Re;FAIRY TAIL 星と影と……
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原作開始前
EP.1 砂浜の少女
前書き
まずは、開いてくれてありがとうございます。
それからせっかくお気に入りや感想を書き込んでくれた方々、本当に申し訳ないです。
これからはこのようなことが無いように鋭意努力していく所存ですので、どうぞよろしくお願いします。
魔力が豊かにあふれる世界、アースランド。そこでは魔法は『文化』として人々の生活と密接に絡み合い、必要不可欠な要素として存在している。
そこで生きる者たちは、およそ10人に1人の割合で体内に魔力の微粒子たるエーテルナノを体内に持ち、魔法を使う事が出来た。
『魔導士』と呼ばれる彼らのほとんどはギルドに属し、個人組織問わず様々な依頼を受注、遂行して報酬を貰う事によって生計を立てている。
「まあ、中には例外もいるが」
そのアースランドの、古くはイシュガルと呼ばれた大陸、その西方のとある海辺のとある小さな洞窟――というより岩壁をスプーンで抉ったかのような空間と言った方が適切か――に、ある1人の少年が横たわっていた。
少年の名はワタル・ヤツボシ。
髪の色と目の色は黒、それも墨のような黒だ。
まだ10歳前後に見えるが、魔導士である。
普通なら保護者の庇護を受けていて然るべき外見の少年が、保護者の存在なしに一人旅をしているのは当然事情があるからなのだが、今はまだ語らないでおこう。
いつもなら野宿や木の上で眠る彼が、雨風を凌げる程度とはいえ、ねぐらを見つける事が出来なのは僥倖であった。
安全とは言い難いがいつもよりはマシだと、歩き疲れた体を休め、うつらうつらと眠りに落ちようとしていたその時……
「――――――――――!!」
「……?」
微かに甲高い叫び声のようなものを耳に捉えた。
彼は意識を覚醒させると、洞窟を出て声の主を探す事にした。
一人旅の習慣である浅い眠りは先の叫び声で目は覚めてしまっており、寝直そうにも悲鳴にも似たその声を聞いては、そんな気分にはなれなかったのだ。
「あれは……女の子、か?」
そして、10分ほど歩いただろうか。
浜辺に緋色の髪の少女が波打ち際に倒れているのが見えたワタルは、その子に近づいた。
全身を海水で濡らし、余りにみすぼらしくて衣服と呼べるのかどうかすら怪しいものを身に纏う彼女は、その服に負けず劣らず身体中に傷を負っていた。
「生きてる……ま、仕方ないか」
漂流でもしたのだろうかと、少女の口元に当てた手に感じる呼吸から生存を確認し、ワタルは安堵すると共に溜息を吐く。
彼女をどうするかしばらく考えたが、このまま見殺しにするのは気が引けたため、ねぐらとして見つけた洞窟に担いで連れて行くことにした。
「これ、随分とお粗末な治療だが、鞭打ちの跡か? 他は……酷い傷だな、まだ子供なのに。しかも目は――だめだ、俺の手には負えないな」
岩肌に毛布を敷いて作った簡易の布団に寝かせた少女の手当てをしたワタルだったが、少女の体には大小問わず無数の傷があり、手持ちの応急器具をほとんど使いきってしまう。
特に眼帯の下の右目は使い物にならなくなっており、素人の手では治せるものではなかった。
「とりあえず水で洗って、薬塗って、終わりかな。さて、これからどうしたものか。……って言っても、まずはこの子が起きないとどうしようもないけど」
一人旅の弊害か、癖になりつつある独り言に終止符を打つ。
手当が終わっても、彼女は静かに寝息を立てるばかりで起きる気配を全く見せなかったため、予備の毛布をその子にかけると、ワタルは岩壁に寄りかかって今度こそ眠りについた。
= = =
「う、ううん……ッ、ここは、ッ! あ、つぅ……!」
翌朝、差し込む朝日の眩しさから少女は目を覚ました。
少女はここが浜辺でない事に気が付くとすぐに慌てて毛布を跳ね除け、結果的に身体中の痛みに悶える羽目になった。
「いたた……あれ、手当されてる? 一体誰が……ッ!」
幸か不幸か、その痛みで意識を完全に覚醒させた彼女は全身の怪我を、清潔な包帯で治療されている事に気付いた。
