Fate/guardian of zero
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第四話 誘惑と驚愕 その二
「すごかったです!何ですか、あの動き!」
後悔に身を焼かれるアーチャーとは正反対に、少女は喜劇を観覧し終えた観客のように、きゃっきゃとはしゃいでいた。
見られてしまったことはもう仕方ないと、開き直り、白みかけてきた空のした、庭の隅で歓談に興じていた。
「昨日も、貴族様との決闘で、てっきりぼこぼこにされて果てには殺されちゃうんじゃないかって、私ひやひやしてたんです!」
でも、と続ける少女。
「まさか、あの貴族様を、メイジを圧倒しちゃうなんて、すごいです!私、尊敬しちゃいます!」
尚も嬉しそうに語る少女を裏目に、アーチャーは気を引き締め直していた。
(……いくら今まで襲撃や攻撃がなかったとはいえ、油断しすぎだ。全く、これではかの「あかいあくま」に合わせる顔がない)
自分は、もっと日頃しっかりしていてはどうかね?などと説教を棚に上げ、自分は今回、戦闘時ならばシャレにならないミスを犯していた。
と、そんなアーチャーの後悔を知る由もない黒髪の少女は、はっと話をやめ、
「すみません。私、自分の名前も名乗らずにはしゃいでしまって……あの、私シエスタと言います。この学院で、侍女をさせてもらってます」
シエスタ、と名乗った少女は、羞恥に頬を染め、申し訳なさそうにこちらを伺っていた。
アーチャーは、それを見て、もはやこれまで、と心を決めた。
「そうか、シエスタ、だったな。私の事は、アーチャーとでも呼んでくれ」
「アーチャーさん、ですか。変わった名前ですね」
「ああ、そうだな。私も、自身でそう認識している。私が、弓兵なんてな……。そうそう、会って早々悪いんだが、シエスタ。一つ私と約束をしてくれないか?」
「約束、ですか?」
頬に手を当て、首をかしげるシエスタ。
そこへ、アーチャーはシエスタの瞳を真っすぐに見詰め、耳元で囁いた。
「先程の、剣の事なんだがね……あれを見たことは、私と君、二人だけの秘密だ」
いきなり顔を近づけられたシエスタは、収まっていた顔の朱が再びぶり返し、さらにアーチャーの甘い囁き(アーチャー自身はそんなつもりはない)を受け、体中の血液が顔に集まったかのよう真っ赤になっていた。
「ふ、ふたりだけの…秘密ですか……?」
「ああ、そうだ。だから、君が今見た事を、忘れろ、とは言わない。だが、他人に口外しない、と約束してくれないか……?」
「は、はい!私、約束、守ります!二人だけの、約束!」
顔を真っ赤にして、アーチャーのお願いを全面的に受け入れるシエスタ。
はたから見れば、悪い遊び人(無自覚)が、純情なメイド相手に、悪さをしているようにしか見えなかった。
「ありがとう。感謝する」
「い、いえ……その、私、お仕事がありますから!」
アーチャーが止め(再三言うようだが、アーチャーに自覚はない)とばかりに正面から真っすぐに感謝の意を伝えると、少女は逃げるように棟内に戻っていった。
時間は経ち、人々が朝食を取りに食堂へ向かう道中。
「ねえ、私、いつの間に着替えたんだっけ?」
「私はマスターの指示に従ったまでだ」
昨日と全く同じやり取りをしながら、二人は食堂へ向かっていた。
だが、昨日と違い、彼らに向けられる視線は様々だった。原因は、言わずもがな。
あれのせいで、視線はルイズではなく、アーチャーへのものが殆どだった。
種類は、感心、羨望といった好意的なものもあれば、嫉妬、畏怖、恐怖、のような負の視線も多く感じられた。
が、それを敢えて無視し、二人は歩く。
遠目で見ているものの、二人に表立ってなにかしようという者は、この場にはいなかった。
ただ一人を除いて。
「おはよう。ルイズ」
小麦色の肌に、赤い髪。年齢不相応の妖艶な体つきの少女、キュルケが挨拶をした。
その顔を見たルイズは、嫌そうに眉を少しだけ動かしたが、礼を失することなく、挨拶を返した。
「おはよう。キュルケ」
かなり投げやりな挨拶にはなってたが。
それを気にした様子もなく、キュルケはルイズの三歩後ろを歩く、アーチャーにも挨拶をした。
