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人面痩

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7部分:第七章


第七章

「敦もまた。いい彼女をもらったのう」
「まあね」
「して、その脚じゃな」
 住職さんは脚に話題を戻した。
「人面痩があるのは」
「そうなんです」
「それは」
「ここです」
 右脚の付け根を指差した。そこに小さな顔があった。
「これなんです」
「ふむ」
 住職さんはその顔を見る。見ればそれは紛れもなく人面痩であった。
「間違い無いのう」
「やっぱり」
「それは人面痩じゃ。小さいがな」
「そうなんですか」
「何でこんなのができるんですか?」
 敦が住職さんに尋ねた。
「理由は幾つかある」
「幾つか」
「左様、祟りとかな。単なる傷がそうなった場合もあれば禍々しい理由もあるのじゃ」
「祟りって」
「それじゃあこれは」
「まあ待て」
 青くなった二人をあえて宥めて言う。
「何もな、そればかりとは限らん」
「はあ」
「他の理由もあるのじゃ。例えばな」
 住職さんは説明をはじめた。
「何か、不満や欲望があった場合に出たり」
「自分のですか?」
「うむ、それがあまりに強かったり鬱屈されておるとな、出るのじゃ」
「そうなんですか」
「それは大抵人面痩が言っていることからわかる。それは何と言っておるかな」
「見せたいって言っています」
 陽子はそれに答えた。
「見せたい、か」
「はい。シャワーを浴びている時とかプールにいる時とか。そんな時に言うんです」
 彼女は俯いてそう述べた。
「肌を出している時にじゃな」
「そうなんです。他にはないですけれども」
「ううむ」
 住職さんは法衣の中で腕を組みながら考えていた。考えながらちらりと陽子を見る。
「陽子さんじゃったな」
「はい」
 陽子は応えた。
「見たところ、かなりのプロポーションじゃな。まるでモデルじゃ」
「有り難うございます」
「それで正直に聞きたいのじゃが。そのプロポーションは自分でも自信があるじゃろう」
「えっ」
 思いもしない言葉であった。心霊かそんな言葉だと思ったのに。その言葉に戸惑いを見せた。
「どうなのかな。おありかな」
「えっ、ええまあ」
 陽子は素直にそれに答えて頷いた。
「あります」
「そうじゃろうな、それだけのプロポーションじゃと」
 住職さんはその言葉を聞いて納得した様に頷いた。
「他の者に見せたいとかも思うじゃろ」
「おわかりなんですか?」
「やはりそうじゃったか」
 どうやら当たりだったらしい。住職さんはにんまりと笑った。
「これでわかったぞ」
「原因がわかったんですか?」
「うむ、全てな」
 敦にも述べた。
「理由はな、陽子さんの心じゃった」
「私の」
「そのプロポーションを他人に見せたい、見せたいと思うからな、起こったことだったんじゃ」
「そうだったんですか」
「うむ、その人面痩はそれの表われじゃ。人に自分の身体を見せたいと思うから出て来たのじゃ」
「はあ」
「何、心配することはない。それはすぐに消える」
「消えるんですか!?」
「ただしじゃ」
 ここで住職さんは言った。
「わしは今言ったな。これは陽子さんの心の表われじゃと」
「はい」
「それじゃ。それのせいで出ておるから」
「見せたいと思う気持ちを抑えるんですね」
「そして実際に露出の多い服を着ないことじゃな。派手な服とか好きじゃろ」
「それはまあ」
 それも認めた。
「いつもミニスカートとかタンクトップですから」
「よくないのう。それは止めた方がいいな」
「わかりました」
「何もシスターとかそんなふうに厳かになる必要はない。自然な格好でおればよい」
「それでいいんですか」
「露出さえ多くなければな。それでよいのじゃ」
「はあ」
「後は見せたいという気持ちじゃ」
「気持ち、ですか」
「うむ」
 住職さんから飄々とした感じは消えていた。厳かな風格を漂わせていた。顔は同じだが雰囲気がまるで違う。別人と言っても差し支えない程であった。
「それを抑えるのじゃ」
「今までそれがあったから人面痩が出来たんでしょうか」
「その通り。まずは我慢しなされ」
「我慢」
「そうすればそれはなくなる。よいですかな」
「わかりました。それじゃあ」
「うむ、大変だと思うが我慢されよ」
「それで先生」
 敦が彼に尋ねてきた。
「原因はわかりましたけど肝心の人面痩は」
「こいつじゃな」
 陽子の腿の奥のそれを指差して言う。何か口をモゴモゴとさせている。
「はい、今すぐに何とかしたいんですけれど」
「心配無用じゃ」
 だが住職さんはその心配を取り払った。落ち着いた声で述べる。
「今すぐになおしてしんぜよう」
「今すぐにですか?」
「そうじゃ。それがどうかしたのか」
「いえ、その」
 敦は口籠る。そしてそのうえで述べた。
「今ここには手術台とかそんなのないですけど」
「手術!?」
「刃物で切るとかですよね。だったら」
「いらぬ心配じゃ、これには手術なぞは不要じゃ」
「いらないんですか」
「そうじゃ。これは普通の出来物ではないぞ」
 彼は述べた。
「言うならば呪いとかそういった類じゃ。そんなものに手術が必要か?」
「そう言われると」
「そうじゃろう。まあ見ておれ」
 住職さんはそっと陽子の太腿に手をかざした。それは一瞬のことであった。
「あっ」
 人面痩はそれで消えた。一瞬のことであった。住職さんが手をかざしただけでそれは忽ちのうちに消えてしまったのであった。まるで煙の様に消えてしまった。
「こういうことじゃ」
 住職さんは陽子から離れて答えた。
「こうしたものにはな、これが一番じゃ」
「法力ですか」
「左様、これでまずは一安心じゃな」
「はい」
「じゃがな陽子さん、忘れては駄目じゃ」
 住職さんの顔はまだ厳しかった。何を言おうとしているのか、陽子にも敦にもよくわかった。
 
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