軟膏でも塗ったのか、少しベトベトしているが幾分か和らいでいる身体の痛みに呻きながら首を回しては辺りを見回すが、そこは意識を失って倒れた砂浜ではなく、すぐそこに海が見えるほどに小さな洞穴。
傍には焚火の跡と荷物と思しき大きなリュックサック、知らぬ間に手当てされた事と少女によって乱暴に跳ね除けられたこの毛布――誰かに助けられた事は明白だが、今は周りには誰もいない。
さて、どうしたものか……状況がまるで掴めず、そう途方に暮れたその時だ。
コツコツと岩を打つ足音が突然響いた。
囚人、塔を建造する奴隷として生活していた彼女には、段々大きくなるその音は乱暴な看守の歩く音を連想させ、無意識に体を強張らせる。
十中八九、自分を運んだものの足音だろうと考えた彼女は身構えた。
「まあ、こんなものか。……っと、目が覚めたか」
「お前は、だ、れ……」
「あー……食べながらでいいだろ、それは」
洞窟に入ってきた少年・ワタルは果物を両手で抱えるようにして持っていた。
少女は彼が誰なのか尋ねたが……キュゥとかわいらしい音が腹から響き、思わず赤面してしまう。
「……」
「何も入れてやしないよ。…………ほらね?」
ワタルは思わず笑いながら少女に幾つか果物を渡す。しかし気安さを感じさせるその笑みとは対照的に、少女は警戒の表情を崩さず、食べる様子を見せない。
それを見て内心少し傷つきながらも、彼は笑いながら彼女の腕からリンゴを1つ取ってかぶりつくのだった。
「……あ、ありがとう……ッ!」
少女は先の失態を取り返すように礼を言うと、果物に口を付ける。
一口かじると、随分久しぶりに――塔にいた時は果物など出されなかったのだ――口の中に広がった甘い果汁に思わず顔を綻ばせて、夢中で食べ始めた。
「たくさんあるからそんなに急がなくても……」
「ッ!? ゴホッゴホッ!」
「ほら、言わんこっちゃない……ほら、飲め」
まるで何日も物を食べていない浮浪人のようにがっつく少女。
その姿に何が起こるか幻視したワタルの警告通りに果物を喉に詰まらせため、水筒を少女に渡す。
「……その……すまない」
「何、気にするな。落ち着いたか?」
「ああ……その、あなたは誰なんだ?」
慌てて飲み干し、ようやく落ち着いた少女は気まずい様子を見せながら名を尋ねた。
「俺か? 俺は――ワタル・ヤツボシ。今は……まあ、訳有って大陸中を旅している魔導士さ、君は?」
はぐらかすように答えたワタルの問いに、少女は訝しげな表情を見せながら言葉を詰まらせたが、口を開く。
「……エルザ。エルザ――スカーレット……」
姓を名乗るときに少し詰まったエルザの様子から『訳有りみたいだな……』と、ワタルはそれ以上踏み込まず、次の質問をする。
「そうか。じゃあエルザ、何故あんなところで倒れてたんだ?」
「それは、その……」
俯いて、今度こそ言葉を詰まらせてしまうエルザ。
そんな彼女にとって、次にワタルが口にした単語は聞き逃せないものだった。
「『ジェラール』」
「えっ!?」
人名か地名か、はたまた別の何かか――そう当たりを付けてワタルが口にした単語にエルザはひどく驚き、目を見開くと険しい目つきになった。
その名が悪い意味で特別だったのだろう、と考えたワタルは睨む彼女に溜息と共に答えた。
「図星か。寝言で言ってたぞ」
「く……」
知らない男に寝言を聞かれていた事を知り、憮然とした表情で言葉に詰まるエルザ。
黙り込んでしまった彼女に、ワタルは一旦話を打ち切り、別の事を聞く。
「……まあ、言いたくないなら聞かないさ。それより、これからどうする気だ?」
「待て、私にも聞かせろ。何故私を助けたんだ?」
「何故、と言われてもな」
警戒心を見せるエルザに、ワタルは少し考えると答えた。
「ここで休んでたら叫び声を聞いてね。それで様子を見に来て、倒れている君を見つけた、という訳さ」
「だからそれを何故かと……」
「君は目の前で死にかけている同い年くらいの子供を見捨てて、その後気持ちよく過ごせるか?」
「う……」
ワタルのそんな問いに、少女はまたもや言葉に詰まってしまう。
