Fate/guardian of zero
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第三話 決闘と放蕩 その2
(目玉に大蛇、マンティコアに人間大のモグラ……やはり、お伽噺か何かのようだな)
各自、使い魔と戯れる学院生を、アーチャーはこの世界の観察を兼ねて散策をしていた。
マスターには一応、少しの間離れると言っておいたので、問題はない。
まあ、聞こえているかどうかはさて置き、だが。
(世界が私に課していた守護者としての、役割。その中で、並行世界への移動、厳密には時間軸の移動か。何度か経験しているが、私が知っているそれとは、似ているようで、全く違うようだな)
守護者として、世界に派遣された先は、地域や時代などの影響により、多少武器と文化の差異はあったものの、いずれも攻撃手段は銃器や刀剣が主体であり、魔法で攻撃を行うものなど、存在しなかった。
その上、月が二つある、などという星の形成に関わる差異はあり得ない。
それは、世界が世界自身を否定するという事に他ならないのだから。
「せめて文字が読めれば、図書館の利用……いや、流石に貴族でもない私に、蔵書の閲覧は難しいか……」
ぶつぶつと、一人この世界での身の振り方を考えるアーチャー。
文字は、ルイズに教わるとして、本……それもルイズの教科書を……と、順々にあたりをつけ情報不足を解消するためのアクションを起こそうとした、その時だった。
「なあ、ギーシュ!お前、今誰と付き合っているんだよ?」
「誰と付き合っているんだ?」
貴族の卓中で、一際大きな集まりを見せている卓があった。
その声量の大きさに気を惹かれ、アーチャーはふと目を向ける。
そこには、金色の髪を天然パーマしたような少年と、それを取り巻く貴族たちの姿があった。
中央の少年は、薔薇を片手にやけに芝居がかった所作で手を広げ、得意そうに答える。
「つきあう?僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くものだからね」
と、かなり自己陶酔が入った言葉を胸を張り、高らかに謳い上げた。
自分が特別だと思っている、という箇所。続いて、天然パーマという特徴で、アーチャーの頭には懐かしき旧友の姿が描かれていた。
(…ふふ。あの手合いは、存外どこにでもいるのだな)
自然と笑みがこぼれ、何も知らないこの世界に、少し親しみが湧いた。
そして、そんな中、その頭髪がわかめのような貴族のポケットから、何かの液体が入った小壜が零れ落ちた。
それをうっかり視界にとらえてしまったアーチャーは、自身の深にある部分が反応し、自然とそれを拾い上げ、その少年の貴族に声を掛けた。
「少年。ポケットから壜が落ちたぞ」
壜を片手に声を掛けるが、ギーシュは振りむかない。
アーチャーは訝しく思い、もしや話に夢中で気づいてないのでは、と思い至り、親切心からギーシュの卓に落し物である、その小壜をおいた。
「落し物だぞ?色男」
ギーシュはそれを苦々しげに、アーチャーを見つめると、その小壜を卓の隅へと押しやった。
「これは僕のじゃない。君は何を言っているんだね?」
その小壜に気づいた友人たちが、先程以上の声量で騒ぎ始めた。
「おお?その香水はもしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」
「そうだ!その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分の為だけに調合している香水だぞ!」
「そいつがギーシュ、お前のポケットから落ちてきたってことは、つまりお前は今、モンモランシーと付き合ってる。そうだな?」
「違う。いいかい?彼女の名誉の為に言っておくが……」
と、ギーシュが何か言いかけたその時、後ろのテーブルに座っていた少女が立ち上がり、こちらにコツコツと歩み寄って来た。
髪は栗色の長髪で、中々に可愛げのある少女だ。
顔立ちは彼らよりは幾分か幼く、またマントの色も違うため、一年生の後輩といったところだろうか。
だが、二年生は使い魔とのコミュニケーションで休講という事が既知だったが、この一年生は授業に出なくてよいのだろうか?
「ギーシュ様…私、今日は先生がお休みで、午前は講義がなかったんです。だから、その分ギーシュ様と一緒にいられると……」
なるほど、とアーチャーが納得する前に、少女はボロボロと泣き出してしまう。
「やはり、ミス・モンモランシーと……」
「彼らは誤解しているんだ。ケティ。いいかい、僕の心に住んでいるのは、君だけ……」
しかし、ギーシュの渾身の言い訳のかいもなく、ギーシュはパンッと心地のいい破裂音を伴い、ケティと呼ばれた少女に、その手形がはっきりと分かるほど強く頬を叩かれた。
「その香水があなたのポケットから出てきたのが、何よりの証拠ですわ!さようなら!」
涙を拭い、肩をいからせ去ってゆく少女。
すると今度は、少しばかり離れた席から、金髪を縦巻きにした少女がこれまたカツカツとギーシュに歩み寄ってきた。金髪縦巻き、とアーチャーはある気位の高い同じく貴族の少女を追憶。密かに眉をひそめた。
(なんだろうか、この世界は。実は私の記憶を頼りに再構成されているのではないだろうな?)
