ViVid Record
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第三話 試験前勉強
前書き
書き溜めの寿命が尽きそうでヤバい
「———覇王、空破断」
「———クラウソラス」
試験前日、僕とアインハルトに二人は公共魔法練習場で明日に向けての魔法の練習を行っていた。
アインハルトの放った巨大な衝撃波とこちらの砲撃が激突し、大爆発を起こす。 周りの人々が逃げているようにも見えるけど今気にする余裕はない。 目の前の覇王を撃ち倒すのに全意識を注ぐ。
爆発の余波の煙を突っ切ってアインハルトが突撃して来る。 十六個展開するカイゼルスフィアの半数を接近させて魔力砲を浴びせる。 だが覇王流はそもそも”受けて返す”を徹底した古武術。 拳と蹴りで全ての魔力砲を相殺し、スフィアを破壊して猛スピードで進撃してきた。 クラウスより覇王流に適している、と豪語する理由がよく分かる強引な戦い方だ。 並みの魔法ではダメージを......いや、足止めも出来ない。
だから、並み以上の魔法でダメージを与え、吹き飛ばす。
「シュピラーレ......!」
「消し飛ばします」
八個のカイゼルスフィアを一つに圧縮し、大出力砲撃クラウソラス・シュピラーレのに発射体制に入る。 アインハルトもそれを予期していたかのように、砲撃を消し飛ばす宣言をして拳を魔力で覆った。 初見なら驚愕する砲撃を殴って無効化する荒技だが、僕とアインハルトは十年以上の付き合い、今更驚きはしない。
「ファイアッッ!!」
「覇王、断空拳」
圧縮したスフィアの魔力を全開放する。 人一人の背の丈を容易に超える虹色の魔力の激流がアインハルトを飲み込む。 瞬間、真正面から放たれら断空拳が砲撃の中心点を捉え、空破断以上の衝撃を生み出す。 地面が抉れ、足場が崩れる。
足場が崩れれば、拳足から力を練り上げる断空拳は踏ん張りがきかない。
「吹き飛べッ! 隅っこまで!」
「無理なお話ですね......!」
砲撃の最大放射の真っ最中にアインハルトの声が聞こえる。 足場を崩されてもお構いなしに砲撃を拳で押し切るつもりでいるらしい。 押し返されているのが魔力を伝って分かる。 スフィアに込められた魔力だけでは確実に押し切られる。 この砲撃だけで魔力と体格、覇王流への適正あっての進撃を止めることは出来ないだろう。 ただ、
「こっちはまだ両手が空いてるんでねッ!」
砲身と成りうる両腕はある。 込める魔力もそこそこにスフィアの砲撃に加えて、両腕を砲身に二発のクラウソラスを追加で撃ち出す。 更に巨大化した砲撃で確実にアインハルトを仕留めにいく。 砲撃がジリジリとアインハルトを押し返すのを感じ取る。
このまま押し切る......!
「———私はまだ片腕を残していますが」
余裕を含んだその声を耳にしたと同時に、クラウソラス・シュピラーレが消滅した。
視界に映るのは弾けて拡散する虹色の魔力と———左拳を突き出すアインハルトの姿だった。 久しく見る断空拳の二段構えを脳が理解する前に、両肩、腹部、顔面へのラッシュを叩き込まれる。 聖王の鎧がフル稼働してダメージを軽減するが、鎧の突破技術を最大限盛り込んだ覇王流は、ダメージがよく通る。 痛みで身体が動かない。 それでも無理矢理動かそうと魔法の展開を始めた途端、頭を掴まれた。
......嫌な予感しかしない。
「て、手加減は?」
「無しです」
直後、フルパワーで地面に叩きつけられた。
見えなくとも今ので自分を中心にクレーターを作り出したであろうことは分かった。 それだけの衝撃が鎧越しに響き、意識を飛ばしにかかった。 意識は飛んでないものの、決定的な一撃と判断したらしく、アインハルトは僕の頭からゆっくり手を離した。
「勝負ありですね。 大出力砲撃に追加で砲撃を加えるのは良かったですよ。 あと二秒遅ければあなたの言う通り隅っこまで吹っ飛ばされてました」
「AAAランク砲撃一発にAAランク砲撃を二発真正面から受けて吹っ飛ばないとか倒せる気がしない」
「ならSランク砲撃を撃てばいいじゃないですか」
「......チャージに十秒くらいかかるんだけど、待ってくれる?」
「断空拳を五回は打ち込めるとか素敵です」
どうやらSランク砲撃を撃とうとするとチャージ中にサンドバックにされるようだ。 というか二秒に一回繰り出せる覇王断空拳が恐ろしい。
いつまでも地面に這いつくばってるのもカッコ悪いので痛みを我慢して立ち上がる。 辺りを見渡すとほぼ予想通りの光景が広がっていた。 ボクを中心に巨大なクレーターを作り、アインハルトの背後は消し切れなかった砲撃の余波で隅のフェンスまで一直線に地面が抉り取られていた。 他にも空破断との激突や狙いの外れた魔力砲で所々地面やらフェンスが穴だらけになっている。
これだけ暴れても翌日には元通りになるから不思議だ。 どういう魔法や技術を使ってるんだろう。
