるのだった。
「才能がないとああはなれないわよ」
「そうか、才能か」
彼はそれを聞いて何かを決めた。
「じゃあさ、マミー決めたぜ」
思いついて言ってきた。
「何を?」
「俺ちょっと旅に出て来るぜ」
「何処までよ」
「さてな」
実にいい加減な言葉であった。
「気の赴くままってやつさ」
「そのままメキシコでも行って来たらどう?」
「そりゃ幾ら何でもあれだろ」
母の言葉に思わず苦笑してまた言葉を返す。
「無茶ってやつさ」
「一人旅でアメリカってのも充分無茶でしょ。それでどうやって行くのよ」
「これ一本で行くさ」
手にしたギターを奏でながら答えた。
「後はヒッチハイクでさ」
「まあやってみたらいいわ」
別に止めもしなかった。最初からそんなつもりはなかったが。
「そのかわり生きて帰って来るのよ」
「それは運次第ってことで。明日出るかさ」
「明日!?それはまた急だね」
「思い立ったが吉日さ。じゃあさ」
「ええ、元気でね」
こうして彼はギター一本でヒッチハイクをしながら所謂武者修行に出ることになった。駅前や公園でギターを奏でてお金を貰いながらあてもなく旅をはじめた。
そうしてあちこちを転々としてこの日来たのは。トロントの側にある小さな街だった。
トロントは賑わっているがこの街は静かだった。ヒッチハイクで辿り着いて最初に思ったのはこの街にギターを聴く人間がいるかどうかだった。
「大抵はいるんだけれどな」
そう呟いて街をふらりと歩きだした。歩いていると街角の寂れた場所に女の子を見た。茶色がかった金髪に黒い目の少女であった。
「可愛いな」
その少女を見た最初の感想であった。可愛いので気になって彼女に声をかけた。見れば何か格好が古臭かった。十九世紀とまではいかないがあまり新しくはない。戦前、しかも禁酒法時代のシカゴを舞台とした映画に出るような格好であった。
その彼女に声をかける。格好にいぶかしみながら。
「あのさ」
「何?」
少女はジミーに声をかけられてふとした感じで彼に顔を向けてきた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけれどさ」
「それってナンパ?」
「そう思ってくれたら幸せだね」
ジョークでこう言葉を返す。
「そのままデートでもってね」
「だったら面白いけれど。一緒にでもどう?」
「おいおい、自分から誘うのかよ」
その言葉に肩をすくめさせて苦笑いを浮かべる。
「じゃあお言葉に甘えてだけれど」
「ええ、いいわよ」
女の子もにこりと笑う。ジミーはこのやり取りに自分はかなり運がいいと思った。
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