Muv-Luv Alternative 士魂の征く道
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第三八話 心の隙
前書き
(´・ω・`)引っ越しで更新がずいぶん遅れてます。ネット環境がないため、今回はスマホのテザリングで更新。
ネット開通は来月の予定です。(工事が必要だったんで)
「あ、甲斐中尉!どうかしましたか!?」
真紅に塗装された重厚な質量とフォルムを誇る巨大な機械鎧、F-4J改・瑞鶴の首のあたりでメインセンサーの内部データバス回線のチェックを行っていた整備兵がコックピットレベル通路に純白の軍服を纏った衛士の姿を見止めた整備兵が声を投げ掛けた。
「……真壁少尉を探しているんだけど、知らないかい?」
「いえ、一時間ちょっと前までは居たんですけど……不意に姿が見えなくなって。」
機体の整備の最終段階には衛士によるインターフェースからの応答確認作業が待っているため、機体調整がいつまでたっても完了せずに少々困り気味の整備兵が眉を八の字に寄せて答える。
「中尉を見つけたらすぐに来るように言っておいてください。」
「ああ、わかったよ。ただ、少しお灸を添えるから使い物に成らなくても文句を言わないでくれるかな?」
「それは機体の整備が終わった後にお願いします。」
「はははは、了解したよ。」
歯に衣着せぬ言い方に苦笑いを浮かべた甲斐は片腕を挙げて応え、その場を後にする。
そして格納区画から歩み出るその時だった。
「あれは……」
思いつめた様子で歩んでゆく山吹の軍服に身を包んだ少女を見つける。………声を掛けられたらふらっと付いて行ってしまいそうな危うい雰囲気があった。彼女は一人になりたいのか、人気の無いほうへと足を運んで行ってしまう。
ああいう、儚げな……寄り辺を失ったような少女は非常に危うい。
「……やれやれ、危ない年頃というが―――」
其処まで口にして、今亡き義妹も生きていれば彼女と同い年だ。こういう世話を焼くこともあったかもしれないと思うと少し寂しいという気持ちが胸を占めた。
そして今日、自身の主が警護である自分たちの中で今井智絵だけを連れ往った理由を悟る。
「…感傷だね、まぁ人が動くには十分すぎる理由だ。」
公私共に阻む理由はない。
独り、誰に言うでもなく白亜の軍服を纏う青年は馴染みの少女の後を追うのだった。
清十郎と雨宮と別れた唯依は一人で戦術機の発着場の脇に居た。
冬の澄んだ高い空に薄い雲が流れてゆく中、時折に訓練飛行を終えたのか数機の戦術機がジェットエンジンの金切音を轟かせて飛翔している。
その壮大な光景に反し唯依の心中は暗雲が立ち込めているようだった。
(私は、いったいどうすればいいんだ……)
清十郎から聞いた忠亮の過去話が脳裏に反響するように繰り返されていた。
「結局、柾さんは場の設定を一振先生が行った事から等から殺意の証明が出来ず、未成年であったことから私的訓練中の事故として処分されました。」
―――訓練とはいえ、常に命の危険はある。それが実戦に備える訓練であるのだから当然だ。
戦術機の訓練だって、常に命の危険がありその最中に起きた事故で命を落とす、再起不能となるのはそう珍しい話ではない。
戦術薬物が体質に合わない上での過剰投与で心を壊した人間を見たこともある。
訓練中の操作ミスや判断ミス、危険行為による死亡事故は日常茶飯事だ。その危険を推してなお挑み、獲得するのが実戦技術というものだ。
剣術の鍛錬とて、模擬戦であっても受け止め損ねたら命の危険があるのは至極当然の話だ。
それだけに剣術の威力は大きく、同時に人間はひどく脆い。
「忠亮さんはなんと……?」
