Fate/guardian of zero
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第四話 誘惑と驚愕 その三
ミセス・シュヴルーズの講義の後、教室を退出したアーチャーは、ルイズからありがたい説教を頂戴していた。
「あんた、何のつもりよ!?先生に喧嘩を吹っ掛けるような真似をして!」
「私はただ、疑問に思った事を質問しただけなのだかね。どうにもプライドが高かったらしいな、ミセスは」
肩を竦めるアーチャー。
その全く反省の色が見えない態度に、ルイズは、
「あんたねぇ……‼確かに、あんたはあのギーシュ相手とはいえメイジを圧倒しちゃうし、言葉だってすぐに覚えちゃうし、その上先生を相手取って話もできるかもしれない。でも、それとこれとは話が別!……私は貴族。あなたは使い魔。だったら、あたしの恥になったり不利益になるようなことはしないでよ!」
ぜえはぁと、息を切らすルイズ。
ルイズの怒号を正面から受けたアーチャーは、ふと皮肉気な表情を引っこめると、
「……マスター。いや、ルイズ。君は今、自身の不利益になるようなことはするな、と言ったな」
そして、ルイズの目の高さまで膝を折ったアーチャーは、
「今さっき講義を間接的に受けてきて、確信した。君たちは、魔法を絶対的な尺度と目標としているようだが、それは間違っている」
「な!?」
「魔法とは、さっき私が言った通り、手段の一つでしかない。火なんてものは、魔法がなくても幾らでも起こせる。魔法で出来ることは、そのほかの手段でも十分に再現が可能だ。であれば、わざわざ回り道をする必要はない」
信じられないことに、現代魔法史そのものに対する、アンチテーゼを謳う。
「だから、力を、過信するな。凝り固まるな。力に手段を囚われ、自分の目的とその原動力を、見失うな。それは、自分を狭め、後に自分の首を絞める」
実感の籠った声で、一言一言を呪文のようにルイズに伝える、アーチャー。
そう、先程の授業。あの場で、わざわざ発言したのは、その為だった。
この世界の魔法は、手段であり、目的ではない。それは、昨日ルイズ自身が、ハルケギニアの歴史が教えてくれた。
自分のいた世界の魔法と、こちらの世界の魔法は絶対的に異なる。
だから、教育者たるあの魔女が、間違った意をルイズと、ひいては生徒たちに伝え、それを吸収した彼らが、洗脳されてしまうのを危惧した。
自分が何かをなしたい、と強く願った時。自分が狭く、小さいままであったなら、出される手段と答えは、それに比例してしまう。
自分はもう後悔はしていないが、せめてそのことを理解していたならば。違った結末もあったかもしれない、とアーチャーは思ったのだった。
だから、自分らしくないと自覚しながらも、これは度の過ぎた世話である。この空間は、そういった意見を打ち出す場ではない。それらも解っていながら敢えて発言した。
問題を解決する手段は、一つではない、と。
「……でも、私は魔法がうまくなりたいの!今は出来ないけど、出来るようになりたいの‼だから、邪魔しないでよっ!」
が、アーチャーの思いは少女に、届くことはなかった。
彼女の境遇、学校での扱いなどは聞いていた。
重ねる努力に見合わぬ評価。周囲から向けられる呆れにも似たなにか。
そんなルイズの姿に、かつての自分を幻視してしまったアーチャー。だが、だからと言って、この発言は、
(らしくない……本当に、私らしくない…)
いつもの自分なら、こんな発言はしない。
不用意に外敵をつくるような真似はしない。
だがしかし、目の前のこの少女の為と心で思った瞬間、それは実行に移された。
何かにせっつかれるようにだ。
アーチャーが自身の心でそんな疑問に自問自答していると、ルイズがそんな思考を遮るように口を開いた。
「次の講義には、出ないで。いいえ、出るな。これは、主人としての命令よ」
口にされた言葉に一抹の寂しさを感じながらも、それはそれで、彼女らしいのかもしれない。得心はいかないが納得してしまったアーチャーは、
「……了解した」
その命令を了承した。
「さっきの人……」
「何?どうしたの、タバサ?」
授業が終わり、皆が退出し、次の講義に備えて移動していく中、タバサと呼ばれた青い髪と青い瞳を持った小柄な少女は、読んでいた本に栞を挟み、呟いた。
その呟きを「ダーリンったら、なんて理知的なのかしら……!」と悶えていたキュルケが拾った。
この学年では一番タバサの人となりを理解しているキュルケは、純粋に驚いた。何故なら普段無駄口を全くと言っていいほど叩かないタバサが、呟きを漏らした。それも、ある特定の人物についてのだ。
そこまで考えたキュルケは、ある答えを邪推する。
「まさか、タバサも好きになっちゃった?ダーリンのこと」
キュルケの思考回路を回った情報は、そこに一組以上の男女が含まれていれば、自動的に色恋沙汰へと変換される。
「違う……」
「じゃあ何よ?」
自分で考えるのが面倒になったキュルケは、タバサに直接訊いた。
「あの人、少し気になる……」
「それって好きになったってことじゃない?」
悲鳴を上げるようにキュルケはタバサの発言に突っ込んだ。
だが、その反応にタバサはふるふると首を横に振る。
「……違う。そういうのじゃない」
「じゃあ、どこが違うっていうの?何を根拠に、それを否定するの?」
質問に質問を重ねるキュルケを無視し、もはや話すことは何もないとばかり席を立ったタバサ。
それを追いかけ、キュルケは教室の外へ出た。次の授業は、この土の塔の隣にある水の塔。だが、タバサはその水の塔への道を逆行し始める。
「タバサ、どこ行くのよ!次の教室は反対方向よ?」
その叫びを聞いてもなお、タバサの歩みは止まらない。
「本当に、どうしたっていうのよ」
途方に暮れたキュルケは、ああ、もう!と癇癪を起したが、次の瞬間にはタバサの後に続いていた。
「どうしてしまったのだ、私は」
アーチャーはルイズの命令に従い、授業には出席せずに自問自答を繰り返していた。
じゃぶじゃぶと、彼女の洗濯物を手洗いしながら。
(私は、思ったことをすぐに口に出す人種ではなかったはずだ。だが、あの場では言わねばならないと、そう思った。いや......そうじゃない。思った?私は、本当にそう思ったのか?)
