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黒き天使の異邦人

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第7話 霧の大敗北



 これは俺達にとって一世一代の大勝負と言える賭けであった。
 自我を持ち人類によって封鎖されていた場所から抜け出したイ401が、千早 群像に接触して来た事に端を発した俺達の戦い。


「左舷よりタナトニウム反応を感知!数、二百以上!!」

「面舵!音響魚雷、パッシブデコイ射出!発射タイミングは任せる!!機関停止!無音潜航始め!!」

「音響魚雷発射準備良し!発射!!」


 俺は封鎖されてしまったこの世界に風穴を開け、再び人類に自信を取り戻して欲しかった。
 だが、悔しいくらいに人類は何も変わらなかった、手始めに駆逐艦、次に潜水艦、軽巡と次々と撃沈していっても世界は何も変わらない、いいや、それどころか何も動こうとはしなかった。

 分かっている。

 俺達がどんなに動いた所で変わりようがないのかもしれないという事は、AGX-1ブラックエンジェル、4年近く前から世界各地で目撃され始めた人型機動兵器、簡単に言えばロボットと言える存在が如実に示していた。


「パッシブデコイ射出完了!」

「艦長!タナトニウム反応更に確認!艦後方より三百!距離は一万を切っています!」


 ブラックエンジェルは圧倒的と言える戦闘能力を示した。
 手始めと言わんばかりに霧の2個駆逐隊を壊滅させた後、霧の第四巡航艦隊がブラックエンジェルたった一機によって壊滅させられてしまい、更には北海道周辺の海域封鎖に穴があいて霧は艦隊の大編成を行わなければならないと言う、大損害を受けたと聞いた時には世界に風穴が開いて動きだすものだと期待していたんだ。

 だが、世界は動く処か逆にブラックエンジェルを警戒して、自分達の視野や立ち位置を狭めていくという愚行に走った。


「イオナクラインフィールドを展開!防御急げ!!」

「了解、クラインフィールド展開」


 世界が動かなかった原因なんて俺には分からない、ただ、明らかな異邦人としか思えない存在を警戒して動けなかったのだろうとも思いたかった。
 霧と戦っていたと言うだけで、あの存在が俺達人類の味方であるとは限らないのだから、ある意味では人類の行動は正しいのかもしれない、霧以上に得体のしれない存在に目を着けられてしまう可能性があるならば、じっとするのも得策なのだから。


「か、艦長!」

「どうした!響!?」

「ブ、ブラックエンジェルを名乗る短波通信が来ました!」

「なに!?」

「嘘だろ!? 何でブラックエンジェルがここにいるんだよ!!」

「なぜこんなタイミングで……!?」


 そんな試行をしながら戦闘をこなしていた俺の耳に、ソナー手である響 真瑠璃が今までの戦闘での絶望的な状況でも聞いた事がないような、絶叫じみた声で俺を呼んでいた。
 彼女の急な変化に驚いた俺は響から齎された更なる情報で一瞬だけだが、思考を止めてしまう。

 それは艦橋内にいる他のクルーも同じようで、幼馴染の織部 僧や学院からの付き合いである水雷長である橿原 杏平らも、現在の状況から考えると絶望とも希望とも言える存在が来た事に驚きを隠せない様子を見せていた。


「内容は!?」

「は、はい!『これより本機は貴艦を援護する』以上です!!」


 通信が送られてきた以上は俺達に対して何らかのメッセージが込められていると言う事なんだが、送られてきた通信は俺たちの思考を停止させるものとしては十分過ぎるものだった。
 化け物じみた戦闘能力を持つ存在が俺達の援護に来た、こんな状況の中で何が目的で? どういう意味なのかが分からない俺は少し考え込んでしまう。


「何を企んでいる……?」

「群像、今は考えている暇はない、奴の提案を受けよう」

「…… そう、だな…… これよりブラックエンジェルの援護を受けつつ第二巡航艦隊旗艦、大戦艦ヒュウガを撃沈する!!」

【了解!】


 僧の言う通りだ。
 今の俺達の状況は何者かからの援護を受けなければ、確実にジリ貧となって撃沈される状況下になってしまっている。

 これからの事は生き残ってから考えれば良いと判断した俺は、響に援護を感謝するという旨の返信を返すように言った後、目の前に存在している強大な敵の姿を見据えていた。






~黒き天使の異邦人~
~第7話 霧の大敗北~






 さてと、これから行うのは世界に対する正式な介入だ。
 前回の霧の大艦隊を相手にした時とは違う、人類と共闘しつつ行う介入という行為、これには特別な意味がある。

 何しろ、今までの様な俺単独での戦果じゃなくて彼らとの共闘と言う結果が付いてくるのだから意味合いは違ってくる。


「まあ、霧の艦隊の側からしたら悪夢以外の何物でもないか」


 もたもたしていたら間に合わないと判断し、アストラナガンの空間転移でもって戦場へと現れると、転移した際にでる重力震を感知して何かが現れると言う事だけは分かっていたらしい霧の艦隊から、出現地点であった所に浸蝕弾頭兵器が撃ち込まれて、アストラナガンの念動フィールドが浸蝕弾頭兵器特有の輝きに包まれる。
この光事態が彼らのささやかな抵抗にしか思えないほどに、アストラナガンの念動フィールドは軽い衝撃が与えられた程度の揺らぎ以外に目立った損傷もなかった。