「何も、何も……教えてはくれませんでした………だけど、ただ一つ。必要なことだったからと、だけ。」
「必要なことだった……か」
彼は恩師を手にかけた事にどんな必要性を見出したのだろうか。
分からない、彼が見聞きしたモノの断片だけでは何も分かりはしない……自分は彼の事を何も知らないのだと思い知らされる。
歯痒さ、いや違うこれは悔しさだ。
「柾さんはその後も、必要であれば守るべき民でさえ見捨てるようになりました。その多くの判断は後により多くの人を活かす選択でしたが………必要であるのならそれが【何者であっても】切り捨てる、そういう人間になってしまった。」
だから、彼と共にあれば自分も切り捨てられるかもしれない………言葉にせずとも清十郎がそういう疑念を抱いていることが分かった。
「…………」
言いたいことが沢山あるのに、思考が頭の中で書きまわされて言葉にならない。
「まるで機械のよう、柾さんの心はとうの昔に死んでしまったのかもしれない……それを証明するかのように、柾さんは自分の故郷である四国にBETAを誘き寄せることで帝都への進軍を抑える為に瀬戸内海の大橋群の破壊中止を提言したと聞いています。」
清十郎の言葉の節々に滲み出る感情の色、それは後悔だった。
もしかしたら、そうなるのを止められたかもしれない……そんな自責の念が感じ取れた。
「忠亮さんが……俄かには信じられない。」
半ば呆然と呟く唯依、唯依が見てきた忠亮は表面的にはひねくれているが性根は真っすぐな誠実な人間だった。
……あの右半身を損なった忠亮の体を拭いた事もある、あの体は真摯に剣と向き合い己身を愚直なまでに鍛え上げた人間だけが持つ体だった。
何度皮が捲れたのか、針すら通さない程に硬く厚くなった足の裏と手のひら。
まるで大樹が大地に張り巡らした根のように張り巡らされた大幹の筋肉。逆に剣を振るうのに不必要な筋肉は限界までそぎ落とされた肉体。
あれは一朝一夕で身につくようなモノじゃない、間を惜しんで何年も何年も鍛錬に没頭し、その極限で至った人間だけが得る肉体だった………必要だから、などと感情の無い心で其処まで出来る訳がない。
衛士として有るのなら、そこまで剣を扱うのに特化した肉体なんぞ要らないからだ。
軍人としても、剣よりも格闘戦と銃にそのリソースを振り分けて鍛錬したほうが用をなす。
今どきの戦闘で日本刀での戦いに特化する必要はない。
必要はないのに、彼はその鍛錬を続けていた………それは、不必要と分かっていながらも、捨てられない、彼が人間性を持続けている事の証左である……はずだ。
「……篁中尉、あなたはあの人と一緒に歩むのなら、切り捨てられる覚悟が必要だと思います。」
「……私は―――」
少し、ほんの少し前であったのなら、それでも一緒に歩いて行きたいのだ。と答えれただろう。
でも、今の唯依には清十郎の言葉を振り切って断言できるだけの自信が無かった。
「よく、考えてみてください。小官は貴女が後悔しない生を歩むことを望みます。
……願わくは、貴女があの人を持ち主に害為す妖刀ではなく、この日本の守り刀とすることを。」
清十郎の祈るような言葉。
………生かすも殺すも自分次第、そう言われているような気がした。
(あの人は私のことを愛していると言ってくれたけど、それは本当なのだろうか。
それに……果たして、私はあの抜身の刀のようなあの人の生き方に影響を及ぼすことができるのだろうか。)
自分は彼を支えたかった。彼の生きざまを見ていきたかった。
でも、彼の生き方が単に迷走にすぎないのなら……目を覚まさせないといけない。
しかし………手段すら皆目見当もつかないが、仮にそれを為したとして彼は…その後、自分を愛してくれるのだろうか。
(………寒いな。)
