魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~
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Epico35カウントダウン~Overture to Ruin~
前書き
うたわれるもの 偽りの仮面・・・購入したものの未だに封も開けられない。MGSⅤ:TPPも止まったまま。録画してある番組も未視聴のまま。姪っ子を抱っこし続けて両手首が腱鞘炎。本作の執筆もまるっきり進まない。それでも・・・あの笑顔の為なら私は!!
†††Sideイリス†††
アリサ達と思念通話で連絡を取り合いながら向かうのはすずかの結界。そこで今、ルシルやなのは達がリンドヴルムの連中と戦ってる。“キルシュブリューテ”の柄を握り直してカートリッジロード。ルシルから貰った神器、黄金の腕輪・“ドラウプニル”の神秘が上乗せされる。
「うらぁぁぁぁぁーーーーッ!!」
すずかの結界に突入。結界は進入可で脱出不可が基本だから結構簡単に突入できたんだけど、「ガボガボガボ・・・!?」まさかの水攻めにビックリ。慌てて水を掻いて脱出を試みる。ていうか、ルシルもこの水膜に突っ込んだんだよね。わたしのように溺れかけたのかな。
「げほっ、げほっ! 酷い目に遭った・・・!」
肺に水が入ったことで咽る。息を整えて周囲を見回す。リンドヴルムとの戦いは命がけだからまずはアリサ達に伝えたようにルシルと合流しないと。うん、合流して、キスしないと。いかがわしい意味じゃなくて魔術師化するためにね。
「見つけた!って、ちょっと! 相手ってシュヴァリエルじゃん!」
目を疑った。ルシルとシュヴァリエルが1対1のガチンコ決闘を繰り広げてた。蘇るのは海鳴温泉での決闘。ルシルは負けて1ヵ月も意識不明に陥ってた。
(エヴェストルム・アルムがあるって言っても・・・不安だよ)
――ゲシュウィンディヒカイト・アオフシュティーク――
背に展開してる真紅の魔力翼ルビーン・フリューゲルを大きく羽ばたかせて飛行速度を上げたその時、ルシルがシュヴァリエルの右腕を新しい相棒の“エヴェストルム”・アルタで斬り落とした。
「すごい!」『よぉしっ!』
わたしだけじゃなくて心の内に居るシャルロッテ様もガッツポーズ。でもシュヴァリエルも負けじとルシルを地面に叩きつけて見せた。さらに頭を踏み潰そうとまでする始末。早く援護しないと。ルシルはシュヴァリエルの踏みつけを避けて、上空に上がった。そして・・・
『アレは、神剣ホヴズ・・・! キメに掛かってるね、ルシル・・・!』
ルシルの右手にはクリスタルのような剣身を持った大剣。海鳴温泉の時にもチラッと見た剣だ。神秘っていう概念を知って改めてあの剣のすごさを感じる。ルシルは“ホヴズ”を構えてシュヴァリエルへと急降下して行く。わたしもそれを追って行くんだけど・・・
『イリス! ルシルに烈風刃を! 早く!!』
シャルロッテ様からの突然の攻撃命令に戸惑いつつも、その切羽詰まった様子に、わたしも何かが起きるんだって察して「風牙・・・烈風刃!」を放ってみた。その直後、ルシルの影から誰かが出て来た。
『やっぱり出て来たね、レーゼフェア! 大戦時とおんなじやり方・・・!』
遠目でもわたしもすぐにレーゼフェアだって判った。何せ友達のチンクとトーレを倒した奴なんだから。そんなレーゼフェアはすでに攻撃体勢に入っていた。至近距離だからルシルは避けられないし防御も間に合わない。でもさっき放った烈風刃が、ルシルをそんな危機から救いだした。烈風刃によって大きく移動させられたルシルは、レーゼフェアが放った影の拳から逃れることが出来た。
「シャル!?」
「1つ貸しね!」
