異界の王女と人狼の騎士
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第四十二話
あーあ。
なんかめんどくさくなってきた。さっさとこいつらをやっつけようっと。
俺は一歩前に踏み出した。踏み出したといっても逃げるのではなく、逆に奴らの方へなんだけど。
一瞬驚きの表情を見せた不良達。しかしすぐに持ち直した。
「先に死にたいのか? 」
そういって一人が俺の前に立ちはだかる。
「……カウントダウンはもういらないよ。めんどくさいだけだし。お前らをぶちのめして、さっさと帰るよ」
そういって眼帯を外した。
視界が一気にクリアになり、今まで見えていなかったものまで把握できるようになる。
「死ねやっ」
かけ声と同時に背後から男の脇をすり抜けて、本当に眼にもとまらない速さで日本刀の刃先が俺の方へと突き出されてきた。
その速度は並の素人ではない、尋常ならざる突きだ。しかも前に立ちふさがった男に遮られた死角からの不意打ち、そして辺りはそれほど明るくない状態での攻撃だ。二人の見事な連携。確実に俺の腹部に刃先が刺さったと確信しただろう。
……でも残念。
俺は左手でしっかりとその刀身を握りしめていたんだ。眼にもとまらぬ剣撃ではあるけど、俺にとっては止まっているのと何ら代わりないし。簡単だ。
「な、なんだと」
前に立った男は驚愕の表情を浮かべた。
必殺の不意打ちを防がれた事、そして日本刀の刃を手で掴んでいる事の二つに驚いたようだ。
「くそったれ」
男の後ろからうなり声が聞こた。日本刀を突き出した男が掴んだ刀を引き抜こうとしている。思いっきり引けば俺の指は日本刀に刀身でザックリと切られ、痛みで離すと思ったんだろう。
でも離れない。1ミリすら動かない。万力で挟まれたかのようにビクともしないんだな。掴んだ手の中で日本刀がぐにゃりと潰れる感触。
「なんとかしろ! 」
怒号に反応し、俺の前に立ちはだかっていた男が不意に俺の右肩を掴むと、手に持ったハンマーで俺の脳天を狙い、渾身の力で振り下ろしてきたんだ。
まさに万力のような馬鹿力で俺の肩が鷲づかみにされている。真上からはハンマーが降りてくる。ほとんど動けないや。避けるには日本刀を放して交わさなければまずい。
しかし、日本刀を放せばすぐさま、あいつは必殺の突きを再び繰り出してくるだろう。逃げなければハンマーで頭を割られて脳症をぶちまくし、逃げれば日本刀で串刺しだ。
まさに絶体絶命!
俺はとっさに日本刀を掴んだ左手を引き寄せる。
予想以上の力に刀を掴んだ男がこちらに引っ張り出される。左腕を引く力を利用して、右腕を俺の肩を掴んだ男の脇腹へと打ち込む。
パンチはそれほどの力では無かったけど、その衝撃でハンマーの軌道が逸れて引っ張り出された男が攻撃エリアに入り込んでいく。
それが分かったのだろう。日本刀男は悲鳴を上げて刀から手を離して逃げようとするが、勢いがついているので避けられない。
ハンマーを振り下ろす男は味方にハンマーが当たるのを防ごうと俺から手を離し、その腕で振り下ろす右腕を止めようとする。
ぶちん。
ゴン。
かろうじて左腕で軌道を逸らしたハンマーは床にたたきつけられ、火花を散らした。
その前に妙な、何かが切れるような音がしたけど。
「ほっほう。やるじゃないか」
俺はなんとかハンマーで味方の頭をたたきつぶすのを回避した男に向かって賞賛の言葉を唱えてあげた。仲間を守ろうという意識はあるんだな、こいつらでも。
「ち、ちくしょう。痛ぇ……痛えよぅ」
無理をしたのか、ハンマー男の右腕はだらりと垂れたままだ。どうやら関節でも外れたのかな? さっきの変な音はそれか?