唯依が不安からか、体に奔った悪寒に自分の体を抱きしめたころ、ひゅうっと甲高い笛にもいた音を立てて北風が吹きすさぶ。
「こんなところにいると風邪ひいちゃいますよ。」
不意に声が掛かってくる。
……聞き覚えの無い声だ。声のほうへと視線を向けるとそこにはフライングジャケットを身に纏った男がいた。
確か、調布基地の駐屯している帝国軍の衛士だったはずだ。
この調布基地はBETA侵攻前から新型機の開発・起動実験を行っているが、佐渡島にハイヴを建設されてからは地下穿孔によるBETA奇襲の危険に晒されるようになったために防衛部隊が駐屯するようになった。
最も、第三次防衛ラインに該当する中途半端に前線から離れたこんな基地に駐屯する防衛部隊の人員の質はハッキリ言って高いとは言い難い。
現に、髪も金髪に染めて耳にはピアス。どれだけ敬語を使っていてもチャライという印象はぬぐえない。
顔だちはやや幼さいという印象、人懐っこい犬のようでもある。
「……貴官は?」
「鈴木っていいます。まぁ平凡な名前でしょ?」
確か、関東で最も多い苗字だったような。確かに平凡だ。
「今オフなんで適当ぶらついて時間でも潰そうって思ってたら中尉殿がみょ~に悲しそうな顔してたんで、声を掛けたんですよ。」
―――悪い人じゃないのかもしれない。そんな思念が一抹に脳裏によぎる。
自分より一つか二つ上だろうか、人としての軽さはどうしても拭えない。だけど、自分を心配してくれたのだから無下にするわけには往かないのかもしれない。
「貴官の心配を無下にするようで悪いが、これは私個人の問題だ。しばらく雲で見て落ち着けばどうとでもなるさ。」
「そんなつれない事を言わずにさ、人に話すだけでも結構楽になるよ?」
妙に食い下がってくるな……?
たまにすれ違うだけの相手でしかないはずだった相手の気安い接触に唯依が疑念を抱いたその時だった。
「それに、こんな人気の無い場所で女の子が一人だと危ないよ?」
「っ!?」
男の目つきがいやらしく歪んだその瞬間、背後からの気配に唯依が振り向こうとする。
しかし、それよりも背後の存在の動きが一瞬早い。
「―――離せっ!」
「離すなよっ!!」
後ろから何者かに羽交い絞めにされる唯依、感触から男だと分かる。
―――基地内だからと油断した。男と女の体力、体重、筋力の違いから振りほどくのは難しい、しかも男は軍属になるにあたってCQCなどの格闘術を踏まえている捕らえ方だ。
自らの不用心に歯噛みする。
「貴様ら、こんなことをしてタダで済むと思っているのか!?」
「思っちゃあいないさ、表沙汰になれば銃殺刑だろうな……けどよ、それはアンタがそれを言った場合だ。」
「俺たちは待っていたのさ、アンタが“こういう事をされて”それを口にするのを躊躇する相手が出来るのをな!!」
背後から唯依を捕らえる男に続いて鈴木と名乗った男が口にした言葉―――それは忠亮のことを指す言葉だった。
「さてお喋りはここまでだ、さっさと連れていくぞ。」
「おう、まぁ生娘ってわけでもないんだろ。楽しめや。」
「……下種が」
唾棄するように吐き捨てる、だがそれは無力であるが故のせめてもの抵抗だった。
この後、自分がどのような目にあうのかは容易に想像がつく。その恐怖を怒りに変えて抗うのがせめてもの抵抗だった。
(―――忠亮さんっ!助けて……ください)
奴らは明らかに忠亮の留守を狙っていた、故に彼の助けは期待できない。
このまま、無残に下種どもの蹂躙を許してしまうのか。
その悔しさ、無力でうかつだった自分への憎らしさに涙が込み上げて零れそうなる。
そんな唯依を構わず人の寄り付かない物陰に鈴木達が引きずり込もうと、唯依の足を抱えようとする―――が、それは叶わなかった。
“パァアァン!!”