空の上でルシルと合流を果たす。そして「ルシル! ん・・・!」わたしからキスをする。魔術師化してるルシルとキスをすると、わたしの内に居るシャルロッテ様の前世、魔術師としての能力が蘇る。神秘も当然発生して、“ドラウプニル”の効果に上乗せ。そこに絶対切断能力も加われば・・・
「鬼の目に金棒だね♪」
『とんでもない珍解答ね、イリス。鬼が泣くよ、目に金棒なんて喰らったらね。正しくは鬼に金棒。忘れちゃダメよ?』
「ヤー」
「君とシャルロッテがどんな会話をしているのか想像がつくよ。とりあえず、さっきは助かった。ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ・・・どうしようか」
シュヴァリエルとレーゼフェア、“エグリゴリ”の2人と対峙する。シュヴァリエルはルシルの全力でようやく渡り合えるような怪物。レーゼフェアは、チンクとトーレを一瞬にして戦闘不能にしたし、まだまだ実力を隠してると思う。どっちも次元世界トップクラスの強敵。
「ここで剣神の登場か。救われたな、神器王」
「でもさ、僕とシュヴァリエルの相手じゃないよ。良い機会だから神器王と剣神、一緒に殺しちゃおうよ」
レーゼフェアは指をポキポキ鳴らしながら歩み寄って来ようとした。わたしとルシルは最大警戒で身構えて、すぐにでも行動に出られるようにしたんだけど、「おい、待て」シュヴァリエルが制止の声を掛けた。
「なんだよ、シュヴァリエル」
「お前、俺の依頼通りに来たって言っておきながら反故にする気か?」
「え~?・・・あ、あぁ、そうか。ちぇ~。しょうがないなぁ。依頼通り、攫ってくるよ」
――影渡り――
レーゼフェアが自分の影の中へと沈んでく。と、「待て! シャル、レーゼフェアを止めるぞ!」ルシルが“エヴェストルム”の穂先から蒼光の砲撃を放った。わざわざ引き止めるなんて何考えてんのって思ったけど、攫ってくるよ、って言葉にはわたしも引っかかるから、「飛刃!」絶対切断に神秘を付加した斬撃を一閃飛ばす。でも、「間に合わない・・・!」ルシルやわたしの攻撃よりも早くレーゼフェアは影の中に消えた。
「シャル、今すぐはやて達の元へ! ケリオンを拉致されたら終わりだ!」
「いやいや、ケリオンって誰よ!」
初めて聞く単語にちょこっと混乱。だからそう訊いたんだけど、「おっと。剣神もここで行き止まりだ」シュヴァリエルが片腕のまま大剣をわたしに突き出した。
――崇め讃えよ、汝の其の御名を――
「撃てッ!!」
ルシルの背中から離れた22枚の蒼翼から砲撃が連射された。そして「お前の相手は俺だと言っているだろうが!」ルシルは“ホヴズ”っていう大剣を構えて、シュヴァリエルに突っ込んで行った。その間にも蒼翼から砲撃が連射されて、シュヴァリエルが魔力爆発に呑まれ続ける。
「調子に乗ってんじゃねぇぞ、神器王ぉぉぉぉーーーーーーーッ!!」
――高貴なる堕天翼――
魔力爆発が一瞬で消し去られて、クジャクの尾羽のような羽を20枚と放射状に展開したシュヴァリエルが姿を見せた。ルシルは「何を今さら!」突進を止めないでそのまま左手に持つ“エヴェストルム”を振るった。
シュヴァリエルはそれに応じるように“メナス”を掲げてその一撃を防御。そしてルシルは「貰った!」右手に持つ“ホヴズ”を振り下ろした。右腕の無いシュヴァリエルにその一撃を止める術は無い。だけど・・・
「おいおい、俺だって魔術使いなんだぜ」
――天道空流――
「ぅわっ・・・!?」
足元を掬われて転んじゃうほどの強い空気がシュヴァリエルの方に流れていって、「なんだと・・・!?」引き起こされた強大な上昇気流がルシルを上空に吹き上がらせた。そしてシュヴァリエルも気流に乗るように急速上昇。
