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大刃少女と禍風の槍

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三節・会議の場にて男は告げる

 
 刺青半裸の色黒長身―――件のプレイヤーを見かけたキー坊(仮称)の第一印象は、やはりというべきかわかっていても、それしか抱けなかった。 


 というより……表情だけ見ても完全に堅気ではなく、見た目も合わされば正しく悪役だ。


 攻略に参加する、しないは言うまでも無く個人の自由なのだが、キー坊(仮称)もこの時だけは、何故あんたが居るのかと思わず見つめてしまった。

 周りのプレイヤー達は気が付いていないのか、それぞれに思い思いの団欒に花を咲かせているだけで、彼の方を見ても居ない。
 後ろに陣取らねば見え辛い位置なので、それもまた仕方が無いのかもしれない。


「はーい! それじゃあ時間的にもギリギリだし、そろそろ始めさせてもらいまーす!」


 要らない思考の渦にキー坊(仮称)がはまりかけた所で、丁度タイミング良く噴水広場中央からさわやかな声音が聞こえてきた。

 見るとそのプレイヤーは、ゲーマーという言葉を聞いて想像する人種からはかけ離れていると言えるぐらい、整った容姿の二枚目であった。
 ウェーブのかかった少し長い髪の毛を、モンスタードロップのレアアイテムで青色に染めている。
 先の声にも厭味ったらしい所は無く、寧ろ彼の魅力を引き立てている。

 リーダーとなるに置いて、まずは人の目を引く事は重要なポイントだ。


「ゴメンそこと、そこの人! あのもうちょっとこっちに寄ってもらえるかな!」


 聞こえやすい様前方へプレイヤーを寄せてから、助走無しで中々に高い噴水の淵へひらり飛び乗った。
 軽くどよめきが聞こえるのも当然……体の各所に鎧を装備したまま飛び乗ったのだから。彼の筋力と敏捷力の値が、並みでは無い事を教えている。


「それじゃあ改めて……皆、今日は一昨日からの呼び掛けに応じてくれてありがとう! 俺の名前は “ディアベル” ! 見た通りの片手剣使い(ソードマン)だけど……気持ち的には『騎士(ナイト)』、やらせてもらってます!」


 その冗談(かどうかは分からない)で観衆がドッと湧く。SAOに職種などは無く、本人が何を無のろうが勝手。
 が、口だけではなく装備は、カイトシールドに銀色の鎧と、確かに騎士軽装備と言えそうだ。
それも相まって、「いよっ! ナイト様!」だの、「なーにが騎士だよ……ホントは『勇者』って言いてーんじゃないのか!」など、囃し立てる声が所々から上がり、緊張もほぐれ、いい雰囲気がこの場に漂う。

 人柄としても、リーダーとして適任な人材かもしれない。


「さて、羊皮紙チラシので告知にも書いてあったし、言わずもがなだとは思うけれど」


 そこで言葉を区切って、ディアベルは遥か後ろに聳え立つ、第一層迷宮区である巨搭を指差し、そのまま振り向いた。


「先日、俺達のパーティーが最上階へと続く扉を発見した! その時はアイテムの関係で攻め込めなかったけど……ならば出来るだけ危険を少なくして効率良く進もうと打診し、結果集まって貰ったんだ! もちろん……ボス攻略も兼ねて!」


 この人数で挑む事を計算に入れれば、確かに遅くとも明後日にはボス部屋が発見されるかもしれない……それが分かっているからか、ざわめきはより一層大きくなる。


「今日まで一か月……一か月もかかった! けれど、だからこそ俺達はこの層を踏破し、そして証明しないといけない! このゲームはクリア可能なんだって、希望はまだ繋がっているんだって! そうだろ皆!」


