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異界の王女と人狼の騎士

作者:のべら
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第八話

 静かな夜だな……。
 いつもは都会の喧噪が消えることのない街に住んでいるのに、今日はどうしたんだろう?

 俺はまどろみながら考える。 
 俺の部屋は1Kで決して広くはない。玄関を入るとすぐ左が狭いキッチン。右はユニットバス。数歩もあるかないうちに六畳のリビングだ。
 学生用マンションだから狭い。おまけに廊下を歩く音や話し声が良く聞こえてくる。

 それにしても、今は何時なんだろう……。
 もう夜中なんだろうか。腹減ったな。学校終わってからなんも喰ってないからな。
 俺、なにしてたんだろ?

 ———。

 不意に目の前で映像が蘇る。

 俺は寧々とキスした。

 そして、どうしてだか、転校生の如月流星が現れた。

 あいつのケツから触手が生えてきて、寧々がレイプされ殺された。

 俺は寧々を護ることができなかった。いや、護ろうとすることさえできなかったんだ。
 足を引きちぎられ、手を潰され、腹を引き裂かれ、内蔵を引きずり出された。眼もえぐり出されてしまっただけ。
 そして、失意の中、死にかけている俺の前に、黒衣の金髪の少女が現れた。

 ああ、これって夢だ。
 ……いや夢じゃない。
 如月には逃げられた。奴は、奴じゃないモノなんだけど、……生きている。
 あのバケモノは生きているんだ。

 追いかけないと!!
 
「起きたの……」
 声が聞こえた方をみる。
 そこで、やっと現実に戻ったことに気づいた……。

 やっぱり、夢だ。

 俺は窓際の床に横たえられ、側にあの金髪の少女がちょこんと座っている。

 柔らかい月明かりに照らされた室内は薄暗いはずなのに、電灯が点いているかのように良く見渡せる。
「俺はどうなったんだ……」

「ただの燃料切れか何かだと思うわ。沢山の血液を失ってるのに、一切の補給無しにあんなに激しく動いたら、ああなるのは当然ね。……ただでさえ、お前は自分の傷や組織の再生に大量のエネルギーを消費していたんだから」

 確かにそうだ。
 あの時の俺は致死レベルまでの大量出血だ。それを彼女の血を分けてもらったことで、このシステムは全く解らないけど、どういうわけか再生できた。でも、失った血を補給した訳じゃないもんな。

 俺は手を持ち上げてみる。特に違和感なく動かせる。……思い切って起き上がってみる。
 特に目眩も何も起こらない。

「体力が回復したのか? でも俺は何も食べてないし、点滴もなし。輸血なんてのもしてないはずだけど」

 不思議そうな顔をする俺に、少女は呟くように言った。
「わたしが血をお前にあげたからだ……」

「でも俺は気を失っていて……」

「最初にお前に血を分け与えようにしたのよ。……まったく世話が焼ける」

 ああそうか。口移しで血をくれたんだ。

「ごめん。世話をかけるね」

「まったく、……ありがたく思うがいい。あれは、わたしのファーストキスなんだから」

 その言葉に俺は一瞬、動揺した。まあそりゃそうだ。目の前にいる少女は見た目は大人びていて綺麗だし、言葉使いは偉そうで上から目線だけど、小学校の4,5年生くらいにしか見えないもんな。
 ファーストキスなんて言われたら何か意識してしまう。俺はペドフィリアじゃない。

「うん。それはごめんって言えばいいのかな? 」

「別にお礼とか謝罪とかを言われることじゃないわ……」
 何故か怒ったように言う。

 ヤレヤレ。

 俺は辺りを見渡す。さっきまで戦っていた教室であることがわかる。窓ガラスが派手に割れ、夜気が入り込んできて少し寒い。

「あの時の教室の中なんだな、ここは」
 誰へとも無く呟く。あれだけの騒ぎを起こして、よく誰も来なかったモンだ。

「仕方ないでしょう? わたしにお前を担いで安全な場所まで連れて行けっていうの? 」

「いやいや、そんなつもりで言ったんじゃないよ。こんなに派手にやったら誰かが見に来てもおかしくないからね。しかし、そんな場所でこんな時間まで……えっと何時だったかな」

 今の時間が気になり、俺はポケットから携帯電話を取り出す。
 取り出すとストラップに2つの人形が揺れている。たしかこいつらは如月と戦って爆発したはずじゃあ?

「治してみたの。うまく元通りになってるかしら」

「わざわざ治してくれたのか? ……でもどうして」

「そのぬいぐるみは、お前にとっては大事なものなんでしょう? それに、よくは解らないけど、その人形には相当に強い想いがこもっているから」
 めんどくさそうに彼女は呟いた。

「確かにこれはもらい物で結構気に入ってたんだけど、想いがこもっているってどうして?」

「わたしは物に命を与えて【式鬼】として操る事ができる。物を運ばせたり、誰かを監視させたり、何かと戦わせたりと単純なことなら一通り命令できる。だけどあの戦いの中、あいつらではあのバケモノを斃せないと判断し自爆したのを覚えているか」

「もちろん。あれは君を護るため、一か八かの賭けにでたように見えたんだけど」

 少女は、首を横に振る。

「わたしは自爆など命令していない。あいつらは自らの意志でそれを決断したのよ。そもそも式鬼に爆発する能力なんて無い」

「どうしてそんなことを? 」

「それがその人形の送り主の想いの強さだってこと。あいつらは勝ち目がないとわかった。それでもお前を護りたい。護らなければならないと思ったんでしょう。……だから自爆することを選択をしたのよ」

 あの時、少女を見て微笑んだんじゃなく、本当は俺に対してだったのか。

「あのぬいぐるみは……寧々、如月に殺された女の子がくれたんだ。……そうか、彼女は俺を護ろうとして……」

「自分の命よりお前のことを大事に思っていたみたいね……。とりあえずお前が生き残ったということで彼女は少なくとも後悔を一つせずにすんだということね」

 俺はストラップからぶら下がった二つのぬいぐるみを見つめた……。
 寧々はそこまで俺のことを想っていてくれたのか。……彼女の想いにまるで気がつかず、親友が好きだと聞いてそいつのために二人の仲を取り持とうとした俺。ドラマのように自分の想いを隠し、自分が身を引くことで親友の愛を成就させてやろうと煩悶することなんてなかった。特に何も感じていなかったんだ。俺にとって、寧々は結構可愛い女の子でただの友達。その程度にしか思っていなかった。

 ああ、俺は彼女を傷つけていたんだなと初めて気づいた。
 漆田の為にいろいろと動いて、寧々とくっつけようとした俺を見て、彼女はどう思ったんだろうか?
 
 自分の無神経さに今更ながら腹が立った。

 そして、寧々に迫られたら、特に好きでもないのに、親友と付き合いだしたばかりだというのに(てめえでくっつけておきながら)、キスをするし、あわよくば最後までいっちゃえって思っていた俺。

 本当に……最低だよな。

 そんな俺なんかを好きでいてくれた彼女に、俺はなんて言えばいいんだろう……。
 胸が締め付けられるように痛んだ。
 でも、彼女はもういない。
 
 死は、あまりにも無情だよ。

 もう彼女に謝ることもできないし、彼女に俺の愚かさを罵られることもできない。

「俺は、……俺は馬鹿だな。本当に馬鹿だ」
 思わず呟く。
 それは自分自身に対する失意だった。
 
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