遠目だからハッキリと見えないけど、シュヴァリエルは錐もみ状態のルシルへ向けて大剣を振り下ろしたみたいで、ルシルはそれを“エヴェストルム”と“ホヴズ”を十字に掲げて防御したんだけど・・・
「『ルシル!!』」
“エヴェストルム”の魔力刃が砕け散って、“ホヴズ”がどこかに弾き飛ばされたうえでルシルが地面に叩き付けられた。それでもなお『シャル・・・行け・・・今のうちに!』苦しそうな思念通話でルシルはそう言ってきた。
――廻天轟乱・断壁――
「ちょっ・・・!」
後ろ髪を引っ張られる思いだけど、ルシルの決死の行動を無駄にするわけにもいかない。そう考えて踵を返した。だけど、直径も全高も200mほどの暴風の壁が生まれて、わたしとルシルは閉じ込められてしまった。上から出て行けばいい、なんて思ったけど、「空はシュヴァリエル、周りは竜巻の壁・・・」ということもあって逃げられないっぽい。
『イリス。絶対切断で壁を斬って!』
ルシルとシュヴァリエルがまた闘い始めたのが判るほどの魔力波と衝突音を背に、わたしは壁に近付く。ただの風じゃないことはすぐに判った。ビリビリと感じる強大な神秘。そして向こう側が見えないほどの分厚い風の壁。試しに拳大の石を投げ入れてみると、砂粒ほどにまで粉砕された。
「シャルロッテ様・・・、これ、斬れます?」
『・・・・・びみょ~。だ・け・ど、やってみて!』
「あ、はいっ!」
“キルシュブリューテ”のカートリッジを全弾ロード。そしてこれまでの鍛錬で使いこなせるようになった固有スキル・絶対切断アブゾルーテ・フェヒターを発動。“キルシュブリューテ”を脇に構えて「せいっ!」全力で振り下ろしたら・・・バキィーンと刀身が真っ二つぅ~~~。
「いやぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーッ!」
泣いた、泣いたよ、わたし。むせび泣くよ。どんだけ“キルシュブリューテ”を壊せばいいの。ルシルと関わってからこれで3回目だよ、“キルシュブリューテ”が壊れるの。うち2回はシュヴァリエルの所為だけど。
『えっと・・・ごめん。無茶言ったね、私』
「うぅ、良いんですぅ・・・」
半ばで折れた“キルシュブリューテ”を涙で滲む目で眺めてると、「ぐぁぁぁぁぁ!」ルシルの悲鳴と一緒に地響きが起きた。振り返ると、「『ルシル!!』」が地面にめり込んでて、シュヴァリエルが「調子に乗った罰だ、神器王」ルシルのお腹を踏みつけてた。
「俺の神秘に届いただと? 違うな。まだ届いていないんだよ。だからお前のエヴェストルムは折れ、今こうして俺の足の下に居るわけ、だ!」
「ぐあっ! がはっ・・・ぐふっ・・・!」
「『ルシル!!』」
――閃駆――
かなりの量の血を吐いたルシル。内臓が傷つけられたんだって判ったから、すぐにシュヴァリエルを引き離すために突撃を敢行。そして、シャルロッテ様から学び習得した、「絶刃――・・・」魔法じゃなくて魔術を発動。魔術発動は、シャルロッテ様がわたしの体の支配権が移った時にしか発動できなかったけど、この魔術だけはわたしのままでも発動できるように鍛えた。
「斬舞一閃!」
これは神秘が付加されてる絶対切断能力を有した魔力刀を生成するというもの。まぁ、魔術師化していること、シャルロッテ様の助けが要ること、などと条件があるけど、“断刀キルシュブリューテ”を毎回ルシルから借りる手間が省ける。
「ふんっ・・・!」
わたしの一撃とシュヴァリエルの大剣が衝突した。激しい火花がわたし達の間で散る中、押し負ける、そう思った時、パキッと何かが割れた音が微かに聞こえた。するとシュヴァリエルが「くそっ。さっきのホヴズが効いたか・・・!」悔しそうに歯噛みして引いた。チラッと見えたけど、大剣の刃に少しヒビが入ってた。
