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キル=ユー

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8部分:第八章


第八章

 朝はぼうっとして過ごした。そして昼も。とりあえず冷蔵庫の中にあるのを腹に入れてすませた。それからのんびりしていると部屋のチャイムが鳴った。
「何だ?」
「お客様がマンションに入り口においでです」
 管理人がイヤホンからそう伝えてくれた。最初何のことかわからなかった。
「お客様」
「宅配です」
「ああ、そういえば」
 そんなのも頼んでいた。今やっと思い出した。
 俺は身なりを整えてマンションの玄関に向かった。そしてその宅配を受けた。
「どうも」
「ああ、どうも」
 俺は素っ気無い挨拶を宅配屋の兄ちゃんに返した。見れば二三回見た顔だった。
「で、ものは何だったかな」
「通販の服ですよ」
「通販の」
 それを聞いてそんなもの頼んだかと思った。
「ネットで頼まれたようですね」
「!?ああ、あれか」
 それを言われもやっと思い出した。とにかく頭が他のところに回らなくなっていた。文字のことばかり考えちまっている。まあ仕方ないかと自分で納得するが。
「それじゃあサインをお願いできますか」
「ああ」
 俺はペンを取り出した。そしてサインをする。
「これでいいんだよな」
「はい。品物はこちらです」
 見れば結構かさばる。何か上まで持って行くのが面倒になった。
「なあ」
 それで俺はこの宅配の兄ちゃんに声をかけた。
「何でしょうか?」
「チップは弾むからさ」
「ええ」
「俺の部屋まで。持って来てくれないかな」
「ええ、いいですよ」
 どうやらチップという言葉に反応したらしい。現金なものだ。
「それではお持ちします」
「頼むよ」
 俺はその兄ちゃんと一緒にエレベーターに入った。荷物は兄ちゃんの手の中にある。
「いいマンションですね」
「家賃は高いけどな」
 俺達はエレベーターの中で談笑していた。よくある世辞だが悪い気はしなかった。
「けれどそれだけの価値はあるな」
「そうですか」
「部屋も広くて綺麗だしセキュリティもいい」
「いいですね」
 幾ら治安がよくなったとはいえここはニューヨークだ。しかも俺みたいな仕事をしてると冗談抜きに何があるかわかったものじゃない。身の安全は幾ら金がかかっても惜しくはない。もっとも今はそんなのさえ効きそうにもないやばいことになっちまっているが。
「いいものだぜ」
「こういうところに住んでみたいですね」
 兄ちゃんは笑みになってこう言った。
「お金を貯めて」
「今はどんなところに住んでるんだい?」
「何処って普通のアパートですよ」
「そうか」
「冬の朝なんてベッドの中から出たくなくなるような。ボロアパートですよ」
「そういう朝はどうやって凌げばいいか知ってるかい?」
「犬なら飼ってますよ。あまり寒いと一緒に」
 それも生活の知恵ってやつだ。犬はあったかい。あんまり寒いと犬を抱いて寝る。そうしたら暖かい。
「いや、もっといい方法があるんだ」
 だが俺はここでこう言った。
「もっといい方法?それは一体」
「美人だよ」
 俺はにんまりと笑ってこう言った。
「美人」
「彼女を作るとな。冬の朝も寒くないぜ。犬よりもずっといい」
「わかりました。それじゃあ彼女を作ります」
「ああ、頑張りな」
 まあこればっかりは縁だ。顔が悪くても性格がまずくてもできたりするしその逆もある。頑張ってもある程度以上はどうしようもないものだ。
 そんな話をしているうちにエレベーターが止まった。そして俺の部屋の前に来た。
「ここですね」
「ああ」
 キーで扉を開ける。そして玄関に案内する。
「そこら辺に置いておいてくれ」
「わかりました」
 兄ちゃんはそれに従って荷物を玄関の端に置いてくれた。俺はそれを見て財布を取り出してそこから札を一枚手渡した。
「悪いな」
「いえいえ、こちらこそ」
 チップを受け取った時の顔といったらなかった。やたらと明るい笑顔だった。
「またお願いしますね」
「ああ」
 兄ちゃんはエレベーターの方に向かって帰って行った。何かやたらと現金な兄ちゃんだとわかった。
「さてと」
 俺は荷物に顔を向けた。
「そろそろかな」
 何かこの荷物が怪しいかな、と思った。
「来るとなれば」
 そう思うと開ける気にはなれなかった。
 まずはそのまま置いておくことにした。家の中に戻る。
 そして一息つく。それからどうしようかと考えた矢先だった。
 一枚の紙切れが窓に飛んで来た。そこにはあの文字が書かれていた。
「フェイントってやつか」 
 俺はその紙切れを見て憮然とした顔で呟いた。
「やってくれるぜ、ったくよお」
 いい加減嫌になってきた。身体の疲れも何か増してきていた。
 これでチェックだ。チェックメイトまでもう少しだ。
 あと一日しかなくなった。いい加減どうすればいいかわからなくなった。どうやら奴は俺に意地でも文字を見せたいらしい。そして最後の文字の番になってきていた。俺も流石に焦りを覚えてきていた。
「どうするかな」
 俺は考えた。見ないで済めばいい。しかしどうあがいても見てしまう。
 だったら目を潰せば見えなくなる。しかしそんなことをしたら後が大変だ。視力が戻ってもそれまでの目じゃない。それはそれで後の仕事に支障が出る。遠くを見る場合もあるヒットマンの仕事だ。それで目をどうにかしちまったら話にならない。盲目の殺し屋なんてのが日本にいるらしいがあんなのは嘘っぱちだと思っている。
 どうしようか。俺は考えた。目を塞いでも結局限度がある。完全に見えなくなるようにするしか方法はない。
 
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