確かに、あの魔女は目的と手段を誤認していた。あろうことか、自分の手段が目的そのものかのような口ぶりで生徒たちにそれを教えようとした。
だが、それがなんだ?
わざわざそれをあの場で告白する必要が、どこにあった?
アーチャーは、自問自答を繰り返す。
洗濯物を手洗いしながら。
(いや、あの発言は必要だ。何故なら、それがルイズのために......まて、そもそもなぜ私は会ってそれほど間もない少女に、そこまで肩入れしている.....?私は、かつての理想を再度追い求め、突き通すことを決めた。だが、だとしても、いや。だからこそ)
はたと気づく。
何故自分は、彼女をそこまで大事に思っている?
いや、それはかつての自分と、かつてのマスターに似ていたから―――――だから、なんだ。
ルイズと彼らは別人だ。
頑張ると約束したから―――――ちがう。それは、己の理想と向き合い、尚且つ自身の救いを得ると、そういうものだったはずだ。
「何なのだ、一体……‼これは……‼」
――――ズキン。
頭に鈍痛が走る。
今考察したもの全てをまっさらに戻そうと、何かが頭を這いずりまわる。
何だ、これは何だ。
深く、答えを得ようとすればするほど、頭痛は酷くなる。
鈍痛から鋭痛。鋭痛から強痛、激痛へと、それは変わる。
(く、そ……‼)
解析、開始
―――魔術回路二十七本確認―――
―――動作可能回路二十七本正常―――
―――魔力量正常―――
―――身体に損傷個所なし―――
―――神経、内臓等も損傷個所なし―――
―――身体機能の異常なし―――
そして、ついに答えに至る。
――――警告 ルーン魔術による、精神の浸食を確認――――
今まで恩恵しか与えられていなかった。
が、やはりリスクは存在し、今もアーチャーを苛んでいる。
(修復、開始……‼)
――――精神の構造を把握。浸食箇所を発見。修復、開始――――
――――精神修復、正常終了――――
精神が、安定する。
頭痛が収まり、思考が戻ってくる。
(収まった、か。……ルーン魔術による、精神浸食……)
いつの間にか押し当てていた手を顔から離し、頭痛の過程とその原因から、推理する。
頭痛は、ルイズとの主従を疑ったことから始まった。
そして、関係を疑い、主従の絆にも疑念の目を向けたことにより痛みは激化。
激化したその時点で、解析の網にかかった。
つまり、
(このルーンが、私の精神を浸食し、想いまでも書き換えた、と?)
摩耗した記憶の海から、精神系の魔術を掬い上げる。
記憶を簡易的に封印するもの。記憶を改ざんするもの。そもそもの精神そのものを吹き飛ばしてしまうもの。
その方法は多岐にわたる。だが、記憶の改ざんは余程強力なものでなければ、ふとした拍子に揺り戻しが来る。精神の直接攻撃は論外。
であれば、アーチャーがアーチャーたりえる要素と記憶を改ざんではなく、ある一定の尺度により意識を一定の方向へ誘導するというもの。
(……使い魔は、一度契約を交わせば、主人に絶対服従。だが、人間の使い魔などルイズは知らなかった。そして、ハルケギニアの歴史からも、存在は確認されていない。……あそこにある資料が学院の全てであればだがな)
交わした契約で、使い魔を縛る。そして、縛った使い魔を使役し、益と成す。
その過程は、まるでアーチャーがその身に受けたサーヴァントのマスターと、令呪の呪いに酷似していた。
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