「チッ。このまま神器王を斃そうかと思ったが止めだ。こっちの優先目的は果たした」
「ごふっ、ぐふ・・・げほっ、ま・・・待て・・・!」
ルシルのお腹から足を退けたシュヴァリエルが踵を返して空へと上がる。ゆっくりと立ち上ったルシルはフラフラなのに制止しようとしたから「ダメ!」わたしは抱き止めた。そんなわたし達に「じゃあな」シュヴァリエルは言い放って、見えなくなるほどにまで上昇して行って・・・消えた。
「・・・くそっ・・・」
――女神の祝福――
ルシルの全身が蒼い魔力に包まれると、シュヴァリエルに負わされてたダメージがすごい勢いで回復してく。1分ほどで完治したルシルは「・・・タダで転んでたまるか。見ていろ、シュヴァリエル・・・絶対に、逃さない!」そう言って悪魔のような微笑みを浮かべた。あ、でもそんな表情も格好良いかも❤
†††Sideイリス⇒ルシリオン†††
俺たち特戦班は合流するため、シャルの実家に集まることにした。アリシアが騎士カリムとシスターシャッハを伴って現れた時は少々驚いたが、海鳴市に居るシグナムとシャマルとザフィーラを除く特戦班が無事に合流を果たすことが出来た。そして今は応接室にて、俺たち特戦班が所属している機動一課・スノー分隊の隊長フィレスと通信を繋げ、互いの現状報告を行っていた。
『まずこちらの状況を報告ね。機動一課も厳しい状況だったけれど、騎士シャルロッテから預かっていた神器のおかげで、ドラゴンハートの襲撃はなんとかなったわね。ドラゴンハート5名、連中が持っていた神器ともに厳重に凍結封印、クラナガンの悪夢の際に回収した神器も奪われずに済んだのだけど・・・。・・・まぁ、リンドヴルムの初撃で隊舎が半壊してしまったけど』
フィレスの背後には崩れた建物――機動一課の隊舎が映り込んでいて、見るも無残に半分が崩れていた。だが、神器を奪われなかったのは実に喜ばしい事だ。
「それじゃあお姉ちゃん。今度はこちらの状況報告。ザンクト=オルフェンにてドラゴンハートの隊長シュヴァリエルと、副隊長のハート2と交戦。結果は・・・」
俺たち特戦班の班長であるセレスは申し訳なさそうに顔を伏せた。俺以外のメンバーも沈痛な面持ちで、特に酷いのがすずかだ。よほど泣いたのか目の周りが赤い。ちょっと見えない間にケリオンとの仲が進展していたようだ。ケリオンが普通の人間だったなら応援してあげたかったが・・・
「共に敗北。シュヴァリエルとハート2はその後離脱。そして・・・当班で保護していたジョン・ドゥ、本名をケリオン君が、広域指名手配犯のレーゼフェアに拉致されました。彼女はどうやらリンドヴルムと繋がってるようです。そして、ケリオン君の正体も判明しました。その・・・」
セレスは一度区切り、すずかの方を見た。すずかやみんなはケリオンを人間の男の子だと信じて疑わなかった。俺とてそうだ。だからそのショックは大きいだろう。俺はさらに、彼があのアールヴヘイムに存在した転移門だと知ったこと、そしてリンドヴルムがアールヴヘイムに渡っていた事実に大ショックだった。
(だが、この情報は俺に希望をくれた。すずか達みんなには悪いが、な)
「それは私から話すわ」
俺の知るシャルロッテが小さく挙手。今のイリスの人格はシャルロッテのモノだ。俺がアールヴヘイム云々の説明をするより、当時の生き証人というシャルロッテからの説明の方が誤魔化す手間が省けるというもの。
「ケリオンの正体は、転移門と呼ばれる神器の一種が人の姿に変身したモノね」
『そんなことがあるのですか!?』
「ええ。存在年数が長く、その間意思疎通の出来る生命と居続ければ、って、生前に聞いたことがある。実際に見たのは初めてね。で、転移門って具体的に何?って顔してる子たちが居るからついでに説明しとく。
