異界の王女と人狼の騎士
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第九話
しかし、それ以上どうすることも、考えることもできない自分がそこにいるだけなんだ。
今は落ち込んでいる場合じゃない。
そう自分に言い聞かせ、俺は立ち上がった。
必ず仇は討つから……。
強く念じ、俺は二つのぬいぐるみを握りしめた。そうすることで寧々の想いを自分の力に変えられそうな気がしたからだ。
まだあのバケモノは生きている。奴を倒さない限り、終わることはないんだ。まだ悲しみに沈んでいるわけにはいかない。……悲しみが癒されることはないだろうけど。
俺は立ち上がった。そして辺りを見回す。
愚かにもそこで初めて気づいた。
そこが如月流星と戦った1階の教室であることに。
「まじかよ……」
「どうかしたの? 」
少女もつられて立ち上がる。
「ここはあの教室じゃないか。こんなところで俺はずっと転がっていたのか? 」
「ああ、笑えるくらいバカ面で死んだように寝ていたわよ」
俺は恐慌状態だ。
ここでかなり派手に俺たちは戦った。爆発も起こり、教室中の窓ガラスが吹き飛んでいる。かなり大きな音が立ったんじゃないのか。
……異変を感じた誰かが来てもおかしくない。
「こんなところにいたらマズイじゃないか。誰かに見つかってやっかいなことになるだろ」
俺は少女を責めるような口調になる。
「お前、何を無茶な事を言ってるの。わたしにお前を担いでどこかに避難しろっていうのか? 」
怒った様な口調になる。なんか小学生に怒られている自分に混乱が生じてしまう。
でも彼女の言うことはもっともだ。女の子でしかもおちびちゃんに俺を担いでどこか人目につかない場所まで連れて行けというのは酷だろうな。
俺はすぐに謝った。
「ごめんね。そりゃ君が言うことが正しいよ。でも長居は無用だな。幸いなことに、あんなに派手に暴れたのに、どういうわけか人に気づかれなかった奇跡に感謝しても、さっさと離れた方が良い」
「安心しなさい。誰もここでの騒ぎは知らないから」
「そんなことあるわけないじゃん」
「また説明させられるのか……もう。まあ知らない奴に言ってもわからないでしょうけど、ここを中心に結界が張られていたのよ。施術者を中心にして一定のエリアを外界から遮断し、邪魔の入らないようにする事象。それを施すのは狩りをするものの掟。これにより、この中で何が起ころうとも、どんな巨獣が暴れても、外の人間にはわからないし、知ることもできない。変化などは見えない。仮に何かの異変に気づいたとしてもこの中に入ってこようと思っても入ってこられない。……つまり、結界が構成され、世界から隔離される。そして全てが終わった後は施術者によって綻びは修正され、誰も気づくことがないのよ」
「……それって封絶みたいなものかな」
俺はあるアニメを思い出した。
「言ってる言葉はわからないけど、お前が考えているような【もの】であることに間違いはないわ」
なるほど。それで携帯がつながらなくなったのか。
「でも、今は奴が逃走しちゃったから、結界は解けているわ。破壊した世界を修復することなく逃げたから、やがて誰かに発見されて騒ぎになるでしょうね。いまだに誰も来ないのは夜であることと、ここが普段人が近づかない廃校舎だからよ」
「じゃあさっさと逃げないといけないわけだ」
「そういうことね」
俺たちは校舎から逃げることにした。
寧々をこの校舎に置いていかなければならないのが本当に忍びない。でも彼女の遺体を持ってどこへ行けばいいっていうんだ。
安全が確保できたら、救急車を呼ぼう。
時間は深夜0時50分……。
当たり前だけど、校舎には誰もいない。
全校舎のセキュリティシステムがオンになっている時間だ。
学校中に設置されたセンサーが稼働しているから不用意な侵入には警報をもって答えてくれるはずだ。
あちこちに設置されたカメラは24時間稼働中だ。こんな時間に金髪の女の子を連れて歩いている高校生は明らかに異常だな。おまけに俺の今の格好は人にはあまり見せられない。ズボンは右脚の付け根から下は無い。右脚は剥き出しなんだ。上だって学生服の下は如月に引きちぎられたせいで裸だ。ボタンは全部あの時に脱落しているからボタンを留めて誤魔化すこともできない。裸の上に学ランを羽織り、右脚は太ももから下を露出。顔や体は大量の血を浴びて汚れている。このままウロウロしてたら完全に不審者でアウトだな。
ま、そうはいってもセキュリティシステムは侵入者に対して向けられているから、外からの侵入者には厳しいが、中から出る人間に対しては隙が多い。監視カメラのエリアに入らないように逃げ切ればなんとか大丈夫だろう。
校舎の外に出ると、
「俺の後をついてきてくれ」
そう言うと少女を手を掴んだ。
廃校舎を出るとすぐに雑木林の中に入り込み、木々の中を歩いていく。
木々の合間から月が辺りを照らしている。月明かりがあるとはいっても、林の中まではほとんど届かないから、少女にとっては歩きづらいに違いない。
「足下に気をつけろよ」
「そんなのわかってるわよ」
そう言ったそばから、木の根っこに躓いて転びそうになる。
「だから言っただろ」
「うるさいわね。……そもそも、お前」
そう言いながら、彼女は立ち止まる。
俺は彼女を見る。
「どうした? 」
「お前はわたしの下僕になると約束した。いくら頭の悪そうなお前でもそれくらいは覚えているわね? 」
「……頭が悪そうに見えるかもしれないけど、それほど悪くないよってまずは否定しておくけど。うん、君との約束は覚えている」
「下僕ってどういうことかわかってる? 」
「召使いとか使用人? ……だったかな」
「わかってるわね。じゃあ、お前は改めなきゃならないことが何点かあるでしょう」
俺は意味がわからないといった表情をしてみせる。
「まず……」
と少女は俺が答えないのに業を煮やしたのかしゃべり出す。
「言葉遣いがご主人様に対するしゃべり方じゃないわ。態度も同じでとてもご主人様に対する態度ではない。失礼でしょう」
「う、うん……。じゃあどうすればいいんだよ。そもそも俺は君の名前も知らないんだから」
「お前に名前は教える必要もないし、そもそも下僕がわたしの名を知る必要もない。わたしのことは姫と呼びなさい。そして、まず、偉そうにタメ口で喋るな」
俺はまじまじと少女を見る。
ううーん。この子は頭が大丈夫なんだろうか。自分のことを姫だなんて……。如月の触手に吹っ飛ばされたときに頭を強く打ちすぎたんだろうか? だとしたら可哀相に……。
まあ確かにこの子は謎の力を持っているし、命を助けてもらったから感謝してるのは間違いない。それに、俺はちっちゃい子の扱いになれてないし、どうやったらいいかわからん。
とりあえずこの子のいうことを聞いてあげようかな。それでギャーギャー喚かなくなるんならまあ良いとしようか。おちびちゃんのご機嫌を損ねるわけにはいかないな。
フッ、大人の対応だね。
「わかりました、姫さ……」
言葉の途中で股間に衝撃が走った。
見ると少女の右脚が俺の股間にめり込んでいた。
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