人面痩
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5部分:第五章
第五章
「きゃあああああああああっ!」
自分の脚にあるそれを見て陽子は叫んだ。その叫び声を聞いて敦が慌てて風呂場にやって来た。
「陽子ちゃん、どうしたの!?」
「脚が、脚が」
その場にへたりこんで叫んでいた。自分の脚を見ながら。
「私の脚に。顔が、人の顔が」
「顔がって」
敦はその言葉に首を傾げながら陽子の側にやって来た。そして彼女の脚を見る。
「えっ・・・・・・」
それは確かにあった。陽子の整った脚の内側にそれはあった。
人の顔がはっきりと浮かび出ていた。そして呟いていた。見せたい、見せたいと。はっきりと言っていたのであった。
「これって、まさか」
とりあえず彼は陽子の身体の泡を落としてタオルで拭いて風呂場から出させた。そしてショック状態になっている彼女に声をかけるのであった。
「陽子ちゃんの脚にあるものだけどね」
「うん」
服も敦に着せてもらった。下着だけであるが。彼女は白いブラとショーツのまま敦の側にへたり込んでいたのである。まだ呆然として夢現の様な返事ではあったが。
「それ、多分人面痩だよ」
「人面痩」
「ほら、漫画でよくあるじゃないか」
彼は陽子に分かり易くそう語りはじめた。
「身体にさ、人間の顔をした出来物が出来るの。あれだよ」
「それ読んだことあるわ」
陽子はまだ呆然としていたがそれに答えた。
「それで話すのよね」
「そう、今みたいにね」
「それだったのね」
「まあそうだろうね。実際にそれ話すんだろ?」
「うん」
彼の言葉にこくりと頷いた。
「見せたい、見せたいって」
「じゃあお昼のもそれだったんだ」
敦はそれを聞いて納得した。
「間違いないね、それだと」
「どうすればいいの?」
陽子は敦に俯いたまま尋ねる。自分ではどうしていいかわからなかった。
「こんなのあったら。もう生きていけないわよ」
泣きそうな顔になっていた。勝気な陽子が。実際泣いても不思議ではない状況であった。
「どうしたらいいの、ねえ」
「そうだなあ」
彼はそれに応えて腕を組んで考えながら言った。
「手術とかで取るのが普通の出来物だけれど」
「そんなので大丈夫なの?こんな気味悪いもの」
「気味が悪いとかそういうのは問題じゃないけれどね。けれどこれって多分お医者さんとかそういう問題じゃないだろうしね」
「そうよね」
それは何となくわかった。それどころではない話だ。
「やっぱりこれって」
「御坊さんとかそういう話だと思うけれど」
「誰かいい人知ってる?」
困り果てた声で敦に尋ねる。
「何処かに」
「一応知らないわけじゃないよ」
陽子にとって非常に運がいい話であった。敦はこの話を解決出来るつてがあったのだ。陽子はそれを聞いて思わず顔を上げるのであった。
「本当!?」
「ああ、俺の実家の側だけれどね」
彼は言った。
「暫くさ、会社を休むことになるけれどいい?こっちも学校を休むけど」
「ええ、いいわ」
その言葉にこくりと頷いた。
「これが。どうにななるのなら」
「よし、それじゃあ」
話は決まった。翌日朝起きると敦はすぐに陽子を車に乗せた。そしてそのまま彼の実家に向かうのであった。
「それってさ、放っておくと危ないらしいんだ」
「そうなの!?」
二人は車中で話をしていた。陽子は敦のその言葉に驚きの声をあげた。
「まあこれって漫画とか小説とかそうした本での知識だけれどね」
「ええ」
「よからぬもののせいだからだってさ。だから」
「このままだと憑かれて」
「そうはなりたくないよね、だから」
「すぐにでも」
「そうさ、そこに付いたら詳しい話をしよう」
「うん」
こくりと頷いた。車は高速を出てそのまま道をひた走る。一日程進むとようやく車は止まったのであった。かなり長い旅であった。だが敦はまだ余力があった。
「ここだよ」
彼は陽子が今まで来たことのない街に着いたところで彼女に声をかけてきた。見れば陽子はうつらうつらと眠っていた。
「えっ!?」
その言葉に目を覚ます。そしてその身も知らぬ街を見た。
「ここ!?」
「そうさ、ここだよ」
敦は言った。車の速度はかあんり穏やかになっており、彼は街中をゆっくりと進んでいた。その中で陽子に声をかけてきたのである。
「ここが俺の実家のある街なんだ」
「そうだったの」
「どうだい?いい街だろう」
「ええ、そうね」
車で一日だからかなり離れている。だがいい街なのは事実だった。
今二人が住んでいる街は海辺の街である。だがこの街は山と緑に囲まれている。これはこれで非常に風情のある街であった。陽子はそう感じていた。
「どうする?すぐにそこに行く?」
「そうね」
敦の問いに応えた。
「ここに敦君の実家があるのよね」
「ああ」
「そこに寄ってからでもいいよ」
「じゃあそこに車を止めるか」
「そうするのね」
「ああ、それでその足でそこに行く。それでいいだろ」
「任せるわ、それは」
「わかったよ、それじゃあ」
敦は陽子と簡単に実家に挨拶をして車を止めた。もっと親とは話をしたかったが今はそんなことを言っていられる状況でもなかった。車を置いてすぐにそこに向かうのであった。
「まあ、じっくりとした話は今度だな」
「ええ」
「夏休みにでもさ」
「今は仕方ないわよね」
「そうだな。それでそこだけれど」
「どんなとこなの?」
「目の前にあるぜ」
「目の前って」
敦は目の前を指差した。そこには古いお寺があった。何の変哲もないただのお寺であった。
「ここ?」
「ああ、ここさ」
敦は答えた。
「ここの住職さんがそうしたことに強いんだ。詳しい話はここでな」
「ここなのね」
「そうだけど。何か?」
「うん、ちょっとね」
その古い建物に恐怖を覚えたのだ。何処か幽霊が出てきそうな感じが漂っていた。普段ならそうでもないのだが今は人面痩のこともあり気弱になっていた。だから不安を感じていたのである。
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