すでに察してる子も居るだろうけど、その名の通り世界間を転移するための装置の事ね。生前の私の時代、トランスポーターとか転移魔法なんて上等なモノは無かった。だから神様たちが設置した転移門を使って私たち魔術師は世界を渡って・・・戦争をしてた。
まぁ、それはさて置いて。現代にさほど現存してないはずの神器がどうしてこれほどまでに出現したか。それについても関係してくるから話すね。どうやらリンドヴルムは、神器が普通に存在している世界から奪ってきたみたいなの」
シャルロッテが説明を始める。大戦と呼ばれた過去の大戦争、ラグナロクという破滅、そこから再生された次元世界(説明が面倒なのか同盟や連合、単一次元などは伏せた)、そして大戦後、歴史と神器を継承した世界と、継承しなかった世界があって、ミッドチルダは後者と説明。
「神器を継承した世界もあるみたいなのね。ケリオンは、その世界の内の1つに存在してた転移門ね」
「その世界って・・・」
「アールヴヘイム。射撃や砲撃といった遠距離系魔術が最も優れてるとされた光の世界で、そして最も神属の住まう天界に近い世界とも言われてた。何故リンドヴルムがラグナロクによってこちらの次元と隔たれたはずの次元に存在するアールヴヘイムに行けたのかは不明だけれど、問題はそこじゃないから横に置いといて、・・・ケリオンはこっちの次元の世界と別次元のールヴヘイムを繋げる門だから・・・」
「その世界に行けば、ケリオン君を助けられる・・・!」
すずかの表情がパッと明るくなる。“ケリオンローフェティタ”の今後の処遇は色々と考えたいが、今はとにかくリンドヴルムがアールヴヘイムへ向かうことを阻止しなければ。アールヴヘイムからまた別の世界に次元航行船を使って移動、そしてまた神器を強奪してくるかもしれない。それだけは何としても止めなければ・・・
「おそらくその世界がリンドヴルムの本拠地なんだろう。フィレス二尉。以前回収した神器の中に、黄金の腕輪が在ったと思います。今、近くにありますか・・・?」
人化できる神器である“ブリギッド・スミス”シリーズは天使属が扱う神造兵装の1つだ。人化できるだけのスペックは有している。フィレスの表情が曇り、『それが・・・、その腕輪だけが見つからなくて・・・。今朝確認した時は在ったのに』申し訳なさそうにそう言った。ん?っと、小首を傾げる俺とシャルロッテ。ドラゴンハートの神器強奪は阻止したと言っていたよな。それならどうして・・・
「ドラゴンハートに奪われたんじゃないの・・・?」
『騎士シャルロッテ、それはあり得ません。連中は海上で全滅させましたから、誰1人として隊舎への侵入を許していません』
モニター越しに映し出されたその光景に俺とシャルロッテを除く全員が絶句した。海だったんだろうが、そこは氷河と変わり果てていた。水平線の果てまで広がる氷河の上には大小・高低様々な氷山が乱立していた。氷山の中にはドラゴンハートのメンバーらしい人間が閉じ込められてもいる。さすがヨツンヘイム皇族の直系。完璧に“デュック・グラス”を使いこなしている。
「えっと、じゃあ誰かが持ち出したとか・・・?」
『それこそあり得ません。神器を格納していた部屋には課長と分隊長4人の五重の生体認証が必要なので。クラックされた記録も無いですし、盗むのも不可能なはずです・・・』
となれば、「フィレス二尉。その部屋、内側からのロックはどうなんですか?」考えられるのは2つだ。1つは、レーゼフェアが影渡りを使って誰にも気付かれずに進入して奪って行ったか。そして、もう1つは・・・
『それは・・・可能ね。待って。まさかあなた、うちの隊員たちを疑って・・・!』
若干険しい顔をしたフィレスに「違います。そうではなく・・・。ブリギッド・スミスが自ら出て行ったのか、と」そう答える。フィレスを含めたはやて達が、どういうこと?と訊いてきたため、「人化できる神器が、ソレなんだ」って答えた。