きっと正義感の強い女の子なのだろう。ワタルは彼女にそんな印象を抱いた。
だが実のところ、なぜ彼女を助けたのか、ワタルは自分でもよく分からなかった。
怪我していたから助けたとは言ったが、放っておいて何食わぬ顔で旅を続ける事も出来たのだ。
にもかかわらず、貴重な物資を消費してまで、なぜ彼女を助けたのか――自分のことながら、彼にはよく分からなかった。
「それは……」
「……もう一度聞こう、これからどうする?」
心の中の疑問に蓋をして、再び質問をするワタルに対し、エルザは今度は素直に答えた。
「……妖精の尻尾に行こうと思う」
「妖精の尻尾?」
「魔導士ギルドだ。そういえばお前……いや、あなたも魔導士と言ったな。妖精の尻尾を知っているか?」
「いや、聞いた事ないな。多分すぐ西にあるフィオーレ王国のギルドだとは思うが。フィオーレは永世中立国家。魔法も魔導士ギルドも盛んだしな」
旅の魔導士。
塔で昔妖精の尻尾にいたという、そして命の恩人でもある老魔導士の話では、魔導士はギルドに所属して一人前と認められるとの事だった。
ロブと名乗ったその老人の最期を思い出して心が沈みそうになったが、それを思い出してエルザは口を開いた。
「あなたもどこかのギルドの一員なのか?」
「……」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、エルザはワタルの顔に悲しげな色が宿ったのを見た。瞬きすればその色は消えていたほどの刹那の事であり、ともすればワタル自身も気付いていないのかもしれない。
或いは見間違いかもしれない。
それでも、彼女にはそれが妙に気に掛かり、しかし聞くのも躊躇われたためそれ以上聞くことはできなかった。
沈黙が狭い洞窟内を満たし、焚火で炭化した木片が崩れる音が響く。
気まずい沈黙の原因であったワタルは頭を掻き、口火を切った。
「……一緒に行くか?」
「え?」
急な提案に、エルザは聞き返した。
土地勘と旅費はもちろん、2年前に住んでいた村から出た事さえ数えるほどしかなかったエルザにとって、その提案は渡りに船であった。
しかし、だからといって二つ返事で頷くという訳では無かった。
正義感が強く、義理堅い彼女にとって恩人を疑う事は心苦しかったが、奴隷生活長かったことと、その反乱の首謀者でもあった彼女は、この旨すぎる話に思わず警戒心を抱いてしまうのである。
「俺も西の方に行こうと思ってたんだ。行く方向が同じなら人数は一人より二人の方がいい」
「……」
「ここからフィオーレまで歩いて1ヶ月は掛かる。俺は2年くらい一人旅をしているけど、流石に女の子一人は結構危険だと思うし……それとも俺は信用できないか?」
「そんなことは……」
答えにくい質問に再び言葉に詰まったエルザに対し、ワタルは話を進める。
「じゃあ、決まりだな。歩けるか?」
「あ、ああ……そういえば、治療の礼を言ってなかったな。ありがとう」
「気にするなよ、そんなこと。まだ痛むか?」
「いや、大丈夫、だ……」
ワタルの言葉に自分の身体に手を当てて怪我の具合を確かめたエルザはある重要な事に気付いた。
「……その……見た、のか?」
「? 何を?」
腕や足ならともかく、鞭で打たれた背中を治療して包帯を巻こうと思ったら、この布切れを脱がさなければならない。
エルザの言葉は、まあそういう訳なのだが……エルザが険しい表情を赤く染めて発した言葉は目的語を欠いており、ワタルにその意図を悟らせる事は無かった。
「……なんでもない!」
「何だ? っておい、そんなに走ると傷が開くぞ!」
エルザはますます顔を赤くして走りだし、ワタルも後を追って走る。
こうして、半ば言い負かされる形でなし崩しにワタルとエルザの二人旅が決まり、二人はまずは情報取集と、近くの町の方に歩いて行った。
朝日を背に砂浜を西に向かって歩く事数時間、二人は小さな港町をその視界にとらえていた。
「もうそろそろ港町だが……入る前に服を買わないとな」
「え?」
「その格好で町を歩くつもりか?」
「あ……」
今のエルザが身に着けているものは、ボロボロの服……と呼べるかどうかすら怪しい布切れだ。