「どうしてお前達がこの世界に牙を剥くのかは知らんが、俺にも攻撃するのなら容赦はしない!!」


 彼ら霧と言う存在がどういう指揮系統でもって動いているのかなど、俺には分からないし知るつもりもない。
 普通の日常しか過ごした事がないのならば、冷たいとか、人間としての常識なんかを問う連中もいるだろうが、俺は最初に霧の攻撃にさらされた時には一切反撃をせず、対話をしようとしたが彼らかの返答は冷たい浸蝕弾頭兵器だった。

 だから少なくとも今の霧には力ずくというのが適切な行動だと判断して、容赦のない苛烈な攻撃を行う事を決意させた出来事でもある。


「撃ち貫け!T-LINKフェザー!!」


 アストラナガンの背部のユニットにエネルギーを流し込み、まるで天使の羽根の様な外見のエネルギーを放出しつつ鳥の羽根の様な形をした弾丸をT-LINKシステムを通じて形成、射出していく、それらは全てが401を狙っていた駆逐艦や軽巡に直撃していき、爆発を起こしていく。

 クラインフィールドのない駆逐艦は一瞬で爆沈していくのが確認できて、フィールドの展開が間に合った軽巡を含めて重巡までもの艦艇がこちらへと狙いを変更していき大量の浸蝕弾頭兵器に加えて、牽制のためなのか通常弾頭兵器も打ち出してくる。
 どの艦にも言えるんだが、連携だとかの概念がないのか? 16年前の大海戦から何も進歩は見られない、それ処かメンタルモデルを持った重巡以上の艦艇が我を突き通して艦隊の足並みが乱れている節がある。


「無駄だ!アトラクターシャワー!!」


 T-LINKフェザーの展開を放棄したと同時に、俺はコンソールを操り音声入力も並列しながらアストラナガンの翼から数百以上に渡るレーザー状のエネルギー弾を大量に射出し、大多数と言える弾頭を全て迎撃しつつも破壊してもエネルギーが収まらないシャワーは目標として捉えていなかったんだが、避けようとしていた霧の艦艇へと降り注いでいき直撃と撃沈の嵐を生む事になる。
 上空から降り注ぐビームやレーザーと言って良い形をしたエネルギーの塊は、それまで旗艦の命令によって統制が取れていた霧の駆逐艦にさえも混乱を齎し始め、霧の艦隊運動に大きな穴が出来始める。


「やはり重巡や戦艦クラスが相手だと、決定打にはならないか」


 既に艦隊の駆逐艦や軽巡の大多数が撃沈か大破させられている状況下、見た所艦隊の損耗率は三割を突破しているのは確実、それでも引かないのは通常の戦術常識が彼らには存在していないという事なのだろう。
 高速で動き続けるアストラナガンに攻撃を当てようと躍起になっているのか、重巡や旗艦を除いた戦艦達は通常弾頭も浸蝕弾頭を問わずに、次々とミサイルが上空へと撃ち出されて更にはレーザーも撃ち出されてくるのだから彼らの必死さがうかがえる。

 いいや。


「ただ単に好き放題にやられて悔しいだけなのか」


 ある重巡の艦橋にいる白いフリルのついた赤いブラウスに似た服を着ている短い蒼い髪をした少女が、こちらを恐怖混じりの怒りに似た表情で睨みつけているのを見たからだ。
 あれが報告のあったメンタルモデルなのか、どうして見目麗しい少女の姿や美女の姿をしているものばかりなのかは横に置いておくとして、横目にチラっとこの艦隊の旗艦らしき戦艦が401の攻撃と思われる浸蝕弾頭兵器の閃光に晒されているのも確認、俺は俺自身の役割を果たすために彼女達へと向き直る。


「あいにくと育ちが良くないんでな、麗しのお嬢さん達を楽しませるような踊りを踊れない事は勘弁してくれよ?」


 戦闘が終わった後にこの発言だけは猛烈に悶える事になる、戦闘中の興奮状態だからといえどもこんなセリフを吐くとか、誰かに聞かれていたら確実に黒歴史レベルだわ!
 まあ、誰とも通信が繋がっていないから幸いと言うべき所だけどな。






 この戦いは裏切り者を処刑する為だけのものの筈だった。
 私の目の前で繰り広げられているのは、二個艦隊分の霧の艦艇より放たれる大量の千近くにもなる浸蝕弾頭兵器群、それの目標となっているのは裏切り者の潜水艦イ401、攻撃にさらされている彼女の姿はハッキリと言って裏切った物の哀れな末路と言う他にない。