それが2つ目の可能性。“ブリギッド・スミス”が目覚め、リンドヴルム襲撃時の攻撃で隊舎が半壊した際に混乱に紛れて逃げだしたんだろう。あまり良くない状況だな。これから連中の本拠地に乗り込もうっていう時に居ないなど。回収した神器と一緒に・・・
(アールヴヘイムへ帰ろうというのに・・・)
そう思っただけで鼻の奥がつんっとなった。まずい。泣きそうだ。たとえアースガルドでなくても、“界律の守護神テスタメント”のままで、同盟世界へ行けるなんて思いもしなかった。2万年・・・永かった。あまりにも永い道のりだった。だが・・・ようやく帰る術を手に入れた。
「その情報はどこで手に入れたのよ、ルシル」
「シュヴァリエルだ。クラナガンの悪夢の際に一課がブリギッド・スミスを回収したことで、奴は1ヵ月と本拠地で警戒に当たっていたらしい」
「ルシル君、その情報って信じられるん?」
「どうだろうな。だが、今となってはどうでもいい事だよ」
はやての質問にそう答えた俺は、小首を傾げるみんなの間にあるテーブル上に1枚のモニターを展開。表示されているのは次元世界の座標。そしてある世界の座標横に1つの光点があり、そこからまた別の世界の座標へと光点が移って行き・・・止まった。
『これは・・・?』
「シュヴァリエルに発信器・・・のような魔術を仕掛けておきました。奴の居所はモニターに映っている通りです」
みんなが絶句する中、俺は小さくほくそ笑んだ。してやったりだ、シュヴァリエル、ざまぁみろ、と。そんな俺に気付いたのか「そういうわけだったのね」とシャルロッテが呆れ気味に笑った。彼女は俺の独り言を聴いていたようだしな。俺は「まあな」って微笑み返し。
『この座標・・・。現在、局では認知してないものな気が・・・。少し待って』
別モニターのフィレスが何やら調べものを始めて、『やっぱり。この座標は局でまだ認知していない、新たな次元世界・・・!』そう言った。リンドヴルムの本拠地がこれまで管理局に発見されなかった理由がそれだった。管理局の調査範囲に届いていなかった。だが、とうとうその尻尾を掴んでやった。そう思ったんだが・・・
『これは厄介な・・・』
フィレスが苦い顔をしたため「厄介って、どういう・・・?」すずかが率先して訊いた。返ってきたのは、「発見されたばかりの世界への渡航は、次元航行部の上層部の許可が要るのよ」という、手続きにどれだけ時間が掛かるか判らないような答えだった。通夜みたいな沈痛な重さが部屋に充満した。
『とは言え、下手をすれば次元世界の存続が危ぶまれるような事態になりかねない本件だから、なんとか手続きを簡略してもらうように頼み込んでみる。少し時間をちょうだい』
そうしてフィレスとの通信が切れる。静寂に包まれる室内の中、「私も一旦オチるね。イリス、交代」シャルロッテがそう言って目を瞑り、トサッとソファに座った。そして「状況はあんまり良くないんだね」シャルの人格へと戻った。
「ケリオン君・・・。早く助けに行かないといけないのに・・・」
「すずかちゃん・・・」
泣き始めるすずかにはやて達が歩み寄って慰める。俺はみんなに「少し席を外すよ」一言断りを入れてから退室。いつ呼ばれても良いようにするためか、シャルの家に使えている双子メイドのルーツィアとルーツィエが廊下で待機していて、部屋から出てきた俺に「ルシル君、どうしたの?」と、子供相手にする優しいお姉さん口調で声を掛けてきた。
「(落ち着いて通信したいしな・・・。なら)お手洗いへ行こうかと」
「ルーツィエ。案内してあげて」
「あいあい! ルシル君、こちらですよ~♪」
