異界の王女と人狼の騎士
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第四十三話
「次は誰だ? 」
俺はゆっくりと蛭町たちのいる方向へ歩いていく。
「うひゃっ」
ガキ二人が大あわてで外への逃げ道を求めて走り出す。
こちらは慌てる出もなく一瞬で奴らの前に立ちはだかる。
二人と俺の間には数メートルの距離があったから、奴らはどうして俺が目の前に現れたか分からなかったはず。……いや現れたことすら認識できなかった。
俺は二人に足払いをかけた。
全速力で逃走しようとしているところに不意打ちで足払いを受けたらどうなるか? 二人は悲鳴を上げるまもなく転倒する。想定すらしていないハプニングのため、受け身などとることさえできず、まともにコンクリートの床に顔面からたたきつけられる。
鈍い音と何かがつぶれるような音がした。
しばらくして事態がやっと把握できた二人のガキが絶叫ともいえる悲鳴を上げた。
「うぎゃー痛いよう。ぎゃーん」
子供のような声で泣き出す。まだ声変わりもしていないのか?
俺は一歩脚を奴らに踏み出す。
「ひえ~! 助けてくれー!! 前歯が折れてるよぅ。鼻血がとまんねーよ。お願いです、助けてください」
「俺たち、先輩に脅されてついてきただけなんす。許してください。なんでこんな酷い目に遭わないといけないの」
「俺たちまだ小学生なんすよ。だからなんもわからないっす。こどもなんでなんもわかんない」
「うええん。前歯が折れてる、何本も。しゃれなんねえ。保険きかねえ」
ピーピー甲高い声で泣きわめく。眼をうるうるさせて哀れみを誘う。よく見たら、ほんとまだまだ子供だ。
つぶれた鼻から盛大に血を流し、歯が折れてスカスカになった口を変な形にしながら懇願する。
「ふっ……駄目だね。ガキだからって許してやらない。お前らだってそんな風に謝る奴を許してやったりしないだろ」
と、にっこりとほほえんであげる。
「く、くそったれ」
泣きそうなか弱そうな声が一気に凶暴なものへと変化する。しかしそれはすでに捨て鉢な行動でしかなかった。
ナイフを手にし、飛び上がるような勢いで同時に飛びかかって来る。
しかし、その速度は、俺にとってはあまりに緩やかすぎる。突き出すナイフを交わし、すれ違いざま二人の片耳を掌で叩いてやる。
ぽん! といい音がした。
二人はきりもみをしながら床へと倒れ込む。
再び悲鳴が響き、彼らは叩かれた耳を押さえ転がり回る。
「いてーよぅ。救急車呼んでくれよう」
「くそー。耳が聞こえねえ。くそうくそう」
耳を押さえた掌から血が流れ落ちていく。泣きそうなそれでいて憎しみと怒りの眼で睨んでくる。
俺はそっと二人に近づくと、一人づつ腹部を蹴り上げた。
「ぎゃん」
犬みたいな悲鳴を上げて、二人は悶絶した。念のため、2回ほど同様のケリを二人にお見舞いする。うめき声さえ出なかった。
「しかし、……まったくロクな大人になんないな、こいつら。どうせ親もロクでもない連中なんだろうな。そうは思わないか、……蛭町」
独りごちたあと、最後に残った蛭町を睨み付けた。
「フフフ、まったく、お前ほど懲りない奴はいないんじゃないのか? あれほど痛めつけてやったっていうのにまだ刃向かうっていうんだから。……まあ、それはそれで褒めてやってもいいとは思うけどね。お前がそれほどの気骨ある奴だって知らなかったよ。ある意味賞賛に値するんじゃないか」
軽く笑みを浮かべて、ゆっくりと蛭町へと歩いていく。
「とはいっても絶対に許してやらないけど、ね」
まともな神経をしていたらもう顔面蒼白、失禁、脱糞、悶絶ものの状態なのに、平然とした顔でこちらを見ている。
体を壁に預け、腕組みして薄ら笑いさえ浮かべている。
「ははは。許してもらえないと困ってしまうな。こいつらのやったことは軽い冗談なんだから。笑って許してやれば良かったんだよ、月人。それなのに馬鹿力でぶっ飛ばすから、こいつらまじ死んじゃうんじゃねえの? お前殺人までやっちゃったのか? まあどうでもいいけど」
まるで事態を飲み込めていないような台詞。
こいつ、恐怖でおかしくなったんじゃないか? とさえ思ってしまう。
「もうお前1人だけだぜ。どうする? 謝るか? それとも俺にぶっ飛ばされるか? 」
「どっちもいやだね。お前にぶっ飛ばされるのはもうごめんだし、それ以上にお前に謝るなんてあり得ないよ。人の女を横取りしたくせに、その女を見殺しにするようなくそったれなんかに謝るなんてね。ははっ」
最後の笑い方は、ミッキー○ウスの笑い声の物まねだった。
瞬間で臨界突破した。
俺は蛭町の顔のすぐそばの壁を思い切り殴った。激しい破壊音とともに、拳が手首の辺りまで壁にめり込み、壁材や埃が舞う。
「全く……乱暴だな、お前は。巨大な力を得たら直ぐに誰かに使いたくなるんだろうな。……まったくのガキだな」
瞬き一つせずに俺を直視してくる蛭町。その顔には現在の置かれた状況からはありえない余裕が浮かんでいる。
何がいったいどうしたっていうのか? 俺は拳を壁から引き抜きながら考えた。力の差は圧倒的なはず。それは奴も認識している。いや認識させてやった。なのに何を根拠にこれほどまでに余裕を持って構えていられるんだ?
この前の時は、泣いて助けを請うていた奴とは思えないほどの変貌ぶりに、少し圧倒される気がした。
圧倒? ……何に? 何か脅威があるのか? どうみたって何の変化もないごく普通の人間のナリをしているじゃないか。ボコボコにしたときの蛭町と何ら変わりない。……なのに何か違和感を感じるんだ。
これはどういうことだ??
「そいつは寄生根だからよ」
いつの間にか側に王女が立っていた。俺の思考に反応したんだ。
「この建物に入った時から何か変な感覚があった。すごく嫌な感じがしてたのよ。それが何だったかよく分からなかったけど、やっと気づいたわ。何のことはない、……寄生根が二人目の宿主を手に入れて、発芽しただけよ。……まったくしぶといモノね」
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