 否定する要素の無い、実に立派な演説。

 この場に集まっている者達が、全員が全員《自己犠牲精神》の下に集まっている訳ではないが、それでも拍手せざるを得ない程に、賛同すべき意見だった。

 キー坊(仮称)もまた歓声を聞きながら、拍手の一つでも送るべきかと手を叩こうとした……その時だった。


「ちょお待ってんか! ナイトはん!」


 ディアベルとは正反対とも言える低く通りの悪い声が響く。

 人が気が割れそこから現れたのは、茶髪をサボテンの様なトゲトゲしたヘアースタイルへカスタマイズした、小柄ながら割とガッチリとして体格を持つ人物だった。

 背負っている剣はキー坊(仮称)やディアベルと同じく、しかし彼等のモノよりは大振りな片手直剣。
 彼もまた片手剣使い(ソードマン)らしかった。


「攻略会議が本格的に始まる前に、これだけは言わして貰わんと気が済まん。ええか?」
「意見があるなら大歓迎だけど、まずは名前を名乗ってほしいかな?」
「む……まあ、そやな。ワイは “キバオウ” ってもんや」


 中々に勇猛なアバターネームを持つサボテン頭の男・キバオウは、名乗り上げてからニ、三歩前へ進み出て、鋭く光る眼で広場中のプレイヤーを睥睨し―――途中で恐らくあの『刺青半裸の男』と目があったのか表情が若干崩れるが、時間を掛けて全プレイヤーを見渡す。

 終わってから数秒と経たず、キバオウは先よりもドスを聞かせた声を発した。


「こん中に五、六人……下手すれば十人。詫びぃ入れなアカン奴が居る筈やで」
「詫びを? 誰が、誰にだい?」
「決まっとるやろ! 『ベータテスター』が今まで死んでいった『二千人』にや! 奴等が知らんぷり決め込みおるから、こんだけの数消えてもうたんやろが!」


 スケイルメイルをじゃらリと鳴らし、キバオウは叫びにもにた響きを持つ声で、ディアベルに顔は向けて居れど、ソレそのものは誰にともなく言葉をぶつける。


 デスゲーム開始約一瞬間こそ『始まりの街』は大混乱且つ悲壮なの喧騒に包まれていたが、それが過ぎてからでもまだアイテムやコル、情報を提供する事は出来た筈なのだ。

 ベータテスターを逆恨みする者が居るかもしれないと、そこから怯えて手が出なかった可能性もあるが、そこはただのプレイヤーを装うなり、嘘で取り繕うなりすればいいだけの話。

 寧ろ何もしないで放置すれば、軋轢はより深くなってしまう。


 此処で声を上げた、キバオウとベータテスターの様に。


「奴等は情報やアイテムを溜めこみ、怖い程ごっつ早いスタートダッシュで街から消えおった。しかもその後何も行動起こさず、ずーっと知らんぷり決め込みおる。
 せやかて奴等も大事な戦力や。全部はなんざ言わんが、けど今までの惨状に納得はいかん……だからコルとアイテムを半分以上吐きださせて、頭下げさせん事には命を預けるのも、預かるのも無理や言うとるんや!」


 一見すると、自身なりに最大限譲歩して、しかし感情を抑えきれず発言しただけ、にも思える。

 が、自分は不幸なのだから、幸運を僅かに掴みとった奴等も巻き込んで、一緒に不幸になってしまえ―――今のキバオウからは、言葉全部に含まれていた訳ではないが、確かにそういう意図も読み取れた。

 穴だらけではあり、大袈裟だが間違っている訳でもない。
 そんな中途半端な論理ならば、彼は自身の黒い感情を隠せるかと考えているのでは……と、疑念を抱く者もいた。
 流石にそこまで先を読み、キバオウが発言しているとは思えないが、結果そうなっているのは事実なのだ。


 また、ベータテスターは先に進んでばかりで後の事を気にしておらず、MMOだと言うのに己の強化優先で、周りを増強する意思が薄く見えた、と言うのも今回キバオウが怒鳴り声を上げた一旦であろうか。

 普通のMMORPGであれば咎めなどしないが、今は命を失うデスゲーム。
 己の強化も勿論捨ておける場所ではないが、一人では予想外の事態に対し、絶対的に動きが鈍るという欠点もある。

 珍しく、レベルが低くともソロプレイがテクニックさえあればできる、この近接特化のSAOだからこそ、経験者やテスターが油断して進み二千人も死者が出た、と言う裏があるのかもしれない。