断りを入れる前に妹のルーツィエに手を引っ張られ始めてしまった。しょうがなく手を引かれるままに絨毯の敷かれた廊下を2人で歩く。そんな中、彼女が「イリスをお願いね、ルシル君」ポツリとそう呟いたのが聞こえた。声量の低さからして独り言だったのかどうか判らないため、「もちろんです」俺も呟き程度に返したんだが・・・
「よしっ! 言質取った! 数年後には君もフライハイト家の一員か~。私やルーツィアにとっては義弟になるんだね~」
「なんですと!?」
予想外の返しだった。普通、今回の一件でシャルが無茶をしないように、という解釈するだろう。それだというのにルーツィエは将来についての話をしていやがった。さすがに「今の引っかけは卑怯すぎる!」敬語を忘れて素で反論。
「イリスは優良物件でしょ? 可愛いし、強いし、実家はお金持ちだし、権力もあるし、私たち美人なメイドも付いてくるし。ああ見えても将来の夫候補はかなり居るんだぞ~?」
シャルには幸せになってほしい。前世や“テスタメント”時代の彼女を知っているから、“堕天使エグリゴリ”を救いたいという思いと同等近くにそう願っている。とは言っても、俺が幸せにしてやりたいと思っているわけじゃない。
「今の言質は無効です。これから何があろうとシラを切りますから!」
トイレに着いたことで俺はルーツィエの手から逃れ扉を開ける。そして後ろ手で扉を閉めようという時、「それでも私は、君とイリスが結ばれるように、って願い続けるよ」ルーツィエの懇願めいた声が聞こえた。
「(それでも俺は・・・)っと、そんなことより・・・」
トイレの個室に入って便器の蓋に座り、ある人物へ向けて通信を繋げる。呼び出しコールが少し続いた後、モニターに件の人物の顔が表示された。俺からの突然の通信であっても無表情は変わらず・・・
『はい、リアンシェルト少将です。・・・・どういったご用件でしょうか、ルシリオン・セインテスト特別捜査官』
淡々と俺の通信に応じた。
・―・―・―・―・―・
ロストロギアを専門に蒐集する組織リンドヴルムの本拠地である天空城レンアオム。様々なデザインの城や塔が建つ浮遊するその島は、拠点である無人世界の朝焼けに染まる空を悠々と進んでいた。
レンアオムの中央にそびえ立つ本城の1階廊下。そこを歩くのは3人。“エグリゴリ”のトップ3の1機であり、リンドヴルムの蒐集実行部隊の総隊長である、シュヴァリエル・ヘルヴォル。ヴァルキュリア。同じく“エグリゴリ”の1機であるレーゼフェア・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリア。そして、拉致されたケリオンだ。
「本当に、僕があなた達の言うことを聴けば、すずか達を傷つけないんだな・・・?」
「もちろんだとも。先ほどはハート2が半ば暴走してあの子供らを傷つけてしまったが、次は無い。たとえ攻撃されようとも傷つけずに無力化する。まぁ、あの子供らがここレンアオムに来ることが出来れば、の話だが」
ケリオンが大人しく連れ去られた理由は、すずか達が殺されてしまうかもしれないという不安に付け込まれたレーゼフェアからの取引によるものだった。すずか達の安全と引き換えに転移門としての力をリンドヴルムの為に使うこと、という取引。
ケリオンは記憶を取り戻しながらも失っていた時間の記憶も残っていた。ゆえにすずかへの恋心も健在だった。神器である自分と人間であるすずか。報われない恋だとしても、好きになった女の子、共に過ごした友達の為、ケリオンは自分を犠牲にすることを選んだ。
「でもさ、ここには来られないでしょ。この世界って、管理局の調査の手が伸びてない宙域らしいし」
「ああ。だからボスはここ何十年、連中に逮捕されなかったんだからな」