日本刀を奪われた男はハンマー男を引っ張って背後に避難させる。そして腰に隠していたナイフを取りだした。
殺意満々のぎらついた眼で俺を睨む。
「糞う、なんだ、その眼は。カラーコンタクトを片方だけ入れて格好いいって思ってるのか? 馬鹿じゃね? 粋がってるんじゃねえよ」
そう言った男の声が尻すぼみに小さくなる。「な、な、眼が光っていやがる……。お前何なんだ? 」
え、そうなんだ。俺の目って光るんだ。
それほど明るくないこの地下室では、その光もはっきりと見えてしまうんだろう。
男の声は震えている。
「さあね。お前らには教えてやんないよ。どうせ教えてやったところで、理解なんてできないしね」
そう言うと日本刀を床に突き刺した。刀は30センチくらいは床にめり込んだ。
こんな連中相手に武器有りじゃあハンデがありすぎるからね。
「くそ、思ったよりこいつやばいぜ。一斉にやるぞ」
ナイフ男が怒鳴る。
リーダー格の長身が背後に回るのを感じた。
中学生くらいの二人は部屋の奥でのんびりと観戦を決め込んだようだ。 蛭町も二人の隣で壁にもたれ、偉そうに腕組みをしている。
「おい、お前らも来いやぁ」
とハンマー男(今は右腕を負傷中)ががなり立てる。
「大丈夫でしょ? 先輩達ならあんなの、俺たちが行かなくったって、楽勝でやれるっしょ」
ニタニタと気持ち悪い笑いを二人の中学生がする。二人とも歯並びが異常に悪く、薄汚く汚れている。妙に隙間がある感じで、嫌悪感を感じてしまう。
「やれやれだな、まったくお前らは性欲だけ一人前で他は全然役にたたねえな~。立つのはあれだけかよ」
あきれたようにリーダーらしき男も笑う。釣られるように他の奴ら、必殺の突きを俺に止められた奴と右腕を痛めたハンマー男も吹き出す。
なんだかんだ言いながらもあのガキ2名は、連中の中では可愛がられているようだ。少々生意気な口を聞くのも仲間にとっては好ましいものと感じ取れるらしいんだろうか。
笑う事で奴らの中で何かが変わったようだ。
冷静な狂気を取り戻したように感じられる。
「俺たち、よにん。こいつは、ひっとり。まるごしまるごし」
と、突然、なにやら呪文めいた言葉を履き始める。
「yoyoyo」
リズムを取り足踏みしながら、各々が手にした武器を体の前で揺らせ始める。
「ころっせ。ころっせ。太もも突き刺せ! つっきさせ」
「目つぶし、目つぶし、右目をえぐり出せ」
「ケツノアナから串刺し串刺し」
「やきとりやきとり。塩味大好き大好き」
奇妙なリズムに合わせた不思議な踊り……。
俺の周りをグルグル回り出す。
どうやら幻惑することにより、攻撃の確率を上げるように思われる。……くだらない。
ふいにリズムと踊りが激しくなる。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
目の前で立ち止まったリーダー格の男がニヤリと笑いながら、それほど早くないスピードで釘バットで俺を凪いできた。
ほぼ同時に四方から撃が始まったのを感じた。それも一斉に。
緩急をつけた多方面同時攻撃ってやつだ。巧いこと回避スペースを潰しているのがわかる。思った以上に連携されている。こいつら何度も実戦でシミュレートし、精度を上げていってるのがわかる。
相手が普通の人間だったら、少々武術の心得があったって、ほぼ間違いなく血だるまにされているだろう。
こんなくだらないことに能力を発揮せずに他のもっと役立つことをしろという思いが頭をよぎる。
残念ながら俺は人間という尺度で測れるレベルじゃないんだな。……よって彼らが編み出した攻撃もまったくの無意味。
俺は全ての攻撃の軌道を確認し、体をかがめたり反らしたりしながら、全てを回避した。すべてがハッキリと見える。あまりにも。
連中は攻撃が当たる前提で振り切ってきている。かわされたために空振り状態になり、大きく体勢を崩した。それぞれの顔に驚愕の表情が浮かんでいる。
俺は素早く体を捻りながら飛び上がり、右脚で凪ぐ。体は空中で駒のように回転する。
足先に衝撃が連続する。足が俺を取り囲んだ連中の体に激突した衝撃だ。
……旋風脚。
格闘ゲームの中でしか再現不可能な技だ。
4人の男は、はじき飛ばされるように四方にふっ飛ばされ、悲鳴を上げ激しく転びながら壁や障害物に衝突し転がっていく。
車にはねられたようなもんだから、恐らくは立ち上がることなどできないだろう。
あちこちで呻きと悲鳴と鳴き声と泣き声が起こっている。
ほんの一瞬前までの威勢は遥か彼方まで吹き飛ばされたはずだ。
情けない。
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