治療に使った包帯も肌を隠すのに一役買ってはいるが、そのままだと一ヶ月持たないだろう、というのはワタルにも、そして当のエルザにも容易に見当がついた。
そんな恰好で町を歩くなど、あまり考えたい事ではなかった。
「何か買ってくるから洞窟で待ってろ」
「お金はあるのか?」
「少しなら大丈夫だ」
「……じゃあ、頼む。ごめん……」
気にするな、と言ってワタルは町へ歩き始め、再び見つけた小さな洞穴に残されたエルザは渡された毛布に包まりながら考え始める。
「(なんでワタルは私に色々世話してくれるんだろうか……)」
エルザは少し前まで、カ=エルムの近海に秘密裏に建設されている塔で働く奴隷だった。
長く苦しい奴隷生活の中で、エルザは看守たち――歴史上最悪と言われる黒魔導士・ゼレフの狂信者たちに反乱を起こした。
神官のほとんどを討ち取り、反乱は成功したも同然だった。
後は、自分たちのリーダー的存在とも言えるジェラールを解放しようとしたのだが……彼はゼレフの亡霊に囚われて乱心してしまっていた。
元の優しいジェラールに戻ってくれ、私たちは自由だ。
そう訴えるエルザだったが、聞く耳を持たないジェラールに『仮初の自由を堪能しろ』と突き放され、独り塔から放り出されてしまった。
強いリーダーシップと正義感を持っていたジェラール。そんな彼に憧れを持っていた故に、彼が掌を返した事はエルザの心に大きな傷を残した。
だから、エルザにはワタルの真意が分からなかった。
見ず知らずの自分を保護、治療――それだけでなく、旅の道連れにしてくれる、と言ったワタルの事を信じてもいいのか、と。
「(信じたい。でもまた裏切られたら……)」
ジェラールはエルザが塔に接触することはもちろん、関係する情報を外の人間に口外することも禁じた。もしかしたら、ワタルはその監視のための存在なのかもしれない。
そんな猜疑と恩義の狭間で揺れていたエルザの胸中に、ワタルが一瞬だけ見せた表情がエルザの脳裏に浮かんだ。
「(あの顔を見た時、この人は大丈夫だ、裏切ったりしないって思えた。……なんでだろう?)」
ほんの一瞬だけ見たワタルの表情が、なぜか心に引っ掛かる。
エルザは、思い起こした彼の悲しそうな顔に、不謹慎だと思ったが……安心感を覚えた。
何故、と思ったが……答えは思ったより簡単に出た。
「(そうか……同じなんだ、私と……)」
ジェラールに裏切られた自分の心境と、ワタルの悲しげな顔が重なったのだ。
ジェラールや仲間の事を考えると心が引き裂かれんばかりに痛む。
もしも、この上本当に一人きりだったら正気を保てたかどうかわからないと思えるほどに、彼女の心は弱っていた。
『この人はもしかすると、自分と同じ痛みを知っているかもしれない』
そう思う事で、乗り越えられるんじゃないか――そう錯覚したのだ。
それはある種の傷の舐めあいなのかもしれない。
それでも彼女の弱った心には、ワタルという存在が救いだったのだ。
孤独よりは何倍もマシだ、と。
そして、1時間ほど経っただろうか。
「お待たせ、買ってきたぞ」
「お、おかえり、遅かったな……」
「他にも買い物があったからな」
「そ、そうか、ごめん」
時間がかかったのは包帯や傷薬など、消耗品を買ってきたからだ。
自分のためだ、と彼女は分かっていたため、申し訳ない気持ちになったエルザだったが……
「だからそんな顔するなって。とりあえず、それ脱げ」
「……え?」
恥じる様子も無く、そんな事を言いやがった少年・ワタルに、エルザは暫し思考を空白にしてしまう。
目を点にするエルザと至って真面目な表情のワタル。沈黙が長く続く事は無く、エルザは正常な思考を取り戻す事に成功する。
「お、おおおおおまおまお前! い、いいいいいいいきなりななななななにをいうのだ!?」
…………訂正、正常ではなかった。
羞恥と怒りで顔を真っ赤にして、目の前の少年にビシッと指を差したエルザの口から出た言葉はしどろもどろというレベルではなかったのだが、当のワタルは不審そうな表情で口を開いた。
「なにって、治療の続きだよ」
「いいよ、そんなの!」