シュヴァリエルが天井を仰ぎ見た。リンドヴルムの首領であるミスター・リンドヴルムが居るのは本城の上階らしい。視線を元の廊下の先へと戻したシュヴァリエルはレーゼフェアとケリオンを伴って歩みを再開し、そしてとある扉の前で足を止めた。
「この部屋に、ローフェティタが居る」
転移門ケリオンローフェティタは現在、2つの部位に分けられている。1つは門自体であるケリオン。そしてもう1つは、門の開閉や座標設定を行う錠のローフェティタ。リンドヴルムのアールヴヘイム侵攻の際、リンドヴルムをアールヴヘイムに閉じ込め、大蛇ヨルムンガンドに始末させようと企てて人化した“ケリオンローフェティタ”。その結果は、残念ながら失敗に終わってしまい、今こうしてリンドヴルムに利用されようとしていた。
「入るぞ、アイリ」
ノックもせず扉を開けたシュヴァリエル。部屋の中から「ちょっ、淑女の部屋に入る時はノック――・・・ああもう!」怒鳴り声が聞こえてきた。部屋の中には、オーディンと騙っていた頃のルシリオンが融合騎としていた少女、アイリ・セインテストが居た。真っ白な長髪に水色のツリ目、服装はワンピース。本来は30cmほどの身長だが、今は130cmほどの姿――ヴァクストゥーム・フォルムになっている。
「アイリだけじゃなくて、今はローフェティタも居るんだけどね!」
さらにもう1人、黒のセミロングヘアに銀の瞳、着替え途中なのか太腿丈のキャミソールという下着姿の少女が居た。その少女こそがローフェティタだ。シュヴァリエルは「そうだったな。すまかった」と、大人しく謝罪すると、アイリが「アイリと態度違い過ぎだよね」プクッと頬を膨らまた。
「別に構わない。裸を見られようがどうせこの体はどうせ作り物。恥じるようなものはないし。で、何の用? ケリオンを連れて来てくれたの?」
「正しく。お前のお望み通りにな」
シュヴァリエルにそう言われ、ローフェティタの無感情だった表情がガラリと変わった。少女らしい可愛い笑顔だ。シュヴァリエルに背中を押されて部屋に入って来たケリオンを見た途端に「やっと逢えた♪」ローフェティタがケリオンに抱きついた。
「さぁ、全て揃った。さぁ、アールヴヘイムへの道を・・・開け」
「すぐには無理。この下位次元とアールヴヘイムを含めた高位次元を繋ぐにはそれなりの準備が要る。1ヵ月以上ケリオンと離れていたし、調整も必要だし」
ガクッと肩を落とすシュヴァリエル。そんな彼の様子を見ていたレーゼフェアが「はい、残念♪」ケラケラ笑い声を上げ、「ザマァだね♪」日頃シュヴァリエルに馬鹿にされているアイリも笑い声を上げた。
「まぁいい。それで、門を開けるまでどれだけ掛かるんだ?」
「門を開けるのならすぐにでも。だけど、次元を繋げるには最速で7時間くらいは要るかもね。そんなに時間を掛けないと繋げないわけ、下位次元と高位次元はね。ラグナロク後、界律が時間を掛けて神秘の残滓が根強い世界と、弱い世界を隔て、高位次元と下位次元という、また新しい次元の壁を創った。今となってはその2つの壁に穴を開けられるのは私とケリオンくらいね」
「7時間・・・。部隊編成などに費やせばあっという間か。いいだろう。7時間後に迎えに来る。レーゼフェア、ご苦労だったな。もう帰っていいぞ」
「はーい。また何かあったら呼んでよ。じゃあね」
――影渡り――
レーゼフェアは自身の影の中へと敬礼しながら沈んで行った。シュヴァリエルは踵を返して扉を開け、「アイリ。お前は時間まで2人の世話役だ。いいな?」と、アイリに命令を下して部屋から去って行った。
「べー、だ!」
アイリは、そんなシュヴァリエルの背中にあっかんベーをし続けていた。
――アールヴヘイム再侵攻まで、残り7時間――
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