トワノクウ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
トワノクウ
深夜 ふた心/せかいがおわる日
前書き
彼 に 贈る 言葉 は
不忍池の事件から半年が過ぎた。
朽葉は箪笥から、ていねいに包んだ手巾を解き、眼帯を出した。
人も妖も結局は変わっていない。
妖は縄張りに人が踏み込めば容赦なく牙を剥くし、人は国の躍進と己の便利を追及して妖を狩り立てる。
どこにでもあった風景は、どこにでもあるまま、今日もどこかでくり広げられている。
朽葉のもとにも妖祓いの依頼は舞い込み続けている。
天座が率先して妖を山野に隠れさせ、妖をおとぎ話の中の存在にする計画が結実するには、まだまだ歳月を経ねばならない。おそらく朽葉が生きている内にそうなる日は来るまい。
あの日の流星群を、覚えている。
砕けたがしゃどくろの欠片は星の雨となって、天に地に、そして諸人諸妖に降り注いだ。
呪いだと言う者もあれば、神の祝福だと言う者もいた。
そんな無粋な議論も、あの日に消えた神様の優しい計らいによって、消えていきつつあるけれど。
(あとはお前がこの世に産まれて来るまで、どれくらいかということくらいか)
朽葉には分かっていた。
彼女が愛した少年が滅んでなどいないと。彼と再び見える日が必ず来ると。
あの騒動の混乱の最中で、梵天が密かに告げた。くうの体に鴇時の心を移植したと。これで鴇時はあまつきの輪廻に加わり、いずれこの世のどこかに新しく、あまつきの住人として産まれる、と。
(六年も待たされて、さらに待たされるのは業腹だが。ああ、それでも、待っていてあげる。この世でただ一人、私だけが。それが私の、お前への想いの形)
眼帯を指で撫で、胸に押し当てる。
「鴇――――…」
そして、ずっと言いたかったことばを、贈る。
***
篠ノ女空は高校二年生になった。
どこにでもある、ありふれた高校の朝の教室に、くうは気分も新たに踏み入った。
「おっはよーございまーす」
くうはさっそく親友にあいさつした。
「オハヨ。遅かったわね」
「ニューリリースのフルダイブオンセやってたらセーブポイントに辿り着けなくて。実はオートセーブだって気づくまでやり込んじゃいました」
「まあいいんじゃない。今日どうせ始業式だけだし。実力テスト明日だし」
「わーん! 忘れていたかった現実を思い出させないでー!」
薫と騒ぐ内に他の楽研メンバーの、菜月野、根岸、夕日坂も登校してきた。
「はよっす、長渕に篠ノ女」
「おはようございます、菜月ちゃん」
「くうは朝から元気ですね」
「夕日坂、こういうのはうるさいっていうのよ」
「うわー、薫ちゃんも朝からいつもどおりだ」
「どういう意味よ根岸」
「まあまあ」
くうの周りは一気に騒がしくなった。
くうはこの騒がしさが好きだ。大好きな人たちに囲まれた、何の変哲もない青春の一ページ。
そして最後に。
「おっはよー。あれ、みんないる。僕が最後かあ」
「おはようございます、潤君」
「はよ、中原」
「ん、おはよ。いやー、篠ノ女さんに勧められたオンセやってたら夜更かししちゃって」
「あんたもか! てか二人揃って何? ネトゲでパーティ組んでんの? リアルもバーチャルもいつでも一緒ってか」
「そ、そんなんじゃないって」
「ですです! そんな仲じゃないですっ」
チャイムが鳴った。
どうせすぐ教師が来ることもなかろうと、くうたちは歓談に興じていたが、意外と早く教室のドアが開いた。
「席に着いてください」
静かで抑揚のない、くうにとってなじみがありすぎる声。
くうはバッと前を向き、入ってきた教師を目撃した。
ホームルーム終了後、くうは担任の周りに誰もいなくなったのを見計らって彼に声をかけた。
「鴇先生っ」
鴇時はくうを見たが、その表情は全く変わらなかった。
鴇時は感情の起伏が極端に少ない。高校時代の事故の後遺症としての情緒欠落だと、父母からは聞いている。
「こんにちは、くうちゃん」
情感の伴わない声のあいさつ。これもいつも通り。
「もうっ。聞いてませんよ、うちの学校に赴任してくるなんて。鴇先生、いじわるです」
「篠ノ女にはちゃんと言ったよ?」
鴇時は首を傾げた。
「さてはお父さんですね。新学期早々、娘をたばかるなんて許せませんっ」
くうは紺がたまに娘をからかうことを知っていた。だから今回も、鴇時の異動先を追及しなかったのだ。まったく、ひどい父親だ。
「まあ、帰ったらお父さんをとっちめるので、よしとしましょう。今はそれより大事なことがありますから」
くうは鴇時を上目遣いに見上げ、仲間たちに見せるのとはまた異なる親愛の笑顔で、告げた。
「おかえりなさい」
贈られることばに、六合鴇時は、笑顔を返した。
Now Lording…
後書き
これにてあまつき捏造子世代二次連載「トワノクウ」編を終了とさせていただきます。
お読みくださった皆様。本当にありがとうございました。
実はこれ、三部作で、もっと長くなる予定でした。
ですが、本誌の展開や第二部がオリジナル要素が濃すぎるなどの点を考慮して、やめました。
最後が「Now Loading」なのは、誰かの夢ではない本当の「あまつき」という一世界が始まったからという、ささやかなメッセージです。
とりあえず、くう編がこれで終わりなのは間違いありませんので。
ではまた。続きが書く気が起きれば、生温かく見守って頂きたい所存です。
ページ上へ戻る