「おはよう。アーチャー」
「ああ、おはよう」
それに応え、アーチャーも挨拶を返す。
「昨日の決闘、とってもかっこよかったわ。思わず、この身が炎で焼けてしまうかもしれないぐらいに」
火照った体を見せつけるかのように、アーチャーでこれでもかとばかりにモーションをかけるキュルケ。
それを見たルイズは、我慢ならないとばかりにキュルケに怒号を飛ばした。
「ちょっとキュルケ!コイツは私の使い魔なのよ!誰の許可を得てちょっかいかけてるのよ!?」
「強いて言えば、私自身の許可かしら♪」
「ふざけないで!」
「何よ、私は大まじめよ?こと、色恋のに対しては、ね」
バチバチと、視線で火花を散らす二人。
はたから見れば、一人の男を取り合う二人の女の図というわかりやすい構図なのだが、ことアーチャーはその凄まじいまでの鈍感スキルを用いて、その争いに介入した。
「二人とも、何を争っているかはしらんが、ここは往来の真ん中だ。やるなら、道の端によるのが―――」
「あんたのせいでこうなってるのに、何様のつもり!?」
「ああ、ダーリン。そんな空気を読めないところも素敵だわぁ」
介入したはいいが、ルイズの言葉の矛先が自分に向き、さらにはキュルケには何故か誉めはやされ、状況が余計にややこしくなってしまった。
なお、その諍いは朝食の終りまで続き、弓兵のお腹には何も収まらなかった。
使い魔との触れ合いという名目の休日が終わり、二年生は教室にて、授業を再開させていた。
「皆さん、昨日はたくさん使い魔と触れ合い、絆を深めることが出来ましたか?使い魔とは、一般的に、一生付き合っていくものです。時に友として、時には家族として、皆さんの生活の支えとなってくれるでしょう。皆さんの使い魔たちを見ることが出来て、このシュヴルーズ、とてもうれしく思いますわ」
よく大学のキャンパスで見るような階段状になった講堂の教壇で、紫のローブと、如何にも魔法使いと言わんばかりのとんがり帽子をかぶった、恰幅のいい魔女が、笑みを浮かべながら教鞭を取っていた。
「おやおや、変わった使い魔を召喚したものですね、ミス・ヴァリエール」
使い魔が待機している
シュヴルーズは、今朝着任したばかりで、昨日のアレを知らない。かつ教師陣は生徒の話を戯言と断じ、受け入れなかった。
なので、純粋に彼女は問いかけたのだ。昨日の決闘騒ぎがなければ、教室は笑いで包まれたのだろうが、今現在教室を支配しているのは笑いではなく、静寂だった。
何かしら反応があると思っていたシュバルーズ。不自然な静寂に若干怪訝な顔をしたが、静かにしているなら、それはそれで問題はないと思い、授業を開始した。
「皆さん、私はシュヴルーズ。二つ名は『赤土』。これから一年、皆さんに土系統の魔法を教えていきたいと思います。それでは、まずは一年生のおさらいといきましょうか。魔法の四系統はご存知ですね、ミスタ・マリコルヌ?」
「は、はい!火、水、土、風の四つです!」
突然名指しで当てられ、しどろもどろになりながらも、太っちょの金髪少年、マリコルヌが立ち上がって応えた。
魔法の四系統。アーチャーは、昨日の個人レッスンの内容を復習するかのように、知識を頭から呼び出す。
(魔法の四系統、か。これは魔術で言う五大元素にあたる要素)
最も、魔術の元素には、これに属さない架空元素なるものなどもあったりがしたが、それはほぼ個人の特性ともいうべきものなので、今は除外する。
「そして、皆さんもご存じのとおり、今は失われた系統である虚無を加えた五系統から魔法は成り立っていますね。よろしい。もう着席してもらっても結構ですよ、ミスタ・マリコルヌ」
緊張からか未だに立ったままのマリコルヌに、シュヴルーズは許可を与える形で席に座らせた。
そして、今出てきた系統、「虚無」。
(これは、話を聞く限り、ほぼ魔術の根源、魔法に近いものらしいな)
何でも、大軍を一瞬で消滅させたり、座標移動を可能とする、などという文献がお伽噺という状態で残っており、メイジにとっては神の御業として扱われている。
