黒魔術師松本沙耶香 紫蝶篇
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22部分:第二十二章
第二十二章
「女と寝たのははじめてよ」
美女はそのベッドの中で沙耶香に述べた。
「どうでした?」
「悪くはなかったわ。いえ」
言葉を変えてみせる。
「男よりもよかった部分も多いわね」
「そうでしょう。だからいいのです」
沙耶香はそう言った。
「男とでは味わえないものもある。女は女の身体も心も知っているのですから」
「それを教えてくれるなんてね」
「罪ならば犯せばいいのです」
こうも声をかける。
「犯してはならないこと程犯した時の罪の意識はあり」
「それが心をより快楽へ誘う」
「その通りです。ですから」
また身体を動かす。そのまま美女の上にまた覆い被さる。
「また。宜しいですね」
「ええ。来て」
美女は自分の上に覆い被さってきた沙耶香を抱く。その顔には艶のある笑みが浮かんでいた。その顔で沙耶香を見ていた。
唇を重ね合う。沙耶香は目を開けたまま美女の口の中に舌を入れていく。美女は目を閉じてその舌を受け入れ自分のものと絡み合わせた。
濃厚な口付けを交あわせる。沙耶香はその中でふと気付いた。
「どうしたの?」
「いえ」
沙耶香は口を離して美女に応える。口と口を唾液がつないでいる。
「蝶が」
「蝶?」
「はい。見て下さい」
二人が交わる枕元の壁に黒い羽根の蝶が一匹いた。それは静かに白い壁に止まっていた。
「あそこに」
「あら、本当ね」
美女は顔を上にやってそれを見た。
「どうしてここに」
「蝶ですか」
だが沙耶香はその蝶を見て楽しそうに笑うのであった。
「スペインでは蝶に縁があるようで」
「どういうことかしら」
「いえ」
その言葉には答えはしない。
「何でもありません。ただ」
「ただ?」
「蝶というのは美しいものに寄るものだというのを思い出しました」
「いいことを言うわね」
沙耶香のその言葉に美女は艶のある笑みを返してきた。
「貴女も蝶ね」
「確かに。花を追い求める蝶です」
その黒い目を眺めながら述べる。奥まで覗き込もうとしている。
「貴女という花を」
言いながら頭の後ろに右手をやる。そして髪を解いた。
するとその黒髪が舞い下りる。ばさりと下りて二人の身体を包み込む。
「ですから」
「抱くのね」
「そうです。二人きりの宴を」
美女と二人で宴を味わうのであった。それが終わってからホテルを後にする。別れ間際にそのホテルを後ろに唇を合わせる。夜になっており沙耶香の白い顔が漆黒の中に浮かんでいるように見える。白い両手は美女の頬に添えられていた。
「また。会えるかしら」
「縁があれば」
そう美女に返す。熱い口付けの後でじっと目を見たまま。
「会えますよ。そしてその時はまた」
「愉しませてね」
「はい。それでは」
「会いましょう。その日まで」
「さようなら」
二人は最後の別れを交あわせて別々になった。沙耶香は一人になると夜の闇の中で煙草を取り出した。自分の右手の人差し指と中指に火を出してそれで点けた。
軽く吸ってから煙草を手に取って煙を吐き出す。白い煙と共に濃厚な退廃がその口から漏れる。
「蝶、ね」
沙耶香は一人呟いた。
「わかったわね。一つ」
そう呟きながら速水のところへ向かう。夜の闇の中を影のように進んでいく。
速水のホテルに入る。入るともうテーブルに着いていた。
「思った通りの時間ですね」
速水は沙耶香を見てそう言ってきた。青を基調とした部屋の中でカードを前にしていた。
「愉しまれたようで」
「ええ」
その言葉に眉を細めさせる。肯定の笑みであった。
「わかるのね、やっぱり」
「残り香で」
速水はカードを切りながら述べる。
「また美しい方だったようで」
「花だったわ」
沙耶香はそう答える。
「そして私は蝶ね。その美しい花を追い求める蝶」
「蝶ですか」
「そうよ。私は蝶」
速水の方に向かいながら述べる。
「それもわかったわ」
「その蝶が私のところにも来たと」
「ただ。今は花はいいわ」
しかし速水の誘いは断る。媚惑的な笑みと共に。
「もう堪能したから」
「おやおや。それは残念」
苦笑いを作ってそう返す。
「私は割を食ったというわけですか」
「そう考えておいて」
「全く。因果なものです」
「それでね」
沙耶香は速水に対して話を変えてきた。
「占いね」
「ええ。それでですね」
本業である。速水はそれに対して述べてきた。
「今回はよく使うケルト十字ではなくホロスコープを使おうと考えています」
「ホロスコープね」
「そうです」
速水は答える。
「それを使って調べてみたいと思います」
「調べる対象は?」
「それはもう言うまでもないのでは?」
沙耶香のその言葉にはうっすらと笑って返す。
「あの方ですよ。ですからホロスコープなのね」
「はい。それでは」
机の上に重ねて置かれている二十二枚の大アルカナのカード。そのカードに触れるとすぐにそれは宙の上に舞った。速水の上で円を描き舞うのであった。
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