「いいわけないだろ。昨晩したのは応急処置だけなんだから、傷が悪化してないか調べないと。もし海水が入って化膿してたら大変だぞ。包帯も交換しないといけないし。一人で背中の様子を見られるなら話は別だけど」
ツンと撥ねつけるようなエルザに眉間に皺を寄せたワタルは淡々と言いながら、清潔な水とタオル、消毒液や軟膏の瓶に新しい包帯を取り出して詰め寄る。
「う……」
「ほら、分かったらさっさと後ろ向いてそれ脱げ」
「わ、分かったよ……。でも、背中だけだからな」
「俺もそのつもりだ。腕と脚はエルザが自分でやればいい」
まるで聞き分けのない子供に対する言い様に、渋々観念したエルザは背を向けて座るとボロボロの囚人服を脱いで包帯を捨てて、渡されたタオルを水で濡らして傷を洗うのだった。
「はい、終わり。化膿してるところも無いし、跡も残らないだろ」
「……どうも」
10分後、傷口に軟膏を塗って包帯を巻き終えたワタルの言葉に安堵しながらも、エルザは疲れたように返事を返した。
初めの方こそ顔から火が出ているかのような恥ずかしさで手元がおぼつかなかったし、背中にワタルの指が触れる度にピクリと肩を震わせていたエルザだったが、対照的に黙々と処置を進める彼の手つきは慣れた医者のそれだった。
これでは、一方的に羞恥心を持っている自分の方が馬鹿に見えるというものだ。
そう忸怩たる思いを胸中に覚えて憮然としていた時、肩に白い大きな布がかけられた。
「……それさ、もう着れないだろ。だから、あー……買ってきたんだ」
先程とは打って変わった様子のワタルの言葉にエルザがそれを広げてみると、それは白いワンピースだった。いつの間に置いたのか、横にはスニーカーもある。
確かに、今まで身に着けていた囚人服はボロボロで着れたものではない。砂浜を歩く分は構わなかったが、旅をするなら靴だって必要だ。
加えて肌を隠す物が包帯以外ない今、身も蓋も無い言い方だがエルザは全裸なのだ。それを意識した瞬間、激しい羞恥に襲われたエルザは慌てて礼を言うとワタルがこちらに背を向けているのを確認してから服と靴を身に着け、そして声を掛けた。
「あ、ありがとう。…………もういいぞ」
「了解。ん、似合ってるじゃん」
「そ、そうか?」
「ああ、本当だ」
「似合っている、か……。そうか、そうか……」
服を似合っている、と言われたのは初めてだったため、エルザは嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を赤く染める。
照れたのか、落ち着かないといった風に緋色の髪を弄り始めたエルザの様子に少しだけ息を飲んだワタルは数回だけ目を瞬かせると口を開いた。
「……まあ、いいや。それで、だ。やっぱりフィオーレには歩くと結構かかるそうだ。それでも行くんだろ?」
「ああ。フィオーレのマグノリアにあるギルド。そこが妖精の尻尾、ロブおじいちゃんの言っていたギルドだ」
「……マグノリアに有ってよかったな。フィオーレの東部にある町だ。というか、マグノリアにあるって知ってたんだな」
「……今思い出したんだ」
『ロブおじいちゃん』という単語に引っ掛かったものの、エルザの沈んだ顔を見て、追及するのはやめた。
背中の傷を見たワタルには、それが鞭打ちでできたものだと分かっていた。漂流していた事といい、どう考えても何らかの事情がある事は確実である。それ以外にも色々と疑問はあるし、それについて推測するのは容易い事ではある。
しかし、それを口にする事は彼女の心を深く傷つけるという事を推測することもまた、簡単にできたからだ。
「そうか。……じゃあ、行こうか」
そして荷物を背負うと、エルザに声を掛け、港町に向かうのだった。
目的地はフィオーレのマグノリア、そして魔導士ギルド・妖精の尻尾。
後に数々の伝説を残し、帰るところを亡くした二人にとっては『家』とも呼べる場所になるギルドである。
後書き
リメイクの経緯や理由というほど大したものではないですが、活動報告に載せましたのでそちらもどうぞ。
意見感想批評などありましたらどうぞ。
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