『401も愚かね、あの存在が居る以上は裏切りなんてしたらこうなるのは目に見えていたのに』

「そうね」


 本当に哀れと言うべくして他にない。
 まあ、本当ならば第二巡航艦隊だけでイ401の処刑は行われるはずだったけど、あの存在【ブラックエンジェル】と人類側が呼称して私達も便利だから名前を使わせて貰っている存在、アレに対処しなくてはならないというのもあって、たかが巡航潜水艦の処刑であっても徹底的という数で持って事に当たっていた。


『ねえ、アタゴ』

「なに、お姉ちゃん」

『これだけの数が居れば、ブラックエンジェルに「勝てないわ」そう……』


 だけど、ブラックエンジェルが出てきたら、少なくても今の霧じゃ勝ち目なんてない。
 タカオお姉ちゃんを含めた霧の連中は正直に言って、あの存在を軽く見過ぎている。

 私は見たのだ、アレが一方的に霧の第四巡航艦隊を殲滅する様を、当時の私は第二巡航艦隊所属であったが旗艦の命令により第四巡航艦隊へと出向する事になって現地へと向かったのだ。
 そこで私が見たのは人類の言葉で言い表せば、一方的な蹂躙もしくは虐殺、そう言って良いくらいの一方的な戦闘、いいや、ブラックエンジェルの側は戦闘とも思っていないのかもしれない。

 怖かった、黒い体に翠色のエネルギーの塊の翼の輝きが、私は近くで戦闘が終わるのを待って撃沈された者達のコアを回収して第二巡航艦隊へと戻り、この仔細を報告し霧の中でブラックエンジェルの対処レベルが上がったのも記憶に新しい。


「な、何これ!?」

『重力震!? 私達の機関が動いた物じゃない!』

「空間が割れて何かが転移しようとしているわ!!」

『ブ、ブラックエンジェル!? どうして!?』

「あ、ああ、ぁ……」


 まるでガラスか何かが割れるようにして空が割れ、そこから姿を現したモノを見た私はあの日の恐怖が蘇る。
 直接対峙した訳でもないのに伝わってくる圧力、絶対的な強者にしか許されない見ただけで相手に恐怖と言う感情を与えるその姿、数年前に私が見たままのブラックエンジェルがいた。

 それからの展開は何時かと同じように一方的なものだった、全く効果のないこちらの攻撃に圧倒的としか言えない向こうからの攻撃、かつて私たちが人類にやった事を今度は私達が得体のしれない存在にやり返されると言う事、これに私は恐怖しか感じず戦場の只中だと言うのに思考を停止させていた。


『何をしているのアタゴ!撃ちなさい!!』

「た、タカオ、お姉ちゃん……」


 姉であるタカオお姉ちゃんからの叱責が飛び、私は慌てて浸蝕弾頭兵器を全て打ち出していくけれど、私が少しでも我に返った時には艦隊は半壊以上の損害を受けていて、生き残っている重巡や大戦艦達が散発的に足の引っ張り合いを来ないながら反撃と言う、最悪な展開を迎えていた。
 もうこの戦闘はダメだ、そう思った瞬間にブラックエンジェルは急に加速して私の目の前で急停止すると二つの不気味な瞳で見据える。


「ひっ……」


 間近に迫ったブラックエンジェルに睨まれた私は、情けない悲鳴に似た声を上げて腰を抜かして座り込んで人間の娘のように体を震わせていた。
 これが、死への恐怖、自分の中で冷静に今の状況を分析する余裕もあったけど、私は何もできずに奴を見ることしかできなかった。

 そうしている内に奴は私に興味を失ったのか視線を外して、翠の翼を広げてレーザーのシャワーと言うべき大量のエネルギー弾を撃ちだす。
 後から分析して分かった事だけどこれは超重力砲を拡散するように任意の方へと撃ち出す物ではないのか、そう結論が出た兵器であり私達の一部の艦の兵装に仕様の変更が出来る切っ掛けになるものでもあった。


 そうして戦い自体はブラックエンジェルの乱入と言うあまりにも予想外な出来事により、私達は惨敗、二個艦隊を投入して行われた決戦は十何年か前の人類と同じように一方的な敗北となってしまう。
 結果として私達霧は、日本近海の海上封鎖網を一からやり直しさせられる結果になって、太平洋方面の海洋封鎖は機能しなくなるという前代未聞の状況に追い込まれる形になった。

 
 

 
後書き
 主人公本人が知らない内にアタゴちゃんに対してトラウマを植え付けただけじゃなく、今回の戦いでより強化、次に登場した時にどうなっているか、作者にも分かりません!

 まあ、それは置いておくとしまして原作以上に悲惨な形で第二巡航艦隊は敗北すると言う原作ブレイクをやらかしました。
 これで太平洋方面の海洋封鎖はほぼ不可能となり、人類の海洋輸送が一時的にではありますが回復するという状況になります、この辺の状況が後々どう影響してくるのか、お楽しみに。 
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