「あ、鼻血出てますよ......はい、ティッシュ」
「ご丁寧どうも......っておい、鎧を抜いて鼻血出るって相当だぞ。 いったいどんなパワーでやったんだ」
「さっきのパワーを拳に置き換えると戦車をワンパンで”消滅”させれます」
どこからか出したティッシュで鼻を押さえてくれるアインハルトの言葉に戦慄する。 鎧はそう簡単に破られないとお互い認識してたとしてもそんなパワーを込めて地面叩きつけられたと知ると少し反応に困る。 アインハルトに何か悪いことでもしてしまったのだろうか。 目の前の顔からは感情が読み取れない。 いっそのこと聞いてみようか。
「アインハルト、最近何か悩み事とかある? 具体的には僕への不満とか」
「悩み事ですか? 特にありませんが......強いて言うならあなたと魔法の練習をする時、身体制御魔法を使ってはいけないというルールに不満はあります。 全力を出せません」
「あー......それに触れるかぁ」
視線を僅かに下に落とす。 アインハルトのバリアジャケットは砲撃の中を突っ切ったダメージで上半身のジャケットが完全に消し飛び、インナーまで切れ目が入ってる。 そこからチラチラ見える健康的な色の肌は嫌でも視線を釘付けにする。
容姿、知識、礼儀、身体能力、どれを取っても一級品のアインハルトがこの目に魅力的に映らないわけがない。 脳筋でぐうたらする一面を知っている僕でさえこれだ。 他人にはもっと魅力的に見えるだろう。
「何かついてます?」
「い、いや何も付いてないよ」
年齢の割によく発達した身体がさらなる進化を遂げるとどうなるか。 短時間で終わる模擬戦ならまだ耐えられる。 いや、それすら危ないんだけどね。 長時間に渡る普段の練習で、身体制御をしたアインハルトの姿を見て色々と我慢できる自信なんて有りはしない。
長い沈黙にアインハルトが少し困ったような表情を浮かべるので、無理矢理話題を逸らそうと適当なことを考えてみる。 漁った頭の引き出しから出てきたのは”試験”の二文字。
「こ、今回の実技試験はアインハルト自信ある?」
「自信はそこそこあります。 一番得意な身体強化の試験ですし」
「ボクは一番苦手な魔法だよ......。 内側から身体を弄るって何か怖いっていうか、陛下とかリオの大人モードってやつは特に心配でさ......内側から自爆とかしそうで」
「聖王の鎧で五体を武器化している人の発言とは思えませんね......。 あと、大人モードは私も使うのに心配してくれないんですか?」
「覇王ハイディ・E・S・イングヴァルトは自爆なんてしないって確信があるから心配はないね。 たとえ自爆したとしても涼しい顔で帰ってきそうだし」
「それもそうですね。 自爆程度で死ぬようでは覇王の名を汚してしまうかもしれません。 うん、自爆では死にません」
力こぶを作ってこちらに死なないアピールをしてきた。 一見するとただの細い腕だが、この腕一本でもSランク魔法を防ぐ聖王の鎧をブチ抜くのだ。 そりゃ死なないと思う。
試験の話をああだこうだとしていると、入り口の方から見覚えのある人影が二つ、こちらに走って来た。 金色の長髪を揺らす影、追う黒髪ショートカットの影。 背丈からしても間違いない、陛下とリオの組み合わせだ。
「イゼットくん! アインハルトさん! こーーんーーにーーちーーわーー!」
「ぶふぇっ」
「ああ、ラスボス先輩の鳩尾が死んだ!」
「この人でなしーー」
鎧を解除した僕の鳩尾に全速力で助走をつけた陛下の頭突きが入った。 泣きそうなくらい痛いけど陛下の前で涙を見せるわけにもいかないので、根性で堪える。 ついでに爆笑してる二人の足元に魔法で生み出した実体剣”カイゼルブリンガー”を八本本射出する。 が、目にも留まらぬ速さでアインハルトに八本全て残らず叩き折られた。 お前本当に人間か。
アインハルトの人外ぶりを眺めていると、バリアジャケットに顔をうずくめていた陛下がいつの間にかこちらを見上げていた。
「ねーねーなにしてたの?」
「明日の実技試験し向けてアインハルトと練習していました。 結果は後ろの惨状からお察しください。 陛下はリオとどのようなことを?」
「わたしとリオはさっき図書館に行ってたの。 今回の実技試験は簡単だから、筆記試験を頑張ろうって」
後ろの惨状を最初から無かったことにして会話を進める陛下の優しさに感激した。 まさにこの天使の対応は聖女だ。
「うわっ、どうしたんですこのクレーター。 覇王断空拳の爪跡?」
「いえ、イゼットの頭を叩きつけたらできたクレーターです。 断空拳ならこの倍のサイズになりますし、イゼットは鼻血で済んでません」
「さらっと恐ろしいこと言いますね......」
「リオさんも受けてみます? 自分の防御能力を簡単に測れる良い機会ですよ」
「うーん......ラスボス先輩の防御を抜く攻撃は受けたくないですねぇ。 防御能力の測定云々より命が危ないのはちょっと」