「そして、私の系統でもある『土』これは、四系統のなかで、最も重要なポジションを占めていると、私は考えています。何故なら、土の魔法がなければ、重要な金属を生み出すこともできませんし、加工することもできません。大きな石を切り出して、建物を作ることも、また作物を収穫するのも、今よりもっと手間取ることでしょう。理解できましたでしょうか?このように、土系統の魔法は皆さんの生活と密接に関わっているのです」
そう言って、重々しく咳をしたシュヴルーズ。
その顔はどことなく得意げであった。
だが、
「すまない。発言よろしいだろうか、ミセス・シュヴルーズ」
その声を上げたのは、使い魔の席でじっと授業を聞いて自身の知識との齟齬がないかを探していたアーチャーだった。
「……あなたは確か、ミス・ヴァリエールの」
「これは失礼。名乗っていませんでしたな、マダム。ルイズの使い魔こと、アーチャー。以後お見知りおきを」
やけに芝居がかった所作で一礼したアーチャー。
それを見ていたルイズは、顔を真っ青にして立ち上がる。
「も、もも申し訳ございません、ミセス・シュヴルーズ!あの使い魔には、あとでお仕置きを……‼」
必死に弁解するルイズを、微笑みで制したシュヴルーズは、特に気に障った様子もなかった。
それどころか、嬉々として、アーチャーに発言を促した。
「いいのです、使い魔に質問される、何て珍事は、一生に一回、あるかないかですわ。貴重な参考人として、アーチャーさんには発言を許可しましょう」
「ありがたき幸せ。それでは、僭越ながら……土系統が魔法の中心である、というような発言について、些か疑問に思いましてね」
「それは、何故ですか?」
「前述の通り、確かに土の魔法は偉大であり、人々の生活に深く根付いている。これは確かです。ですが……」
「ですが、なんでしょうか?」
「土系統の魔法で出来ることは、場合によっては他系統でも十分補うことが可能である、ということです」
アーチャーの発言に、教室中がざわついた。
それもそうだ。メイジの使い魔とはいえ、一平民が、魔法学院の講師に反駁しているのだから。
教室のざわめきを無視し、アーチャーは語る。
「ミセス言った例通りに挙げていきますと、まずは貴金属、こちらは別に錬金に頼らなくとも、火属性の魔法と、不純物を取り除く炉があれば、特に問題なく精製できます。次に、加工ですが、こちらは水属性の水を高圧で放つことにより、切断ができ、後は研磨すれば十分に使い物になるはず。大岩の加工も大体同じプロセスを通せば完遂できる。あとは、分かりますね?ミセス・シュヴルーズ」
ざわめきが一瞬にして引き、再び静寂が訪れる。
誰も、反論する者などいない。当然だ。今語られたことは、全て事実であるからだ。
だが、シュヴルーズはその話を聞き終え、反論した。
「な、なるほど、確かに……で、ですが!土系統の魔法の魔法があれば、もっと効率的かつ、正確に事が行えます。であれば、土系統の魔法は必要不可欠なはずです」
若干うろたえてはいたものの、良い返しだ、とアーチャーは感心したが、その返しは予想の範疇だった。
「ええ、その通り」
「な、なら―――」
「何か勘違いをされているようですが、私は別に土系統の魔法がいらない、などと言った覚えはありませんよ?ミセス・シュヴルーズ」
思わず閉口するミセスシュヴルーズ。
「私が言いたいのは、土系統の魔法は、別に魔法の中心ではない、ということです。勿論、これは全ての系統に当てはまること」
一拍おき、
「別に一系統なくても、多少不便なこと以外は問題はなく、魔法そのものの存在には綻びは生じない。だが、あれば便利。効率がいい。互いの欠点を補いあうこともできる……つまり、四系統は全て、同価値である、ということです」
ミセス・シュヴルーズは驚愕していた。
魔法の使えない平民に、まさか魔の道を諭されるなど。
ただ、言い分に間違いはなく、反論の余地はなかった。ミセス・シュバルーズの授業は続いたが、終始何かを考え込むかのような素振りを見せ、お世辞にも良い授業ではなかった。
しかし、それを咎められる者などどこにもいなかった。何故ならば、皆が皆、アーチャーの発言に対し、考え込んでいたからだった。
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