寒空に乾いた銃声が響いた。
「な…………ぐぉおあああああああああああああ!!!」
悲鳴は唯依を羽交い絞めにしていた後ろの男だった。
悲鳴と共に唯依の体が地面に落とされる。
(ぐっ……一体何が。)
満足に受け身も取れないままアスファルトに体を打ち付ける唯依は何が起こったのか把握できない。
「てめぇだれっ!?」
「カッ!!」
誰だ、という言葉も中ほどに裂帛の呼気と共に割り込んだ純白を纏う男が鈴木の腹に正拳を叩き込む。
「―――がっ」
横隔膜を衝撃が強打し、強制的に肺の空気が吐き出されて行動不能となる。
腹を抱えながら膝から崩れ落ちそうな彼に、純白を纏った男は即座にちょうどいい高さに落ちたその頭部へハンマーの一撃を連想させる程の強烈な回し蹴りをさく裂させた。
「悪いね、ちょうどいい高さだったから蹴り飛ばさせてもらった。」
吹っ飛ばされ、滑走路横の芝生の坂に倒れる鈴木に向かい底冷えのする声色で聞き覚えのある声が響く。
その鋭い回し蹴りは一撃のもと鈴木の意識を刈り取っていた為に彼に届くことはない。
「まさか、護衛がいたなんてよ………しくったぜ」
「貴様ら、それでも大和男児か。我欲を貪りし惰弱者どもが……貴様らに斯の地に生きる資格はない。」
「はっ!今時そういうのは流行らないぜ。」
足を撃たれて地面に転げた男に白き軍服を纏う男が近づいていく―――唯依が聞いた事もないほどに冷え切った声だが、間違いなくその人物は唯依の知る甲斐咲良だった。
「流行り廃りで一々自分を変えるのは”自分が無い”ということ他ならないのが分からないのか―――哀れだな。」
「甲斐…中尉。」
「篁中尉、相手がまだ死んでいない以上は油断するな。」
地に倒れた唯依の真横を通り過ぎながら呆然とした様子の彼女を叱咤する甲斐、そして彼は唯依を後ろから羽交い絞めにしていた男へと近寄る……そして。
「ぐがっ!?」
容赦なく、男の胸を踏みつけた。そして、その眉間へと銃口を向ける。
「さて、どうしてくれようか。こいつでその軽そうな頭の風通しを良くするもよし、西瓜みたいに叩き割るもよし。」
「へへ…いいのかよ。」
足の下で男が何を考え付いたのかいやらしく笑う。
「此処は監視カメラにも映らねぇ、人気もない。俺らがここでMPに引き渡されても、アンタに殺されても結局は真相不明な状態で行き成り斯衛に暴力を受けた帝国兵ってことになるんだぜ。
そうなりゃあ、帝国軍と斯衛軍の関係はどうなるだろうなぁ?」
帝国軍と斯衛軍の間には医局の外科と内科のような派閥による対立関係が少なからずある。
そしてその関係が悪化するのを斯衛軍上層部は極端に忌避する傾向がある……それは斯衛軍の規模が一個師団に過ぎず、規模などで帝国軍に遠く及ばず、下手な世論が形成されれば斯衛軍そのものが帝国軍の一部として吸収される危険もあるからだ。
そうなれば、最悪武家其の物が存在を許さなくなる可能性すらある。
少数派に対し最も苛烈な弾圧を行う政治体制が民主主義であるからこその危険だ。
「ふっ、その心配はないよ。」
「な……に!?」
男の稚拙な脅しを一刀両断する甲斐。このような何もない区画は基地外からの侵入を監視するために監視カメラは外向きに配置されている。
そのため、内部監視カメラからも死角となっているが、それに関しては例外が存在する。
「なんで僕が君みたいな不純物が彼女に近寄った時点で出てこなかったのか分からないのかい?」
「ま、まさか……」
「普通の女性が相手で未遂なら、まだ余地はあったのに……欲を出して身を滅びしたな。」
相手の肋骨ごと肺すら踏み砕く直前で踏みつける甲斐の背後で四機の漆黒に塗装された不知火がジェット噴射で周囲の空気を吹き飛ばしながらゆっくり降下してくる。
先ほど機体調整を兼ねた訓練のために飛び立った機体たちだった。
戦術機の捉えた映像などの情報はすべてレコードに記録されている、これ自体が立派な証拠として成立する。
「くっそ!あのバカの考えになんぞ乗るんじゃなかった!!」
「残り少ない余命をせいぜい後悔しながら過ごすといい。」
悔しさからか、歯ぎしりする足の下の男を心底見下しながら甲斐が処断を告げるのだった。
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