三途の川への手招きを失敗したアインハルトはしょんぼりと肩を落とす。 装甲の薄いリオにあれを叩き込むならさすがに止めに入っていたところだが、リオ本人の危機察知能力により回避された。 おいそこ、残念そうにするな。 こっちを見るな。 またあの攻撃を受けるのは嫌だよ。
こちらの強い意志が伝わったのか、アインハルトは仕方なさそうにバリアジャケットを解除していつもの中等科の制服姿に戻る。 隠すとこは隠す中等科の制服には実家のような安心感を覚える。 対して初等科の制服はどうしてこうなったのか司祭どもを徹底的に問い詰めたいデザインになっているのは伏せておく。
三人が制服なのに自分だけバリアジャケットなのも空気を読めてないように思えたのでさっさと解除する。 深緑色のズボンに同色のラインが襟に入ったシャツ。 ケチをつける気はないが、制服に気合いを全振りする学院にしてはかなり地味なデザインだ。 男子生徒からの評判もあまり良くない。 女子生徒の制服が可愛いから我慢しろとしか言えないが。
三人が何か話していても、ボクはひたすら制服のことを考えていた。
暫くして気がつくと、目の前にアインハルトがいた。
「———聞いてますかイゼット」
「......え、なんか言った?」
「みんなで昼食を食べるという話です。 せっかくのヴィヴィオさんの提案なのに、また考え事をして人の話を聞いてませんでしたね?」
「あはは......ごめんごめん。 くだらないこと考えてた」
「......記憶ですか」
「あ、学校の制服のこと。 あんまかっこ良くないなーと」
「ちょっと心配して損しました」
そう記憶ばかりの息苦しい生活はしたくないから仕方ないね。
心配の空振りにムスッとするアインハルトを宥めていると、横からリオがひょっこりと。
「えー......もういいです?」
「うん。 アインハルトの早とちりみたいなもんだったから大丈夫。 お昼食べに行くんでしょ? 場所は決まった?」
「無難に近くのファーストフードでいいかなーって感じですね。 ......聖王様のお口には合わないかもしれませんけど」
「言ってくれるじゃないか。 ボクもそこの覇王様も一人暮らしだからファーストフードに頼る機会は多いんだよ......いやはや、便利過ぎるのも困るね。 不健康だと知っても食べちゃうから」
「意外と庶民派......」
仕送りがあっても一人暮らししてる以上、実家みたいな贅沢は出来ない。 アインハルトも同じだ。 スーパーのタイムセールに走るし、電気代節約の為にどちらかの部屋へ行き台所に並んで料理もする。
広大な世界を知り、自分と向き合え———父様の言葉が脳裏を過る。 歴代最高レベルで血が濃い聖王の子孫なんて面倒な立場にいてこんな自由に動けるのは他ならない父様の方針だ。 本来なら箱入りでも不思議じゃない。
曰く、世間知らずの王がいてたまるかと。 実にそれっぽい、実に無茶苦茶な、頭の固い人への言い訳。
けどそのおかげで今がある。 外の世界を見て、人々と交流して、様々な事を知った。
陛下がボクの制服を引っ張る。
「早く行こうイゼットくん! わたしお腹空いちゃった!」
「ブラックホール胃袋を持つヴィヴィオさんのお腹空いた宣言頂きました。 これでファーストフード店は今日で在庫が尽きますね」
「ヴィヴィオでブラックホールなら、その三倍は食べるアインハルトさんの胃袋っていったい......」
「覇王ですから」
自分の超大食いをクラウスのせいにするアインハルト、苦笑いするリオ、無邪気に笑うブラックホールな陛下。 日に日に実家で話したい内容が増えるのには思わず笑みが零れる。
「そう急がなくても店は逃げませんよ。 焦らずゆっくりと行きましょう陛下」
楽しい時間は、ゆっくりと過ぎてほしいから。
「ところで、先程からコロナさん姿を見ませんが......」
「コロナなら『シルトさんをビックリさせる!』って、今日は秘密の魔法の自主練をするって来なかったんですよ。 ラスボス先輩をビックリさせる魔法って気になるなぁ」
「......なるほど、そういう理由ですか。どんな魔法なのか想像もつきませんよ。 もしかして最近やけに熱心にデバイスを開いて調べていた魔法だったり? ......ねえ、イゼット」
僕に向けられた視線は、迷い無く問いかける。
———創生魔法を教えましたね?
「陛下、駆けっこをしましょう。 先に店に着いた方が勝ちですよーいドン!」
「あ、イゼットくんフライングだよ! ずるい!」
逃げるが勝ち。 陛下のお母様の故郷”地球”には素晴らしい言葉があった。
「待ちなさい理由を聞かせてもらいます」
「アインハルトさん速っ!?」
まあ、アインハルトの足の速さに勝てるわけないんだけどさ。
後書き
アインハルトちゃん最強説
次→三日以内
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