そしてモンモランシーは、アーチャーにとって見覚えのあるいかめしい目つきで静かに言った。
「やっぱり、あの一年生に手を出していたのね……」
「お願いだよ。『香水』のモンモランシー。咲き誇る薔薇のようなその顔を、そのような怒りでゆがませないでくれよ。僕まで悲しくなるじゃないか!」
良く回る舌だ、とアーチャーはギーシュに感心したが、モンモランシーは全く意に介さず、卓に置かれたワインの壜を手に取ると、その中身をギーシュに一滴残らずぶちまけた。
そして、今までは嵐の前の静けさだったとばかりに、激しい口調で吐き捨てた。
「うそつき!」
去って行った少女の背を見送り、ギーシュはハンカチを取り出すと、顔を拭い、
「あのレディたちは、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」
などとのたまった。
これにはアーチャーも堪らず、小さく噴出した。
実は彼は、貴族などではなく、コメディアンの類なのではないか、と。
その笑いをかみ殺しながら、その場を後にしようとしたが、
「待ちたまえ」
「何かね?」
ギーシュは、椅子の上で体を回転させると、スサッ!と足を組んだ。
やはり、彼はコメディアンではないのか、吹き出しそうになったが、流石に相手は子供とはいえ、貴族。
笑いを先程よりも強い意志力で噛み殺しながら、応えた。
「君が軽率に、香水の壜を拾い上げてくれたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」
流石に我慢の限界だった。
「ふ、ふふ、あっはっはっは‼」
「何がおかしい!」
「いやなに、自らの不手際で二股が露見したというのに、こともあろうに落し物の届け主にびしょびしょに濡れた布を被せるとは……これが笑わずにいられるかね?」
アーチャーの皮肉に、ギーシュの周囲にいた友人たちもドッと笑った。
その事に羞恥を感じたのか、ギーシュの頬に朱がさす。
「いいかい?給仕君。僕は君が壜を卓に置いたとき、知らないふりをしたじゃなか。話をあわせるくらいしてくれてもいいじゃないか」
「ああ、そうだな。確かにそうだ。だが、あれしきの事で露見するならば、今日でなくとも、近いうちに白日の下に晒されそうだがね」
アーチャーに言い負かされ、唇をかむギーシュだが、ふと思い出したかのようにニヤリと口端をつり上げ、見下すように言った。
「ああ、君はゼロのルイズが呼び出したって言う、平民を使い魔じゃないか。あのゼロのルイズの使い魔じゃあ、仕方がないな。何でも、ルイズが儀式で何とか体裁を保つために、旅芸人を買い取ったって話じゃないか。ゼロのルイズも、才能がないのに、そんな無駄な努力を重ねて…ああ、君、もう行っていいぞ」
その言い草に、アーチャーは少しばかりカチンと来ていた。
才能がない?
だからどうした。
無駄な努力?
そのない才能を埋めるために、必死に努力をしているというのに。
「すまないね。機転が利かなかったようだ」
「ああ、その通りだよ。納得してもらえたかい?」
「納得したさ。だが、一つ奇妙なことがあってね」
「奇妙なこと?何だそれは。言ってみるがいいさ」
「いや、そんなに機転の利く貴族様なら、どうしてあの場を得意の機転で切り抜けられなかったのか、とね」
またもや、ドッと周りが湧き、笑いに包まれる。
更に顔の朱が増したギーシュは、ガタンと椅子から立ち上がる。
「どうやら、貴族への礼を知らないようだね」
「生憎、貴殿のような貴族にはお目にかかったことがないのでね」
「いいだろう。この僕自ら、君に貴族への礼を教えてやる。……ヴェストリ広場で待っているぞ!」
そう吐き捨てると、わくわく様子の周りの友人たちを引き連れ、行ってしまった。
だが、一人は残留していた。どうやら、アーチャーが逃げないように、見張っているつもりらしい。
「アンタ、見てたわよ!何やってるのよ‼」
すると、一部始終を見ていたのか、ルイズが肩をいからせ、眉を吊り上げ、こちらににじり寄って来ていた。
「言ったわよね?貴族に逆らうなって」
「何、広場を指定したという事は、地形が変わるような魔法の使用は控える、ということだろう?ならば、やりようは幾らでもある」
「な、何言ってるのよ、アンタ?」
「精神攻撃系の宝具でも使われれば、流石に苦しくなってくるが……」
スケールの違いに、ルイズは毒気を抜かれた。
(ち、地形が変わるほどの魔法を、たった一人で行使できるはずないじゃない……それに、ほ、ホウグって何?話からして、何かのマジックアイテムっぽいけど……あと、精神攻撃系の魔法は禁忌指定のはずよ…それを、まるであって然るべき、とでも言いたげに……)
実は自分は、とんでもないやつを召喚してしまったのではないかと、ルイズは戦慄した。
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