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NARUTO 桃風伝小話集

作者:人魚
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その21

やりにくいなあ。

それが、初めて直に言葉を交わした時の、偽らない自分の本心だった。

今となっては、恩師の忘れ形見の存在に気付き、鼻息荒く火影の執務室に乗りこんだのも懐かしい。
自分がこの子の事に気付けたのは幸運だった。
だが、必然でもあった。

何せ、四代目夫妻のノロケを四六時中聞かされるような環境に居たのだ。

子供の容貌に付いても耳にタコができるほど聞かされた。
アカデミー時代から思い続けていたらしい(それも一目惚れの初恋だったそうだ)愛妻から、妊娠を聞かされた日から、四代目は使い物にならないほど浮かれ飛んで、妄想を人知れず呟くまでになってしまったのだ。
そして無駄に回る頭を駆使して、産まれて来る子の性別と容姿を想像していた。

男なら自分の色を継ぐだろう。
男でもクシナの色を継いでいるかもしれない。
女なら、きっとクシナにそっくりだ。
でもきっとどこかに自分に似た所があるはずだ。
だって、自分とクシナ、二人の子なのだから。
きっと可愛いに違いない!

その言葉で締めくくられる、呪文めいた長々とした想像図は、時には酷く暴走をし、産まれてもない娘が嫁ぐ瞬間にまで飛び、お父さんは許しません!という謎の言葉と共に火影の執務机が木っ端微塵になることもあった。
まだ産まれてもないのに親バカ丸出しな四代目の譫言に頭を抱え、四代目の奇天烈な諸業の後始末にうんざりしたのも、今となっては良い思い出なのかもしれない。

きっと、あの平和過ぎてアホみたいな、それでも温かくて大切な時間は、二度と送れないと知っているから、碌でもない記憶も大切な物になってしまったのかもしれない。
いや、そうではなく、そもそもあんな時間を得られた事そのものが、自分には過ぎた時間だったのだろう。

だからこそ。

自分は恩師の忘れ形見に深く関わる事を避けてしまった。
自分みたいな者に、大切な者は守れないと知っていたから。

遠く離れた場所で、少女を見つめ続けることを選んだそれは、自分にとっては少女を見捨てた訳では無いし、少女を気にかけて居ないわけでも無かった。
ただ、誰かを守りきる事の出来ない自分には、大きなものを背負った少女の力になる事は出来ず、少女の護りにもなり得ないと思っていたからだ。

だが、それでもそれは、少女に取っては見捨てていたも同然だったに違いない。

視線の先にある恩師とその妻の面影を強く残す幼い少女の、人形のように凍り付いて動かない表情。
年に似合わぬ落ち着き過ぎた物腰。
そうして、極力人との接触を避けようとする姿を見せられ続ければ、胸が痛まない訳がなかった。

平然とした表情で、淡々と人を避けようとする年端もいかぬ少女が、平気そうな顔の下、どれほどその胸を痛めているのか、分からぬ訳ではなかった。
しかし、自分には少女を導き、癒すような事は出来ない。
だが、状況は少女にとってはかばかしくなく。

遂には、里の外れの山に監禁される事になってしまっていた。

少女は、自らの存在と里人の悪意を正確に理解しており、それが原因で九尾との同化が進んでいると判断された為だった。

暗部と言えど、忍びで一人の人間だ。
故に、感情を表に出す人間は彼女の監視の任から外された。

与えられた任務を忠実にこなす、里に従順な者や、薄々彼女の素性に気付いており、密かに好感を持つ自分のような者が彼女の周りに配された。
それは恐らく、彼女にとっては良かった事なのだろう。

時折、日が沈んだ暗闇の中、独りすすり泣く声が聞こえてきていたが、住まいとして与えられた山小屋に隔離され、日中、自分に不の感情をぶつける里の人間との接触が減った分、少女の表情には、明らかに幼い子供らしいあどけなさが浮かぶようになっていた。

初めこそ、与えられた新しい環境に酷く警戒していたが、小首を傾げながら取り揃えられた辞書や図鑑を前に四苦八苦する姿に、テンゾウが見るに見かねて声をかけて図鑑の見方を教えてやったりすると、はにかみながらも微かに笑みを浮かべ、礼を口にするようにもなってきた。

自分に酷い悪意をぶつける者は近くに寄らないと理解した少女は、おてんばな一面を遺憾なく発揮してくれて、人知れず危険な場所に入り込み、肝を潰す事も両手の数では足りなくなった。
九尾との同化の影響か、少女はチャクラを練り、コントロールする事を自然にこなし、彼女の遊びはほぼ忍術の修行に近いものになってしまっていたのだ。
周りに少女を人として導く大人が居なかったのも一因だったのかもしれない。