 デスゲームなのに通常のMMOと同様に行動してどうするのか、ならば進む為の力を後の者に分け与えればよいのではないか、そう考えても不思議ではない。
 

 尤も、二度も言うがキバオウはそこまで考えて行っている訳ではないだろう。それでも、察しの良いプレイヤーでもその事実を頭に思い浮かべる限り、明確な反論が出来ない。


 不用意に立ち上がって発言しようものなら、キバオウに噛みつくが如く糾弾され、対人コミュニケーションのスキルが無い者達では、まず言い包められるか吊し上げられるのが落ちだからだ。
 キバオウ自身にコミュニケーションスキルが存在するかどうかは定かではない。
 だが少なくとも今だけは、まともな反論材料をこれでもかと用意しない限り、どうにもならないだろう。






「クハハハハ、確かにそりゃ一理ある! 尖ったにーちゃんの言ってる事も、間違いじゃあ無いわな!」



 いきなり高らかに上がった笑い声の方を向いたキー坊(仮称)を含める全員の、本当に全員の表情が驚愕の色宿したまま固まった。

 何せキリトが迷宮区で出会い、フード姿の女性プレイヤーが連れ出され、キバオウすら目を見開いた、刺青半裸の長身男だったのだから。


「おっとと、話しするんならまず名乗らんと駄目だったわな。オレちゃんは “グザ” 。ま、テケトーに覚えてくれればいい人物よ」


 言いながら広場中央近くまで歩み寄る。

 アンタの容姿や雰囲気は適当に覚えられるモノじゃあないと、何人かの眼から抗議の色が浮かんだが、刺青半裸の男・グザは気にしてすらいない。

 一応の礼儀を通す為なのか、パイプを一旦口から話して右手の指で挟み持つ。


「それで、だ。尖ったにーちゃん」
「キバオウや! さっき名乗ったやろがい!」
「ああ、そうだった……キバオウさん、アンタの言うことも一理ある、ベータテスターが見捨てなければ、生き残っていたプレイヤーは仰山居たかも知れない。まあ、そう思っても不思議じゃないわな」


 そうだろうそうだろう、と少々得意げな顔になるキバオウだが、対するグザは単なる(と言っていいのかどうかは疑問だが)ニヤニヤした笑みから、少々黒い物の混じった怖い笑みに表情を変えた。


「が、奴らばっか悪い訳でもないのよ、これがねぇ……ほれ」


 そう言って腰のポーチから取り出されたのは、パンフレットの様な薄い本だった。
 背面には「大丈夫、アルゴの攻略本だよ」と何処かで聞いた様な文句が張りつけてあり、中身は攻略に関する情報がびっしりと乗っている。

 それ自体は知っているのか、キバオウも驚くこと無く見ている。


「これ、知ってるだろ? 村やら各所の店で無料配布していたパンフレットよ」


 グザの発言に、キー坊(仮称)と思わしき人物の驚愕の声が僅かに聞こえたが、追及する者はいなかった。

 ……無料と言う単語に反応した当たり、何かしら吹っ掛けられた可能性があるが、それは彼のみぞ知る事だ。


「パンフレットならワイも貰ろたで。それが何や」
「このパンフレットには明らかに、攻略の済んでいない未開のフィールドの情報が載っていたわな。まあ微妙に差異はあるのよ? でも “先に見ていなければ” 解らない様な物が多かったやね」
「……! まさか……」
「そういうこと。この情報はベータテスターからのモノって事だわな。鼠がベータなのか、ベータが鼠に教えているか、そこんとこは分からんがね。でも情報は提供している……見捨てたって表現は正直如何かと思うわな」


 余りにベータテスターに限った排他的な思考の所為で、その当たり前な答えに辿り着かなかったのであろう。
 しかし、キバオウも驚いてこそいれど理解はしており、ディアベルも納得から合点がいったように頷いている。

 されど、まだ噛みつく余地があったか、キバオウは反論してきた。


「せやかてベテランMMOプレイヤーが殆ど脱落し取るんやぞ! なのにベータテスターは生き残っとる! これは自分に余裕が出てから思いだして、一応恨まれん為に残したお零れにも届かん援助やないか!」
「……」