木を駆け上り、水の上を走り、滝を駆け上がる。

九尾との同化の影響の末とも言える、上忍でも舌を巻く荒行の如き所行は、それでも彼女にとっては、ただの遊びであるようだった。
走るのが楽しいとばかりに、子供らしく笑い転げながら、チャクラを駆使して縦横無尽に駆け回る。
一人でしか居られない分、彼女の中には人間として比較となるものが有らず、時折、少女の幼さを見かねた暗部の護衛達の助言や手助けはあれど、九尾との同化も進む一方のように見受けられた。

その影響は顕著だった。

齢5を数える頃には、遠見の巫女と呼ばれた初代人柱力と比較にならぬ程の勘の冴えを見せ始め、その身に常に九尾のチャクラを纏わせるようになっていた。
それに変化が現れたのは、何を思ったか、めったに住処とされた庵を離れない彼女が、突然何の前触れも無く里に下り、真っ直ぐにうちは一族の居住区に入り込んでからだ。

少女の異様な気配に警戒して出てきたらしいうちはイタチと会合し、強がり、目まぐるしく表情を変え、不器用ながらも母を慕う幼さを見せ、初めて近しくもない他者に人らしい姿を見せた少女に、安堵を覚えた。
その時の少女から漏れ聞いた九尾の言葉に、微かに違和感も大きくした。
それが縁だったのか、彼女はうちは一族との誼を結び、親しんでいった。
それからは目覚ましい程、少女は爆発的に成長していった。

人として。

何かあれば素直に笑い、面白くなければ素直に拗ねて、優しく目を細め、愛しむ。
仮面ではない少女の感情が、少女自身に素直に溢れ出した時、カカシは悟った。

少女は、人と共に居らねばならないのだ、と。

そうでなければ、少女は孤立する。

孤立して、師とは似ても似つかぬモノに変わり果てると漸く気付いた。
少女を独りにしてはならないのだ、と、自分の過ちにその時気付いた。
そうして、未だ手遅れでは無いのだと、三代目にそう聞いた。

少女は、アカデミーを卒業し、無事下忍となる事が出来れば、暗部に所属させ、里の兵器とする事が決定しているらしい。

それを聞いた時、カカシの胸に湧いてきたのは憤りだった。
今の少女は、人形ではない。
人形では無いのなら、きっと、耐えきれる物では無いだろう。
少女には、もっと絆となる物を作らせてやらなければ、忍びとして生き抜く力すら、碌に身には付かないだろうと予測が付く。

だからこそ、その時間を稼ぐためにも火影に交渉して自分の部下とした。
元よりうちはの生き残りと連んでいるのは知っていたが、その仲は非常に曖昧で薄く、いつ壊れても仕方無い程細い仲だと感じていた。

感じていたのだが……。

「何怒ってるの?サスケ」
「煩い!黙れ!何も言うな!」

真っ赤な顔で怒鳴りつけて噛み付く少年に、困惑の色も濃く少女は無邪気に近付いていく。

「もしかして怪我しちゃったとか?ありがとね、助けてくれて」

嬉々として、果物の収穫任務を遂行していた少女が足を滑らせ、少年が少女を助けた所まではとても良かった。
流石はうちはの末裔。
共にいる時間が長かったのも有るだろう。
間一髪というところで少女を助け出したのだが、その後が問題だった。

助けられた衝撃のまま、少女は惰性で少年に頭突きし、見間違いでなければきっちり唇が触れあっていた。
それは、口元を押さえて、真っ赤な顔で必死に顔を少女から逸らそうとする少年からも、間違いなく読み取れる。
そうして、少年が少女を少女として認識している事も、まんざらでもなく思っているだろう事もすっかり丸分かりだ。

だがしかし。

「サスケ、怒んないでよぅ。僕、わざとじゃなかったんだってば。勢い尽きすぎて止まんなかったんだよぅ」

視線を逸らす少年に、べそをかき始めた男装した少女が、必死な表情で許しを得ようと、顔を自分から逸らす少年の顔を覗き込もうと纏わりつく。

ナルト。
今のサスケには、それは逆効果だ。

人間らしいあれこれを知らず、ほぼ九尾との対話によって自我を形成したと思われる恩師の忘れ形見は、仲良しの相手に拒絶されかけ、必死に縋っている。
涙目になり、何時もと違う態度をとる友達に取り縋る少女には、繊細な男心などは理解出来ないものらしい。
そもそも、少年の衝撃や葛藤など、意識の端にも掠らないようだ。

恩師の雄たけびを思えば重畳か。
それとも、少女の今後を思えば現状を憂うべきか。

サスケに好意を寄せているもう一人の部下である、サクラも混じり、三つ巴と化し始めた騒ぎの中、痛む頭でカカシは思った。

本当にやりにくいなあ、と。
 
 

 
後書き
お久しぶりです。
本編詰まって、番外編もあまり筆が載らず、更新にものすごい時間が経ってしまいました。
なんとかカカシ先生視点のとある出来事が書きあがったので更新を。
サバイバル演習後、下忍として忍務を受けるようになってしばらくの頃の事です。
カカシ先生の色々な葛藤を詰め込みつつ、そっちをメインに…とか考えていたのが完成に時間がかかった要因です。
はい。 
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