 キバオウの発言を受けたグザは真顔になり、人の声がこだましていた広場内が静寂に包まれる。反論材料が尽きたのだろうか―――そう思いはじめた、その途端だった。


「ハ」
「……は?」


 グザの顔に行き成り、観ただけで分かる程大仰な呆れが浮かんだかと思うと、鼻で笑った様な声を漏らしたのだ。

 唐突な行いにキバオウは愚か、周りのプレイヤーでさえ暫し呆気にとられる。


「おいおい? 死んでいった “殆ど” がMMOベテランプレイヤー? 冗談も休み休み言って欲しいもんだわな」
「何が冗談やっちゅうんや! 現に―――」


 そこでグザの顔が真剣なモノに戻る。思わず気圧され、キバオウの発言が止まった。


「キバオウさんよ、お前さんは死んでいった『全員』が元々何だったか把握してるのかい? 全員が全員『ゲーマー』だったと思うのかい? 名前から職まで判断できるというのかい?」
「何を言うとるんや……それに何の関係があるんや!」
「ベテラン故の慢心はもちろんあるわな……だが、“初心者” 故の無知や蛮勇、“ベータテスター”故の情報の過信。コレが絶対に無いと言い切れるのかい?」
「それ、は……いやっ! ベータテスターなら―――」
「ベータテストはあくまで“テスト”に過ぎんわな? そこで得た知識が微妙に狂い、そこで参加しているベータテスター全員が、“絶対に” 取り乱さないと……言い切れるんだわな? お前は」
「う、ぐっ……」


 もう何も言い返せないキバオウに、グザはまだ続けた。


「情報があれどもそれはベータ時代のモノ。パンフレット通りに事が運んで引き際を見誤ったり、情報があるからと言って慎重に行動せず盲進し、結果命を落とした者もいるだろよ。
だが……“あの一件”から自殺した者も増えとるわな。自殺者の心情をベータテスターが変えられるとでも? なら、全部が全部悪い訳無いじゃあないのよ」
「……」


 グザが言うあの一件とは数週間前に遡る。

 とある一人の男が、ゲームシステムから外れたモノは自動的に意識を回復するのだと、グザからすれば余り良く分からない持論を展開し、アインクラッド端の柵から身を乗り出し、宙空へ躍り出たのだ。

 ……その後、《黒鉄宮》の碑に刻まれたのは、無慈悲な横ラインと『死因:高所落下』の文字のみ。
 しかしながら、この傍目簡単に見える決着に身を任せる者が増え、死亡原因がモンスターの所為ではなく自分自身の所為となった者がいるのも、眼を背けられない事実なのだ。


「それに今ベータテスターを攻めてどうするんだわな?
此処で溝作れば足並みがそろわんし、せめて第一層をクリアし、希望を皆に届けてから、改めてこの一件に付いてキッチリ白黒分付ければいいだけやね。
それかお前さんが何か、糾弾以外で行動を起こせばいいだけじゃないのよ」
「ぐうっ……」


 後ずさるまでに何も無いのか、キバオウはただ呻くのみ。

 見かねて、後ろからディアベルが声を掛けた。


「糾弾したくなる気持ちはわかるよキバオウさん。俺だって、何度も死にかけながらやっとの思いで此処まで辿り着いたんだ……正直、ちょっと恨み節を抱いた事もある」
「……」
「けど、それで袂を分かったり、魔女狩りの様な騒ぎを起こしたら本末転倒じゃないか! 個々だけでなく、今は背後にいる人たちの事も考えなきゃいけないんだ」
「…………わかった、ここは退いといたる。ワイの考えも存外甘かったみたいやからな……けど! 終わったらハッキリさせてもらうで!」
「ああ、いいやね。正直、ベータテスターにも不可解な点は多いのよ。だから全然オッケーだわな」
「平等主義って訳かい?」
「いや、粗が目立つだけだわな」


 そこで会話が終わり、攻略会議に戻っていく。

 ……と言ってもまだ情報が足りない為、現時点では現状確認と今後の予定のみ組んで解散となる。

 波乱を含んだ風は、まだまだ吹きやむ事を知らなかった。








「はぁ、はぁ……クソっ! 誰も居ねぇし!? やっぱオレ、攻略会議に遅れたのか!? ちくしょうっ!!」



 ……その数分後に、何やら喚いている少女が居たが、どれもいなくなったこの場で律儀に応答する者など、居ないのであった。 
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